韓国ではプレミアム志向のブランド戦略をとっていたサムスン電子が、いよいよ低価格のミニノートパソコン、いわゆる「ネットブック」に参入する。台湾メーカー勢の攻勢で国内メーカーも追随せざるを得ないという構図は韓国も日本と同様なのだが、サムスンの場合は別の思惑もあるようだ。
日本の量販店では、モバイルインターネットに加入すると台湾メーカーの低価格ミニノートを100円程度で買えるといった販売方法が人気だが、韓国でも同じようなシステムが登場している。モバイルWiMAXの「Wibro」に加入するとミニノートを安く買える仕組みで、台湾製のミニノートが発売されてからパソコンの価格競争は確実に激しくなっている。
■先行する台湾勢、デルも人気
インターネットショッピングモールのロッテドットコムによると、2008年8月のノートパソコン売上高は全家電の20%以上を占め、このうちミニノートの比率が30%を超え、年率300%近い伸びをみせているという。
韓国でも低価格ミニノートは人気が上昇している
火付け役であるASUSTeK Computer、MSIをはじめ台湾勢の製品は日本円で3万円以下という安さでみるみるうちに韓国で勢力を広げ、米デルもシェアを伸ばしている。デルの8.9インチ型液晶を搭載する「Inspiron Mini 9」は49万9000ウォン(約4万5000円)程度の価格であり、携帯電話を買うより安く10カ月無利子の分割払いも利用できる。フラッシュメモリーを使うSSD搭載で、HDDタイプに比べて発熱や騒音、速度が改善されたのが売りだ。
こうしたなか、韓国パソコン市場トップで圧倒的シェアを占めているサムスンもついに10月、低価格ミニノート「NC10」を発売する。
サムスンやLG電子は韓国市場ではブランドイメージを保つためプレミアム路線に固執し、携帯電話や家電と同様にパソコンも20万円を超えるような高機能モデル中心で、価格競争には乗ろうとしなかった。このため韓国内では、「回復の見込みがない不景気のなか、プレミアム戦略だけではこれ以上売れない、台湾勢に負けてしまうという危機を感じたからかもしれない」などと分析されている。
サムスンが発売する「NC10」
■10.2型液晶のハイスペックモデル
サムスンの「NC10」は、パソコンに慣れた目の肥えたユーザーに対応すべくスペックや機能を高めたのが特徴だ。低価格ミニノートの弱点といわれる小さすぎて使い辛いキーボードは既存のノートパソコンの93%の大きさを確保し、液晶も10.2インチ型と大きい。バッテリー駆動時間も最大8時間と長いが、大容量バッテリー(57.72Wh)を入れても重さ1.3キロと軽量にもこだわった。
さらに韓国では動画マーケティングが流行っていて、履歴書も紙ではなく動画で作るという時代を反映して、動画投稿サイトを利用しやすいよう130万画素のWEBカメラも付けた。インテルのAtomプロセッサー、1GBのメモリー、120GBのHDD、無線LAN、マルチメモリースロット、3つのUSBポートなど、 サイズはコンパクトでも既存のノートパソコンと変わらないという点を強調している。
これで価格は6万9000円台を予定している。今は無線LANのみに対応しているが、今後は通信会社と提携してWibroやHSDPAを内蔵した製品も発売するという。単品販売より通信プランとセットで安く買える提携モデルで販売していく考えだ。
トライジェムの「Averatec Buddy」
韓国メーカーではこのほか、中堅のTG三宝(トライジェム)がサムスンより一足早く「Averatec Buddy」を発売している。10.2インチ液晶にインテルAtomプロセッサー、1GBのメモリー、80GBのHDD、重さはバッテリーを入れて1.4キロと、基本性能はHDD容量を除いてほぼ同じで、価格はサムスンより若干安い約6万4900円となっている。
■頼みの国内市場、守りを優先
いわゆるネットブックといわれるジャンルは、画面サイズが10型以下で、45ナノプロセスで製造されたAtomプロセッサーを搭載し、おもにインターネット利用に使うノートパソコンを指す。サムスンなどの製品は、画面サイズを含めて仕様面を充実させており、「韓国型ネットブック」などとも呼ばれている。
しかし、今まで20万円以上のノートパソコンを売っていたサムスンが突然6万円台の製品を主力商品として売るとなれば、売り上げ規模は当然縮小する。サムスンやLGは携帯電話やテレビはグローバル市場で強いが、パソコンに関してはまだ世界で戦える状況ではない。それでも低価格ミニノートに乗り出すのは、ここで台湾勢に国内シェアまで奪われれば世界市場に進出するチャンスが永遠に失われるという判断があるのだろう。
アスースが日本で発売している「Eee PC 901-X」
低価格ミニノートは値段の安さからまだ家庭にパソコンが普及していない新興市場、2台目需要の高い欧米や日本、韓国などのパソコン成熟市場の両方を狙える。韓国でこの春から低価格ミニノートを販売し始めた台湾メーカーは、まだ韓国内に顧客センターが少なく、アフターサービスの不安がネックになっている。今のうちであれば巻き返しは可能とみているだろう。
ASUSの低価格ミニノート「EeePC」シリーズは2007年に世界で35万台売れたが、2008年は500万台を目標としているという。韓国IDCは2008年の韓国市場でのパソコン販売台数を467万台と予想しており、ASUSは韓国全土で売れるパソコンよりも大きな市場を狙っている。ブランド価値云々と指をくわえて見ているわけにはいかないのだ。
低価格競争に巻き込まれるのは必至だが、だからといって放っておけば販売台数はどんどん落ち込むことが目に見えている。難しい選択の岐路に立たされているわけだが、サムスンにはこれを克服できるチャンスがある。SSD市場の拡大だ。
■ミニノート向けSSDは年率5割成長
サムスンは低価格ミニノートでも採用されているSSDをさらに小さくした1.8インチの「Half Slim」という新しい規格のSATA2 SSDの量産を発表している。この新しいSSDは8GB、16GB、32GBの3種類で、モバイルPCでの急速な市場拡大が見込める。サムスンはネットブック向けのSSD市場が2011年まで毎年約57%成長すると見込む。プレミアムノートパソコンが売れなくなっても、これからミニノートには欠かせなくなるであろうSSD市場を拡大させていけば、十分な埋め合わせになるかもしれない。
東芝も10月下旬にミニノートパソコン「NB100」を発売する
今までM&Aには手を出さなかったサムスンがサンディスクの買収について積極的な態度を示しているのも、東芝を出し抜いてSSDの主導権を確保するのが狙いだろう。
メール、インターネット、文書作成と基本的な機能が使えて持ち運びが便利な低価格ミニノートのライバルは、ノートパソコンではなくスマートフォンといわれている。携帯電話ではインターネットを使わないとされていた韓国人だが、パケット定額の導入でスマートフォンの割合も少しずつ伸びている。
韓国のモバイルWiMAXであるWibroに音声通話機能を搭載するかもしれないという話も出ている。低価格ミニノートからも音声通話が使えるようになれば、携帯電話はいらなくなるかもしれない。時代がまた大きく変わろうとしている。
NIKKEI NET
インターネット:連載・コラム
2008年10月1日
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000001102008