米国では動画など大容量コンテンツのヘビーユーザーがインターネットの通信速度を下げているとして、通信事業者が相次いで利用料金の従量課金方式を検討し始めたという。定額制に慣れ親しんだユーザーは反発しているようだが、韓国でもこの問題は過去に大論争を巻き起こし、事業者が苦い経験をしている。
■米国で進む従量課金制の議論
米CATV2位のタイム・ワーナー・ケーブルは、一定のデータ量以上のネット利用に追加課金する仕組みの実験を始めた。同最大手のコムキャストは10月からユーザーがダウンロードできるデータ量を制限すると発表した。コムキャストはダウンロード量が月250GBを超えるユーザーには警告し、6カ月以内に再度250GB以上のダウンロードがあった場合には1年間利用を停止するという。
コムキャストによると、ほとんどのユーザーの通信データ量は月間2~3GB程度であり、影響を受けるのは全ユーザーの1%以下という。それでも市民団体らは「トラフィックを分散して安定した通信速度を実現し、インターネットの品質を維持するのは企業の責任。消費者に責任を転嫁しようとしている」と反発しているようだ。
■KTが食らった猛反発
韓国では米国より早い2004~2005年ころ、従量課金制の導入が検討されたことがある。韓国のインターネットユーザーの半分以上が加入している通信会社最大手KTが「ごくわずかな一部のユーザーがトラフィックの大半を占めていることは不公平。従量課金制を導入してはどうか」と口火を切った。
きっかけは2004年、韓国政府が教育放送のコンテンツをネットで再放送して、大学受験勉強のための教育費負担を抑える案を発表したことだった。これで動画再放送のための安定した通信品質に関して議論が起こった。
当時、KTは「20%の顧客がネットワークの80%を占有している。20%の顧客のためにバックボーンの拡充に毎年600億ウォン(約60億円)も投資している。サービス全体の向上のためには従量課金が必要である」と主張して理解を求めた。KTは、ファイル交換ソフト(P2P)を利用して大量のファイルをやり取りしているようなユーザーを想定しており、メールやサイト検索など普通の使い方をするユーザーには「影響がない」と配慮の姿勢を示した。
しかし、この提案はすぐさまネットユーザーの猛反発をくらった。ユーザーは「従量課金はインターネット料金の値上げにつながる」「料金にびくびくするようではネットを使った自由な発想は生まれない」「動画投稿やユーザー参加型のコンテンツも縮小する」「新しいビジネスも生まれず、社会経済全体に悪影響が出る」というのが反対側の主張だ。
あまりの反響の大きさに、KTはその後すぐ「従来の料金体系のままでも経営は成り立っていて問題ない」と発表。従量課金はなかったことにして世論を鎮火せざるを得なかった。
しかし現在は当時以上に大容量コンテンツが増え、ドラマの再放送や映画をビデオ・オン・デマンド(VOD)で見る時代だ。タイム・ワーナー・ ケーブルは95%のユーザーは1カ月40GBも使っていないと指摘しているようだが、韓国のようにテレビ局のほとんどの番組がインターネットで再放送されている国で従量課金はつらい。高画質の映画を1本見るだけで8GBぐらいは使ってしまうからだ。韓国人が愛して止まないオンラインゲームも、3Dの豪華なグラフィックが登場するようになりデータ量が増加の一途をたどっている。
■「従量課金制はネット規制の一環」との噂も
米国産牛肉問題で政府に抗議し、ソウル市庁前広場で集会を開く労働者と市民ら=7月2日夜〔共同〕
今年に入って、韓国では別の流れで従量課金制が再び議論になった。米国産牛肉の輸入再開問題に端を発した反政府デモはネットの書き込みに扇動されて拡大したと言われたが、その後、「イ・ミョンバク政権がネット上の投稿を制限するため、従量課金制に変えようとしている」という噂が広まったのだ。
韓国政府は実際に実名確認などでネット規制を強化しようとしている。しかし、「イ・ミョンバク大統領は選挙公約としてインターネット従量課金制を取り上げた」「通信料金を高くしてインターネットを自由に使えなくさせようとしている」などというデマまで広がり、政府も手を焼くようになった。
通信政策を担当する放送通信委員会は「インターネット従量課金制を導入する計画はない」と公式の場で説明に追われた。韓国政府は競争による料金の引き下げ、家計の通信費負担を緩和する政策を推進しており、通信会社が従量課金制を申請しても認可しない方針であるとしている(韓国の通信料金は認可制)。
■わかりにくいPCのデータ通信料
携帯電話でのデータ通信であれば、日本でもパケット通信のデータ量別の料金体系などでデータ量を確認することに親しみはあるかもしれない。しかし、パソコンからのウェブアクセスであれば一体いくら払えばいいのか想像もつかないだろう。自分は毎月インターネットでどれほどの「量」を使っているのか、計算してみたことがある人などいるだろうか。
こうしたなか、韓国では「使った分料金を払う従量制になったらこうなる」という「怖さ」を体験できるプログラムが出回っている。パソコンにインストールして自分がダウンロードしたデータ量をチェックできるというものだ。
1MB=10ウォンで計算した従量料金を表示してくれるのだが、体験者のほとんどが「たった1日で料金が9万6000ウォンほどカウントされた。ドラマの再放送を1本見て、後は検索しか使っていないような気がするのに・・・」などと、自分が思ったより大量のデータをダウンロードしていることに驚くようだ。
■IPTV最優先で従量課金議論は封印
セットトップボックスを設置してIPTVを視聴する韓国の利用者
これから地上デジタル放送の再送信を含むIPTVが始まれば、トラフィック問題は必ずまた出てくる。しかし言い出した張本人のKTは、IPTVの普及に命がけの状態なので、いまは従量課金制については一切触れようとしない。韓国通信業者が従量課金をあきらめたのは、ユーザーのネット利用の権利を守るためではなく、IPTVを普及させてより付加価値のあるサービスで市場のパイを拡大させるためとも言えるだろう。
韓国では従量課金を切り出すとユーザーが敏感に反応するので、通信料金をいじることは百害あって一利なし、といった様子になっている。それよりはインターネット+IPTV+IP電話+携帯電話を組み合わせて安く使わせて通信会社の売り上げを伸ばしていく作戦へと切り替えている。問題はIPTVが従量課金以上の収益改善になるかどうかだ。通信会社の苦悩は続く。
– 趙 章恩
NIKKEI NET
インターネット:連載・コラム
2008年9月16日
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000016092008