第05回:三国時代のトレンドをリードした高句麗人


予習してさらにハマる太王四神記

【第五回】

三国時代のトレンドをリードした高句麗人




高句麗人はおしゃれ好き



高句麗人は、中国や百済、新羅でも有名なおしゃれ好き民族だったそうです。まずは衣装からチェックしてみましょう。歩くのが走るように速かったという高句麗人は、馬に乗って大陸を走り回った民族でもあります。服も馬に乗りやすいよう活動性が重視され、動くのが楽なバジ(パンツ)とチョゴリ(上着)が男性の基本衣装でした。男性でもチマ(スカート)を着た中国人とは違い、高句麗は北方遊牧民のようなパンツ(ズボン)を好みました。女性たちはギャザースカートとセクドン(韓服のデザインによく使われる色とりどりの布をストライプ柄にパッチワークしたもの)スカート、ドット柄スカートなど多様な模様のものを好みましたが、時には楽なパンツもはきました。また上着は派手な文様が飾られたドゥルマギ(韓服のコート)を着ました。


高句麗ではシルクの錦繍が生産され、毛皮、皮、麻、綿など衣服材料も豊富に利用して、美しくて楽に着られる服が作られていました。染色技術が発達していたため、王室や貴族はもちろん、奴婢までも色と柄が派手な衣装を着たという記録があるほどです。皮で作り金の飾りをしたベルトや、色んな種類の帽子も身につけていました。王様はとても大きくて華麗な金の王冠をかぶったといいますから、かなりの派手好き民族だったようです。高句麗建国神話をドラマ化した『朱蒙(チュモン)』でも、出演者らが「衣装や王冠が派手できれいなのはいいけど、重すぎて頭がくらくらする」と愚痴をこぼしたそうです。体力がないとおしゃれもままならないのかもしれません。



ヘアースタイルにもこだわった高句麗人



男性のヘアースタイルは、きれいに整えたサントゥ(髪を束ねて頭の上に棒のように載せたちょんまげのようなヘアースタイル)でした。その上に身分や職業を象徴する帽子をかぶり、鳥の羽を飾るのが当時のトレンドだったそうです。『太王四神記』のペ・ヨンジュンは長い髪を後ろに留め、風にふわふわなびかせるスタイルですが、映画『スキャンダル』で見せてくれたあのサントゥのほうが、より歴史的事実に近いんですね。でも後期になるにつれ、男性でも長い髪をなびかせながら狩りをする絵が残っているので、ヨン様を通して高句麗人の色んなおしゃれを見せてほしいものです。


女性は鬢下垂(ビンハス)といって、髪を後ろに留めては耳の横だけ一筋長く横髪を垂らすヘアースタイルが好きで、壁画にも残っています。このヘアースタイルは顔が細く見えると、百済や新羅の女性達も真似をしたそうです。また貴婦人達は自分の地位をアピールするため、部分かつらで優雅なアップスタイルを好み、金の飾りも多くつけました。また、頭の上と横に髪で3つのおだんごを作り、後ろはストレートに垂らしたり、二束に分けて三つ編みにした髪を楕円形に結ぶといった凝ったスタイルなど、あれこれアレンジするのが大好きだったようです。壁画には侍女もヘアーバンドのようなものをしていたり、毛先が外側にはねたポニーテールだったり、それぞれ身分に合わせて精一杯工夫し、おしゃれの手を抜きませんでした。「この頃の高句麗ではこういうスタイルが流行っている」など、高句麗の流行トレンドを調査した中国の記録も残っているそうで、高句麗人はおしゃれのお手本だったんですね。





  • ヘアースタイルを鬢下垂(ビンハス)にした高句麗時代の女性。



三国時代からおしゃれ上手だった韓国女性



また、お化粧が本格的になってきたのも高句麗時代からでした。それ以前は豚の油を塗り肌を守る程度だったのが、女性達は花びらを蒸して粉にしたものを油で溶いて塗る紅を使い、顔は白く眉毛も墨でくっきり描きました。おしろいは花の種、米、真珠を粉にしたものが使われていました。壁画で見ると、眉毛を細く長く描く人もいれば、短く太く描いている人もいたりと色々ですが、口紅は大体自分の唇より小さく塗るのが流行っていたようです。目の周りだけアイシャドーを塗ったように明るくするメイクもしていました。高句麗は寒い北の国なので、口紅を塗らないと唇が荒れてしまうという気候の問題も、お化粧が早いうちから普及した理由だそうです。頬も血色のいい顔にするため頬紅を塗りましたが、顔の印象をよくし、手相ならぬ「観相」をよくするためではないかという説もあります。


高句麗の僧侶「曇徴」(ダムジン、紙と墨を作る方法を日本へ伝播し、法隆寺の金堂壁画を描いたことでも有名な方です)が610年(推古天皇18年)に日本へ渡るとき、紅が入った器を持参してプレゼントしたのをきっかけに日本でも紅を塗り始めたという記録があります。新羅では色白がカッコいいと貴族男性も女性の真似をしておしろいを塗ったほど、高句麗を含め百済、新羅の三国時代から韓国の女性は身だしなみをとても大事にしていたことがわかります。


香も高句麗王族のおしゃれには欠かせないものでした。『太王四神記』でヨン様が愛する女性スジニに贈る香を商品化した香水が発売され、話題になってます。高句麗王族は、香りがする植物のエキスや香木を入れたお風呂に入ったり、服に染み込ませていつもいい香りが漂うように気を使っていました。


韓国の夏の風物詩「ボンスンアムルドゥリギ」は、お化粧というよりは赤い色を身につけるとお化けが寄り付かないという呪術的な意味で、高句麗時代から流行っていたといいます。ボンスンアムルドゥリギは、鳳仙花の花びらと荒い塩をついて混ぜ合わせたものを爪の上に載せ、鳳仙花の葉っぱで巻いて糸でとめて数時間置き、爪をピンクのような赤に変えるもの。鳳仙花は韓国どこでもよく咲いているので、最近でも夏になると爪を赤く染める女性や子供をよく見かけます。初雪が降る日まで爪に鳳仙花が残っていると、運命の人に出会えるというおまじない付きのイベントでもあります。おばあちゃん達の間では、水虫に効果がある(!)と足の爪を染める人も多いようです。日本にも鳳仙花は多いので、今年の夏はボンスンアムルドゥリギに挑戦してみませんか? 赤く色が濃い花びらを集めるのがポイントです。


ドラマ『太王四神記』に登場する女性たちも、壁画に残っていたあの髪形で登場するかもしれません。ダムドク(ペ・ヨンジュン)を間に、微妙な関係になるスジニとキハが繰り広げるおしゃれバトルも楽しみですね。

   – BY  趙章恩

Original column
http://ni-korea.jp/entertainment/essay/index.php?id=05

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *