とりあえずやってみる精神で「教育情報化」に突き進む韓国

.

このごろ、韓国でも日本でも、デジタル教科書や教育の情報化に関する展示会やセミナーが頻繁に行われている。韓国の展示会には日本から視察に来る人がとても多く、日本の企業は本当に勉強熱心だと思う。

 勉強ばかりで、「もし問題が発生したらどうするのか」と悪いことばかり考えて技術や知恵を現場に生かせないと自己批判する日本の先生も多いが、最近はそうでもないように見える。日本の教育展示会やセミナーに参加してみると、日本でも電子黒板、タブレット端末、デジタル教材を活用して、より教育効果を高めながら楽しく授業をしようとチャレンジする先生が増えていることに驚く。韓国がスマートラーニング先進国と自負している間に、日本は静かに教育情報化の裾野を広げていた。


 スマートラーニングに必要な端末や学校の情報化技術の面では、日本も韓国も大して変わらないレベルだと思った。違いがあるとすれば、韓国は90年代から全教室に先生用のパソコンと有線ブロードバンドを導入するといった学校の情報化に加え、Webから教科内容を予習・復習できるサイバー家庭学習や教師向けデジタル教材サイトの展開といった教育コンテンツの情報化、それらを支える校務の情報化、そしてデジタル教科書の開発を進めて来た。そのため教師がデジタル教材を使った授業に慣れていること、親も子どもも抵抗がないことぐらいだろうか。


 韓国は試行錯誤の末に、教科書をPDFにして教師に配り、教師が電子書籍制作ツールを使ってPDFに動画や写真、リンクなどを追加し、自分なりのオリジナルデジタル教科書を作れるようにした。


 教師らは自分が作成したオリジナルデジタル教科書を惜しみなく教師用サイトに投稿する。それをダウンロードして、別の教師がさらにリンクや資料を追加する。情報を共有しながら複数の教師が参加してデジタル教科書を作る。教師の共同作業によって作られたデジタル教科書はまだ正式な教科書ではないが、韓国の全教室には先生用パソコンとプロジェクターがあるので、「授業中に使いやすい」、「紙の教科書より子どもたちの理解が早い」ということで教師の間で広がっている。







教師が作成したオリジナルデジタル教科書をPC上で表示。韓国でのデジタル教科書は、PDFファイルをベースに教師が参考資料(画像、Flashアニメーション、Webサイトリンクなど)を自由に追加できるまでになった。全教室に先生用PCとLANが導入されており、電子黒板がなくてもパソコンとプロジェクターを使い楽しく理解しやすい授業にできるため、デジタル教材開発に積極的な教師が多い

韓国特有の、「まずやってみて、問題があったらそこで直すか止めればいい」、という考え方は学校教育の現場にまで浸透している。ビジネスならまだしも、公の教育においてこういう考えが通用していいものか、ちょっと不安になるときもある。



学校が学習端末を配るべき? 家庭で使っているPCを使うべき?


 韓国は2014年から小中学校で、2015年から高校でデジタル教科書を使えるようにする(関連記事)。紙の教科書とデジタル教科書の両方を使うのではなく、先生が教えやすい方を選べる。デジタル教科書が導入されたからといってすぐ紙の教科書を廃止するわけでもない。


 ソウル市教育庁の説明によると、全てをデジタル教科書に変える、紙の教科書をなくす、という計画はないという。教科書の方は紙に印刷されたものだけが教科書であるという教科書法を改訂した。先生がデジタル教科書と一緒に使えるデジタル教材サイトも政府サイト、民間サイト複数あり、かなり充実している。


 同庁の話では、今後政府機関はデジタル教科書のガイドラインだけ作成し、紙の教科書と同じように教科書会社が作ったデジタル教科書を検定する方案も検討しているという。今は実証実験の段階なので、政府機関が音頭を取って教科書会社と一緒にデジタル教科書を開発し、学校に配っている。


 韓国も日本と同じく、デジタル教科書を使う児童・生徒用の端末をどう普及するかは課題として残っている。


 同庁は、「スマートフォンは急速に普及しているし、一家に1台以上PCを持っている。2014年になれば、一家に1台のタブレットPCまたはノートPCを持っているはず。それを使えばいいので、政府の予算で端末を買って学生に配ることは考えていない」、「生活保護を受けている低所得層の場合は、政府が子ども1人当たり1台端末を買ってあげるべき。今でも低所得層のインターネット料金は無料で、政府がデスクトップPCを支援している」と説明した。


 端末をめぐっては、市民の間でも意見が割れている。「政府の予算で特定企業の端末を大量に買って子どもたちに配るのは、サムスンやLGといったメーカーの懐に税金を注ぎ込むような行為。財源はあるのか」、「デジタル教科書はどんな端末からも使えるというが、お金持ちの子は高性能タブレットPCを使い、そうでない子は古いノートPCを使う可能性もある。端末がばらばらだと使い方も違うので学習環境に差が出る。デジタル教科書の本来の目的である平等な教育――塾に行かなくても、参考書を買わなくてもデジタル教科書さえあればいくらでも勉強できる――という目的に反するのではないか。端末は一つに指定して政府が配るべき」と“個人派”と“学校派”が対抗している。


 端末をどうするかに関してはまだこれといった結論は出ていない。しかし韓国では課題があるからといってそこで立ち止まらない。端末普及の議論の傍ら、「スマートスクール」、「スマートラーニング学校」プロジェクトが始まった。


 次回はサムスン電子の「スマートスクール」と、あらゆるICTツールを自由自在に使いこなしスマートな授業をするすごい先生を紹介する。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
 [2012年7月13日]

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20120713/1055842/