韓国大統領選ネット上でも大激戦

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先の韓国大統領選挙戦は、まれに見る盛り上がりぶりだった。選挙に国民の関心が向くこと自体は歓迎すべきだが、その陰ではソーシャルメディアを中心に大量のフェイク(虚偽)ニュースが飛び交い、大きな混乱が生じていた。スマートフォン時代の選挙で起こった事態の顛末を紹介したい。

大統領選挙戦での熱狂的
支持活動の裏側では…… 



 2017年5月10日、波乱の選挙戦を制し、文在寅(ムン・ジェイン)第19代韓国大統領が誕生した。

 韓国社会世論研究所が同日、19歳以上の男女1044人に行った世論調査では、回答者の83.8%が文大統領に期待すると答えている。

 大統領選挙期間中の選挙運動では、文候補(大統領)支持者の熱狂ぶりは特にものすごく、街角演説に自作のうちわやプラカードを持ち込み、まるでコンサート会場のような盛り上げ方で派手な応援をしていたのが印象的だった。

 文候補の所属政党「共に民主党」も、こうした熱心な支持者に応えようと、演説が終わった後に応援に駆け付けた現役国会議員らが壇上に上がって、歌ったり踊ったりして大いに場を盛り上げた。

 だが、筆者の目が釘付けになったのは、むしろ、国会議員らが客寄せパンダになって踊っている間、「共に民主党」の職員たちが支持者の周りにテーブルを置いて、「文候補が大統領になったらこういうことをしてほしい」という要望を聞いてパソコンに入力していたことだ。こういう光景は初めて見たのでとても新鮮だった。

 一方、さまざまなオンラインコミュニティサイトでも、政党関係者だけでなく、各候補者を支持する人たちの書き込みがあふれていた。

 候補者の公約や経歴を写真入りでまとめたものから、パロディあり、お笑いネタありでユニークな応援をする人も多かったので、ネット上もまた、お祭りさながらの大騒ぎだった。

 ――ところがこの後ほどなく、有権者たちがお祭り騒ぎに興じているわけにも行かなくなる事態が発生する。今回の大統領選挙戦でも、ソーシャルメディアを中心に拡散するフェイク(虚偽)ニュースが大問題になったのだ。

Googleの調査(注1)によると、韓国のスマートフォン普及率は90%以上となっており、そんな国民の大半がスマートフォンを持つという国の実情を反映してか、ソーシャルメディア経由でのフェイクニュースの流通が大激増。各党の選挙対策は、専ら「虚偽情報や誹謗中傷の火消し」が最重要業務となってしまった。

 早くからインターネットが普及している韓国では、1990年代後半から選挙の度に、「インターネット世論を制する者が選挙を征する(=当選する)」と言われてきた。従来はパソコンでインターネットを見る人が圧倒的だったので、ポータルサイトニュースのコメント(「デッグル」=答えの言葉)欄こそが世論を盛り上げる重要な場だった。

 朴槿恵(パク・クネ)前大統領が誕生した2012年12月の大統領選挙では、国家機関である国家情報院と国軍サイバー司令部が、与党を擁護し野党を誹謗中傷するコメントを書き込む「デッグル部隊」を運営していたことが内部告発により発覚。責任者らは二審で有罪となった。

 そんなこともあって、選挙運動期間中は実名を確認してからコメント欄に書き込みをするよう法律が変わった経緯がある。

 今回の選挙では、ポータルサイトになり代わり、スマートフォンでアクセスしやすいオンラインコミュニティやソーシャルメディアが、フェイクニュースの温床となったのだ。

 ソーシャルメディアでシェアしやすいよう「工夫」し、写真と文字をまとめて1枚の画像にしたフェイクニュースが多かったのも新しい動きの一つである。


現役の自治体区長が
フェイクニュースで取り調べ

 2017年5月8日、韓国中央選挙管理委員会サイバー選挙犯罪対応センターが公開した公職選挙法違反行為の摘発状況によると、同年5月6日までに同委員会が摘発したインターネット上の選挙法違反行為は、合計3万8657件に上る。

 このうち、「虚偽事実公表・候補者誹謗」が2万5049件(全体の64.8%)と最大であり、2012年の大統領選挙時に比べて約6.3倍となった。それに続くのが、「世論調査公表・報道禁止違反」の1万1800件(同30.5%)である。

 韓国警察庁も、5月8日までの選挙運動期間中に、ソーシャルメディアで広がった選挙に関するフェイクニュース55件を摘発した。このうち12件を捜査し、9人を立件した。残りの43件は、政府機関の放送通信審議委員会を通じ、フェイクニュースが掲載されているウェブサイトに削除を求めた。

 一体どんな人がフェイクニュースを流すのだろうかと思ったら、なんと現職のソウル市江南区庁長(注2)も混じっていた。文在寅候補を中傷する書き込みを行ったとして、中央選挙管理委員会と同候補から告発を受けていた申燕姫(シン・ヨンヒ)区庁長は、4月に入り、警察から取り調べを受けた。

 同区庁長のフェイクニュースは、これを真に受けた保守派候補支持者のシニア層を中心に、その家族や知人に転送され拡散したことでも問題になった。韓国では、ポータルサイトやニュースサイトの記事をコピーしてソーシャルメディアに掲載すると、自動的に出所とURLが添付される仕組みになっている。

 つまり、こうした出所がないニュースはフェイクニュースである確率が高い。これを知らずに、フェイクニュースを拡散してしまうシニア層が少なくなかったのだ。日本ではそれほど問題視されそうにない話なのだが……なぜ、韓国では問題なのか。


注2 区庁長 日本の「区長」に相当


親族の信頼関係に亀裂も!?
フェイクニュース規制の動き

 家族単位の行事が多い韓国では、おじいさん、おばあさんから孫の世代まで、親戚一同がグループチャットでつながっているケースが多い。

 投票日が近くづくほど、オンライン上のコミュニティサイトには、フェイクニュースは家族仲を険悪にするという嘆きにも似た次のようなつぶやきが、たくさん見受けられるようになっていた。

 「親戚があまりにも多くのフェイクニュースを転送して来るので友だち登録を解除した」「母がフェイクニュースを信じて保守派に投票するよう何度もメッセージを送って来る」 ――などなど。

 いかにも韓国らしいといえば、その通りなのだが。

 こうした事態に、文在寅大統領就任後、大統領の支持者らを中心に「集団知性でフェイクニュースに立ち向かおう」という活動が始まった。

 大統領の日々の動静や談話を、大統領報道官の言葉を中心にウィキ形式で記録・更新するサイトを作り、大統領に関するニュースがフェイクかどうかを参照できるデータベースを作ろうというのだ。

 ドイツでは今年4月、ソーシャルメディア運営会社がフェイクニュースが掲載されていることを認知してから一定時間内に削除せず放置した場合、最高5000万ユーロの罰金を賦課する内容の法案が閣議決定された。

 韓国でも、既に何度も国会でフェイクニュース対策に関する討論の場が設けられている。専門家の意見を聞きながら、「フェイクニュースとは何か」「フェイクニュースは表現の自由に相当するか」といった所から話し合い、徐々に議論を深めていくようだ。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2017.5.

 

-Original column

http://diamond.jp/articles/-/129681


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