韓国 公共放送の受信料徴収方法を変更 市民のためか、言論弾圧か 与野党対立

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韓国で、公共放送の受信料を韓国電力の電気代と統合徴収していた制度を廃止する「放送法施行令の一部改定案」を国務総理が主宰する国務会議(重要な政策の最高審議機関で大統領、国務総理、国務委員で構成)が2023年7月11日に議決した。7月5日には韓国の放送・通信政策の樹立と関連法を審議・議決する放送通信委員会が全体会議を開いて改定案を議決、7月11日に大統領裁可も行われたため、猶予なく改定放送法施行令を施行、7月12日から公共放送の受信料は分離徴収することになった。ただし分離徴収のためのシステム構築や手続きに時間がかかるため、実際に始まるのは10月頃になる見込みである。

分離徴収をめぐる放送法施行令改定は、2023年6月5日大統領室が放送通信委員会と産業通商資源部(部は省に当たる)に公共放送受信料の分離徴収を勧告したことから始まった。6月5日から7月11日までの37日間に施行令を改定、1994年から続いた統合徴収は分離徴収になった。

ハン・ドクス国務総理は国務会議で「受信料を電気代と分離徴収することは国民の要求であり、分離徴収によって国民の受信料に対する関心と権利意識が高まるだろう」と発言した。しかし野党側は「大統領室が分離徴収の意向を見せてから国民や関係者の意見を聞くことなく即決するのは手続き上問題がある」「受信料を分離徴収すると手続きや徴収費用がかかり国民の負担は大きくなり、KBS(韓国放送公社)の収入は減るしかない。公共放送の公的役割も縮小される。これは政権の言論弾圧ではないか」と猛反発している。

放送法施行令改定を検討する放送通信委員会の委員は5人制だが現在3人しか任命されていない。3人の中で野党側の一人は「改定後猶予期間もなく、分離徴収の方法も議論されていない。3人で社会に多大な影響を及ぼす重要な案件を議論すること自体、手続き上問題がある」として表決を拒否し退場、残る与党側の2人が賛成し改定案を議決した。

KBSは反対を表明

大統領室が公共放送受信料の分離徴収を勧告した直後の6月8日にはKBSのキム・イチョル社長が記者会見を開き、「不合理で問題があるにもかかわらず分離徴収を推進すべき重大で緊急な理由や実益があるのか聞きたい」「前政権で社長に任命された私が問題なら、社長を辞任する」「大統領は公共放送の根幹を揺さぶる受信料分離徴収を撤回してほしい。分離徴収を撤回すれば辞任する」「大統領との面談を正式に要請する」と発言した。キム・イチョル社長はKBSの記者出身で2005年に公職者の不正を暴く報道番組を企画したことで知られる。

KBS側は7月11日、次のように立場を表明した。
●通常、立法予告期間が40日なのに対し、放送法施行令改定は10日間の立法予告を経て議決した。事前影響評価、規制審査などが行われたのかもはっきりしない。

●政府は国民の不便をなくし選択権を保障するために分離徴収するというが、実際は正反対の状況に陥る可能性が高い。

●受信料徴収には莫大な費用がかかる。施行令改定により、番組制作と公的責務遂行に使われるべき受信料の多くを徴収費用として使うことになる。

●施行令を改定しても、放送法上受信料納付の義務はそのまま残るため、国民は受信料と電気代を別々に払わないといけなくなり煩わしくなる。徴収方法が変わることで起こる社会的混乱により、国民が不便な思いをする可能性が高い。

●そのため、施行令改定案が公布され次第、憲法訴願し憲法裁判所の判断を仰ぐ。

憲法訴願とは、公権力により憲法上保障されている基本権の侵害を受けた者が憲法裁判所に違憲審査を請求し、基本権の救済を受ける制度である。

これまでも個人による受信料徴収に関する訴訟は何件かあった。憲法裁判所は2006年、KBSを視聴しないのにテレビ受像機を保有するというだけで受信料納付の義務があるのは平等の原則に反するという主張に対し、「受信料は公益放送事業という特定公益事業の経費調達のための特別負担金であり、テレビ受像機を保有する特定集団に納付義務を賦課するのは正当、放送を受信する意思を考慮しなかったとしても平等の原則に反しない」との判断が示された。受信料統合徴収についても「公共放送の維持・発展のための受信料をより効率的に徴収するためでありその目的は正当だ」と判断した。

2008年と2015年にはソウル行政裁判所が「受信料を電気代と結合して徴収することで徴収費用が少なくて済み、受信料の受納率が高い数値で増加し、公共放送のための経費調達という公益達成に大きく寄与している。統合徴収による国民の不利益が、これを通じて達成しようとする公益より大きいとはみられない」として統合徴収の正当性を認めた。

憲法裁判所も統合徴収を正当と認めていたことから、全国言論労働組合や放送記者連合会などマスコミ関連5団体は7月5日に声明を発表し、「放送法施行令改定は数十年続く受信料の法的性格と統合徴収の適合性を確認した憲法裁判所の決定を覆す暴挙」「分離徴収は韓国メディアのエコシステムに大混乱を巻き起こす厳重な事態」と批判した。

韓国の受信料制度とは

韓国では1963年「国営テレビジョン放送事業の運営に関する臨時処置法」により受信料制度を導入した。放送法第64条によりテレビジョン受像機を所持した場合は一律受信料を納付することになっている。受信料は1981年以降、月額2,500ウォン(約275円)のままである。受信料はCMを放映しない公共放送のKBS1TVと教育放送EBSの財源となる。2022年末時点で2,500ウォンのうち2,261ウォンがKBS、70ウォンがEBS、169ウォンが韓国電力の徴収手数料となっている。

1994年にKBSの1TVはCMを廃止し、2TVだけがCMを流すことになった。公共放送の安定した財源確保のため、全国民が公平に受信料を負担するよう1994年からKBSが韓国電力に受信料徴収業務を委託できることになった。KBSによると、電気代と受信料を統合徴収する方式になってから受信料徴収率は約99%に達した。2022年KBSの収入1兆5,305億ウォンのうち、受信料収入は6,935億ウォンで約45%を占めている。韓国電力が分離徴収の費用を試算したところ、別々の請求書を作成し送付すると今までの5倍以上の費用がかかり、徴収率も減少するという。分離徴収によりKBSの受信料収入は1,000億ウォン台に落ちるという予測もある。KBSは10年以上前から物価高を考慮し月額2,500ウォンの受信料を同3,800ウォン(約418円)へ引き上げるよう求めていたが、分離徴収で受信料値上げの議論も立ち消えとなった。

「国民の要求」の内実とは

与党側は、受信料分離徴収は国民の要求だと主張する。しかし「国民の要求」をめぐっても与党とKBSは真っ向から対立している。

与党「国民の党」は放送法施行令改定をめぐり、「国民の96%以上が分離徴収に賛成している」と何度も強調した。2023年3月9日から4月9日にかけて、大統領室がウェブサイトに「国民の意見を聞きます。受信料制度全般に対する国民のみなさんの考えと意見をお聞かせください」と意見を書くよう求めるページを掲載した。このページには「推薦」「非推薦」と書かれたボタンと意見を書き込む欄があった。韓国で推薦は「いいね!」ボタンのような意味で使われることが多い。与党側はここで推薦をクリックした人が96%なので国民の96%が分離徴収に賛成していると主張する。「朝鮮日報」をはじめ、複数の韓国メディアも「(現行の)受信料統合徴収、国民の96%が反対」という見出しで何度も報道している。

一方で、KBSは一人が複数回推薦ボタンをクリックできたことから、これを世論として受け取るのは難しいのではないかと反論した。KBSは2023年6月16日から26日にかけて放送通信委員会が行った「放送法施行令改定案立法予告」に集まった国民の意見は、90%近くが分離徴収に反対していたと主張した。実際、立法予告に集まった公開意見には、「受信料徴収がなくなるわけではないので分離徴収は面倒なだけ」「憲法裁判所が認めた統合徴収による財源確保を壊すのは政府による放送掌握としか言いようがない」「十分な議論なく分離徴収に変更することに反対する」「現行の統合徴収がもっとも効率的ではないか」など、分離徴収に疑問を唱える意見が多く書き込まれていた。

ところが、世論調査機関である国民リサーチグループが2023年6月に18歳以上1,009人を対象にした受信料廃止に関する調査では、57.9%が賛成している。賛成と答えた人を支持政党別に分けると、与党支持派は受信料廃止賛成が84.1%だったのに対し、他党支持派は受信料廃止賛成が37.3%であり、廃止に反対する意見(45.7%)の方が多かった。支持政党がないと答えた人は受信料廃止賛成が49.2%だった。韓国では受信料そのものの必要性に疑問を唱える人が増えているとも受け止められる。

受信料廃止や分離徴収に賛成する意見として、KBSの公共放送としての役割や経営に関する不満の声も多くある。KBSのキム・イチョル社長もこれを認めていて「KBSは非効率的組織との国民の批判が少なくないことはよくわかっている。しかしKBSは少ない費用と少ない人員で世界有数の公共放送局と競争し、公的責務を十分に遂行している」「公正性と経営効率化という課題については、具体的解法を用意し国民に報告する」という立場を示している。

韓国内では受信料分離徴収による収入減少により公共放送のKBSも打撃を受けるが、教育放送EBS(教育放送公社)への影響が大きいとして懸念する声が大きくなっている。EBSの財源は大学受験教材販売と受信料などだが、少子化で教材が売れず深刻な財政危機を訴えている。


(注)KBS(韓国放送公社)は1948年に国営放送として発足。現在は100%政府が出資する放送公社。主な財源は受信料収入と広告収入。公共放送事業者は、KBSのほかに教育番組に特化したEBS(教育放送公社)があり、財源は放送通信発展基金、広告収入のほかにKBS受信料収入の3%が配分されている。(NHK放送文化研究所編『NHKデータブック 世界の放送2023』より)

ITジャーナリスト/KDDI総合研究所特別研究員

趙 章恩(チョウ・チャンウン)

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