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今年は暖冬だな、なんて思っていたら、韓国に寒波がやってきた。ソウル市を流れる漢江は凍り、金浦市の海には流氷が流れついた。1月24日は気温が氷点下18度まで、25日も氷点下14度まで下がった。酷寒の寒さである。
この寒さにもかかわらず熱気あふれる場所がある。韓国の国会だ。1月25日、韓国メディアは一斉に「北韓(北朝鮮)人権法制定について、11年の議論を経て与野党が暫定合意した」と報じた。
「北韓人権法」は、当時、与党だったハンナラ党(セヌリ党の前身)議員らが2005年に発議したもの。米国が2004年に「North Korean Human Rights Act of 2004」を制定したのに触発されて、議員たちが行動を起こした。米国の法律は、北朝鮮に対して人権の改善を求めることに加え、北朝鮮から脱出した人を国際的に支援するという内容である。
北韓人権法の主な内容は次の通り。
・南北の統一政策を担当する韓国の省庁「統一部」(韓国の「部」は日本の「省」)の下に北朝鮮人権諮問委員会を置く。委員は10人で、与野党が推薦する。
・統一部長官が同委員会を主導して北朝鮮人権基本計画を立案し、国会に報告する。
・北韓人権財団を設立して北朝鮮の実態調査と人道的支援活動を行う。北朝鮮に人道的支援をする団体を韓国政府が支援する。
・人道的支援が一般市民に行き届いているか、その過程・分配内容を監視する。
・北朝鮮人権記録保存所を統一部内に設置する(後に法務部に移管)。北朝鮮政府が行う人権侵害行為を記録して保存するもの
・外交通商部は新たに北朝鮮人権大使を任命し、関心を持ってもらえるよう国際的に呼びかける。
北朝鮮人権記録保存所の設置は、南北統一が実現した時に、北朝鮮で人権を侵害した責任者を国際刑事裁判所に訴追する準備をするための措置だ。集めた記録は法務部に移管する。こうした記録の保存は、かつて西ドイツが東ドイツに対して行った事例を参考にしている。
日本も2006年、「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」を制定している。
保守派と進歩派で意見が合わず11年
しかし、韓国だけは今日まで、北朝鮮の人権侵害に関する法律がなかった。理由は、「韓国が「北韓人権法」を定めると北朝鮮が反発し、南北の関係が悪化する」と恐れた進歩派が同法の制定に反対していたからだ。また一部の市民団体が「北韓人権法は北朝鮮の人権を改善することより、韓国内で活動する保守団体に予算を付けるための法律に過ぎない」と批判し続けたことも影響した。
これに対して現在与党のセヌリ党(同法を発議したハンナラ党の後身)は、以下の団体を支援することで、海外の目を気にする北朝鮮に圧力かけることができると反論していた。
・北朝鮮の人権実態調査と政策を立案するための韓国の団体
・北朝鮮から脱出した人が北朝鮮に強制送還されないよう守る韓国の団体
・北朝鮮の人権侵害を世界に知らせる活動をする韓国の団体
「北韓人権法」をめぐり、国会では「北朝鮮に圧力を加えるために必要」という意見と「北朝鮮は外国なので、韓国が人権法を制定して外国に対して強制することができるのか」「北朝鮮が内政干渉であると受け取る可能性がある」「米国と日本が制定した北朝鮮人権法はどのような成果があったのか。北韓人権法を制定しても実効性がない」という意見がぶつかり、なかなか結論が出なかった。
それが2016年になって韓国の与野党が合意、29日に開く国会本会議で採決することが決まった。ここ数年、色々な支援を実施してきたにもかかわらず韓国と北朝鮮との関係は改善していいない。その間に、国際的には難民――脱北者だけでなく、シリアから欧州に向かう難民も含めて――の人権問題が浮上した。韓国内でも「対北朝鮮戦略を変更する必要がある」という声と、「普遍的な価値である人権問題についてもっと議論すべきである」という声が大きくなり、進歩派も同法の制定に反対ばかりしていられない雰囲気になった。
また、北朝鮮が水爆実験を実施して以降、韓国内では北朝鮮に対して厳しい姿勢を取るよう望む声がさらに大きくなっている。4月に実施される国会議員の総選挙を控え、与党も野党も、世論を強く意識せざるを得ない。
人権が先か、南北関係改善が先か
ただし、同法の目的に関する条文をどうするかの議論はまだ残っている。
1月25日付の朝鮮日報によると、与党のセヌリ党は北朝鮮における人権問題を改善することに焦点をあてており、「(韓国)政府は北韓の人権を増進するため努力すると共に、南北関係の発展と韓半島(朝鮮半島)に平和を定着させるためにも努力しないといけない」という条文にすべきと主張する。一方、野党のドブロ民主党(新政治民主連合が党名を変更)は南北の関係改善に焦点をあてており、「北韓の人権を増進させる努力は、南北の関係改善と韓半島における平和定着努力と同時に推進すべきである」と主張している。人権増進がメインでその次に南北の関係改善が来るのか、人権増進と南北の関係改善は並行するのか、微妙な違いである。
統一部は「北朝鮮の人権問題と南北の関係発展を関連づけるのは不適切である。人権増進と南北の関係発展は並行して進まなくてもかまわない」として与党・セヌリ党の肩を持った。
核を巡って強硬に出た朴政権
ソウル大学統一平和研究院のソ・ボヒョク教授は、ハンギョレ新聞とのインタビューやコラムで、「(北韓人権法に関して)北韓(北朝鮮)の人権問題改善は、南北関係の発展、平和の定着と当然一緒に議論されるべきだが、与野党はこれに合意できていない。人権だけでなく、平和、和解、人道主義も国際社会おいて重要である。与党が人権と平和の相互依存性を認めない場合、この法律は『人権根本主義を口実に北韓を圧迫するための法律』という疑惑が生じるのを避けることはできない。人権は北韓という空間ではなく、人を中心に考えるべきで、北韓の人権は北から脱出した人を含め、韓半島すべての居住民の平和についてアプローチすべき法である」と与党のセヌリ党や統一部とは違う見解を述べた。
複数の韓国メディアは、北韓人権法の目的を定める条文がセヌリ党の案になるにしても、野党・ドブロ民主党の案になるにしても、北朝鮮は「韓国が(北朝鮮を)吸収統一しようとしている」として反発するだろうと予測した。
韓国政府は北朝鮮に対し厳しい態度を取り続けている。朴槿恵大統領は1月22日、外交安保関連の業務報告の場で、「8年間開催できなかった6カ国協議だけでなく、(北朝鮮を除外した)5者会談を試みるなど多様な方法を探すべき」と発言した。この発言は6カ国協議無用論として広まった。
中国の洪磊報道官は22日、「6カ国協議を早期に再開すべき」として、朴大統領の発言に反対する姿勢を明確にした。青瓦台(大統領官邸)はこの後すぐ「6カ国協議をやめるわけではない」と書面で釈明した。
1月25日付文化日報は、「中国ばかり見つめていた朴政権の北核政策が岐路に立たされた」と報道した。1月24日付のキョンヒャン新聞も「(5者会談を提案した朴大統領発言は)韓中関係に相当な悪影響を与えた。韓国の北核外交に大きな負担は避けられない(課題が生じることは避けられない)」「(22日の発言で)朴大統領の本音がばれた。朴大統領は北韓との対話に拒否反応を示していて、6カ国協議にも不信を抱いている」と報じた。
このような雰囲気の中、北韓人権法制定は韓国と北朝鮮の間に良い変化をもたらすのだろうか。