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韓国の梨花女子大学で、学生による大規模なデモが起こった。新設学部設立反対を訴え、1万人の学生と卒業生が参加したこのデモは、学生と卒業生だけが利用できるコミュニティサイト上で、時間を掛けた議論の下に実施されたことが話題になった。
韓国屈指の女子大で
学生200人が立てこもり
韓国屈指の歴史ある女子大・梨花女子大学で7月28日、学生と大学当局が対立、200人を超える学生らが大学本部棟に立てこもり、長期にわたる大規模なデモ行動を行った。
学生側の要求は、韓国教育部(注1)と大学が一方的に進めた「未来ライフ大学(=学部)設立」の白紙撤回と総長の辞任である。 韓国屈指の歴史ある女子大・梨花女子大学で7月28日、学生と大学当局が対立、200人を超える学生らが大学本部棟に立てこもり、長期にわたる大規模なデモ行動を行った。
未来ライフ大学は、商業高校を卒業した会社員、または30歳以上の無職の女性が、面接だけで梨花女子大学に入学できるという新制度を活用した、社会人向けの新設学部だ。夜間講座やインターネット講座を3年ほど受講し、認定を受ければ学位が授与される。
健康とファッションを専攻するウェルネス学科、コンテンツの企画・制作を専攻するニューメディア学科を、それぞれ2017年に開講する計画だった。
おそらく、ここまでの規模のデモは、同大学130年の歴史の中で初めてのことだろう。そもそもの発端は、同大学の現役学生と卒業生が参加するコミュニティサイト「イファイアン」での、未来ライフ大学に関する議論だった。
イファイアンは大学のサイトではなく、2001年5月に当時の学生が立ち上げたもので、在学生と卒業生のためのコミュニティサイトとして在校生が代々運営を引き継ぎ、寄付金や広告掲載で運営費を賄っている。
コミュニティサイトではあるが、学生らが企画して取材した記事も掲載され、社会問題、就活を控えた学生向けの各界専門家インタビューなど、コンテンツは充実している。
だが、中でも多くの学生や卒業生が訪れるのは、「秘密の花園」だ。
注1 教育部:韓国政府の教育担当行政機関。「部」は日本の「省」にあたる
「秘密の花園」の議論で
学生たちが声明を発表
イファイアンには、梨花女子大学の学生や卒業生であることを認証した上で参加できる「秘密の花園」という匿名掲示板がある。
この掲示板で、未来ライフ大学の設立についての賛否が議論されているうちに、次第に人が集まって多くの意見が寄せられた。
「(未来ライフ大学は大学当局の)学位ビジネスである」「教育の質が下がる」「未来ライフ大学の設立を白紙に戻さないなら、みんなで授業料の納付を拒否しよう」など、団体行動に出ようという意見が数多く上げられた。
そして、これら「秘密の花園」で行われた議論がまとめられ、在学生と卒業生らによるは反対声明が発表されるに至る。
声明の内容(要約)は次のとおりだ。
●未来ライフ大学は女性の社会進出を奨励するように見えて、実は本人の能力に関係なく4年制大学の学位がないと昇進できないという社会の非合理的構造を確固たるものにする学閥主義から生まれた考えにすぎない
●高卒社会人女性に学ぶチャンスを与えるべきという大学の意見には同意するが、本当に学ぶチャンスを与えるのなら、生涯教育院(注2)のレベルを上げるか、既存の大学入試の中で社会人入試のルールを作るべきである
●特別な学部を作って学位を授与することにこだわるのは、学位商売である
ネット上の掲示板から生まれた一連の議論、および声明の発表は、やがて、総長との交渉を要求する抗議行動として、学生200人による学内立てこもりに発展した。大学側は、警察に立てこもり学生の排除を要請、1600人の警官が大学内に進入し、もみあいで負傷する学生も出る事態となった。
だが、それでも「秘密の花園」では議論が重ねられ、学生は意見をまとめて大学と交渉を続けた。大学の外に自分たちの意思を伝えたい時は、InstagramやFacebook、カカオトークなどのソーシャルメディア(SNS)を活用した。
注2 生涯教育院:梨花女子大学が運営する社会人向け教育施設
リーダー不在のデモは
IT世代の象徴にも
IT時代の学生デモを目の当たりにして気が付いたのは、このデモに明確なリーダーといえる存在が見られなかったことだ。
学生らはインターネットを基盤に議論しているので、つながりもゆるい。意思決定にも時間がかかる。昔からあるデモのイメージとは大きく異なる。
それでも最終的に梨花女子大学側は学生の要求を受け入れた。大学側は8月3日記者会見を開き、未来ライフ大学の設立を白紙に戻すと発表した。国と大学が進めた事業が学生の反発によって白紙撤回されたのは、韓国では初めてのことである。
未来ライフ大学の計画は白紙になったが、総長の辞任を求める学生の立てこもりは続いた。8月10日に大学内で行われた集会では、在学生だけでなく、「秘密の花園」やSNSを見て立てこもっている学生らを応援するため卒業生も集まり、合わせて約1万人を超える人がデモに参加した。
この梨花女子大学の学生による反対行動は、他の大学にも影響を与えた。同じく社会人を対象とする未来ライフ大学を設立しようとしたソウル市東国大学でも、学生らが「学生の意見を聞くことなく一方的に進めるな」と、設立反対の声を出し始めた。
SNSで多くの人が集結し、大規模なデモ行動につながった例としては、2010年から始まった「アラブの春」や、2014年に香港で起こった「雨傘革命」が記憶に新しい。
梨花女子大学のデモは、これらの反政府デモとは異なり、母校のブランド価値を守るための反対行動と批判されながらも、学生や卒業生という限られた関係者が「秘密の花園」というプラットフォームで真剣な議論が重ねられたことが話題になった。
韓国メディアも、「先輩後輩の区別なく、“コミュニティサイトやSNSではみんなが友達”という考えで意見を出し合い討論を重ねた平等なコミュニケーションは、今まで韓国になかったもの」だと伝えている。
趙 章恩=(ITジャーナリスト)
ダイヤモンド online
「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」
2016.9.
-Original column