産業育成のための舵取りがいなかった
韓国の過去の失敗から学ぶ(2)
1999年、ソウル市内に「サイバーマンション」が登場した。1世帯に1台のタブレット端末が置かれ、それを使ってホーム・オートメーションを利用したり、マンション内の住民とコミュニケーションを取れたりする。当時としては画期的なマンションであった。
ヘルスケアも、サイバーマンションのウリの一つだった。当時公開されたモデルハウスでは、“デジタル便座”や浴室の“デジタルミラー”などが紹介されていた。例えば、端末を利用して血糖値や血圧をチェックすると、デジタルミラーからその日の「健康注意報」が流れる。家にいながら健康管理ができるというものだった。
しかし、あれから10年以上経った今、モデルハウスで紹介されていたようなヘルスケアは実現されないでいる。問題は技術ではなく、制度の盲点にあった。
ICTと医療・ヘルスケアがばらばらに
産業を育成するための舵取りがいなかった――。ICTを活用したヘルスケア・サービスが活性化されてこなかった理由について、政府のシンクタンクである韓国保健産業研究院は、こう指摘する。
複数の省庁がそれぞれの立場で散発的に支援策を進めてしまい、逆に、ICTと医療・ヘルスケアがばらばらになってしまったのだ。例えば、ICT政策を担当する省庁から医療機器の開発を支援する法案が発表されたと思ったら、今度は医療や個人情報政策を担当する省庁から規制案が発表されるといった具合である。医療の情報化を、医療関係者抜きでIT企業の新規事業育成として支援したりするケースもあった。
次世代のヘルスケア産業は、医療情報化や病院情報化、家庭のホーム・ネットワーク、モバイル・デバイス、高速モバイル・ネットワークといった基盤の組み合わせが必要で、莫大な予算と大規模な実証実験も必要になる。これを最初から最後まで責任をもって監督する省庁が存在しなければならない。医療機関やSI企業、端末ベンダー、ユーザーなどそれぞれのニーズや利害関係を調整するためには、窓口が一つにならなければ前には進めない。「船頭多くして船山に登る」ということわざがあるが、これぞまさに韓国のスマートヘルスケアの現状を表している。
法制度に足を取られ、実証実験から先に進めない
もう一つの問題は、技術は進んでいるものの、法制度に足を取られ、実証実験の段階にとどまり実用化に踏み出せないことである。
大統領が変わるたびに政策も変わってしまうため、長期的な戦略を考えられない状況がある。このため次世代ヘルスケア・サービスの導入に必要な医療法や医療機器の認可・販売制度の改善、医療保険制度の見直しといった根本的な問題には手をつけられないまま、技術の開発だけが盛り上がってきた。例えば、次世代ヘルスケア・サービスの普及に向けては、患者と医師が直接会って診療をしないと保険点数が発生しない今の医療保険制度では問題がある。遠隔診療のためには医療法にある医師と患者の「直接対面」という項目を直さなくてはならない。展示会では「これは便利!」と感じる次世代ヘルスケア・サービスを体験できる。しかし現実には、法制度などの問題が解決できなければ、絵に描いた餅にすぎないのだ。技術は進化しているのに、国民は技術の恩恵を受けられないのである。
2002年には医療法を改定して遠隔診療をできるようにしたが、慢性疾患の管理や予防といったヘルスケアとはほど遠いものである。遠隔地にいる患者に対して医師が直接医療行為を行えるものではなく、遠隔地にいる医療従事者同士で情報のやり取りをすることを遠隔診療と規定しているからだ。
2010年にもう一度医療法が改定され、医師が遠隔地の患者を診療できるようになったが、医学的に危険性の少ない再診患者であり、医療機関がない過疎地域に住んでいる人や刑務所にいる人、医療機関以外の場所で持続的な治療と管理を受けている寝たきりの人に制限されている。遠隔地の薬局に電子処方箋を送ることもできるようになったが、医療機関がない過疎地域に薬局があるはずもなく、結局は薬をもらうために病院の近くまで患者が移動しなくてはならないのが実態である。
次回は、法制度に足を取られて失敗した代表的な事例である、LG Electronics社の携帯電話機の例を取り上げる。
by 趙章恩
BPnet
2011/09/26
orginal link ;
http://www.nikkeibp.co.jp/article/dho/20110926/285129/