スマートスクール最前線 from 韓国 ; 第1回:教科書の“デジタル・シフト”

スマートスクール最前線 from 韓国

第1回:教科書の“デジタル・シフト”


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2012/07/23 00:00

趙 章恩(チョウ・チャンウン)=ITジャーナリスト

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ソウルから西へ約40km。デジタル教科書を使った先進的な授業の様子を見るために、仁川(インチョン)市にあるヨンハク小学校、サムサン小学校、トンマク小学校という3校を訪問した。これらの小学校は、韓国政府によって「デジタル教科書研究学校」に指定されている。

 教室に入ると、正面には電子黒板が設置され、生徒一人ひとりにはノート・パソコンが配布されている。ヨンハク小学校5年生の国語の授業では、生徒が米Microsoft社のプレゼン・ソフトウエア「PowerPoint」を使って自分の意見をまとめ、それを電子黒板に表示して皆の前で発表していた(図1)。サムサン小学校5年生の科学の授業では、デジタル教科書が出すクイズを生徒たちがパソコン上で答えていた。









図1 デジタル教科書を使った授業 風景

実験的にデジタル教科書を使った授業を実施している小学校での様子。(a)は 仁川市のヨンハク小学校。5年生の国語の時間で、自分の意見をPowerPoint にまとめて電子黒板で他の生徒に見せ ながら発表している。(b)はサムサン小 学校5年生の科学の授業風景。デジタ ル教科書にある参考資料を見て天体と星の大きさの違いを学び、クイズを解いている。


 

 デジタル教科書を使った授業を担当する教師によると、生徒たちは使い方を細かく教えなくても直感的に把握して使いこなし、教師よりもインターネット検索やPowerPointでの資料作成に長けているという。


 授業では、担当教師たちがデジタル教科書と電子黒板を使いこなし、楽しく授業をしている様子が伝わってきた。デジタル教科書の中には参考書が入っているが、教師たちはそれだけに頼らずに、授業に関連する参考資料が掲載されている教育用Webサイト「EDUNET」などから写真や動画を集めてオリジナルの教材を作っていた。デジタル教科書の学習効果は、資料が多いほど理解しやすい社会と科学が比較的高いという。


政府主導の教育改革


 韓国の文部科学省に当たる教育科学技術部と国家情報化戦略委員会は2011年6月29日、国家教育政策として「スマート教育推進戦略」を発表した。2014年からは小・中学校で、2015年からは高校でもデジタル教科書が全面的に使われることになった。当初は2013年から本格的に導入される計画であったが、教室の環境や実用性などが問題になり、1年遅れでの開始となる。


 もちろん、紙の教科書がすぐに撤廃されるわけではない。当面は、紙の教科書とデジタル教科書が併用される。科目の単元ごとに教師が効率よく教えられる教科書を選択して使えるようにする。


 「スマート教育推進戦略」は、韓国の公教育(義務教育や公立学校の教育)をよりスマートに行うためにはどうしたらいいのか、という課題を解決するための教育改革である。教育課程、教育方法、学習評価、教師研修などすべてを変えるもので、大きく六つの戦略が盛り込まれている。


 具体的には、① デジタル教科書の開発と適用、② オンライン授業の活性化、③教育コンテンツの公共利用環境の構築、④ スマート教育の強化、⑤クラウド・コンピューティングを基盤にした教育サービス、⑥スマート教育推進のための未来教育研究センターの設立、などである。


 このようにコンピュータやインターネットを活用した新しい教育の実現に向けた包括的な戦略であるが、中でも最も注目を集めているのがデジタル教科書である。


所得格差が生む問題を解決へ


 教育科学技術部が定義するデジタル教科書とは、「学校と家庭で時間と空間の制約がなく利用でき、既存の教科書に参考書、問題集、用語辞典などを動画、アニメーションなどのマルチメディアを使って統合。多様なインタラクティブ性を持ち、学習者の特性と能力などに合わせて学習ができるようにした教材」である。


 導入の主な目的に、子供たちが自主的に勉強できる環境を構築することや、紙を使わないことによる地球環境対策、などがある。しかし、それらよりニーズとして切実なのは、所得や地域の格差がなく勉強できる「均等な教育機会」の提供である。


 最近、韓国では不況やリストラなどで所得の格差が広がっている。一般に所得が高い家庭の子供は塾に通えるので成績がよく、名門大学に入学して就職できる。一方、所得が低い家庭の子供は大学に行けないので就職もできない、といった“負の連鎖”が起きている。


 デジタル教科書には、こうした所得格差が生み出す社会問題の解決への期待も大きい。教育科学技術部は、「デジタル教科書は教科書と参考書が一つになっているので、塾に行かなくても子供が一人で勉強できるし、教育費を節約できる」と強調する。


国を挙げてeラーニングを支援


 韓国におけるデジタル教科書開発の歴史は、1997年にまで遡る。同年には、学校総合情報管理システムである「SIMS(School Information Management System)」が導入された。「学校PC教育強化方案」などが策定され、教育用ソフトウエアの開発が始まった。


 韓国ではブロードバンドが本格的に普及した2001年から、動画で英会話や大学入試に向けた勉強ができるeラーニングが盛んになった。2004年には世界で初めて「eラーニング産業発展法」を制定し、政府は中小のeラーニング事業者を支援してきた。2009年にはeラーニング法を「eラーニング産業発展及び活用促進に関する法律」に改定し、国務総理が管轄するeラーニング活性化委員会も始動した。


 改定された法律には、小学校から大学まで教育機関でのデジタル教科書や電子黒板などのIT機材の購入・活用を政府が支援することが明記された。韓国のeラーニング産業市場は、2004年の1兆3000億ウォン(約867億円)から2010年に2兆2500億ウォン(約1500億円)と、年平均で約10%成長している。国民のeラーニング利用率も、2010年末時点で3歳以上のインターネット・ユーザーの49%、小・中・高校生の場合は74.4%に上る。



出典:日経エレクトロニクス,2011年12月26日号 ,pp.19~21 (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)


Original link
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20120719/229183/
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