[韓国ソーシャルイノベーション事情] 地域活性化アイデアで生まれ変わる廃校、少子高齢化進む農漁村に新たなビジネスチャンス

.

筆者の母親の故郷は、韓国戦争が起きたことを1年ぐらい経ってから知ったというほどの田舎である。母は片道4キロ以上歩いて小中高校に通ったそうだ。山を越えて川を渡り学校につくと、お弁当は自然にビビンバプになっていたとか。お弁当箱が上下左右に揺れ続けビビンバプになるほど大変な通学路だったというわけだ。

 そんな田舎にも今は大きな道路ができてスクールバスもある。人口が少ないので子供たちは未だ4Km離れた学校に通わないといけないが、もう歩いて学校に行くことはなくなった。給食があるのでお弁当もいらなくなった。昔とは比べにならないほどよくなった母の母校だが、廃校が検討されている。急速な少子高齢化により入学生がいないのだ。

 全国の教育庁の統計によると、1982年3月から2015年3月まで廃校した全国の小中高校は3725校(暫定値)、年間平均113校が廃校になった。廃校は特に農漁村に集中している。同期間中、ソウル市内の学校で廃校になったのは1校しかない。

 廃校の基準は地域の教育庁(教育委員会)ごとに違うが、平均的に在学生が15人以下だと統廃校の対象になる。しかしどの地域もできるだけ廃校にしない方針で、保護者の3分の2以上が廃校に同意しない限りは学校の運営を続けている。韓国最南端の島「マラド」は在学生が一人もいなくなった小学校が廃校の危機に陥ったが、もしかして、という希望を持って、済州教育庁は廃校ではなく休校にした。

 廃校にしないためには、農漁村の子供の人口を増やすしかない。韓国の自治体は地域活性化のため、「帰農」サポートを手厚く行っている。住宅や農地を安く貸し、営農指導もする。田舎は生活が不便というイメージを払拭するため、病院やコンビニを建て、自宅で高速インターネットが使える環境もばっちり整えている。子供の教育のためスクールバスはもちろん、村営塾、村営家庭教師を利用できる自治体もある。農漁業の後を継ぐ青年の婚活は、それはもう自治体総力で取り組んでいる。それでも農漁村の人口は減り続けている。

 廃校になってしまった学校はどうなるのか。人がいなくなると建物はあっという間に荒れてお化け屋敷みたいになってしまう。子供はいなくても、学校の建物は地域の財産として、地域住民のために使いたいものだ。放置するのはもったいない。

 2013年からソウル市は、ソウルから車で2時間以内の田舎の廃校を借りて、ソウル市民のためのキャンプ場を運営している。ソウル市が運営する市営キャンプなので利用料も安い。4人家族で1泊当たり約2000円あればキャンプ場に入場し、テントやマットレス、ピクニックテーブルまで借りられる。おかげでソウル市民にとても人気があり、常に予約がいっぱいである。ソウル市は毎年廃校を1校ずつ借りて、キャンプ場を増やしている。帰る田舎がない都会生まれの親が子供を連れて行く憩いの場になっているそうだ。ソウル市は2018年まで廃校キャンプ場を20ヵ所に増やす計画である。廃校キャンプ場がオープンすれば、その周辺地域のお店や食堂の客も増えるので地域経済も潤う。

 ソウルから電車で1時間ほど離れた安山市は、2006年から地元の廃校を「英語村」に改造している。学校の敷地に入ったらそこはアメリカ、という設定で、英語しか通用しない村で生活するという英語教育プログラムである。

学校の入り口が入国管理局、さっそく英語で入国審査を行い、英語村パスポートにスタンプを押してもらって入場。廃校の教室はスーパーやお料理教室、病院、旅行代理店などに模様替えしてあり、子供たちは英語を使って生活する仕組みになっている。主に小学校1〜6年生が、放課後や夏休み・冬休みに参加する。英語村は全国各地にあるが、ここは安山市営なので参加費が通常の3分の1程度。そのため安山市英語村のホームページに参加者募集の告知が出ると、定員の100倍以上が殺到して1分足らずで募集終了、大騒ぎになる。

 釜山市は廃校を、「青少年文化センター」や「山林教育センター」など、学校ではなかなかできない特別プログラムを運営する施設として運営している。釜山の近くにある蔚山市は、廃校を「追憶の学校」に改造、1960年代から70年代にかけて実際に学校で使われていた小物や制服を集めて展示し、家族みんなで楽しめる観光名所にした。

 大邱市は、学生の数が減少し廃校の危機にある学校を2011年から「幸福学校」に指定し、教育庁が定めたカリキュラムではなく、学校が学生と地域の特徴に合わせて自律的にカリキュラムを運営してもいいことにした。幸福学校第1号のソチョン小学校は、アトピーがある子供のための学校に生まれ変わった。有害物質を極力発生させないよう学校の施設は木、黄土などを使い、毎日散歩をして畑仕事を体験し、子供に体力をつけるカリキュラムに変えた。その結果、2011年65人だった学生が2015年122人に増えた。大邱市にはこのほかにも外国語教育に特化した幸福学校や、学生全員が参加するオーケストラを運営する幸福学校も登場した。

 幼稚園児から大学受験勉強が始まる教育熱心な韓国だが、最近はだんだん、小学生の時ぐらいは自由に好きなことをさせてあげようという雰囲気になりつつある。こうした親の教育方針の変化が、幸福学校の人気を後押ししているといえるだろう。



By 趙 章恩

 

Newsweek コラム&ブログ

韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年6月

-Original column

http://www.newsweekjapan.jp/cho/2016/06/post-5.php