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輸出依存の経済から脱し、IT産業を中心とした新分野におけるグローバル競争力を強化すべく、韓国政府は積極的にその支援策を打ち出している。とりわけ、ベンチャー企業への投資環境整備によって個人投資家を呼び込む施策は、高度な技術を持つ企業の育成の観点からも、その成果に期待が持たれている。
電気自動車やドローン…
規制フリーゾーンを設置
アメリカの大手経済通信社・ブルームバーグは2016年1月、今年の「The Bloomberg Innovation Index」において、「世界で最も革新的な国は韓国」と発表した。
同社が、「研究開発」「特許登録」などの項目別に各国の指標を出し、各国の「革新度」をランキングにしたものだ。韓国はこれで、2014年から3年連続の1位獲得となる。
韓国メディアでは、「韓国が1位? イノベーションすべき国の間違いでは?」と、半ば自虐的なコメントも見られたが、韓国では今、経済振興のためのコア施策として、IT産業を中心とした新産業のグローバル競争力強化のため、政府による支援や民間の投資が活発に行われていることは事実である。
■韓国14エリアの「規制フリーゾーン」とテーマ
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そんな中、2015年12月に政府が「規制フリーゾーン」の設置を発表したことが、さまざまな所で取り上げられた。
2016年6月から、IT産業と他の産業の融合を促進すべく、ソウルおよびその近郊都市である京畿道(注1)以外の14都市において、地域ごとに新産業を育成するためプロジェクトを決め、政府は、その遂行に障壁となる規制を一切設けないというものだ。
地域経済活性化戦略の一環でもあり、新しいサービスを地方都市で一足先にテストすることで、地域で研究開発に携わる人材を育成、ひいては雇用を拡大する狙いもある。
例えば、2018年に冬季オリンピックが開催される平昌(ピョンチャン)のある江原道ではスマートヘルスケア、済州島の属する済州道では電気自動車、全羅南道はドローン……という具合に、各エリアごとに異なるテーマが設定されている(図参照)。
注1 「道」は日本の「県」に相当
国が支援するベンチャー向け
クラウドファンディング
こうした規制緩和の他に、もう一つの大きな柱として挙げられるのが、ベンチャー企業の育成策である。
2016年1月、韓国預託決済院(注2)が運営するウェブサイトで、個人が小口でベンチャー企業に投資を行うための情報提供が始まった。韓国預託決済院は、投資の仲介を行う企業5社の情報を開示する共に、投資家から現物の株を預かり、投資家の名簿や投資に関する記録を管理する。あるいは、投資仲介企業と連携し、投信限度額の確認なども行う。
さらに、1月25日からは、一般の個人でもスタートアップ段階のベンチャー企業に手軽に投資できる「証券型クラウドファンディング」制度も始まった。
これまでは、機関投資家か、大口の個人投資家が投資し、上場させて利益を得るというのが、通常のベンチャー企業投資のパターンだった。
「証券型クラウドファンディング」では、個人から資金を集めたい企業が仲介サイトに事業計画書を投稿し、それを見た個人投資家は、気に入ったベンチャーに小口投資して、金額分の(株式ではない)「証券」を手に入れる。
投資家には、「証券」を1年間以上保有する義務が課せられるが、その後は自由に売買が可能だ。金融投資協会は今、「証券型クラウドファンディング」専用の「非上場証券」オンライン取引所をオープンする準備を行っている。
ただし、この制度を利用できるのは、原則として、自己資本5億ウォン(2016年2月3日現在、約4838万円)以上で、設立7年以下の未上場ベンチャー企業のみ。調達限度額は、最大7億ウォン(同、約6773万円)だ。
一方、個人投資家の投資限度額は、原則として1企業あたり年間200万ウォン(同、約19万円)、年間で500万ウォン(同、約48万円)までとされている。
さらに政府は、「証券型クラウドファンディング」を活性化するため、同制度で資金集めに成功したベンチャーに対し、集めた資金と同額を、国策銀行が組成する「成長梯子ファンド」の予算から拠出する。
例えば、「証券型クラウドファンディング」で7億ウォン集め企業には「成長梯子ファンド」から7億ウォンが提供され、資金は合計14億ウォンになるため、ベンチャー企業にとっては、格好の資金調達の場となる。
注2 韓国預託決済院:韓国預託決済院は証券取引法により1974年に設立、金融委員会(政府省庁)傘下にある公共機関。株式や債券などの有価証券預託を受け、証券預託証券(KDR)を発行することで、韓国企業の株を海外で取り引きする際の手続きを円滑にする業務などを行う。
ベンチャーに過去最高の
投資額が集まったわけ
IT関連産業だけではない。政府は、再生可能エネルギー産業への投資も増やしていて、2017年まで研究開発に7兆ウォン(2016年2月3日現在、約6773億円)を投資し、官民合わせて4兆5000億ウォン(同、約4354億円)のファンドを組成して、これらの分野のベンチャー企業に投資する。
バイオ・ヘルスケア産業も同様に、官民合わせて1500億ウォン(同、約145億円)規模のファンドを組成して新薬開発に投資。メディカルツーリズムで韓国を訪れる外国人を、2015年の28万人から2016年には40万人まで増やし、医療観光分野を発展させて行く考えだ。
中小企業庁が1月19日発表した「2015年ベンチャーファンド投資動向」によると、韓国内のベンチャー企業1045社への投資額総計は、2兆858億ウォン(同、約2018億円)に上った。そのうち、IT関連のベンチャー企業への投資額が最も多い5738億ウォン(同、約555億円)と全体の27.5%を占めている。
2014年の投資額総計が、1兆6393億ウォン(同、約1586億円)だったので、1年で27.2%増加したことになる。さらに、海外から720億ウォン(同、約70億円)の投資があったので、合わせると2兆1578億ウォン(同、約2087億円)ということになる。
2000年のベンチャー企業ブーム絶頂の頃の投資総額は、2兆211億ウォン(同、約1956億円)であり、昨年の投資総額は、過去最高額を更新した。最近は、起業を支援する投資会社の新規設立も増え、2015年だけでも新たに設立の届け出をした会社が14社あった。
しかし、なぜこれほどまでに、ベンチャー企業への投資額が増えているのだろうか。
もちろんそれは、高いリターンが得られるからだ。ベンチャー投資ファンドの年平均収益率は、2011年の2.54%から、2015年には7.48%まで増加したが、その背景には、ITや医療関連ベンチャー企業の好調があるといえるだろう。
韓国ベンチャーキャピタル協会の資料(2015年度)によれば、2014年度の投資利益率は51.3%であり、上位主要分野の成長率は、ゲーム関連281.9%、IT関連サービス123.6%、バイオ・医療関連113%となっている。
また、前出の「2015年ベンチャーファンド投資動向」によると、投資資金の回収方法としては、投資先ベンチャー企業の上場によるものが27.2%、投資先への買収・合併によるものが1.5%と、圧倒的に上場によるものが多くなっている。
2000年のベンチャー
投資ブームとの違い
近年、ベンチャー企業の上場が促進された背景には、2013年に中小企業専用株式市場のコネックス(KONEX)が開設された影響も大きい。最近では、コネックスに上場し、従来からある中小・ベンチャー企業向けの証券市場であるコスダック(KOSDAQ)に移行するパターンが増えてきた。
ここが、2000年のベンチャーブームの頃との大きな違いだ。証券市場が多様化し、小さな企業が成長しやすい環境ができことで、投資家のマインドも当時とは大きく異なってきている。
2000年当時は、IT関連の投資が増えているという報道や、コスダックの上場条件が緩和されたことなどもあって、「よく分からないけど、ITがはやっているから投資してみよう」という雰囲気が漂っており、要するに投機的な投資家が多かった。
しかし、現在は、ベンチャーキャピタルが増えたことや、個人投資家にも、FinTech(フィンテック、金融とICTの融合)、ヘルスケア用センサー、ドローン、人工知能などの分野で、明確に新しい技術を持っているベンチャーに投資したい、という人が増えている。
なお、韓国取引所の発表によれば、2015年上半期にKOSDAQに上場した主要業種別の時価総額割合は、半導体関連8.8%、IT部品関連5.7%、ソフトウエア関連4.4%、インターネット関連4.6%、コンテンツ関連7.7%、バイオ・ヘルスケア関連19.5%、だった。
こうした韓国のベンチャー企業投資市場の変化は、海外からの投資を呼び込む原因にもなっている。
2015年7月、アメリカ・クアルコム社のポール・ジェイコブス会長が韓国を訪問した際に、1000億ウォン(2016年2月3日現在、約97億円)規模の韓国スタートアップ企業への投資計画を発表。モバイル、ウェアラブル、ビッグデータなどの主要分野において、前出の「成長梯子ファンド」と基本合意書を締結した。
――このように韓国は、世界経済に左右されながらも、次の時代のグローバル競争力強化のため、IT産業を中心に「世界のどこよりも早く新しいことをやってみよう」という熱気に包まれている。
趙 章恩=(ITジャーナリスト)
ダイヤモンド online
「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」
2016.2.
-Original column