ソウルの地下鉄に乗ると、向かい側に座っている乗客の全員がスマートフォンを手にして、イヤホンを耳にさして音楽を聴きながら端末をいじっている光景をよく目にする。50代以上の中年層の人でも、イヤホンで音楽を大音量にして聴いている人をよく見る。音漏れして地下鉄内のBGMのようになっているが、嫌な顔をする人は見たことがない。ほとんどの人がイヤホンで何かを聴いているので、お互い気にならないのかもしれない。
ブロードバンドが普及してから、ここ10年の間、音楽をCDで楽しむという韓国人をほとんど見かけなくなった。デジタル音楽をパソコンにダウンロードして、そのファイルをMP3プレーヤーやiPod、携帯電話、スマートフォンに移して聴くのが一般的な利用形態である。文化体育観光部によると、2010年韓国の音楽市場規模は約3900億ウォン(約270億円)で、デジタル音楽が約84%を占めているほどである。
そのため韓国ではCD販売数よりもデジタル音楽ダウンロード件数、テレビ・ラジオでの露出回数が、音楽のチャート順位を決めるのにより重要な位置を占めている。
韓国で人気の音楽ダウンロード・ストリーミングサイト「Bugsmusic」と音楽を聴けるアプリ
音楽を有料で利用するユーザーが増え、違法ダウンロードする人は減り、ユーザーの著作権に対する認識は大きく改善してきた。ただ、デジタル音楽市場はこの10年間成長が止まっていることが問題になっている。それは安すぎる価格に理由がある。
音楽ダウンロードサイトの場合、平均的にストリーミングは月5000ウォン(約350円)、ダウンロードは1曲600ウォン(約42円)の料金体制である。定額料金制度もあり、1曲平均60ウォン(約4円)で音楽をダウンロードできるサービスもある。
韓国のデジタル音楽市場は均一価格なので、新人歌手の曲も、大人気の少女時代や2PMといったKPOPアイドルの曲も同じ値段でダウンロード販売される。同じ値段なら人気の歌手の曲をダウンロードし、新人歌手の曲はストリーミングで聴くぐらいになってしまう。そのため新人歌手の音楽が世の中に紹介されるいいチャンスとしてデジタル音楽は歓迎されたのに、今では結局人気歌手の歌しか売れない構造になってしまった。
デジタル音楽ブームは、90年代後半、パソコン通信の時代から始まった。新人歌手がCDを制作しても流通させる費用がないため、自分の音楽をMP3ファイルにして無料で配布したわけだ。それを聴いた人たちの口コミで火がつき、ヒットとなった。デジタル音楽をきっかけにテレビに出演するほどの人気歌手になったケースはいくつもある。
2011年12月9日、文化体育観光部は音楽ダウンロードサイトの料金構造を合理的に、つまり流通業者ではなく著作権者がダウンロード価格を決められるようにし、著作権者により利益が回るようにすべきとして、“韓国版iTunes構想”を発表した。著作権者がダウンロードの販売価格を決められるので、新人歌手は安くして宣伝効果を狙い、人気アイドルはちょっと高く、といったこともできる。
また、iTunesの平均ダウンロード価格を見習って1曲1500ウオン(約100円)ほどに値段を上げようとしている。定額料金だと1曲約4円でダウンロードできてしまうのはどう考えても安すぎるからだ。
収益配分も著作権者の取り分を多くする。文化コンテンツ振興院の調査によると、2011年11月時点で、流通サイトが約46%、著作権者が約54%の収益配分になっている。iTunesはアップルが30%、著作権者が70%なので、韓国もそのようにすべきだという声が高まっている。
流通会社が、自社が制作に参加した音楽を強く薦めてダウンロード件数を伸ばすようにしてきた慣行もなくし、ユーザーのダウンロード件数に応じて本当のヒット曲を推薦するようにもする。
また文化体育観光部が決めている音楽著作権手数料率を、政府が決めるのではなく著作権者と流通業者の間で自由に調整できるようにする。ユーザーが無料でダウンロードできるようにもする。現在は1曲当たりの著作権料金が決まっているため、無料ダウンロードは提供できないようになっていた。
政府が主導する“韓国版iTunes”はデジタル音楽市場のパイを大きくさせることができるだろうか。ユーザーにとっては利用料金が高くなるかもしれないのでちょっと不満な点もあるが、無料でダウンロードできる曲が増えれば、ユーザーの利用動向も変わっていくだろう。そうなれば、アイドルの曲ばかりが売れるのではなく、多様な音楽も市場に流通するきっかけになるかもしれない。
趙 章恩=ITジャーナリスト)
日経パソコン
[2011年12月9日]
-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20111209/1039552/