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英国の権威ある文学賞であるマン・ブッカー賞国際部門(Man Booker International Prize)に韓国光州市出身の女性作家、韓江(ハン・ガン)氏の『ベジタリアン(原著タイトル:菜食主義者)』が選ばれた。国際部門は、外国文学の英語翻訳本(英国で出版されたもの)の中から選定する。作家本人と、その本を英訳した翻訳家に贈られる賞で、賞金5万ポンド(約790万円)も2人が半分ずつ受け取る。授賞式はロンドンで、現地時間の5月16日に行われた。
マン・ブッカー賞は1969年に始まり、ノーベル文学賞、コンクール文学賞と並ぶ文学賞として知られる。韓国の作家が海外の著名な文学賞を受賞するのはこれが初めてなので、韓国中がお祭り騒ぎに包まれた。2016年度のマン・ブッカー賞国際部門は、155作品の中から選ばれた13作品を審査し、最終的に受賞作品を決めた。
受賞作となった『ベジタリアン』の主人公は、ある日、夢を見てから肉食を拒むようになり、自分は水と太陽の光だけで生きる木になりつつあると考える女性。彼女について、その夫、姉、姉の夫の3人の目線から語る。人間の本性と暴力に関する考察が込められた作品である。
韓国で2007年に単行本が出版されたとき、「暴力という普遍的テーマを韓国だけの独特な文化にかぶせて語った作品」「暴力とは気づかず暴力をふるい続けてしまう人間を描いた物語」などの書評がメディアに掲載された。
マン・ブッカー賞国際部門の審査員長を務めたボイド・ダンカン氏は、「忘れられない、強力で根源的な小説。簡潔だけど美しく構成された物語は、平凡な女性が自身の家族、社会を結び付けるすべての慣習を拒否する過程を描く。美しさと恐怖の奇妙な調和を見せた」と絶賛した。
韓氏は2016年2月29日、スウェーデン大使官邸で開催された第41回ソウル文学会に登場し、自分の作品について次のように語っていた。「人間は線路に落ちた子供を救うため自分の命を投げ出せる存在であると同時に、アウシュビッツ大虐殺のようなこともする存在だ。この小説は、人間性とは何か、我々は暴力と美しさが共存する世界に耐えられるのかを問いかけるものである」。
光州民主化運動に起源
5月17日付のJTBC(韓国で人気の高いケーブルテレビ局)ニュースは、「韓氏の作品は5.18光州に根付いている」と報じた。韓氏は光州出身。犠牲者らを映した写真を見て5.18光州民主化運動を知り、人間の根源にあるものについて考えるようになったという。『ベジタリアン』と同時期に英訳された『Human Acts(原著タイトル:少年が来る)』は、5.18光州民主化運動そのものを題材にしている。
5.18光州民主化運動は、1980年5月18~27日まで光州市民と全羅南道民が中心となって当時の全斗煥大統領と軍事勢力の退陣を求めた民主化運動である。軍の特殊部隊が民主化を求める市民を制圧し、多くの市民が亡くなった。1995年には「5.18光州民主化運動等に関する特別法」が制定され、犠牲者への補償が行われるようになった。1997年以降は、政府が毎年、記念行事を主催している。『ベジタリアン』のマン・ブッカー賞受賞が、5.18記念行事の前日に韓国で報じられたことから、韓国では5.18と並んで話題になった。
By 趙 章恩
日経ビジネス
2016年5月24
-Original column
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/052400041/