技術優位のデジタルヘルス事業は失敗する

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趙章恩の「韓国スマートヘルスケア最前線」

技術優位のデジタルヘルス事業は失敗する


韓国の過去の失敗から学ぶ(3)



韓国では1990年代から医療保険や病院の情報化といった医療情報化が進み、ヘルスケアを国家産業として支援してきた。展示会では、利用者が認識することなく健康情報を測定して問題があれば自宅で遠隔診療してもらえる便利なヘルスケア・サービスが多数登場した。だが、現実には実証実験止まりでなかなか商用化されていない。それは、技術ではなく法制度や省庁間の縄張り争いといった問題があったからだ。





LG電子の「糖尿フォン」

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キャリア代理店で販売できず自然消滅



 法制度に足を取られて失敗した代表的な事例が、LG電子の携帯電話機である。


 2004年、LG電子は「糖尿フォン」という血糖値を測れる携帯電話機を開発した。携帯電話機の電池パックに血糖測定器を搭載しており、そこに血液を垂らした棒を差し込むと画面に血糖値が表示される。インターネットを介して血糖値のデータはデータベースに保存され、測定された血糖値を分析して健康管理アドバイスもしてもらえるというものだった。携帯電話機の端末が約30万ウォン(約2万4000円)、血糖値測定パックが約10万ウォン(約8000円)と、当時の携帯電話機にしては若干高いというほどで、決して高価なものではなかった。


 糖尿フォンが開発された背景には、2001年から始まったソウル聖母病院のUヘルスケア事業団による遠隔糖尿管理サービスがある。聖母病院で診療を受けている糖尿患者の中で、頻繁に病院に来られない患者を対象に、自宅で血糖値を図って専用のWebサイトに記録すると、そのデータを元に健康管理のアドバイスをする実証実験を始めた。血糖値を測定する機器として携帯電話機とPDAも活用した。インターネットを使って測定と同時に病院にデータが送られるようにすることで、少しでも手間をかけずヘルスケアを行うためである。この実験で使われたのがLG電子の「糖尿フォン」で、2004年商品化されたのだ。


 展示会やショールームでは最先端の携帯電話機として注目された「糖尿フォン」だったが、実際にはほとんど売れなかったという。「糖尿フォン」の目玉である血糖値測定と健康管理アドバイスは遠隔診療に当たるため、医療機器としての認可を得る必要があった。その結果、携帯電話機でありながらもキャリアの代理店では販売できなかったことで、自然消滅してしまったのである。



他にも消滅した機器が…



 LGCNS社の「タッチドクター」も、サービスを中断している。同機器は、2008年末に登場したモニター付きホームヘルスケア機器の一つで、インターネットも利用できる。慢性疾患の患者がこの機器を使って血圧や血糖値を測ると、ヘルス・マネージャーが個人に最適化された健康プログラムや病院との連携サービスを提供するというものである。この機器の開発にはIntel社も参加し、韓国の大学病院や医師会もパートナーとして参加していた。しかし、ヘルスケアに関する国民の認識がまだ低く、300万ウォン(約24万円)もする高価な機器を購入しようとする患者はいなかった。韓国の医療業界では、市場を先行きしすぎたために失敗した事例と評価されている。


 便利で革新的なサービスであったにも関わらず、糖尿フォンもタッチドクターも、話題になっただけで普及することなく姿を消してしまった。



2011年に「産業融合促進法」が制定



 ところが、糖尿フォンの失敗をきっかけに韓国政府は変わり始めた。ICTと既存産業の融合を本格的に推進するためには、新製品を業種ごとに認可・規制する既存の法律を改定しなくてはならないことを切実に痛感したのだ。


 ヘルスケアの場合、基本的にICT政策を担当する省庁と医療機器を担当する省庁の両方の規制を受けるため、商用化するまで何年も時間がかかり、企業が財政難に陥り途中で事業を諦めてしまうこともあった。韓国政府は制度の見直しを続け、2011年に「産業融合促進法」が制定されることになった。


 産業融合促進法により、認可制度を簡素化する融合新製品適合性認証制度が始まった。製品や技術が新しすぎて認可の基準や規格がない場合、企業はその製品分野に最も近い関係機関に適合性認証を申し込み、6カ月以内に認可を受けられるようにした。また複数の機関にまたがって許可や認証を取らないといけない場合は、企業から申請書を受け取った機関が他の機関と協議して認可を一括処理するようにした。



失敗から学んだ韓国、Samsung社の投資発表で今後への期待高まる



 韓国はここ10年の間、「技術優位のデジタルヘルスケア事業は失敗する」ということを学んだ。韓国のヘルスケアが予想よりうまくいかなかったのは、「優秀な技術は売れて当たり前」と勘違いしていたからかもしれない。ヘルスケアは技術より法制度の壁が問題だった。そして韓国は、経験した失敗事例から二つの課題を学んだ。すなわち、(1)機器販売で終わるのではなく患者と医療従事者のニーズを把握し続け、サービス・モデルを作ること、(2)政府の制度の中で具体的にどこをどう直すべきが要求し続けること、である。


 韓国のヘルスケア事業は、2010年にSamsung社とLG社が新規事業として医療機器とバイオ産業に投資することを発表してから、また空気が変わり始めている。Samsung社が得意とする半導体や携帯電話端末、ディスプレイは韓国のIT輸出3大品目でもある。「Samsung社が投資する分野=国家を代表する産業になる」という期待から、ヘルスケアや次世代医療機器関連企業の株価も上がり続けているほどである。





by  趙章恩

BPnet

2011/11/23

orginal link ;
http://www.nikkeibp.co.jp/article/dho/20111023/288241/

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