東京に住む韓国人のネットコミュニティで、東日本大震災の時にどこで何をしていたのか、どんなことを感じたのかといった書き込みが続いている。
中には東京に到着した2日目に震災にあい、「日本は地震が多いと聞いていたので、これぐらいの揺れは年中あるのだと思った」という留学生もいたほどである。「地震の後どうしたらいいのか分からなくて、余震の度に怖くて、わざわざ避難所に行って帰宅難民と一緒に夜を明かした」という女性もいた。韓国には地震がないというのが前提になっていて、学校でも会社でも地震が起きたらどうすればいいのか、訓練などしたこともないからだ。月に一度、北朝鮮が攻めてきたときを想定した避難訓練があるが、サイレンが鳴ると、車の中にいる人は運転をやめてその場でストップ、歩いている人は近くのビルの中に隠れるというものなので、地震のときは全く役に立たない。
今回の大震災では、東京に長く住んでいる人も、来たばかりの人も、共通しているのは「スマートフォンを持っていて本当によかった!」という書き込みであった。4月の新学期を前に東京に到着したばかりの留学生の中には、韓国にいる家族や友達からスマートフォンに送られてきたメッセージを見て深刻な事態であることを知ったという人が多かった。
電話も通じなくなり、当然のことであるが国際電話も使えなくなった。海底ケーブルが損傷したそうで韓国やアメリカのWebサイトにアクセスできなかったり、速度が極端に遅くなったりしていた。3月11日から2日間ほどは、パソコンから韓国のポータルサイトにアクセスしてメールを送ろうとしたが、なかなかつながらずにあきらめるしかなかったという状態が続いた。
そんな中で活躍したのがスマートフォンの無料メッセンジャーアプリ「カカオトーク」。米ウォールストリートジャーナルは3月30日付の記事で、東日本大震災で活躍したアプリとしてカカオトークを紹介していた。
カカオトークは1000万ユーザーを突破した韓国を代表するアプリの一つで、無料で使えるモバイルメッセンジャーアプリ。パソコンでよく使われるインスタントメッセンジャーを、スマートフォンでも楽に使えるようにしたものだ。加入者同士でメッセージ、写真、動画などを無料で送受信できて、グループチャットは韓国語、日本語、英語の3カ国語に対応する。
カカオトーク(日本語のWebサイト)。iPhone/Androidとも使える
3月11日には日韓の間で国際電話使用量が一時期通常の91倍にまで急増してつながらなくなったが、カカオトークとインターネット電話、TwitterといったSNSは問題なくつながり、緊急連絡の手段として大活躍した。当時東京にいた韓流スターらもカカオトークで韓国にいる事務所に連絡をしたり、ビジネスマンらもカカオトークを使って他の社員と連絡を取り合ったりしたとTwitterでつぶやいた。
カカオトークによると、3月11日は2億件以上のメッセージが送信され、その後も1日平均1億8000件ほどのメッセージが送信されているという。3月11日にはたった1日で日本地域の加入者が2万人近く増え、海外ユーザーが増えたことから予想よりも早く1000万ユーザーを突破した。
カカオトークは韓国でスマートフォンを買ったら真っ先にダウンロードするアプリとして人気を集めている。米グーグルやマイクロソフトなどからもメッセンジャーが出ているが、一目で分かる使いやすさと、SNSとチャットの両方の機能を持っていること、チャットの途中でアプリが落ちたりしないことも人気の秘訣である。韓国のスマートフォンユーザーは2011年末に人口の約4割に当たる2000万人まで増加すると予測されているため、カカオトークのユーザーも同じぐらい増えると見込まれている。
ここまで人気のアプリであるが、モバイル通信事業者からは目の敵のようにされている。これら通信事業者が提供するショートメッセージを使うと、40文字で20ウォン(約1.6円)、写真や動画を送信するマルチメディアメールは1件30ウォン(約2.4円)の料金がかかる。それがカカオトークだと3GやWi-Fiといったモバイルインターネットさえつながっていれば無料になる。カカオトークから送信されるメッセージ分を金額で換算すると1日2億件×20ウォンで40億ウォン(約3億2000万円)。かなりの金額である。
通信事業者からするとこの分の売り上げは減り、逆に大量のデータトラフィックだけを誘発することになる。それゆえカカオトークは憎い相手に違いない。特定アプリのトラフィックによってネットワークが遅くなったり問題が生じたりする場合でも、その責任は彼らに回ってくるからだ。
3月末にはカカオトークのアクセス制限や有料化を検討するべきとSKテレコムが話したことから、スマートフォンユーザーが猛反発して結局なかったことになった。ただ、トラフィックに相当な負荷がかかっているだけに、この手のモバイルメッセンジャー対策を急いでいるという。
カカオトークの場合、ユーザーはログイン状態を保つために、中央サーバーに絶えず信号を送る。10分に一度、280バイトほどの信号だが、これが1000万人分となれば通信事業者にとっては相当な負担となる。通信事業者からすると「莫大な資金を投資したネットワークをただ乗りするアプリ」なのだ。
一方、ユーザーにとってはスマートフォンを買うと専用料金制度に加入しなければならない。ほとんどのユーザーが「3Gネットワーク使い放題+Wi-Fiは無料」の料金制度を選ぶので、「毎月10万ウォン(約8000円)近い料金をもらっていながら、メッセンジャーぐらいで経営難を訴える通信事業者の方がおかしいではないか」と、どうしてカカオトークを名指しして騒ぐのか分からないという反応も多い。ネットワークさえつながれば無料で利用できるカカオトークのようなメッセンジャーは、ユーザーにとってはありがたいサービスだからだ。
放送通信委員会の移動通信データトラフィック推移をみると、2010年1月に449TBだったのが2011年1月には5463TBと11.2倍も増加しており、このうち91%をスマートフォンが占めるという。さらにスマートフォン加入者のうち10%が90%のデータトラフィックを占めるということも発表されている。
カカオトークはこれから音声チャット機能も追加するとしている。ポータルサイトが提供するメッセンジャーの場合は既にスマートフォンから音声チャットも利用できるようになっている。音声まで無料で使えるようになれば、通信事業者の通話料売上はさらに落ち込み、データトラフィックは今以上に問題になる。通信事業者とアプリのデータトラフィック論争は、これからが本番である。
趙 章恩=ITジャーナリスト)
日経パソコン
2011年4月7日
-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110407/1031159/