北朝鮮情勢に揺れる韓国のIT産業

韓国と北朝鮮の歩み寄りの象徴として、2000年初頭の合意以来、両国によって共同運営されてきた「開城工業地区」が突然閉鎖された。アパレル産業中心、かつ生産量もわずかなこの工業地区の閉鎖が、実は韓国のIT産業全体の大きなダメージにつながるという。それはなぜなのか。

北朝鮮との共同運営
工場地区が突然閉鎖

 2月7日、北朝鮮が行った「人工衛星打ち上げ」は、事実上のミサイル発射だとして、韓国政府はもちろん、日本やアメリカ、中国の各国政府も、同国に対する非難声明を出したことが報じられた。

 年初に行った核実験に間髪を入れないタイミングでもあっただけに、北朝鮮に対する国際社会の批判が高まるのも当然である。

 だが、韓国の国民の間に衝撃が走ったのはむしろ、この出来事を契機に、2月10日をもって、開城(ケソン)工業地区が無期限で閉鎖されてしまったことだった。ミサイル発射直後の2月第2週、韓国のツイッター上では、「開城工業地区」というキーワードが最も多くツイートされた(2月16日付中央日報)ことからも、その関心の高さがうかがえる。

 開城工業地区は、韓国と北朝鮮の境にある北朝鮮の特区・開城に設けられた工業団地であり、2000年6月に南北首脳会談で合意され、両国の歩み寄りの象徴として建設が進み、2016年2月の時点でアパレルを中心とする韓国企業124社が参画。北朝鮮の労働者が98%を占めていた。

 2004年から14年までの10年ほどで、同工業地区で韓国が得た経済効果は累計で32億6400万ドルといわれる。韓国の14年の名目GDPはおよそ1兆4000億ドルなので、表向きの数字を見る限り、同工業地区の国の経済への影響は、決して大きくないように見える。

 しかし、韓国人が本当に懸念しているのは、開城工業地区の閉鎖が、韓国が国を挙げて育てようとしているIT産業の成長を妨げてしまうことになりかねない、ということだ。アパレル中心、経済効果も大きくない工業団地の閉鎖が、なぜ、IT産業全体に影響を及ぼすというのか。

 それは、韓国人が無意識のうちに持ち合わせているある認識が、今回の工業地区閉鎖で覆されたことと、現在の韓国IT産業の構造を併せて考えると明確になってくる。


北朝鮮情勢が韓国IT産業
に与えるシビアな影響

 韓国の主たる敵国は北朝鮮だ。敵と陸続きで隣り合わせである以上、停戦中とはいえ韓国は常に軍事的緊張から解放されない。ところがその一方で、開城工業地区のような南北経済協力事業が10年以上継続していたということが、国民に、「まさか、北朝鮮は韓国に直接危害を加えることはないだろう」という認識を与えていたのも事実だ。

 それが、開城工業地区に工場を持つ124社に、多大な損失が発生することが分かっているにも関わらず閉鎖が断行されたことで、国民の間には「いよいよ……」という安全への懸念と同時に、「世界からの国家信用に大きなダメージを受ける」という不安が広がって行ったのだった。

 韓国のIT産業は、大半が海外マーケット向けの製品・サービスだ。また、アジア初のベンチャーインキュベーションセンターをソウルにオープンしたグーグルや、韓国スタートアップ企業への投資計画を発表したクアルコムのように、ウェアラブル、ヘルスケアなど、韓国の新しいIT事業分野に投資する海外の企業も多い。

 北朝鮮との関係における地政学的リスクは、韓国IT企業の輸出先や海外の大口投資家(企業)に大きな不安を与える要因だ。国際信用評価機関のムーディーズは2月15日、「南北の和解の象徴であった開城工業地区の稼働中断は、韓国の国家信用に否定的条件」という趣旨の分析を行った。

 このことで、直ちに韓国の国家信用等級が下がることはないと見られているにしても、1月18日、未来創造科学省が「2016年度国家情報化施行計画」を発表し、今年は、8105件の事業に、前年比3.3%増の総額5兆3804億ウォン(2016年2月29日時点で、約4826億円)を投資すると発表した矢先のことだけに、国際的な信用が下がる事態は回避したいところだ。

 韓国は、1970年代から情報化で世界の先端を行く国家の建設を目指し、1996年からは、5年区切りで「情報化促進基本計画」を実施してきた。5年というのは大統領の任期に相当し、政権が変わるたびに基本計画も変わる。

 今年は、2013年から始まった「第5次情報化促進基本計画」の途上であり、「IoT(物のインターネット)」「クラウド」「ビッグデータ」「既存産業とICT融合」の4分野に集中した投資が行われている。


地政学的リスクが少ない
日本はもっとITを世界に

 私が日本に住んでいて思うことの一つは、「日本は、韓国に比べて直接的な地政学的リスクが少ない」ということだ。さらに、日本の人口は、韓国の人口(5029万人)の2倍以上であるため、韓国に比べて内需も断然大きい。

 よって、韓国企業が、常に海外からの評価や海外市場の動向に左右されながらビジネスを回しているのと比べると、より長期的に安定した計画が立てられているように感じる。これはとても羨ましいことだ。

 加えて、韓国では、大統領の任期である5年で全ての政策が変わる。IT産業政策もしかりであることは、さきほどの「情報化促進基本計画」が象徴している。国家主導でIT産業が推進される反面、政権ごとに成果を出そうとすることから、国内で「すぐに結果が出るITサービスの実証実験ばかりが繰り返されている」という批判も起こっている。

 北朝鮮との融和策の裏には、実は産業発展の長期計画を立てるために国防費を減らし、その分をIT産業に投資して経済を活性化するという狙いもあったが、開城工業地区の閉鎖によって、それがこれからどうなるかが分からなくなった。

 今後国防費が増え、IT産業への投資が減っていくのでは、という懸念も国民の間に高まりつつある。

 私は、日本は、世界的に見ても安全面では相対的に安定した国だと思う。少なくとも、韓国のような形で地政学的リスクによってIT産業が揺れることは、ほぼないと考えられるだろう。

 その利点を生かして、日本だからこそ実現できる長期のITプロジェクトや、独自のおもしろいアイデアが生きるIT関連サービスやデジタルコンテンツを積極的に生み出し、海外にも広げていってほしいと思うのだ。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.3

 

-Original column

http://diamond.jp/articles/-/87104

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