第4回:タブレット端末を体育の授業で駆使
..
.
ソウル市には、「スマートラーニング研究学校」とは別に、韓国Samsung Electronics社がサポートする「スマートスクール」がある。名門私立、ケソン小学校がその一つである。
Samsung社はケソン小学校に65型の電子黒板、タブレット端末の「GalaxyTab 10.1」、さらにはスマート教育に必要なソリューションを提供している。電子黒板からタブレット端末を遠隔で制御したり、先生が作成した資料を生徒に送信したり、先生がクイズを出してその場で採点して正解率を表示したりできる。いわゆる、「Classroom Management」と「Mobile Learning Management System」である。スマートスクールを支援することで、Samsung社はタブレット端末が教育用途に向いているという宣伝効果と、学校のスマート化において必要なソリューションと端末の機能は何かを調査できる。
筆者はケソン小学校では体育の授業を参観した。それは、タブレット端末を活用して円盤投げの正しい姿勢を覚えるという興味深い内容だった。
運動場に出る前、先生は子供たちのタブレット端末に体育専門教師による正しい円盤投げフォームの動画を送信し、理論的なことを教える。次に運動場に出て、タブレット端末が内蔵するカメラを使って生徒たちが互いに投げる姿勢を動画撮影する。そして教室に戻り、撮影した動画をコマ送りしながら体育専門教師の姿勢と比較する。
特に、ここからが面白かった。生徒たちは自分の姿勢と友達の姿勢についてタブレット端末にコメントを書き込む。その書き込みはリアルタイムで電子黒板に送信される。先生は子供たちが書いたコメントを電子黒板で見せながら、意見を出し合うように誘導していた。
次に生徒たちは各自のコマ送り写真からお気に入りの1枚を選び、それを学校の教育用SNSに授業の感想とともに投稿する。これは「クラスティング」というクローズド式のSNSで、学校関係者、学生、保護者だけが利用できる。保護者のほとんどがスマートフォンを使っているので、生徒たちがどんな授業を受けたのか、リアルタイムで確認できるところが好評だという。
ツールの導入が目的に非ず
ケソン小学校の教師が使っているデジタル教科書は、既存のデジタル教科書とは異なる。教師がPDF形式の教科書にデジタル教材を各自追加して、子供たちが理解しやすいよう工夫されているのだ。ケソン小学校のチョウ・キソン先生は、政府の教育科学部から委嘱された先導教師の一人として、教師にとって授業を行い易い新しいデジタル教科書の開発に参加している。
チョウ先生は、デジタル教科書が万能というわけではないと話す。「Google Earthを使うと世界各国の写真が見られます。自分では直接行けない場所でも詳しい資料が見られるので授業に役立ちます」。
社会科のように地図を見せて授業をする場合は、デジタル教材とタブレット端末の両方を使うことで学習効果を高められる。しかし、数学の場合は問題を解く過程が重要なので、普通の黒板に紙のノートを使う方が学習効果を上げられる場合もあるという。
チョウ先生は、「タブレット端末やデジタル教科書は、よりよい学習のためのツールに過ぎません」と、それらを導入すること自体がスマート教育の目的になってはいけないとも話す。
スマートスクールモデル校のケソン小学校。体育の授業で、円盤投げをしている生徒をタブレット端末が内蔵するカメラで撮影し、その動画をコマ送りしながら先生のフォームと各自のフォームを見比べている。
ユビキタス学校を開校へ
韓国には2014年に開校予定の「ユビキタス学校」もある。ソウルから高速鉄道で1時間ほど離れた、行政機関を移転させた新都心の世宗市は、新しく開校する6つの学校をユビキタス学校として建設している。
ユビキタス学校は、スマートラーニング研究学校のような設備に加えて、スマートグリッド、環境にやさしい建築材の使用、仮想現実感(VR)を使った授業、鏡のように見える校内案内用のモニター「スマートウォール」、登下校管理・位置追跡システムなどを導入する計画だ。世宗市では2012年3月に一部の学校を先行的に開校し、教室でタブレット端末とデジタル教科書、3D対応のTV、電子黒板などを使い始めている。
国を挙げて取り組んでいる「スマート教育推進戦略」の最も重要な要素は、機材ではなく、スマートな教育をできる教師を養成することである。ケソン小学校のチョウ先生は、電子黒板の機能を自由自在に使いこなし、デジタル教科書まで編集できるほどのスキルを持っている。同氏は、「これぐらいのことは韓国の教師なら誰でもできます」と言うが、これは教育科学部と教育庁が教師の研修に力を入れてきた成果だ。
韓国のスマート教育研修は、教師ならば誰もが受けないといけない義務となっている。これは電子黒板や端末の使い方を教える研修ではなく、教師と学生が双方向でコミュニケーションするスマートな授業の開発、デジタル教科書を使った授業設計について考える研修である。韓国では、教師は大変人気のある職業で、社会的地位も高い。教師は社会をリードする階層であるため、スマートデバイスを使いこなし、最先端のことができて当たり前という自負がある。
韓国には教員の評価制度があり、研修を履修した教師が少ないと学校の評価まで下がってしまう。加えて、学校評価の結果で年末のインセンティブ額が決まる。つまり、評価が低いと教師全員のインセンティブ額が減るわけだ。自分が研修を受けないと同僚まで収入が減ってしまう仕組みなので、研修をさぼるのは難しい。
1年間で世界17カ国が視察
韓国のデジタル教科書とスマート教育は、世界からますます大きな注目を浴びている。実際、ケソン小学校はスマートスクールのモデル校になって1年強の間に、世界17カ国からの視察を受け入れた。
2012年5月、慶州で開催された第5回APEC教育長官会議では、付帯イベントとして韓国のスマート教室が展示された。スマート教育の模擬授業も行い大盛況だった。韓国がスマート教育のリーダーとして、教師のIT活用能力を高めるための研修内容や、スマート教育の資料を公開し、APEC会員国と共有することも同会議で決まった。
韓国は、学校や校務の情報化、デジタル教科書の導入などスマートスクールの分野で、世界の一歩先を行く。評価できるのは、携帯端末や電子黒板、デジタル教科書を導入することを目的とするのではなく、教師と生徒、そして生徒たちが双方向でコミュニケーションしながら進める授業のような教育のスマート化の推進、そしてそれを実現するために不可欠な人材育成に力を注いでることである。この点は、これから教育のスマート化に本格的に取り組む他国に非常に参考になる。
出典:日経エレクトロニクス
Original link
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20120820/234512/