世界一電子化した行政システムも後手に回る災害対策

東日本大震災は韓国にたくさんの課題を提示した。防災対策や原発問題だけでない。自治体の業務継続態勢やデータ保護、公的災害情報提供、災難時の統合指揮無線通信網構築、国家機関による災害復旧コントロールなど、必要だけど「予算がない」を理由に韓国政府が今まで後回しにしていた災害関連システム構築に拍車がかかりそうだ。

 韓国では震災後の日本の状況や復興に関するニュースが毎日報道されている。津波で自治体の戸籍データが消失した、電話が通じないので政府もソーシャルネットワークサービスを活用して情報を提供している、アクセスが集中する公的災害情報サイト向けにクラウドサービスを無償で提供する企業が増えている――といった日本発のニュースに「韓国は大丈夫なのか」と不安に思う国民が増えていることから、中央政府や自治体の災害対策について特集を組むメディアが出てきている。



政府・自治体が持つデータのバックアップをどうする



 韓国は電子政府、電子自治体を早期に導入した。国民に対しては、政府統合電算センター(政府機関ごとのシステムを集めた場所。大田と光州の2カ所にある)にデータは保存されている、万一災害で紙の戸籍が消失したとしても住民登録されている国民のデータはちゃんとここに残っているから大丈夫、とされてきたが、実はそうでもないという問題提議が相次いでいる。


 電子政府や電子自治体のデータをより安全に保存するため、政府バックアップセンターが2009年に計画されたものの、立地選定と2000億ウォン(約160億円)規模の予算を確保できなくて2011年の今でも計画段階に留まっているからだ(大田と光州の政府統合電算センターが災害で動かなくなった場合に備えて第3のセンターにバックアップセンターを計画)。


 今すぐ予算が付いたとしても、バックアップセンターが稼動するのは2015年以降になるという。その間に韓国で大規模な地震や北朝鮮の攻撃があった場合は、データの安全は保障できないというのだ。韓国の面積は日本の3分の1ほどしかなく、人が住める平地も少ないため、データセンターが互いに離れているとしても距離は近い。複数のセンターに保存して安全性を高めるしかないのかも。



電子化行政の落とし穴



 韓国は国連が選定する電子政府評価1位、ブロードバンド普及率も1位であり、行政機関も民間企業もほぼすべての仕事が情報システムの中だけで行われる。エコのためにどんどん「紙」をなくしているので、生活全般におけるICT依存率も世界一かもしれない。情報システムのおかげで、何もしなくても自分に払い戻される税金が自動計算されて口座に振り込まれるほどである。


 ICT依存が高いと電力確保が重要であり、政府統合電算センターは無線電源供給装置、非常発電装置を備えている。問題なのは、政府統合電算センターにつながっていない、散発的に構築された行政システムもまだまだ残っている点である。日本でも政府の電子政府とは別に電子自治体が構築されているが、自治体でデータセンターを持つだけでなく、政府のセンターとバックアップセンターにも保存し、連動することで、万一に備えることも考えなくてはならないだろう。韓国では2009年からチェジュで実証実験が始まったスマートグリッドも再び注目を浴びている(関連記事)。


 一方、民間データセンターは耐震とバックアップ態勢をアピールしている。韓国のサムスンSDS、LGCNSといった大手のデータセンターは遠距離地点で災難復旧センターを運用し、二重のデータバックアップを行う。2009年以降データセンターや基地局などは耐震設計が義務付けられていることから、震度8~9の地震でも耐え、衝撃を吸収して電算装備を保護できるという。


警察・消防・軍の災害復旧システムに互換性を



 データ保存のほかにも急いで改善すべき点はまだある。


 行政機関も民間機関も、震災後から中断することなく組織を動かすための災害復旧計画(DRP、Disaster Recovery Plan)と業務継続計画(BCP、Business Continuity Plan)に関してシナリオを明確にするための点検を始めた。しかし、遅々として対応が進まないところもある。


 自治体ごとにある総合防災センター。自家発電で非常事態に備えるが、防災センターに耐震設計がされていないので、大地震が起こればセンターそのものが倒壊してしまう可能性があるという。バックアップシステムがない、非常用の食料と水がないので職員がセンターの中で閉じ込められたら大変、という基本的な問題があることも指摘されている。それらの問題を認識していながらも、「予算がない」という理由で後回しにされてきた。


 復旧業務を担当する警察、消防、軍のシステムも改善を急いでいる。災害復旧支援システムが個別に構築され、相互運用できないという問題があるからだ。


 例えば電話やネットが通じなくなる緊急事態が発生した際に、警察と消防と軍の無線通信方式と周波数が違うので、うまくコミュニケーションできずに右往左往する可能性もある、ということである。災害が発生すると真っ先に現場に向かう警察、消防、軍が直接連絡を取り合って、リアルタイムで作戦を練り指示を出せる協調体制が取れないようでは、被害を大きくするだけだ。


 そのため2003年から中央政府の災害安全無線通信網である「統合指揮無線通信網」構築が議論されてきた。しかしこれもまた「予算がない」という理由で未だに議論の段階のままである。


 東日本大震災は「政府の信頼性」という問題も浮き彫りにした。調べれば調べるほど災害対策がはっきりせず、「予算がない」とばかり言う我が政府に韓国民は不安を感じるしかない。


 いつどうなるか分からないのが災害である。電子政府でこんなサービスも使えます、こんな情報も提供しますというパフォーマンスもいいが、基本的なところをしっかりしてくれない政府を信頼できるだろうか。社会のためのICT利活用、社会保障としてのICT利活用について今こそ真剣に議論すべきときだ。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年4月1日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110401/1031030/