韓国最大シェアを持つキャリアSKテレコムは毎年最も人気の高かったモバイルコンテンツを発表している。2008年はキム・ヨナ選手のモバイルHOMPY(SKテレコムの子会社Cyworldが運営するSNS)が選ばれた。1日13万4000人が訪問したほど圧倒的人気を誇り、下火だったSNS利用が、ヨナ選手を応援するために再び増えたほどである。
トーク番組やアイスショーで披露した歌声を録音して着メロやカラリング(通話連結音の代わりになる待ち歌)で有料販売したところ、あまりにも売れすぎたため後から放送局と音楽会社の間で収益配分をめぐりトラブルが起きたほどである(それ以前にヨナ選手に許諾も取らず有料サービスしたこと自体が問題じゃない?)。今韓国で巻き起こっているキム・ヨナフィーバーは日本の想像をはるかに超えている。
ブログや動画投稿サイトにはヨナ選手に関連する動画が投稿されている。YouTubeにはキム・ヨナ選手の演技を神秘的な雰囲気の墨絵タッチアニメにした動画が投稿され、マスコミにも大きく取り上げられた。
試合の中継動画を載せるのは著作権違反になるが、動画の素材はそれだけではない。ヨナ選手が出演したCMの動画は自由にBlogに掲載できるよう公開されている。その動画に自分で字幕や写真を入れて愛情いっぱいの動画を投稿するのだ。
ヨナ選手は試合ではクールでびっくりするほど色っぽい表情を見せるが、CMでは頬ずりしたくなるほど天真爛漫な天使のような素顔を見せてくれるので、そのギャップがまたたまらない。企業もブログを通じて口コミで話題になることを狙ってCM動画を公開している。CMのメイキング動画やインタビュー動画はもちろんのこと、ネットでしか見れない4~5分ほどの特別長編CMなどがあり、親近感を持たせるため、わざとアマチュアが作ったような動画をブログ向けに公開する企業もあった。
不況で広告費を削減していた企業も、キム・ヨナ選手に対してだけは金を惜しまない。CMでは誰よりも高いのギャラをもらっている。どんなにギャラが高くてもキム・ヨナ選手がCMに出ればその製品は飛ぶように売れ、企業ブランドの好感度もぐんぐん伸びるので、CM出演依頼は後を絶たないという。
現在は洗剤、化粧品、エアコン、スポーツTOTO、NIKE、ミネラルウォーター、牛乳、ウィスパー、パン(ベーカリー)、銀行などのCMに出演している。テレビをつけるとヨナ選手の顔が映し出されるほど。しかしヨナ選手の顔は何度見ても飽きないのだ。かわいくて仕方がない。やること話すこと全て、存在そのものが癒しであり、ついお母さんの気持ちで見守ってしまう。
「ヨナ萌え」は性別も年齢も超えている。全国民が同じことを考えているのだろうか、韓国の3大財閥ともいえるSamsung、LG、Hyundaiの広告モデルを同時にやっているのもキム・ヨナ選手が初めてである。
ネットに投稿された「ヨナの1日」という動画も面白い。ヨナ選手が出演しているCMを編集したもので、「朝起きたら○○洗剤で洗ったNIKEを着て、○○ミネラルウォーターと○○牛乳を飲み○○パンを食べて、○○化粧品でお化粧をして高麗大学(入学予定の名門私立大)に行って、○○エアコンをつけた教室で講義を聞いて、○○銀行に立ち寄りお小遣いを引き出してスポーツTOTOを買う」という感じでCM動画から写真や動画をカットして編集し投稿しているのだ。
オンラインショッピングモールもヨナ選手を放っておかない。ライセンス契約を結んで試合で付けたアクセサリーを彼女の名前を付けて販売したり、スケートをモチーフにしたアクセサリーを販売したりしている。そうそう、2009年1月の報道写真賞もヨナ選手を撮った写真が選ばれた。ヨナ選手のいない生活なんてもう考えられない!
しかし、キム・ヨナ選手は2006年ジュニア大会で優勝するまでは、スポンサーがなくて両親が借金をして大会に出していた。練習用のスケートリンクもなく、テーマパークにあるリンクで一般客に混ざり練習をしてきた。自分の足にぴったり合うブーツが買えなくてよく転倒し、16歳という若さで腰のヘルニアになり今もリハビリを続けている。世界レベルのコーチに学び、ファーストクラスに乗って試合に出かける浅田選手と、腰を負傷しながらもエコノミーに乗って移動するキム・ヨナ選手の差たるや!
韓国にフィギュアスケートが紹介されて110年経つそうだがが、キム・ヨナ選手以外に世界大会で注目されるほどのレベルを持つ選手はいなかった。そのためフィギュアスケートに関してはメダルが取れない種目だからと選手に対する支援体制はなかった。そんな韓国でキム・ヨナ選手のようなスターが誕生したことを人々は奇跡という。今でも世界大会に出られる選手はキム・ヨナ選手を除いて女子は2人ほど、男子は小学校4年の男の子一人という悲惨な状態である。
キム・ヨナ選手はCM出演料を第2のキム・ヨナを育てるチャリティープログラムや奨学金に寄付している。18歳の少女が自分の国の未来のために貢献したいとがんばっているのに、いい大人になった私は何をしているんだろうと、めげてしまう。
どんな悪条件だろうと自分を信じてクールに実力を磨いてきた18歳の少女に、韓国人は「萌え」だけでなく希望を見出している。韓国人が大好きな言葉、「成せば成る」の生きたモデルだからだ。2月に行われたカナダ大会の後、ブログ検索をしてみると「キム・ヨナ選手の演技に感動して泣いてしまった」という書き込みが何百件もあった。「悪条件の中でも周りのせいにしないで自分を信じる」、「夢を捨てない」、ヨナ選手が教えてくれたことさえ忘れなければ不況なんかに負けないだろう。キム・ヨナ選手は韓国を、韓国人を動かしている。
(趙 章恩=ITジャーナリスト)
日経パソコン
2009年2月12日
-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20090210/1012112/