[日本と韓国の交差点] 子育ての負担を軽くするはずが…

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日本は女性の社会進出をサポートするため、保育園の待機児童ゼロに向けた政策に取り組んでいる。韓国も日本と同じ悩みを抱えている。子供を預ける場所がなくて女性が会社を辞める。育児のためにキャリアを諦めたくないと子供を産まない。

 その韓国で保育政策を担当する保健福祉部(部は省)が1月23日、現行の保育政策を見直すと発表した。以下の方向に、保育政策を変える方向で検討するという。

  • 無償保育をやめ、選別保育にする
  • 共働き家庭が優先的に保育園を利用できるようにする
  • 専業主婦家庭には養育手当を支給し、家庭内で保育することを勧める(必要に応じて時間制で保育園を利用する)

 韓国は現在、子育ての負担を軽くし出産を奨励するために、親の所得に関係なく子供を無料で保育園に預けることができる。

 また、「嬰幼児(乳幼児)保育法」を改訂して、「全国の保育園・幼稚園に監視カメラを取り付けることを義務化する」「一度でも児童虐待が判明したら保育教師の資格を停止する。保育園・幼稚園は運営停止。園長は二度と保育園を運営できないようにする」方案も検討するとした。

高評価の保育園で虐待

 これらの新しい保育政策は、1月8日に発生した保育園での児童虐待問題がきっかけとなって始まった。

 1月8日の昼、仁川市のマンション団地内にあるオリニジプ(韓国語で子供の家、保育園の意味)で、33歳の保育教師が4歳の女子の頭を強く殴る事件が発生した。「給食を食べ残した」というのが理由だった。当時の様子を防犯カメラが録画した映像がテレビのニュース番組に流れた。問題になった保育園では過去にも保育教師による児童虐待があったことが、保護者らの証言で発覚した。

 ところが、この保育園は、保育園評価認証で100点満点のうち95.36点を獲得し、優秀な保育園だと高く評価されていた。この認証は、質の高い保育サービスを実現すべく、保健福祉部が施設やプログラムを評価するもの。保護者らはこの認証点数を信じて保育園を選ぶ。全国平均は93.7点だ。

 暴力をふるった保育教師は、インターネットの講座を受講して2級保育教師の資格を獲得。民間の保育教師を3年間務めただけで1級保育教師になった。書類上は文句なしの優秀な保育教師だった。この保育教師は資格停止。保育園は現在、運営停止処分となっている。

 韓国メディアは、「全国各地の保育園で保育教師が児童を虐待している。問題はどこにあるのか」として特集を組み始めた。

「無償保育が保育園の質を低下させた」

 保健福祉部は、保育園で児童虐待が起きたのは無償保育のせいだとして、政策の見直しを発表した。保健福祉部は、「保育施設を無料で利用できるため、保育園への需要が過剰に増えた。これを満たすために保育園が急増し、質が落ちた」と説明する。だから無償保育をやめ、働く母親だけが全日保育園に子供を預けられるようにし、保育園の数を調整する。専業主婦は自宅で保育するのを基本にする。こうした方針を明らかした。要するに、保育教師1人当たりの児童数を減らすため、共働き家庭を優先し、専業主婦は基本的に自宅で保育せよ、という内容だ。

 加えて、保育教師の資格要件を強化する、保育教師の適性を評価する、保育教師の勤務環境を改善する、保育園の評価認証に保護者を参加させる、といったことにも早期に着手するとしている。

 現在は、子供1人当たり月額最高77万7000ウォン(約8.5万円)の保育料を政府が保育園に支払っている。一方、自宅で保育する家庭に支払われる養育手当は月額最高20万ウォン(約2.2万円)だ。保健福祉部は、「この差額が大きいため、『保育園に子供を預けないと損をする』と専業主婦は考えているようだ。養育手当を増額すれば専業主婦は自分で子供をケアするはず」と見ている。

 無償保育に反対する韓国メディアは、このように主張する。「2014年末時点で、0~2歳乳児の66.1%が全日保育園に預けられている。この割合は2009年は41.6%だった。2012年に無償保育が始まってから増えるようになった。OECD加盟国の平均は2014年時点で32.6%に過ぎない。女性の就職率はそれほど伸びていないのに、子供を全日保育園に預ける家庭は増えている。高所得者や専業主婦まで保育園に子供を預ければ、国の保育予算は増え続けるしかない。このままでは財政が立ちゆかなくなる」。

「保育園の質が低下したのは、政府が甘いから」

 一方で、保健福祉部の無償保育見直しに反対する意見も多い。ネット上の討論掲示板では、専業主婦の保育園利用を制限する方針に反対する意見の書き込みやコメントが増え、保育政策見直しに関する記事のコメント数と合わせて千件を超えた。

「専業主婦は自分で子供の面倒を見るべきというのは、育児は女性がすべきことで夫婦共同の責任ではないと決めつけるもの」
「育児休暇が取れず仕方なく会社を辞めたのに専業主婦だからと差別するなんて。子供を産まなければよかった」
「専業主婦に見えても、パートで働く女性は多い。保育園は園児を増やして国から手当をたくさんもらうため、時間制で子供を預かるのを嫌がる。預けるなら全日預けてほしいと言われる。政府機関は現状を把握しないまま専業主婦ばかり悪者にする」

市民団体も保健福祉部に異議を唱える。「保育園は認可制なので、政府機関がしっかり管理監督すべきだ。2012年に無償保育が始まって以降、5年間で保育園が1万カ所以上増えた。これは政府の認可基準が甘かったからだ。誰でも保育園を運営できるように政府が認可基準を下げ、保育教師の資格もインターネット講座で簡単に取得できるようにした。その結果保育園のレベルが落ち、問題のある保育園が増えた。保育を金儲けとしか考えていない園長が急増したことで保育教師の待遇も悪くなるばかり」と政府の責任を強調する。

 韓国の保育園は、95%は民間が、5%は国や公的機関が運営している。韓国メディアの報道によると、国・公立保育園は施設やプログラムの質が高いが、民間の保育園はそうではなく差が大きいという。運動場がある広い保育園もあれば、マンションの1室を借りただけの保育園もある。

 保育園は認可制であるにもかかわらず、民間の保育園は権利金付きで売買されるケースがある。権利金とは韓国独自の制度で、店舗を運営する権利を譲り受ける代わりに前の運営者に払う礼金である。園児を集めやすいマンション団地内の保育園は高い権利金が付くと言われている。現行法には権利金を上乗せした保育園の売買を禁じる根拠がないという。

 保育料は政府が決めるもので、保育園が独自に値上げすることはできない。利益を上げるため、保育教師の給料を削る民間の保育園もある。報道によると、民間の保育園に勤める保育教師の場合、1人の教師が最大20人の子供の面倒をみる。彼らは1日10~12時間も働くが、平均給料は月約110万ウォン(約12万円)。政府が決めた最低賃金より1000円多い程度だった。韓国の物価は日本と変わらないほど値上がりしたので、月12万円で生活するのはとても難しい。

 市民団体は、児童虐待を防止するために無償保育をやめることに反対している。「育児負担を軽くする無償保育は朴槿恵大統領の公約なので維持すべきだ。安心して子供を預けられる場所を作るのが政府の仕事である。少子化を改善するためには育児を親だけの責任にしないことが大事だ。保育園を書類だけで認証するのではなく、現場をしっかり把握し、一定レベルを保つようにすべき。保育教師の資格を厳しく管理し、待遇を良くすれば保育の質も変わる」。


By 趙 章恩

 日経ビジネス
 2015年1月27
-Original column

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