2011年春、セリフやドラマのストーリーすべてが話題となり韓国で社会現象にまでなったヒットドラマ「シークレットガーデン」。人気絶頂の俳優ヒョン・ビンはこのドラマの主人公を最後に30歳で海兵隊に入隊した。これは韓国人男性なら避けて通れない兵役の義務のためであるが、30歳で海兵隊に入隊したのはヒョン・ビンが初めてだそうで、最高齢記録を塗り替えてしまった。
兵役の義務を終えるまで2年間は芸能生活ができないのでファンともお別れとなるが、ヒョン・ビンは例外の待遇。海兵隊は毎日のようにヒョン・ビンがどのような訓練をして何をしているのかブログで写真を公開し、ドキュメンタリー番組、はては写真集まで作ってしまった。
海兵隊のブログ「飛べ、マリンボーイ」は、家族に見てもらうため、入隊したすべての訓練兵らの写真や動画を掲載して開設された。実際に訓練兵の写真の下には、母から「うちの子は風邪をひいてないか、ご飯はちゃんと食べているか」といったメッセージが書き込まれ、新兵教育担当者が「○○は元気にしています。風邪もひいていません」と答えている。
ドラマ「バリでの出来事」で日本でも人気の高い俳優チョ・インソンも徴兵のため2009年空軍に入隊し、空軍ブログの顔として活躍した。空軍はチョ・インソンの軍生活を写真と動画で見せるコーナーまで作り、ブログの目玉にしてしまったほどだった。空軍ブログではクリスマスイベントとして、ブログにコメントを残すと抽選でチョ・インソンのサイン入り年賀状をプレゼントする企画まで催した。ブログが更新される度にファンがTwitterでつぶやき、ネット新聞の記事になり、テレビにまで紹介された。チョ・インソンが軍にいた25カ月の間、空軍はお金で換算できないほどの宣伝効果を上げたといえるだろう。
入隊した芸能人の軍生活がネットに公開され、ファンを喜ばせているのを見て、自分も注目されたいと思ったのか、芸能人でない人までも自分の軍生活を写真に撮ってソーシャルネットワーキングサービス(SNS)サイトに載せるようになった。これが今、問題になっている。
国防部によると、韓国には法律やネット関連知識のある専門兵士で構成する国防サイバーパトロールチームが82チームあり、軍事機密や国防を害する書き込みがネットにないか24時間モニタリングしているそうだ。そのサイバーパトロールチームが2011年1~3月に摘発した「サイバー軍紀綱違反行為」は1029件にのぼるという。この内300人が懲戒処分となった。パトロールチームが摘発した違反行為は上部に報告され、違法なのかどうか判断し刑事処罰される。
摘発した写真や動画は、ほとんどが軍内部での日常を記念に撮影したものだが、うっかり背景に重要な軍事施設が写り込んで機密を流出してしまったケース。軍内部の生活を面白おかしく撮影して元気にしていることを友達に見せようとしただけなのに、軍人の名誉を失墜させたと摘発されたケースもあった。
芸能人の軍生活がネットで話題になっているのを見て、自分もSNSサイトに軍隊の写真を載せて訪問者数をもっとたくさん集めたい、もっとコメントを書き込んでもらいたい、といった単純な動機の人がほとんどで、それが違反だと気付いていないようだ、と国防部は分析している。芸能人の軍生活はちゃんと検閲した写真だけを載せているから問題になるようなことはない。
テレビ局SBS(ソウル放送)のニュースによると、2011年陸軍訓練所の入営対象者だけでも12万人余り。毎年これだけの人が新兵になるので、問題は繰り返されているようだ。
国防部のサイバー犯罪捜査課の関係者は、「注目されたい気持ちは分かる」としながらも、最近はSNSサイトの利用者が増え、軍内部にもネットカフェがあってメールやテレビ電話を使えるようになってから、自分でも気付かないうちに「軍事機密保護法」、「情報通信網利用促進及び情報保護法」、「国防サイバー軍紀綱統合管理訓令」違反になることもあるので気を付けてほしい、と注意を呼び掛けた。
青春の思い出(というか自慢したがる苦労話)を友人とシェアしたいという気持ちが思わぬ機密流出になることもあるのが、韓国という分断国家の悲しみかもしれない。
趙 章恩=ITジャーナリスト)
日経パソコン
2011年6月22日
-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110623/1032566/