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今韓国で社会現象になっているドラマがある。タイトルは「未生(ミセン)」。「未生」は、とんとん拍子に出世する主人公の活躍を描いたドラマでもなく、悪徳上司をやっつけるヒーロー物語でもない。韓国ドラマにありがちな財閥の跡継ぎと新入社員の恋愛物語でもない。暗くて貧乏で要領の悪い高卒主人公がサラリーマンとなり、組織に溶け込む過程を描くドラマである。
主人公は高卒認定検定試験合格が最終学歴の26歳男性。7歳の頃から囲碁神童と呼ばれ、韓国棋院の研究生となり囲碁一筋で生きてきた。ところが、家庭の事情で入段試験に失敗し、プロ棋士になることができなかった。後援者の推薦で韓国の大手商社にインターンとして入社するが、存在感は薄い。他のインターンは名門大出身で英語はネイティブ並。中国語やロシア語もペラペラだ。これに対して主人公は、英語どころかコピー機の使い方もわからない。
ただし主人公は、上司から「今時珍しい若者」とバカにされながらも、営業部の一員になるため貿易辞書を丸暗記するなど努力を重ねる。囲碁の世界で得た知恵を営業で生かしながら、組織の一員になってがんばるサラリーマンに生まれ変わり成長していく、という物語だ。ドラマのタイトルである未生の意味は、いつ死ぬかわからない不安な状態を意味するらしい。
このドラマはケーブル放送のtvNで毎週金土の2回放映している。金・土曜日の夕方は週末で出かける人が多いため、ヒット作が生まれない時間帯といわれてきた。それにもかかわらず、韓国中が「未生」の話しばかりしている、と感じられるほどの人気を博している。大手新聞は「未生」がどうしてヒットしたのかを毎日のように取り上げている。「『未生』はサラリーマンの教科書」とまで高く評価する韓国メディアもある。ネットのコミュニティサイトやSNSでも毎日「未生」の話題を目にする。
我が身に像が重なる
「未生」がヒットした理由は、自分の話のようだと共感する人が多いからだ。ネット上には、未生を自分の物語として受け止める書き込みが非常に多い。
「サラリーマンの会社生活をとてもリアルに描いているので、まるで自分の会社の話のようだ」
「努力が結果につながらず空回りする場面では、主人公の姿が自分に重なって見える。心が痛んで最後まで観られなかった。涙が止まらない」
また、「未生」は就職準備中の大学生にも人気だ。ドラマの中に登場するインターンの仕事ぶりや社員らの処世術も見どころだからだ。
「未生」は毎回、「我々」や「チーム」を強調する。「仕事は一人でするものではない」というセリフが度々登場する。「社会人として生き残る」ことについて色々なことを考えさせられる。
「勝ち組の物語」との意見も
一方、職場が定まらず非正規職を転々とする若者の間では、「未生はリアルではない。勝ち組の物語」「理想的なサラリーマン生活を描いている。まるでファンタジードラマ」だと批判的な意見もある。
求人情報サイト「ジョブコリア」の調査によると、売上高上位245社のうち、「2014年下半期に4年制大学新卒を採用する計画がある」と答えた企業は110社に過ぎなかった。92社は採用予定なし、43社は未定だった。採用計画がある110社の採用人数は合計1万5131人で前年同期の1万6283人から7.1%減少した。
採用がどんどん減り、新卒が大手企業に就職するのは針の穴を通るのと同じほど難しい時代になったせいか、バカにされようが、いじめにあおうが、大手商社という夢の職場で働く「未生」の主人公が羨ましいという書き込みも多かった。
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By 趙 章恩
日経ビジネス
2014年10月30
-Original column
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20141030/273187/