低俗ドラマ人気も「表現の自由」? 韓国テレビ放送事情

韓国言論財団の「2008年言論受容者意識調査」によると、韓国人がもっとも信頼するメディアは地上波放送(60.7%)で、2位以下に圧倒的な差をつけてトップだった。今回は韓国の最新テレビ番組事情とIPTVの商用化で変わり始めた視聴者動向を報告しよう。(趙章恩)

 なお、この意識調査によると、信頼するメディアの2位はインターネットで20.0%、新聞が3位で16.0%だった。ネットが新聞を上回ったのは2008年が初めてのことである。一日平均媒体利用時間も地上波放送、インターネット、ケーブル放送・衛星放送、ラジオ、新聞、雑誌、IPTVの順となっていて、広い意味での「放送」が占める時間は非常に長い。


■最近のヒットは「妻の誘惑」


 韓国では放送の中でも「ドラマ」と「9時のニュース」が非常に強い影響力を持つ。ネットの普及によってテレビ離れが進んだといっても、未だに視聴率40%を超えるお化けドラマが存在する(歴代最高視聴率ドラマは1996年にヨン様が出演した「初恋」で65.8%。ドラマが始まると水道の使用量が急減する現象まで起きた)。


 ドラマの放送時間帯は韓国独特で、平日朝の「朝ドラマ」と午後9時のニュースが始まる前に放映される30分の「1日ドラマ」、週2回放映される1時間の「月火ドラマ」「水木ドラマ」「週末ドラマ」、週1回の「金曜ドラマ」などがある。ケーブルテレビが独自に制作するドラマもある。


 人気ドラマに登場した商品やファッションは大流行し、主人公の職業やセリフのなかで何気なく登場する豆知識がよく社会現象になる。


 民放のSBSがニュースの前に放映している1日ドラマ「妻の誘惑」は、2008年から2009年にかけて最もヒットしたドラマだ。ストーリーは、幼なじみと夫が浮気→妻を自殺にみせかけ川に落とす→同じ日に川で自殺した女性の家族に助けられその女性になりすます→夫は妻が死んだと思っている→他人のふりをして夫を誘惑→幼なじみに復讐、というありそうにない内容。


しかし、復讐する→反撃される→また復讐→また反撃される→また復讐、というパターンを40話分ほどもひたすら繰り返し、ついに夫の家族を破滅させるという分かりやすい展開が人気を呼んだ。



■再放送VOD「ダシボギ」が収益に


 このドラマは主婦はもちろん中年男性までも熱狂し、番組名をもじった「帰宅の誘惑」という言葉が流行語になっている。韓国には姦通罪が存在するにも関わらず、人気ドラマのほとんどは、夫が浮気→妻と離婚するためにいじめ→嫁より浮気相手をかわいがる姑登場→妻の復讐開始、という筋書きである。


 復讐がエスカレートするほど視聴者も熱中し、放送局のサイトやIPTVの利用も急増する。ドラマは放送局のサイトやIPTVの再放送VODサービスにより1本1000ウォン(約70円)で視聴することができる。これは「ダシボギ」(もう一度観る)と呼ばれ、放送局の映像コンテンツ販売収益はかなりの金額になっている。


 ダシボギはDVDクラスの画質なので、IPTVのセット・トップ・ボックス経由で大画面テレビで観てもきれいな映像を楽しめる。以前は著作権が問題になったが、今ではドラマ制作契約の際にダシボギに関する契約も同時に行われる。制作プロダクションも俳優も地上波の番組はVODで再放送されるのが当たり前と認識するようになった。


 「妻の誘惑」がヒットしたおかげで、その後すぐ始まるSBSのニュースまで視聴率が上がっている。1日を締めくくる夜9時のニュース(SBSだけは8時開始)は、もっとも広告が付く時間帯である。放送局にとって、ニュースの視聴率を上げてくれるドラマはとても大事な存在なのだ。


 SBSのサイトではドラマのキャプチャー画像を利用したパロディ写真の投稿ギャラリーも人気を集めている。視聴者が新たなストーリーを作ったり、ドラマのポスターを作ったりして投稿する。日本だったら肖像権の侵害で訴えられそうだが、韓国ではこのユーザー投稿のおかげで口コミが広がり、さらに視聴率が高くなることを経験しているため、あまりきついことは言わない。



■放送途中で内容が突然変身


 こうした視聴率の高いドラマのほとんどは「マクジャンドラマ」と呼ばれ軽蔑されているが、それでも高視聴率をキープしているのは不思議としかいいようがない。マクジャンとは「炭鉱の坑道の終わり」「これ以上落ちるところがない最悪な状況」を意味する。「不倫」「復讐」「出生の秘密」「不治の病」「奇跡としか思えない偶然」を繰り返し、「こんなの絶対あり得ない!」というようなストーリーで視聴者を刺激する。


 韓国は地上波放送の番組の規制が厳しく、全ての番組は全年齢視聴可、7歳以上視聴可、12歳以上視聴可、15歳以上視聴可、19歳以上視聴可の5等級の年齢制限がつけられる。この年齢制限は、テレビ画面の20分の1以上の大きさで番組が始まる前30秒以上、放映中10分ごとに30秒以上表示しないといけない。19歳以上視聴可の番組は平日13時~22時、休日10時~22時は放送できない。


 問題は、最初は12歳以上視聴可のほのぼのホームドラマでスタートしたのに、視聴率が出ないとその瞬間マクジャンドラマに路線を変える番組があることだ。韓国のドラマはその日撮影してその日放映するほど、タイトな制作期間の中で作られる。俳優の人気がないと突然留学に行かせたり、交通事故で死なせて登場人物を入れ替えたり、愛する男性の出世のために隠れて子供を産んで姿を消したりと、最初の企画案とは全く違うドラマに変身するのである。


■「花より男子」も人気だが・・・


 小学生に人気の高いドラマ「花より男子」(日本の「花より男子」の韓国版)もマクジャンドラマと呼ばれ、子供への悪影響が心配されている。制服のスカート丈が短すぎる、高校生のキスシーンが登場するとは何事だ、学校の中で暴力を振るうシーンが放映されていいのか、お金持ちは偉いという思想を植えつける、などなど、視聴率が上がれば上がるほど、苦情も多くなっている。


 花より男子は民放ではなく公営放送のKBSで放映されているが、KBSは視聴率が高いのをいいことに、ドラマの予告編VODまで有料で配信し始めた。通常、1~3分ほどの予告編VODは無料なのだが、KBSは8~9分に伸ばしてダシボギと同じ料金を取っている。これには、ドラマ放映を待ちきれない小中学生のお小遣いを吸い上げている、公営放送の役割を忘れて金儲けに目がくらんでいると、非難が沸き起こっている。



■IPTVで「我が家だけの番組編成」


 最近はマクジャンドラマを子供たちに見せないため、「我が家だけの番組編成」を作る家庭も増えてきた。2008年11月に地上波デジタル放送の再送信を含むIPTVが商用化されてからの現象である。IPTVの加入世帯は2008年末で160万を超えた。


 IPTVはパソコンの小さな画面でなく、テレビで好きな時間に好きな番組を観ることができる。そこで、番組表の通りではなく子供たちが宿題を終えてからアニメを観たり、子供たちが寝た後でドラマを観るといったように、家族の生活に合わせた視聴パターンに切り替える家庭が徐々に出てきたのだ。


 地上波放送のドラマだけでなくケーブル放送局が制作したドラマのVOD利用も増えている。また視聴率は1桁どまりなのにVODの利用が20万件近くに達し、広告より有料販売で収益を上げるドラマも少なくない。


 映画でじわじわと観客数を伸ばしているのは、農村に住む80代の老夫婦と30年を一緒に生きてきた40歳の老牛の1年を追ったインディ映画「ウォナンソリ(Old Partner)」だ。公開から1カ月で観客数が90万人を突破し、もうすぐ100万人を超える。これはインディ映画としては異例の記録で、人口4900万人の韓国でインディ映画100万人突破は商業映画の1000万人と同じぐらいの大ヒットなのだそうだ。






キム・ヨナ選手を特集したSBSニュースサイト




■実態に合わなくなってきた視聴率調査


 「胸が痛む泣ける映画」というネットの口コミだけで広がり、2008年1月には7スクリーンしか確保できなかったのが、2月には217スクリーンに拡大され、国会でも上映された。制作費2億ウォンの低予算で既に22億ウォンの収入を上げている。デジタル映画で制作されたため、スクリーンが増えてもフィルム代がかからないのも収益につながっている。


 映画もテレビ番組と同じように、映画館で公開された後はDVDではなく1件2000~3500ウォン(約140円~230円)のVODで販売される。韓国ではDVDのパッケージ販売はもちろんレンタル市場までもしぼんでしまい、VODが収益源になっている。映画館での上映が終わるころにはIPTVでVODが有料公開され、その次に映画サイトで有料公開される。


 VODの利用増加から視聴率の計算方式を変えようという案も検討され始めた。韓国の視聴率調査は4050世帯を対象に、地上波、ケーブル、衛星放送など200チャンネル分を集計している。しかし、IPTVやモバイル放送が産業として成り立つためにはVODの視聴率も広告単価の計算に入れ、家庭以外での視聴、ワンセグやパソコンからの視聴も視聴率に入れるべき時代なのかもしれない。


 キム・ヨナ選手のフィギュアスケート大会も時差のため視聴率は高くなかったが、演技やインタビュー、会場の様子を動画で観られるSBSニュースサイトのページビューは4日間で1100万を突破し、史上最高を記録した。こうみるとテレビで番組を観るという行為だけを視聴率と考えるのはおかしいというのがよく分かる。





■マクジャンドラマも「表現の自由」?


 日本でも韓国でもネット普及によってテレビの利用が落ち込んでいると分析されることが多いが、韓国では利用形態が変わっただけで依然として地上波放送の番組が絶対的な影響力を持ち続けている。マクジャンドラマが増えていることに関しても、表現に自由という観点から見れば多彩なジャンルのドラマが登場するようになったのはいい現象ではないかと評価する意見もある。


 マクジャンドラマが氾濫する一方で、視聴率が低くてもVODで収益を上げられるという自信をつけたプロダクションがいろいろな冒険をし始めた。マクジャンドラマは「表現の自由」や「メディアの選択の幅が広がった」ことの裏返し、なのかもしれない。


 – 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  


[2009年2月25日]


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