[日本と韓国の交差点] 受験競争に勝つため友情はいらない?

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3月から新学期が始まる韓国で、大手塾の広告が物議をかもしている。2月末ぐらいから地下鉄やバスなどに貼られた広告で、通学途中であろう2人の少女が、桜が咲いた道を歩きながら笑っている。その写真の左には、こんなメッセージが書いてある。「新学期が始まったから、君は友情という名分で友達と遊ぶ時間が増えるだろう。そうなると君が計画した勉強は後回しになるよね。でもどうする? 大学入試の試験日は後回しにできないよ。もう迷っちゃだめ。友達が君の勉強を代わりにしてくれるわけではない」。

 この広告の存在はTwitter上で「高校生の間で友情破壊広告が話題になっている」として広がった。「大学入試競争に勝つためには友達を作ってはいけない」「1人で勉強だけしなさい」とも取れるこの怖い広告に、ネットの世界は「競争社会とはいえ、これはひどすぎる」と大騒ぎになった。

 この塾と韓国の教育の現実を非難する書き込みが殺到している。
 「新学期だから、新しい友達と一緒に塾で勉強しよう、くらいの広告にすればよかったのに」
 「大学入試で良い点数を取る方法が、塾に行くことではなく、友達を作らないことだなんて悲しい」
 「小中高校の友達は一生の友達。この広告を作った人は友達がいないのかもしれない」
 「これは学生より親を不安にさせる恐怖マーケティング。国語・数学・英語の点数が全ての国だから韓国は単純でバカな人が多い」

 教育専門家らは、そうでなくても友達を作るのが苦手な韓国の青少年にこの広告がもたらす影響を心配する。韓国青少年政策研究院が2011年に発表した報告書によると、韓国の中高生は36カ国の中で最も友達付き合いが下手だという。「成績が良ければそれでよし」という雰囲気から、協調性に欠ける中高生が増えている。

 ソウル市教育庁がソウル市内の小中高校生約26万人を対象に2012年4月に実施したアンケート調査では、「友達と仲良くしている」という項目に小学生は4.42点、中学生4.24点、高校生3.2点(5点満点)と答えた。「大学入試が近づくほど一人になっていく」とも見られる調査結果だ。友達付き合いが苦手な高校生が多いせいか、大学でも、会社でも、個人としての能力は優れているのに協調性に欠ける人が問題になっている。

ソウル大学合格生が住んだマンションにプレミアム

 韓国の教育熱は高い。これは昨日今日に始まった話ではない。ソウル大学への進学率が高い高校の周辺にあるマンションは、どんなに古くても億ションだ。そうでない地域は高級新築マンションでも値が上がらない。

韓国では、自分が住んでいる地域に関係なく、入学許可をもらった私立小学校に行かせることができる。だが、中高の場合は異なる。科学高のように特別な英才教育をする学校以外、学校と同じ地域に親と子供が住民登録していないと進学できない。私立であってもこのルールは変わらない。そのため、親の仕事で引っ越せない場合、有名高校の近くに住む知人の家に偽装住民登録をして子供を進学させる人もいる。これは違法である。

 韓国で最も教育熱が熱い地域はソウル市江南区デチ洞である。韓国で最も有名な塾は全てここに集まっている。全国各地から、名門大学を目指す高校生がデチ洞にやってくる。不動産価格が全国で暴落している中、デチ洞だけは供給不足状態である。

 デチ洞ではソウル大学に合格した子供が住んでいたマンションにプレミアムが付く。全国でもここだけの現象だ。2012年の大学受験が終わってから、江南の教育ママの間では、「成績トップクラスの子供5人の親がデチ洞近くにある最高級マンションを借りて、有名予備校のカリスマ講師と子供5人を1年合宿させた。全員ソウル大学に合格した」という噂が広がった。講師と学生が合宿する勉強法は70年代からあったというから驚きだ。

 デチ洞では、教育ママより教育パパの方が多いという。猛烈な教育ママに育てられ名門大学を卒業して専門職に就く父親が、自分の経験を元に子供の受験戦略を指揮しているのだ。それに祖父母が、孫の送り迎えと教育費を援助してくれる。デチ洞の親達は「ここまでしないと韓国で名門大学に進学するのは難しい」と言う。貧しいけど勉強をがんばって名門大学に合格し弁護士になった、医者になった、というケースは非常に珍しくなってきたように見える。

親の所得が高いほど、子どもの成績が良い

 東亜日報は2月27日付の記事で、土地の価格が高い地域ほど子供の成績が良いとして、親の所得の高さや財力が子供の学力につながるという調査結果を紹介した。土地の価格が高い地域にある学校ほど、中学3年生の全国学業テスト(国が実施する基礎学力を評価するためのテスト)の成績が良かったという。所得の高い人ほど土地の価格が高いところに住むので、お金持ちの子供ほど成績が良い、という結果になるというのだ。親の社会経済的地位(職業・役職・所得・学歴)が高いほど子供の学習時間が長く、塾や家庭教師など「私教育(学校教育以外の民間会社が行う教育)」に使う教育費も多かった。

 中央日報も2月27日の記事で、所得が高いほど子供の成績が良いという主張を裏付けた。ソウル大学の場合、2011年新入生の13.9%が、江南地域の高校出身だったという。この割合は2012年17.7%に増えた。2012年の場合は、新入生の47.1%が、月平均家計所得が500万ウォン(約45万円)以上の高所得層だった。

李明博・前大統領は、学校教育を強化して私教育費を減らすと公約していた。統計庁のデータを見ると、2010~12年まで私教育費を見ると、5%ほど減っている。しかし実態は逆だ。子供の数が減っているので、子供1人当たりの私教育費を見ると増えている――中学生は5.3%増、高校生は2.8%増。大学受験のための教育費は減っていない。

 学校は学校で不満がたまっている。私教育費を減らすため、放課後教室(補習)や特別活動(体育、楽器演奏、美術など)など学校の負担が増えた。教師の数はそのまま、非正規職の講師を雇ってやりくりしたので、教師は学生のケアだけでなく講師のケアまでしなくてはならなくなった。また小中学校では、子供達が塾疲れで授業中に寝てばかり。「塾で既に習ったから」と先生の説明を聞こうとしないという。

朴大統領は「創意教育」を国政課題に選定

 朴槿恵大統領は、このような教育現場の問題を改善するため、「創意教育」を国政課題にした。

 朴大統領は2月14日、教育政策を検討する討論会に出席して以下の発言をした。

 「教育が学生に希望を与え、夢をかなえられるよう導く役割をする場にはどうしたらいいのか議論が必要である。韓国は先進国を追いかけるのではなく、独創的な先導型経済成長に変えなければならない。そのためにはアイデアと創意力が花を咲かせる創造経済の時代を切り開かないといけない。国民の1人ひとりが才能を発揮し、夢を実現することでそれぞれの幸せがある国、その幸せが国家発展につながる構造にする必要がある」

 「教育現場は行き過ぎた競争と入試に縛られている。子供の素質と才能を導き出す幸せな教室にしないといけない。そうすれば私教育問題、学校暴力問題を根本的に解決できる。韓国の未来競争力も上がる」

 「教育は単純に知識を注入するのではなく才能を引き出すものである。子供達が経済的理由や地域差によって夢を諦めることがないようにするのが学校教育の役割だ。子供の夢と才能を育てる幸福教育を基本方針に、教育政策の問題点を診断し、重点的推進計画を整理してほしい」

 朴大統領が創意教育を実現するため、「中学自由学期制」を新しく導入する。2015年から中学の1学期を、討論と実習中心の授業にする。試験は行わない。子供達が自分の才能、夢について考える時間にするというのだ。また、「公教育正常化促進特別法」も制定する。大学入試の問題に、学校教育過程で学んだことより難しい内容を入れないようにする制度だ。さらに、大学への財政支援も国内総生産の0.7%から1%に引き上げる。子供1人ひとりの才能を引き出す創意教育のために、1クラス当たりの学生数を減らす一方で、教師の数は増やす。

創意教育のための私教育が人気

 朴大統領の創意教育、幸福教室政策は、子供たちを入試地獄から解放できるだろうか。

 デチ洞の反応は朴大統領の意向とは違う方向に向かっている。今までの入試教育に加えて、創意教育のための私教育が人気を集めているのだ。

韓国では2013年から、創意教育のために、小学校1・2年生と中学1年生は「ストーリーテーリング方式数学教科書」を使う。2015年には小中学校全学年の数学教科書がストーリーテーリング方式に変わる。これは、科学、芸術、工学などを融合した学際的教育法である。数学の公式を覚えるのではなく、思考力を育てるために、実生活の例を挙げて数学の問題を解く。クラスのみんなで協力して問題を解いてみよう、といった問題も多く、協同力の向上を目指す。計算機やパソコンも授業に取り込む。

 私教育市場では、創意的思考力を育てるための講座が増えた。参考書やEラーニングの市場でも、「創意」をキャッチフレーズとする新商品が次々登場している。「子供の創意教育をどうしたらいいのかわからない。ますます混乱する」という教育熱心な親のための創意教育講座も大人気である。

 韓国はスマートテレビやタブレットPCを使って授業を行う「スマート教室」の導入を着実に進めている。20年ほど前から教科書の開発と教師の研修を続けてきた。2015年には小中高校で紙の教科書と電子教科書の両方を使える環境を整える。いずれは全ての学校で電子教科書を使う(当分は学校が選ぶ)。スマート教室の目的は、子供1人ひとりのレベルに合わせた教育を行うことで、楽しく勉強しつつ学力を高めることである。

 教育の環境がスマートに変わり、朴大統領の創意教育政策が定着すれば、「友達より勉強が大事」という広告を見ることがなくなるだろうか。新学期を迎え、「クラスで1等になりなさい」ではなく、「学校で友達をたくさん作ろう」と子供に言ってあげる親が増えてほしいものだ。

By 趙 章恩

2013年3月6

-Original column
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20130301/244387/

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