日本でも総務省が積極的に取り組んでいる遠隔診療やICT技術を使ったヘルスケア分野。韓国ではついに国をあげての大規模なプロジェクトが幕を開けた。
IT、BT(バイオテクノロジー)、NT(ナノテクノロジー)など最先端技術の集大成とも言われる「スマートヘルスケアサービス」を国民に提供し、その関連産業を、韓国経済をリードする新産業として支援するという政府戦略も発表された。
スマートヘルスケアは慢性疾患の患者を対象に遠隔診療から健康管理まで行う医療サービスのことで、患者の負担となっている医療関連出費をできるだけ安くおさえ、病院に直接行くより早く的確なサービスを受けられることを狙う。
このプロジェクトの音頭を取るのは日本の経済産業省にあたる知識経済部。最大キャリアであるSKテレコムとサムスン、LG電子とLGテレコムが代表となった2つのコンソーシアムと4つの自治体、100以上の総合・個人病院が参加する。実証実験に参加するのは、慢性疾患患者1万2000人で、実験費用だけでも政府が125億ウォン(10億円、1ウォン=0.08円で換算)、民間から264億ウォン(約21億円)、自治体が132億ウォン(約10.5億円)、合計521億ウォン(約42億円)が投入される。
実証実験の内容は、生活空間のあちこちに付けられたセンサーと携帯電話を使って患者の健康状態を医療機関に転送する。患者も気づかないわずかな状態の変化、慢性疾患の悪化などを把握し、合併症を防ぐための治療を受けさせるもの。
知識経済部の話だと、1万2000人を対象に臨床実験をするスマートヘルスケアはこれが世界初、ほかの国では数百人単位で行われる規模だとか。
韓国政府は慢性疾患の治療と合併症を起こさないための管理(u-Medical)・高齢者の介護(u-Silver)・一般人の健康管理(u-Wellness)の3つの方向から支援を行うとしている。この3つを合わせてu-Health産業と呼ぶ(uはユビキタス)。u-Health産業は毎年12%以上の成長が見込まれており、これを活性化させることによって、個人病院や医院の収益改善、雇用創出効果もあるという。知識経済部の予測だと、実証実験が成功してこのままu-Health産業がうまくいけば、市場規模は2010年の約1400億円から2014年には約3000億円に成長するという。
実証実験は2012年までの予定で、それまでにスマートヘルスケアの効果と安全性を検証し、サービスモデルを開発する。このサービスモデルは韓国内だけにとどまらず、政府がセールスマンになって電子政府システムを途上国に販売しているように、世界各国に輸出することも念頭に置かれている。
またスマートヘルスケアのための法律や制度改定も行う。
韓国では今までに何度も遠隔診療やICT技術を使ったヘルスケアサービスに失敗してきた。その理由は技術ではなく法律に問題があった。糖尿病患者のために、携帯電話を使って血糖値を簡単に測定できる端末も2004年ぐらいに開発されたが、「これは医療機器であって携帯電話ではないのでキャリアの代理店で販売してはならない」という法律解釈のせいで、泣く泣く販売をあきらめたこともあった。また遠隔診療のためのシステムや通信設備はそろっているのに、医療法や薬事法などにより医師と患者が直接対面しない遠隔診療はできず、医薬品のオンライン販売や配送も禁止されていることから、ヘルスケアは「開店休業状態」と言われ続けてきた。
韓国の離島や医師のいない農魚村では、保健所に看護士が常駐し、看護士が都市部の医師にテレビ電話をして患者の状態を説明して法律を違反しない程度で処置をして、都市の病院に送ることしかできないでいる。慢性疾患の患者は定期的に都市の病院に通わないといけないので、交通費もかかるし、行ったり来たりする時間を取られ余計疲れて症状が悪化することもありうる。
知識経済部は今後「産業融合促進法」を制定する計画だ。いろんな技術が融合することによって既存産業のイノベーションが進み、国民の生活がより便利になると分かっていても、縦割りの法律のせいで頓挫してしまうことを防ぐとしている。
何でもやると決めたら後は速いこの国のことだ。新しいもの好きな人が多いので、遠隔診療や携帯電話などを使ったスマートヘルスケアも、世界のテストベットとしてさまざまな最先端技術を試せるだろう。面白いことに、ヘルスケアに関しては、日本とほぼ同じ時期に同じような内容の戦略が発表されている。改善すべき法律制度も非常に似ている。日韓が良き競争相手となって、世界の医療サービスを変えていくことを願っている。
(趙 章恩=ITジャーナリスト)
日経パソコン
2010年5月20日
-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20100520/1025013/