[日本と韓国の交差点] 「セマウル運動」を途上国に

.韓国の外務部(部は省)は2013年9月27日、韓国政府国連開発計画(UNDP)の間で「韓―UNDPセマウル運動グローバルイニシアチブ」に関する了解覚書を交わしたと発表した。

 セマウルとは韓国語で「新しい村」という意味。セマウル運動は朴正煕大統領(当時)が1970年代に政府主導で始めた経済発展支援、国民の意識改革運動を指す。都市と農村の格差を縮めるために、農村の生活環境の近代化と所得の増大を目指した。

 セマウル運動当時の写真や映像を見ると、70年代の韓国の農村は今の韓国からは想像もできないほど貧しかった。セマウル運動は農村に大きな道路を造り、茅葺屋根を瓦屋根に変えることから始まった。政府が全国3万4000もの洞・里(日本の町村単位)の住民に、何を作るべきか決めるように促したところ、村会館や橋の建設、道路の舗装、電気・水道設置などが真っ先に候補に挙がった。その後、農地拡大、計画的で科学的な営農、農水産物の流通構造改善、農水産物の品質改善と生産性向上といった政策に展開していった。

 セマウル運動で村が生まれ変わり、農民の所得も上がった。政府が残したセマウル運動の記録によると、1971~1978年までセマウル運動のために政府は5519億ウォン(約500億円)を投入。1兆9992億ウォン(約1800億円)の経済成長効果があったという。

 セマウル運動は、政府主導で農村を変えるための「チャルサラボセ(暮らしを良くしよう)」運動であるが、次第に勤勉、協同、自助、自立を強調する国民の意識改革運動へと発展した。70年代後半からは、都市部でもセマウル運動が始まった。主な活動として、セマウル清掃(住民が街の清掃に参加する)、「セマウル金庫」への貯蓄奨励、バンサンフェ(自治会)の開催などに取り組んだ。

 セマウル金庫は、政府が設立した金融協同組合。バンサンフェは近所の住民の連帯感を維持し、政府施策を広めるための自治会。月1回程度の頻度で開催された。欠席すると罰金が徴収された。

 1980年12月に社団法人セマウル運動中央会が発足し、セマウル運動は政府主導から民間組織主導に変わった。

国連がセマウル運動を評価

 セマウル運動はユネスコに登録されたほど、海外から評価を得ている。ユネスコ世界記録遺産国際諮問委員会(The International Advisory Committee of the UNESCO Memory of the World)は2013年6月、「韓国のセマウル運動は、世界最貧国だった韓国が国内総生産で世界15位(2012年、世界銀行)にまで成長できた礎石であり、このような経験は人類にとっても貴重な財産である」と称賛して、セマウル運動に関する記録や写真、映像など約2万2000点をユネスコ世界記録遺産(Memory of the World)に登録した。

 「韓―UNDPセマウル運動グローバルイニシアチブ」は、アジア、アフリカを中心とする途上国の農村地域を開発し、農村の貧困層を少しでも減らすために、韓国が貧困を乗り越えた経験を生かそうという試みである。韓国のセマウル運動を国際社会で通用する普遍的な農村開発事業モデルにするため、韓国とUNDPの専門家が共同研究を行うことにした。セマウル運動の考え方を3~4の途上国に導入してモデル事業を実施し、その事業推進戦略と事業成果を国際社会に広める。

 国連が21 世紀国際社会の目標として制定した「ミレニアム開発目標」(THE MILLENNIUM DEVELOPMENT GOALS)の中で、なかなか進捗しなかったのが発展途上国における農村の貧困解消である。

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