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2015年の新年早々、韓国では医療機器の規制緩和をめぐる大論争が起こった。背景には、韓国ならではの医療事情がある。医師会と漢方医師会の対立である。
韓国政府は2014年12月末、漢方医もX線撮影(レントゲン)装置や超音波診断装置などを使用できるよう規制を緩和すべきだとして、「漢方医の医療機器使用方案」を検討し始めた。ところが医師会がこれに猛反発。2015年1月21日には結局、議論そのものが振り出しに戻った。
背景に漢方医学の浸透
韓国の大学には医学部とは別に漢医学部がある。漢医学部では、6年間の課程を修了し、国家試験に合格すると漢方医の免許を取得できる。韓国には漢方総合病院が多数あり、針灸の他、整形外科や内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、婦人科、小児科など、一般の病院と変わらない診療科をそろえている。こうした状況から、漢方医師会はかなり前から「国民の健康と漢方の現代化のために医療機器の使用を認めるべき」と主張していた。
韓国の憲法裁判所は2013年に、「眼圧測定装置や自動眼屈折検査装置、細隙灯顕微鏡など、安全に問題がなく漢方医にとっても結果の判定が難しくない医療機器については、漢方医が使用しても問題ない」との判断を示した。保健福祉部(省)も「国民の安全と健康に害がなく、漢医学部のカリキュラムに含まれる医療機器に限って、使用を認める方向で検討する」との立場を取っていた。韓国政府は今回、こうした方向に沿って漢方医の医療機器使用を許可する方向に動いたわけである。
「無免許運転と同じ」と医師会
ところが、韓国の医師会である大韓医師協会は、「漢方医が医療機器を使用することは無免許運転と同じ。結果判定能力のない漢方医が医療機器を使えば、医療の質が低下する」と反発。同会会長は「11万人の医師が手段を選ばず闘争する」と宣言した。医学部の学生協会までもが「漢医学部で履修する医療機器科目は一般教養程度にすぎない。漢方医は医療機器の使い方やデータの解釈を専門に学んでいないのだから、使用を許可してはならない」と反対声明を出すほどの騒ぎとなった。
これに対し、漢方医師会も負けじと反論。「国民の健康のために医師会は欲を捨てるべきだ。医療機器を使用して患者の状態を正確に把握することが最優先されるべき」と主張した。漢方医師会が全国20~70歳代の男女1000人を対象にアンケート調査を実施したところ、回答者の88%が漢方医による医療機器使用を認めるべきだと回答したという。
漢方医師会は、中国を引き合いに出してこのようにも主張する。「中国では漢方医が先端医療機器を自由に使えるために代替医療(complementary and alternative medicine)が発達し、世界で10兆ウォン(約1.1兆円)規模の代替医療市場を同国が席巻した。これに対し韓国では、合理的でない規制によって漢方医の役割が制限されている」。
規制緩和検討は「Samsungのため」との見方も
医師会と漢方医師会が対立を深める中、漢方医による医療機器の使用許可を誰よりも強く望んでいるのは医療機器業界かもしれない。韓国メディアの試算によれば、全国で1万3000近くある漢方病院がMRIやX線CT装置、レントゲン装置、血液検査装置といった医療機器を新たに購入した場合、1兆ウォン(約1100億円)の売り上げが発生するという。
韓国メディアは漢方医が医療機器を使用できるようになれば、その恩恵を最も受けるのは、韓国Samsung Electronics社だと見る。同社の医療機器事業の実績が思わしくない中、漢方医による医療機器の使用許可検討は同社のためとの見方もあるほどだ。医療機器を設置済みの病院の買い替え需要はなかなか生まれないため、規制緩和によって新たな需要を作ろうとしたというのである。
結果的には韓国政府が医師会の反発に屈する形となり、漢方医の医療機器使用許可をめぐる議論はなかったものとされた。それでもなお、漢方関連の研究団体などは「漢方病院の骨折治療件数は全国で年間420万件を超えており、生命に支障がない範囲でのレントゲン装置の使用は許可すべき」と主張。最低限の規制緩和として、漢方医にもレントゲン装置と超音波診断装置の使用を許可するよう、韓国政府に粘り強く求めている。