.
K-POP
社会にメッセージを発信し、K-POPやアイドルの枠を超えて活動を展開してきたBTS。グループとしての活動休止も、次へのステップの新たな挑戦かもしれない。
韓国内で広がる共感 始まったソロ活動=趙章恩
世界的に活躍する韓国の7人組人気グループBTS(防弾少年団)が6月14日、ユーチューブの公式チャンネルで公開した一本の動画の内容が、世界をニュースとして駆け巡った。デビュー10年目に突入したこの日の動画では、メンバーたちがテーブルを囲んで和やかに食事。今後の活動に話題が及んだ時、メンバーたちが「個人の成長のため当分、ソロ活動に重点を置きたい」との意思を示したのだ。
これを受け、韓国国内メディアだけでなく、AP通信や米『ニューヨーク・タイムズ』、英BBCなど海外メディアもこぞって「BTS活動休止」と報じた。その影響は株式市場にも及び、BTSが所属する韓国取引所・有価証券市場(KOSPI)上場の芸能事務所HYBEの株価は翌日、25%も下落。時価総額が2兆ウォン(約2000億円)も吹き飛んだ。
報道の中には、スケジュールがハードなK-POP(韓国エンターテインメント)産業の厳しさを批判するものもあったが、動画の中で明かされたメンバーの率直な思いや、「ARMY」(アーミー)と呼ばれる熱心なBTSのファンの反応などを見ていると、K-POPやアイドルの役割を次のレベルへ引き上げる新たなステップと位置付けているように感じられる。
「メッセージ」を重視
BTSは現在27歳のRMさんをはじめ、24~29歳のメンバーで構成。デビューは2013年6月で、HYBEを創業した音楽プロデューサー、パン・シヒョク氏の肝煎りのプロジェクトとしてメンバーが選抜された。ヒップホップを主体に洗練されたダンスで徐々に人気を集め、14年には日本でもデビューするなど海外でも早くから活動していたが、他のグループと大きく異なるのは作詞・作曲にメンバーが関わることだ。
個性を抑圧される若者の苦悩や葛藤を代弁した「DOPE」(15年)などが同世代の共感を呼び、米国を中心に世界へファン層が拡大。歌詞をすべて英語にした「Dynamite」(20年)のほか、「Butter」「Permission to Dance」、英ロックバンド「コールドプレイ」とのコラボ曲「My Universe」(いずれも21年)は立て続けに米ビルボードのシングルチャート1位になった。
BTSはまた、SNS(交流サイト)などを活用したファンとのコミュニケーションにも優れる。現在の登録者数約6900万人のユーチューブ公式チャンネル「BANGTANTV」では、ダンスの練習動画やライブの舞台裏などをアップし、日本語や英語などの字幕も付ける。また、HYBE独自のファンとのコミュニティープラットフォームサービス「WEVERSE」もその手段の一つだ。
WEVERSEは19年、HYBE所属アーティストとファンとの交流の場として開設。21年末時点で世界238カ国3700万人以上が会員登録しており、アクセスの90%が海外からという。WEVERSEに集まったデータを分析し、曲作りや次の活動を企画する際に活用する。アルバムなどの作品だけでなく、関連グッズなど物販の接点にもなっている。
「止まってもいいよ、何の理由も知らず走る必要はない」「夢がなくても大丈夫」──。18年発表のアルバム収録曲「Paradise」の歌詞のように、BTSの楽曲にはありのままの自分を肯定し、周りの人を愛し、希望を持とう、というメッセージが込められる。若い世代だけでなく中年層にも響き、韓国では「善の影響力を持つアイドル」として好感度が高い。
ただ、まさに分刻みのスケジュールの中で、BTSが重視していた世の中に発信するメッセージの方向性を見失っていったようだ。RMさんは6月14日の動画の中で、「どんなメッセージを投げかけるのかが重要で、生きる意味でもあるのにそれがなくなった。どんな話をすればいいか分からない」「K-POPもそうだし、アイドルというシステムそのものが、人を熟成するように放っておかない」と語っている。
BTSメンバーらの話によれば、本来は20年にデビュー7周年を記念するアルバム「Map of the Soul 7」を発売してワールドツアーを行い、BTSとしての活動にひとまずの区切りを付ける予定が、新型コロナウイルスの感染拡大によりツアーの中断を余儀なくされた。その後に発表した「Dynamite」などの曲が本人たちの予想以上に人気が出て、計画が思うようにいかなくなったという。
アイドルとして率直すぎるともいえる心情の吐露であり、HYBEの一般株主からはメンバーが兵役に就くまで活動を継続するべき、との恨み節も一部にあった。しかし、韓国内のARMYなどではむしろ、ここまでの実績をたたえたうえで、BTSの決断に共感を示す人が多い。BTSの活動の根幹を支えているのが、世の中に発信するメッセージであることを、多くの人が理解しているからだ。
所属事務所は依存度を引き下げ
そうしたメッセージは、アイドルとしての活動の枠を超えて、17年にはユニセフ韓国委員会と児童・青少年暴力根絶のためのキャンペーンを後援。国連では18年、20年に続き、21年も総会で演説し、「若い世代を道に迷ったという意味で『ロストジェネレーション』と呼ぶと聞いたが、コロナ禍でも変化を怖がらず、何でもウエルカムという『ウエルカムジェネレーション』が似合う」と述べて大きな反響を集めた。
今年5月には米ホワイトハウスを訪問し、米国で増えるアジア系住民への憎悪犯罪(ヘイトクライム)について、「私たちは、異なる国籍、文化、言語を持つ世界中のARMYのおかげで今、ここにいる」などとメッセージを発信。その後に面会したバイデン大統領は「皆さんがやっていることは大きな変化を作り出す。嫌悪を根絶すべきと語るのはとても重要だ。自らを過小評価しないでほしい。感謝している」と語った。
BTSは当面、グループとしての活動からは距離を置くが、RMさんは「(今年6月の新曲)『Yet To Come』(まだこれから)というタイトル通り、(動画の中で) 本当に話したかったのは絶対、今が終わりではないということ」とWEVERSEに長文を掲載。メンバーのJung Kookさんは6月24日、米シンガー・ソングライター、チャーリー・プースさんとのコラボ新曲を発表するなど、ソロ活動も早速始まっている。
株価が大幅に下落したHYBEも、BTS依存の経営から脱しつつあった。19年まではアルバム売り上げの大半をBTSが占めていたが、20年10月の上場に前後してM&A(企業の合併・買収)を活発化。昨年4月にはジャスティン・ビーバーさんら世界的なアーティストが所属する米芸能事務所の買収も発表し、その後完了した。HYBEで相対的にBTS関連の比重が下がっていたこともソロ活動を後押しした可能性がある。
これまでK-POP産業の一員として、アイドルとして挑戦を続け、さまざまな常識を覆してきたBTS。今回の休息とソロ活動も、新たな挑戦の一つにすぎないのかもしれない。
(趙章恩・ジャーナリスト)
週刊エコノミスト
2022. 7 .
-Original column
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220719/se1/00m/020/056000c