韓国デジタル教科書事情(5)~利用端末は未定でも「果敢な選択と集中」を急ぐ

「韓国デジタル教科書事情(4)」から続く) から続く


 韓国政府の教育ビジョンは「先進教育学術情報化による健康で創造的人材育成」である。


 5大戦略目標として「健康な市民養成」、「創意的グローバル人材養成」、「疎通と信頼の教育文化造成」、「持続可能な教育体制具現」、「Green IT 基盤の新教育システム構築」を挙げている。そのために初等教育から生涯学習まで、個人の成長に合わせて対応できる教育環境をつくることを目指し、その流れの中でデジタル教科書が生まれた。


 少子高齢化が日本よりも早いスピードで進んでいる韓国では、持続的成長のため教育、医療、環境とICTの融合は重要な課題である。2011年韓国政府の経済活性化テーマも「融合」がキャッチフレーズだ。デジタル教科書やデジタルヘルスケアといった既存サービス+ICTの融合サービスを活性化するために政府がするべきことは、技術開発支援よりも制度改善であるとして、関連法や制度改善に拍車をかける。


 デジタル教科書にかける期待は大きい。全国経済人連合(日本経団連に当たる団体)はデジタル教科書のコンテンツ開発、教室インフラ改善などのために向こう3年間に2兆ウォン(約1800億円)が必要であるとし、塾や印刷会社、書店の雇用が減る代わりに、コンテンツ分野の新規雇用が増えることで、9000人以上の雇用効果があると予測している。


 日本の文部科学省にあたる教育科学技術部だけでなく、経済産業省にあたる知識経済部もIT融合支援策でデジタル教科書を支援している。タブレットPCやスマートTVが脚光を浴びることが予想されることから、デバイス普及の鍵となるアプリケーション開発、教育現場で使われるシステムのクラウド化、eラーニング産業としての教育情報化、リナックス基盤デジタル教科書開発などを進めてきた。





デジタル教科書端末としてはGALAXY Tabのようなタブレットパソコンが有力といわれているが、まだ公式に決まっていない。韓国では「どんなデバイスからも利用できる教科書がデジタル教科書である」としている

「eラーニング産業発展及びeラーニング活用促進に関する法律」も検討する。デジタル教科書や教育情報化に合わせてeラーニング市場全般を活性化させるために支援するというもので、デジタル教科書プラットフォーム標準化、幼稚園向け教育情報化システム支援、学校向けeラーニングシステム構築コンサルティングとシステム構築などを支援する。

 「スマートラーニングコリアプロジェクト」として、マルチプラットフォーム環境での「オーダーメイド型学習サービス」を提供するため政府はどのような支援をするべきかに関する研究も始まっている。



子ども達は自由に著作物を使えるのか?

 政府はデジタル教科書向けコンテンツ開発と著作権改訂も検討する。3D、拡張現実(AR)、ロボットなどを適用したマルチメディア教科書が期待される中、教科書のためには著作権法も改訂しなくてはならない。現状のままでは「教科書に掲載」は許可されても、それを子ども達がコピーして再編集したり、教科書専用端末ではなく家庭から見たりした場合は著作権法違反になるのか、疑問が生じる。デジタル教科書に掲載していろいろと活用できるようにしてもいいが、その分著作権料を高く払ってほしいという著作権者側の主張も納得できる。


 デジタル教科書商用化のための準備は着実に進む。2011年からは「教科書先進化」として、教科書のサイズやデザインを自由に作れるようになった。アメリカの教科書のようにサイズも大きくフルカラーの紙の教科書に解説書とCD-ROMを付録にしている。デジタル教科書に市場を奪われまいと教材出版社もCD-ROMを付録にし、アプリケーション参考書を開発して電子ブックリーダーやiPad、スマートフォンからも使えるように準備している。


 2010年の秋には科学教科書を中心に「デジタル教科書2.0」の実証実験が始まった。既存のデジタル教科書は端末にインストールして使うのが前提となっているが、2.0ではいつでもどこでもWebベースでOSも端末も関係なく使える教科書にする。この「いつでもどこでもどんな端末からも」というのが果たして便利で学習効果があるのか、といったことを学校で使わせて実験することになる。


 タブレットPCよりもちょっと画面が大きめのスマートフォンの方がいいという子どももいるだろうし、やっぱりノートパソコンから使いたいという子どももいるはず。子ども達が自分に合った端末を選んで使えるようにするというのも面白い。デジタル教科書は学校の中だけで使うものではないので、病院に長期入院している子どもや海外転勤で外国に住んでいる子どもでもデジタル教科書で勉強できるようになれば休学する必要もなくなる。


デジタル教科書はレンタル制にするのか未定

 残すは教育科学技術部の端末予算確保である。小中学校は義務教育であるため、教科書は無料で配られる。デジタル教科書であっても義務教育なので教科書は無料でないといけない。子どもに与えるのか、それともレンタル制にするのか(卒業すると返納するとか)、タブレットPCにするのか、といった具体的なことはまだ何も決まっていない。


 国定教科書発行費用を全部端末購入に使うとしても端末の仕様が決まらないので「どんな端末からも使える教科書」という定義のまま、予算策定が難しくなっている。現在実証実験に使われているヒューレット・パッカード製のタッチパネルノートパソコンは多機能で値段も高く重くて持ち歩けない。今のところはiPadやGALAXY TabのようなタブレットPCが有力とされているが、シンプルにして値段を1万円ほどに落としたデジタル教科書専用端末が必要なのではないかという意見も根強く残っている。教育科学技術部は「急いで決めずに2012年まではあれこれじっくり試したい」としている。端末選定の悩みはまだまだ続きそうだ。


 先日、韓国の教育政策を発表する場で李明博大統領は「科学技術を活用した教育」、「果敢な選択と集中」を要求した。「すべてにまんべんなく予算を配分しては、どの分野も競争力を持てなくなる」という大統領の言葉はまさに韓国の今を象徴していると言える。


 「できない人」に焦点を当てるのではなく、「優れている人」、「できる人」がさらに才能を発揮できる環境をつくらないと韓国はだめになってしまうという危機意識を国民が共有している。だから韓国は前に進むことができた。2011年も韓国はデジタル教科書やヘルスケア、スマート端末、スマートグリッドなどにおいて世界に先立ち新サービスを商用化、世界のテストベッドとして注目されること間違いないだろう。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年12月27日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20101227/1029378/

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