全国言論労働組合のストライキ、地上波放送局MBCの番組制作中断、そして7月22日の国会大乱闘の原因となった韓国「メディア法」公布案が7月28日に議決された。これと前後して、ストライキを主導して改正反対集会を開いた言論組合の委員長が逮捕され、番組制作中断に参加したプロデューサーなど組合員に対する捜査も始まった。
メディア法改正案は22日、与党ハンナラ党が国会本会議で強行採決に踏み切り、賛成多数で可決された。法案に反対していた野党議員は採決を阻止しようと与党の議員と衝突し、その乱闘劇はメディアを通じ日本はもちろん世界に知れ渡った。なぜ、このような事態になってしまったのか。
■軍事政権の名残を改めるはずが・・・
メディア法は「放送法」「新聞法」「IPTV法」のメディア関連3法の総称で、今回の改正は、(1)新聞とニュース通信社の相互兼営禁止条項を廃止する、(2)新聞社と大手企業(財閥グループ・通信会社など)による放送局への資本参加を10%まで認める、(3)新聞社と大手企業による「報道チャンネル」「総合編成チャンネル」への出資を30%まで認める――が主な内容である。これにより、メディア業界の縦割りをなくし、新規事業者と既存事業者との競争を促進することで市場や雇用を拡大するのが法改正の趣旨とされている。
韓国では軍事政権下の1980年、「放送の公営化」を名目に放送局の統合が行われた。新聞・大手企業の放送参加は禁止され、当時の民放は全てKBSとMBCの2局に統合された。KBSは公営放送でありながらMBCの株式の7割を握る不思議な支配構造で、韓国では1991年に開局したSBSが唯一の民放である。
李明博(イミョンバク)政権の政府・与党は、この軍事政権の名残であるメディア法の改正により、「地上波放送局を中心とするメディア市場独占をなくし、新聞社・放送局のグローバル競争力を高める」と説明する。政府は、2012年末のアナログ放送停波を特別法で明記しており、地上デジタル放送時代の競争力あるメディア企業をつくり出し、コンテンツを多様化させるために必要な改正と主張する。
これに対し、反対する世論は、「政権と仲のいい財閥に放送を渡し、メディア業界を掌握して国民の目と耳と口を封じ込めようとしている」と批判する。野党民主党も「イミョンバク大統領寄りの新聞社に放送局を支配させようと狙っている」と依然反対しており、与野党対立の溝は深まるばかりだ。
■大きすぎる地上波放送局の影響力
メディア法改正が韓国内でこれほど波紋をもたらした背景には、地上波放送局3社の影響力の大きさがある。
韓国言論財団の「2008言論受容者意識調査」によると、影響を受ける媒体として地上波放送を選んだ人は57%で、新聞の8.2%、インターネットポータルサイトの21.4%を圧倒する。日本のビデオリサーチにあたるTNSメディアコリアの調査では、地上波放送の総合ニュースといえる夜9時のニュース平均視聴率はいまだに30%を超えている。
新聞は、地下鉄駅で配布される無料新聞やインターネットの影響で自宅での購読率が激減している。インターネット新聞やブログニュースが発達した韓国だが、「地上波放送をコントロールできるものは世論をコントロールできる」とまでいわれるほどなのだ。
そう考えると、放送市場を開放して新しい放送局をつくるべきという政府の主張も一理あるようにみえるが、韓国の歴史を振り返れば、結局は放送市場までが大手企業の利害で動かされたり、今まで以上に政府寄りの意見を放送したり事実を歪曲したりするといった懸念は抱かざるを得ない。
■MBC民営化は簡単に進まず
では、放送局は今後どのように変わっていく可能性があるのか。
KBSは現在、公営放送でありながら収入の6割を広告に依存している。これを「受信料8割、広告2割」にして、視聴率を意識せず質の高い番組を制作するという方針を打ち出しているが、そのために受信料を値上げするという案は視聴者に納得されないだろう。
一方、MBCは公営放送のような株主構造でありながら広告収入に依存する民放として運営されてきた。これを変えるため、新聞社や大手企業の出資を受けて完全な民営化に踏み切ることになるといわれているが、それがストライキの原因でもあり、メディア法が改正されたからといってそう簡単にはいかないはずだ。
今回のメディア法改正で、新聞と大手企業の参入が許可されることになった報道チャンネルとは、全放送時間の8割以上がニュースで編成されるケーブルテレビ・衛星放送向けチャンネルを指す。韓国では1993年に許可を得たYTNが唯一の報道チャンネルである。
また総合編成チャンネルとは、ケーブルテレビ・衛星放送向けに報道、娯楽、スポーツなどどんなジャンルの番組でも放送できるチャンネルである。地上波放送の場合は放送時間が1日19時間と決まっているが、総合編成チャンネルは24時間放送が可能で、中間広告(番組の途中に入る広告)も許可されている。
韓国では全世帯の約89%がケーブルテレビ・衛星放送を通じて地上波放送を受信している。そのため、報道チャンネルや総合編成チャンネルも地上波放送に負けない視聴世帯を抱えていることになる。新規参入が進んでチャンネルが増えれば、コンテンツ流通が拡大し、地上波放送局に牛耳られていたドラマをはじめとする番組制作や契約関係にも変化が現れるものと期待されている。
■メディア淘汰や独占加速の可能性も
しかし、新規参入どころか、逆にメディアの淘汰や特定企業による支配の強化につながる可能性もある。韓国の放送広告は、これまですべて韓国放送広告公社という組織が審議し、各放送局に分配する仕組みがとられてきた。この公社が解散し、10年からは放送局が自ら広告を受注することになるからだ。
テレビ広告はすでに数年前から市場環境が厳しく、新規参入でチャンネルが増えれば奪い合いはさらに激しくなる。クロスメディア広告も重視されるようになるだろう。地上波放送やIPTV、ケーブルテレビなど複数のメディアを持たない企業は広告競争で生き残れず、中小規模のケーブルチャンネルや地方民放がつぶれるのは時間の問題となる可能性が高い。
そうなれば新規事業者の参入による市場活性化どころか、大手企業にメディア市場を差し出すことになってしまう。韓国の財閥グループはそれぞれ傘下に広告制作だけを担当する広告代理店を抱える。これが広告制作から広告営業までをカバーすることになれば、大手企業のメディアへの影響力はおのずと強くなるだろう。
縦割りをなくせば、競争が促進して市場も雇用も拡大するとバラ色の未来を描いているが、放送、メディアというのはそうすぐに結果が出る市場ではないはずだ。地上デジタル放送への移行後も含め、この先10年、20年後のことまで見通した法改正でない限り、グローバル競争力を育てるどころか、海外メディア企業に市場を飲み込まれるだけの結果になるかもしれない。
世界中の笑いものになった国会大乱闘までして成立させたメディア法改正であるが、一般視聴者にとっては何のメリットがあるのか。メディア市場の縦割りがなくなれば本当に雇用が増えるのか、まともな番組が増えるのか。イミョンバク大統領は、「企業への規制をなくしてビジネスフレンドリーな市場を作る」というが、国民不在のビジネスはありえない。
– 趙 章恩
NIKKEI NET
インターネット:連載・コラム
[2009年7月30日]
Original Source (NIKKEI NET)
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000029072009