韓国の総選挙開票特番はエンターテインメント、AIで視聴率競争 歌番組・情報番組制作現場ではAI導入済み

2024年4月10日、韓国では国会議員を選ぶ総選挙が行われた。議席数300のうち、野党の「共に民主党」が175、与党の「国民の力党」が108、その他17の結果となった。投票率は67.0%と、1992年の71.9%以来32年ぶりに高い投票率を記録した。事前投票率は31.3%、国外選挙投票率は62.8%と過去最高を記録した。国民の選挙に対する関心が高いだけに開票特番への関心も高かった。イギリスのBBCは「韓国の放送局は若い世代の視聴率を獲得するためポップカルチャーやAIを活用し、開票特番を面白く仕上げた」と分析した。

開票特番は正確な報道が重要ではあるが、数字ばかり並べていても面白くない。地上波放送3社の選挙開票特番は毎回、候補者らの顔写真にドラマの名場面を合成して面白味をもたせるコンピューターグラフィックス(CG)が必ず登場する。選挙のたびに地上波放送のKBS(韓国放送公社)・MBC(文化放送)・SBS(ソウル放送)の3社は開票特番をエンターテインメントに仕上げ視聴率競争をするのが恒例である。地上波3社は、選挙の1年前から開票特番に使うCGの素材の準備に着手するという。候補者らをテレビ局に集めいろいろな動作をする映像を撮影し、CGで利用する。開票特番のCGは単純な合成ではなく、開票状況に合わせてリアルタイムで表情や動きを変えていく。当選確定になると候補者の顔が笑顔になり飛び跳ねる場面が登場したり、接戦が続くと候補者同士がにらみ合う場面になったりと、リアルタイムで合成する。選挙が終わると、「昨日あのドラマ観た?」のような流れで「昨日開票特番どのチャンネル観た?」と、どの局の開票特番が面白かったか必ず話題になる。

今回の総選挙の開票特番はAIが活躍した。KBSは、候補者らのAIアバターが自分の公約を歌に合わせてラップで説明しながら踊る「公約ラップバトル」を放送し、SBSは熊のぬいぐるみのAIキャラクターが開票特番に出演し、選挙に関する疑問を解説した。キャラクターが深層学習で選挙を学びAI合成音声で解説する新たな試みだった。地上波生中継の裏では、KBSとSBSのYouTube公式チャンネルでもAI解説者が登場して視聴者とクイズをしたり、AIによる当選予測をするライブ配信を行った。SBSはAIで映像アーカイブを検索し、選挙候補者らの過去映像を発掘したりもした。野党代表の弁護士時代の緊張したテレビインタビューや与党代表が検事だった頃にニュース画面に一瞬映った映像など、人の目では探せなかった場面をAIの顔認識人物検索で見つけだし、注目された。ただしMBCは、選挙は速報が多いのでAIは使わないと宣言した。

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<KBSの開票放送に登場した総選挙候補者らのAIアバター。AIで制作したアバターが踊りながら公約ラップバトルをするという内容だった。> 

CGの作成だけでなく当選予測もAIが行った。公共放送のKBSは、事前世論調査・出口調査などを利用してAIが当選可能性を分析する「ディシジョンK+」を開発し、SBSも同じく自社開発した「AIオーロラ」を利用して開票開始直後から当落を予測した。KBSとSBSは開票20%の段階で予測結果を報じた。対照的に、MBCは、AIは使わず、5万人を対象にした電話調査など伝統的な方法で得票を予測した。結果はAI分析に力を入れたKBSがもっとも実際の開票結果に近く、MBCがもっともかけ離れていたことから、AI予測の精度の高さにも注目が集まった。

放送はAIで盛り上がったが、選挙運動ではAIの悪用などへの警戒が高まった。韓国の国会では2023年12月に公職選挙法第82条が改正され、投票日の90日前からは生成AIを使い実際の映像と区別しにくいディープフェイク映像を利用した選挙運動を禁じた。中央選挙管理委員会は「ディープフェイク総合対策」を発表し、AI専門家らを集めモニタリングを強化した。モニタリングで見つけたディープフェイクは掲載されていたウェブサイトに削除を要請する。選挙運動で使用が禁じられたのはAIで生成した実際と区別しにくい声・映像・画像である。総選挙で候補の顔を合成したディープフェイク映像を使ったフェイクニュースが出回ると、有権者が判断を間違う可能性があるからだ。中央選挙管理委員会はAIでコメント欄に自動書き込みをしてフェイクニュースを広めようとする動きも取り締まっている。違反すると7年以下の懲役または1,000万~5,000万ウォン以下の罰金となる。選挙候補や政治家のキャラクター、似顔絵、イラストは禁止対象ではない。特定の政党や候補を支持しない、単純に投票を応援する内容の場合は、ディープフェイクを利用できる。

2024年2月には尹大統領のディープフェイク騒動があった。警察の捜査の結果、ディープフェイクではなく、作者が仮想で作ってみたと明記した複数のコンテンツを再編集したものだったが、それでもAI倫理に関する議論が深まるきっかけになった。SNS利用者が増えたことで、インターネットに映像が掲載されると、瞬く間に世界中に広がる。完璧に削除することはできない。ディープフェイクかどうかを区別するAIも開発されているが、ディープフェイクによるフェイクニュースの拡散を完璧に止めるのは難しい。

世界的な巨大IT企業はAIを選挙に悪用することを防ぐため協力しているが、韓国のポータルサイトも同じように協力している。大手NAVERはディープフェイクに関して検索すると画面に警告が現れる仕組みを取り入れ、KAKAOは自社のAI画像生成モデルを使った画像には視認できないウォーターマークを導入した。Googleは韓国の総選挙期間中、有権者のミスリードを防ぐためYouTubeに政治関連広告を掲示しなかった。韓国中央選挙管理委員会は、違反行為届け出センターの運営にもあたった[1]。

そして地上波3社の開票特番視聴率の結果はどうだったか。意外にもAIを使わず伝統的な放送をしたMBCが11.7%で1位だった。YouTubeの開票特番ライブ中継のリアルタイム視聴者もMBCが約38万人ともっとも多かった。MBCはAIで面白い場面を作るより街角インタビューで市民の声を放送し、専門家らをスタジオに呼んで各政党の公約の解説を行うなど落ち着いた雰囲気だった。これが逆にKBSとSBSに対する差別化戦略となり好評だった。韓国では視聴者がAIを嫌がったというより、MBCの解説がより分かりやすかったという点と、現政権とMBCが対立していることからMBCを応援する気持ちでチャンネルを選択した人が多かったのではないかという分析もあった[2]。

開票特番の視聴率競争でAIはあまり力を発揮できなかったかもしれない。それでも韓国地上波放送のAI利活用は増える見込みである。

すでに歌番組の編集では2018年からAIを使っている。8Kカメラで撮影した映像をAIが編集し、アイドルグループのメンバー別映像を生成してYouTubeに載せる。韓国ではアイドルグループの歌番組出演場面を正面、右、左、上など多数のアングルで撮影し、グループ全体だけはなく一人だけを追いかける映像まで全メンバー分をYouTubeに公開するのが当たり前になっている。KBSによると、これまでYouTube用の映像のためカメラマンと編集者4人が3~4時間かけて編集していたのを、AIが30分以内でできるようになったという。

さらにKBSの場合、放送局内にバーチャルスタジオがあり、報道番組や健康番組、バラエティ番組の収録を行っている。ロケに行かず、バーチャルスタジオで収録する際に使うLEDウォールの背景をAIで生成し、デザイナーが再編集したデジタル背景を使う頻度が増えているという。韓国の放送3社はOpenAIの映像生成AIモデルSoraが放送に与える影響も研究中だという。

韓国放送通信委員会は、AIという新しいデジタルサービスの副作用により国民が被害を受けることがないよう「AIサービス利用者保護に関する法律」の制定を推進している。生成AIによるコンテンツは「AI生成物」というロゴの表示を義務付ける方針である。AIによって一般国民が被害を受けた場合の救済のため、届け出センターも運営する方針である。

[1] 韓国中央選挙管理委員会は、公職選挙法違反や選挙関連の違反行為を取り締まるため、「違反行為届け出センター(ディープフェイク・フェイクニュース・不公正選挙報道届け出センター)を設置した。褒賞金は最高5億ウォンである。中央選挙管理委員会にはサイバー調査課もあり、SNSでのフェイクニュース拡散を予防したり調査したりする業務を行っている。また中央選挙管理委員会はホームページ上でフェイクニュースを正し、情報を訂正する「ファクトチェック」コーナーも運営している。

[2] 2022年、尹大統領の米国訪問の際、MBCが大統領が暴言を吐いたと報道したため、外交部が訂正を求めて提訴、2024年1月にソウル西部地裁はMBCに訂正を命じる判決をくだした。

民放online

2024. 6 .

-Original column

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