モバイルWiMAXで音声通話 韓国通信業界が渋々踏み出す一歩

韓国では、高速データ通信「モバイルWiMAX」(韓国名Wibro)を利用した音声通話(VoIP)サービスが年内にも始まる。Wibroの普及策として政府が制度を整えたためだが、通信キャリアは携帯電話との競合を恐れ及び腰だ。複雑な思惑が渦巻くなか、2009年末には第一号となる端末が登場することになる。

 韓国の情報通信政策を主管する放送通信委員会は2008年末、Wibroを利用した音声サービスの解禁を決めた。2009年10月からは3G携帯電話と同じ「010番号」を使えるように電気通信事業法番号資源管理細則も改定し、導入のお膳立てを整えた。


 すでに実用化されている無線LANによるモバイルVoIPは通話品質が低いが、Wibroでは移動しながらでも安定した音質で通話できる。放送通信委員会は、「Wibroネットワークを使ったモバイルVoIPは、携帯電話より30%ほど通話料が安くなり家計の通信費負担も軽減する。通信産業全体にも新しい風を入れられるだろう」と自賛している。



KTのWibro用モデム


■導入3年で加入はまだ20万件


 政府がWibroによるモバイルVoIPに注目するのは、韓国国内でのWibroの普及の遅れに理由がある。Wibroは韓国が2006年6月にいち早く商用化した世界標準で、「国家IT支援戦略」の真っ先に名前が登場するほどの重要技術。にもかかわらず、加入者は2008年末で20万件にとどまる。


 サービス地域も広がらない。現在は2大通信キャリアであるKTとSKテレコムがWibroサービスを提供しているが、KTの場合、商用化から3年経った今でもカバーエリアは首都圏を中心とした28都市のみ。2005年の事業申請時に提出した投資移行計画書では2008年までにサービス地域を84都市に拡大するとしていたが、加入者が増えないからエリアも広がらないという悪循環に陥っている。


 専門家らはWibroが普及しない理由について、「韓国は通信インフラが十分整っており、Wibroならではのニーズが限られる」と指摘する。そうしたなか、普及のキラーサービスとしてモバイルVoIPに白羽の矢が立ったわけだ。


 世界不況のなか、韓国メーカーにとってもWibro市場の拡大は欠かせない。Wibro機器の世界市場では韓国企業がリードしており、サムスン電子は米クリアワイヤにシステム装備と端末を輸出している。また、日本、台湾に続いてマレーシアでも受注に成功し、マレーシアではWibroを使った音声通話も商用化される計画だ。



 放送通信委員会の委員長は5月上旬に訪米し、「韓国政府と企業は韓国Wibroのワールドワイド化を目標としている」と、セールスマンさながらにWibroをアピールした。「米国で成功すれば世界に普及できる自信がある。米国、中近東、東アジアを結ぶWibroグローバルマップが来年には輪郭を現すだろう」とまで述べているだけに、国内市場の低迷を放置するわけにもいかないのだ。






KTがアイリバーと提携して2008年11月に発売した「WavePhone」。WiFiによる無線通信で音声通話やSMS送受信、音楽・動画ダウンロード、電子辞書などのサービスを利用できる。ネットワークに接続していないときは携帯電話へ着信転換する


■「音声はやらない」と明言してきた携帯キャリア


 一方、複雑なのは通信業界だ。Wibroを手がけるKTとSKテレコムは同時に携帯電話キャリアでもある。韓国携帯電話加入件数(2009年4月)は約4724万件で人口普及率はほぼ100%。モバイルVoIPが普及すれば携帯電話市場が食われるのは必至なだけに、音声通話はできれば避けたいのが本音といえる。


 このため両社ともこれまでは、「携帯電話にWibroを搭載するとしてもデータ通信だけで、モバイルVoIPを提供する計画は全くない」と何度も明言してきた。ユーザー向けにも「Wibro圏外では使えないから、結局はWibroと3Gの両方に加入する必要がある」「端末も専用のものに買い換えないといけない」などデメリットを強調している。


 KTは結局、2009年末までにWibroで音声通話もできる端末を発売することを決めた。放送通信委員会は事業者にサービスを強要するものではないとしているが、政府の意向を無視することはできないからだ。ただ、SKテレコムは依然として音声はWCDMAで、データ通信のみWibroを使える端末だけしか販売しないとしており、抵抗は続いている。


 調査会社ガートナーは、10年後の2019年には携帯電話通話料の50%以上がモバイルVoIPになるだろうと予測している。特に4Gに移行する2017年以降は急速に普及するとみており、モバイルVoIP化は世界の潮流だ。


 韓国はインターネット先進国だが、固定通信のVoIPは意外と普及が遅かった。本格的に市場が成長しはじめたのは、2008年10月に固定電話の番号のままVoIPに変更できる番号移動制が始まってから。ただ、それからは一気に200万も加入が増え、加入件数は2009年3月で330万を超えた。


 携帯キャリアが恐れるように、モバイルVoIPが始まれば携帯からの乗り換えが起きるのか。それとも、携帯音楽プレーヤーのようなさまざまなモバイル機器にVoIP機能が搭載され、音声通話の市場そのものが広がるのか。いずれにせよ、これまでの携帯キャリアのビジネスモデルに大きな影響を与える実験が始まることになる。




– 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  
[2009年5月14日]
Original Source (NIKKEI NET)
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000013052009