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大統領スキャンダルが韓国のIT業界にも大きな影響を及ぼしている。国政に介入し、国家予算を牛耳って不正蓄財した朴槿恵大統領の友人チェ・スンシル氏が、IT分野にも手を出していたからである。
退陣を求められている朴槿恵大統領の重点事業の一つに、「創造経済革新センター」というものがある。スタートアップを育成して地域経済活性化に役立てることを目標に、全国17カ所にインキュベーションセンターの役割をする建物を建てた。運営費は国と自治体が負担する。スタートアップを公募し、費用の負担なく無料で入居させ、各種技術開発に必要な設備も無料で利用できるようにした。
創造経済革新センターごとに、映像コンテンツ開発、ドローン開発などとメインテーマを設定し、そのテーマに合わせてそれぞれ大手財閥企業とパートナーシップを結んだ。大手企業は入居したスタートアップ向けに講演会を開いたりアドバイスをしたり、大手企業が必要とする技術をスタートアップと一緒に研究したりと、スタートアップの相談役を務めるようにした。
創造経済革新センターの趣旨は立派だが、チェ氏はここも自分の利益のために利用した。創造経済革新センターの役員は、大多数がチェ氏の息のかかった人だった。センターに入居して成功した模範事例としてマスコミが取り上げていたスタートアップは、チェ氏の前夫の弟が副社長を務める会社だ。この会社の代表は結局、投資金詐欺容疑で身柄を拘束された。実態がないにも関わらず、チェ氏との関係から模範事例に仕立てられ有名になったのだ。
センターのホームページ構築事業は、入札ではなく、チェ氏の知人が設立した会社が全国17センター分を全て受注した。センターが主催するイベントや展示会も全て、チェ氏の知人が経営する会社が受注した。そのほかにも、まるでセンターがチェ氏のビジネスのために存在したかのような疑惑が次々に浮上している。
早速国会では、未来創造科学部(情報通信政策を担当する省庁、部は省に当たる)が申請した創造経済革新センターの2017年度国家予算約558億ウォン(約50億円)の審査を保留した。国会では、事業成果がないまま巨額の予算を使っているとして、創造経済革新センターの成果を具体的に示すよう要求した。
ソウル市は、自治体が負担することにしていた2017年度のソウル創造経済革新センターの運営予算20億ウォン(約1.8億円)を全額撤回した。全羅南道(道は日本の県にあたる)も、同地域にある創造経済革新センターの2017年運営予算10億ウォン(約9000万円)を全額撤回した。他の自治体でも同様の動きが出ている。
今までは、朴大統領のキャッチフレーズでもあった「創造経済」に誰も文句を言わなかったが、大統領スキャンダル以降は「創造経済という得体のしれないものに予算をつぎ込んでいた」と国会も自治体も自省する雰囲気になっている。
大統領スキャンダルをきっかけに、創造経済革新センターを廃止するという話まで出ている。しかし問題は、チェ氏と何も関連がないスタートアップも大勢入居していることである。「センターに入居しているという理由だけで、チェ氏と関係があるのではないかと白い目で見られた」と嘆くスタートアップの代表もいたほどである。
国会と自治体が創造経済革新センターに背を向けると、投資家やベンチャーキャピタルもセンターに入居しているスタートアップに関心を示さなくなった。
未来創造科学部は、「センターに入居して3年目に当たる2017年から成果を見込めるスタートアップもいる。世界的にスタートアップが重視されている中、支援を断ち切ってはいけない。少なくとも2017年まではセンターの運営を続けるべき」と主張している。
ただし韓国のIT業界は、今回の一軒を「災い転じて福となす」になる可能性もあるとみている。国と自治体の支援金がなくなると、本当に競争力があり需要があるセンターとスタートアップだけが生き残る。政府の支援金でスタートアップを立ち上げ、無料でセンターに入居し、政府の支援金が切れるとビジネスをやめて、また支援金がもらえる分野でスタートアップを立ち上げることを繰り返す「支援金ハンター」がいなくなることで、本物のスタートアップだけが残る可能性があるからだ。
それにしても終わりが見えない大統領スキャンダル。これ以上純粋にがんばっているスタートアップに飛び火しないよう、早く解決してほしいものだ。
趙 章恩=(ITジャーナリスト)
日経パソコン
2016.11.
-Original column
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/549762/113000121/?itp_leaf_index