[韓国ソーシャルイノベーション事情] グーグルAlphaGoとイ・セドル九段の対局、盛り上がりは人工知能のことだけではなかった

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 韓国ソウル市で人工知能と人間の囲碁対局が行われた。グーグルが買収したイギリスのディープマインド社が開発した人工知能「AlphaGo」と、挑戦的で創造的な囲碁をする世界トップレベルの棋士として有名なイ・セドル九段の対局は「世紀の対決」「歴史に残る対決」として韓国を沸かせた。12歳でプロ棋士になったイ・セドル九段は、子供のころから天才と呼ばれた棋士で、韓国で知らない人はいない有名人である。

 3月9日から10、12、13、15日の5回にわたって行われた対局で、「人類代表」のイ・セドル九段は1勝4敗、人工知能が勝利をおさめた。当初韓国では、イ・セドル九段が5勝全勝するだろうと誰もが信じていた。囲碁は人間が作ったもっとも複雑なゲームなので、人工知能は人間の知略を超えられないと考えたからだ。しかし対局が始まると、AlphaGoは人間ならこうはしないだろうという戦略で囲碁をし、勝利をおさめた。


 グーグルはこの対局の勝者に100万ドルの賞金を贈ることにしていた。賞金を獲得したグーグルディープマインドは、賞金を慈善団体に寄付した。複数の韓国メディアによると、グーグルの持ち株会社アルファベットの時価総額もうなぎのぼり。対局が行われた7日間、アルファベットの株価はA型とC型合わせて約489億ドル分(約5.9兆円)値上がりしたという。この対局でグーグル傘下にある人工知能の実力を見せつけたことが株価を押し上げたとみられる。ちなみに、アルファベットの株はA,B,C型の3つがあり、上場しているのはA型とC型である。B型はグーグルの初期立ち上げメンバーだけが保有する非上場株である。

 グーグルが囲碁をする人工知能を開発したのは、インターネット検索の機能向上のためと言われている。複数の韓国メディアによると、グーグルはユーザーが検索したキーワードからその後何を検索するか、どのような行動に出るか、10段階ほど先を読んで検索結果を表示するための研究をするため囲碁ができる人工知能に力を入れ、その結果AlphaGoが生まれたというのだ。イ・セドル九段が1勝したことで、グーグルはAlphaGoを改善できる余地を見つけた。これこそグーグルが望んでいたものではないだろうか。

対局前のイ・セドル九段は、公営放送KBSのインタビューで「グーグルから対局を持ち込まれた。対局相手が誰なのかは秘密保持の署名をしてから教えてくれた。相手が機械だなんて、本当に驚いた」と答えた。対局前の記者会見では、「コンピューターと人間が対局するのはまだ10年は先の話だと思っていたのに、(人工知能との)対局を持ち込まれて驚いた。3分ほど悩んで受け入れた。(人工知能に対する)好奇心を解決するためには直接囲碁をしてみるのが一番だと思ったからだ。今回の対局はすごい経験で、学ぶことはとても多い」と期待に胸を膨らませていた。対局に負けた時も、「対局を大いに楽しんだ。応援してくれた皆さんに感謝します」とすっきりした表情だった。

 グーグルと一緒に今回の対局を準備した韓国棋院(韓国の囲碁の統括団体)は、もう一度AlphaGoと人間の対局をしようとグーグルディープマインドに提案した。グーグルディープマインド側は、「持ち帰ってグーグル本社と相談させていただきます」と即答を避けたそうだ。韓国棋院はAlphaGoが新しい囲碁の戦略を見せたことを高く評価し、「名誉九段」の認証書を贈呈した。

 対局が終わってから、もう一つ人工知能とも囲碁とも関連がないものが話題になった。イ・セドル九段のスポンサーであるLG電子の控えめな広告が、対局が終わってからSNSで「もしかしてあれはLG電子の広告だったのか?」と話題になったのだ。

 イ・セドル九段が着用した時計はLG電子の新しいスマートウォッチで、毎日着ていたブルーのワイシャツの袖にはLG電子のスマートフォンである「G5」の文字が刺繍されてあった。ケーブルテレビやポータルサイトの生中継にはLG電子の広告が入っていたので気付いた人もいたようだが、地上波放送で視聴した人は全然気づかなかった。LG電子側は「イ・セドル九段の邪魔にならないようロゴを控えめにした」と説明した。これが口コミで広がりLG電子の好感度を上げた。LG電子は1996年から、世界囲碁選手権大会のメインスポンサーになり「LG杯世界棋王選」を開催している。


韓国ではAlphaGoの影響で人工知能に対する関心が急激に高まったのはもちろん、囲碁ブームも巻き起こっている。3月16日付の国民日報によると、対局が行われた7日間、韓国のポータルサイトでは「囲碁」が検索キーワードランキング1位になった。オンライ囲碁対戦ゲーム「Hangame囲碁」は、9日から新規利用者がいつもの3倍に増え、Google Play韓国語版のゲームランキングも囲碁ゲームが上位にランク入り、書店では囲碁の基礎を教える本が売り切れた。つい最近韓国で人気を集めたドラマの主人公が元囲碁棋士だったこともあり、囲碁ブームが起きたのだ。3月17日付の中央日報は、「囲碁市場に春が来た」という見出しで、囲碁セットを製造する工場がいつもの2倍を超える4万セットを受注したと報じた。

 特に勝っても負けても表情が変わらないイ・セドル棋士の「機械並みの強いメンタル」を子供に学ばせたいとして、早速放課後教室のプログラム(有料クラブ活動のようなもの)に囲碁クラスを導入した小学校も少なくない。幼稚園でも囲碁を教えるようになったそうだ。子供に囲碁を教える塾も受講の申し込みが殺到、大人のゲームとされていた囲碁が子供の英才教育用に注目を浴びるなど囲碁市場の裾が広がったという。

 囲碁の塾に通う子供たちは中央日報のインタビューに「AlphaGoに勝ちたい!」と答えていた。



By 趙 章恩

 

Newsweek コラム&ブログ

韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年3月

-Original column

http://www.newsweekjapan.jp/cho/2016/03/alphago.php

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