非常戒厳令と韓国のジャーナリズム 党派を超えて守った言論の自由

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非常戒厳令と韓国のジャーナリズム 党派を超えて守った言論の自由

2024年12月3日の夜10時過ぎ、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は「北韓(北朝鮮)共産勢力の脅威から自由大韓民国を守護」「破廉恥な従北反国家勢力を一挙に剔抉(てっけつ)」「自由憲法秩序を守る」などの理由を挙げ非常戒厳を宣言した。

ドキュメント 非常戒厳宣言から解除まで

韓国で最後に非常戒厳令が宣言されたのは1979年朴正煕(パク・ジョンヒ)元大統領の暗殺事件から1981年まで。非常戒厳の下で1980年5月、5・18光州民主化運動が起きた。その当時、戒厳軍が何をしたのかを知っている人たちは黙っていられなかった。

12月3日夜、非常戒厳令宣言からすぐ国会議員らは非常戒厳令を解除するため、市民らは国会議員を守るため、戒厳軍は国会の出入りを封じるため、国会に集まった。国会議員の半数以上が賛成すれば大統領は戒厳令を解除しなければならない。市民らは戒厳軍の装甲車の前に座り込んで足を止め、銃を持った戒厳軍が国会に入ろうとするのを体当たりで止めた。国会議員らは戒厳軍を避けて塀を越えて国会に入り、議員秘書らはスクラムを組んで国会本会場前を守った。

韓国内では、深夜にもかかわらず市民を国会に集めたのは、2024年10月にアジア女性として初めてノーベル文学賞を受賞したハン・ガンの小説『少年が来る』がベストセラーになり、2023年に映画『ソウルの春』(日本では24年に公開)が興行1位だったことも影響したという分析があった。『少年が来る』は5・18光州民主化運動、『ソウルの春』は1979年の全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領の軍事クーデターという実話を題材にした作品で、あの独裁時代に戻ってはならないと非常戒厳に反対する声が大きくなったという分析だった。

夜11時過ぎ、戒厳司令部が布告令第1号を発表した。布告令第1号は6項目から成っており、▶国会と地方議会、政党の活動と政治的結社、集会、デモなど一切の政治活動を禁じる、▶自由民主主義体制を否定したり、転覆を企てる一切の行為を禁じ、フェイクニュース、世論操作、虚偽扇動を禁じる、▶すべての言論と出版は戒厳司令部が統制する、などとしている。そして、この布告令違反者に対しては「戒厳法第9条により令状なしに逮捕・拘禁・押収捜索ができ、戒厳法第14条により処断する――など、言論の自由がなくなるという内容だった。

12月4日午前0時45分過ぎ、戒厳軍は窓ガラスを割って国会に入り、戒厳令解除を決議する国会本会議場前まで迫っていた。同0時48分、国会本会議場では非常戒厳解除要求決議案の本会議が始まり、在席した議員190人全員が賛成、午前1時過ぎに可決した。放送局や新聞社の記者は国会に集まり、この一部始終を報じた。YouTuberたちも国会周辺で何が起きているのかライブ配信を行った。午前4時過ぎ、尹大統領は国務会議を開き非常戒厳解除案を議決した。

非常戒厳下でメディアは

非常戒厳宣言から解除までの間、ジャーナリストたちは布告令第1号違反で「処断」される可能性があることを知りながらも取材を続け速報を出し続けた。光州地域の新聞社は、5・18光州民主化運動の時は戒厳軍によって真実を報道できなかったが、今度こそは言論の自由を守りたいと非常戒厳宣言後すぐ社内のすべてのドアを施錠し号外を制作したという。5・18光州民主化運動の記録の一つに、戒厳司令部が赤ペンで削除するところを記入した印刷前の新聞編集版が残っている。

12月4日未明、韓国言論団体は尹大統領の下野を求める共同声明を発表した。「非常戒厳宣言は国民が血で書いた民主主義と言論自由の半世紀の歴史的成果と憲法を否定する暴挙」「時代錯誤で反憲法の内容ばかりである布告令により、尹政権は正常軌道から外れた独裁政権であることを自ら明かした」「われわれ言論人は大韓民国の民主主義と言論の自由を守るため尹政権の暴挙に立ち向かい国民とともに最後まで抵抗する」とした。

12月4日朝刊は、どの新聞も尹大統領の非常戒厳宣言を批判する社説を掲載した。韓国はメディアが野党支持の進歩派と与党支持の保守派に分かれ、同じ案件に対して全く違う分析をすることが年々増えてきた。進歩派メディアは与党を批判し、保守派メディアは野党を批判する。対立していた進歩派と保守派のメディアが、言論の自由、表現の自由を失いかけた非常戒厳宣言に対してはあってはならないことだと同じ立場を示したのだ。

12月5日には国境なき記者団も声明を発表した。
●戒厳令が直ちに解除されていなかったら、尹大統領はメディアを検閲し、メディアが発信する情報を統制する権限を持てただろう。尹大統領は就任以来、自分を批判する者に対する敵意を露にしてきたことを考えると、戒厳令は特に憂慮すべきことである。
●尹大統領は政権に批判的なメディアを繰り返し攻撃し、その報道をフェイクニュースだと退けてきた。与党「国民の力」は、進歩派の番組があったラジオ放送局TBS(交通放送)が政治的に偏向しているとして、同局への補助金を打ち切るなど、特定メディアに対する懲罰的措置を支持してきた。
●韓国政府によるジャーナリストに対する名誉毀損訴訟も前例のないレベルにまで増えた。韓国では名誉毀損は最長7年の懲役刑に処せられるため、多くのジャーナリストは法的紛争を避けるために自己検閲を迫られている。
●われわれはすべての機関および政治指導者に対し、この機会を利用して報道の自由へのコミットメントを再確認し、国境なき記者団が近年観察してきた言論の自由の悪化と戦うことを誓う。

といった内容だった。国境なき記者団が毎年公開する世界報道の自由度指数をみると、韓国は2022年の43位から2024年は62位に下がった。

12月14日、国会では尹大統領の弾劾が議決された(冒頭写真は2024年12月14日韓国国会議事堂前、尹大統領の弾劾を求める集会:筆者撮影)。検察当局は2025年1月26日、尹大統領を内乱を首謀した罪で起訴した。大統領には不訴追特権があるが、内乱罪は例外である。内乱を首謀した者の法定刑は死刑や無期懲役、無期禁錮である。内乱罪の刑事裁判は2月20日に始まる。

その前に憲法裁判所では尹大統領の弾劾審判の公開弁論が行われた。ここでは非常戒厳令宣言の前後で何があったのか軍や国家情報院などの証人らが証言している。検察の起訴状も公開されたが、起訴状の内容で驚いたのは、尹大統領が当時の行政安全部(「部」は日本の「省」に当たる)李祥敏(イ・サンミン)長官に放送局2社、新聞社2社、世論調査会社1社を封鎖し、断電と断水を指示したという点である。韓国内では消防関係の証言から、この放送局と新聞は与党に批判的な進歩派といわれる地上波放送局のMBC、総合編成チャンネル(有料放送向けチャンネル)JTBC、京郷新聞とハンギョレ新聞といわれている。MBCは断電と断水で言論の機能を麻痺させようとしたのは憲法が定めた言論・出版の自由を否定することだと指摘した。

非常戒厳令下の報道の課題 障害者、一般市民は……

一方、非常戒厳令宣言の報道をめぐっては緊迫した状況だからこそ障害者に配慮した報道をすべきだったという課題が残った。12月3日に尹大統領が非常戒厳令宣言した際、手話放送を行ったのは公共放送のKBSのみだった。

1980年の光州民主化運動当時、戒厳軍によって犠牲になった2番目の被害者は聴覚障害のある男性だった。人々が戒厳軍から逃げ回る中、親戚をバス停まで見送った帰り道、男性は何が起きたのかわからず戒厳軍に捕まり、耳が聞こえないと訴えたが、言うことを聞かないと暴行され亡くなったという。2024年12月3日、テレビの生放送に大統領が登場し非常戒厳という字幕があるのに内容がわからず、聴覚障害のある人たちはとても怖かったという。ニュース画面の下にある非常戒厳令宣布という字幕をみて北朝鮮が攻めてきたのかとびっくりしてインターネットを検索したという聴覚障害者もいた。韓国にはAI手話通訳アプリもあるが、日常的によく使う文章にのみ対応しているため戒厳という非常事態には使えなかった。テレビに流れる音声をAIが自動で字幕にする機能があるテレビも販売されているが、まだ一般的に普及していなかった。

KBS以外のチャンネルがニュースの手話放送を始めたのは戒厳令が解除された後だった。韓国では手話放送は全編成時間の5%以上であればよいことになっている。

6時間で解除した非常戒厳令だが、一般市民の生活にも大きな影響を残した。12月はクリスマスや忘年会などで消費が増える時期にもかかわらず、統計庁によると2024年12月の宿泊・飲食業の消費は前月比3.1%減少、小売り販売額は同0.6%減少した。社会的不安から忘年会をキャンセルした企業が多く、非常戒厳令宣言により韓国は危険だとして海外観光客の訪問が減少、芸術やスポーツ分野も消費が減少した。また年末年始は各種キャンペーンでテレビや新聞などメディアの広告収入が増える時期であるが、非常戒厳令により広告市場も凍りつき、テレビ局と新聞社の経営も厳しくなるとみられている。

韓国言論団体は2月17日、非常戒厳令を迅速に解除し言論の自由を守ったとして禹元植(ウ・ウォンシク)国会議長に感謝の牌を贈呈した。韓国では尹大統領の弾劾審判に続き内乱罪の刑事裁判も始まった。政治混乱は続くが言論の自由を守ろうとする声は日に日に大きくなっている。

2025/02/25

ITジャーナリスト/KDDI総合研究所特別研究員

趙 章恩(チョウ・チャンウン)

民放online

-Original column

https://minpo.online/article/post-524.html

CESに大量出展し過去最多のアワード受賞、存在感高める韓国スタートアップ

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米ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジー見本市「CES 2025」(2025年1月7~10日)で印象的だったことの1つが、スタートアップのブースを集めた展示会場のEureka Parkが、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)や韓国LG Electronics(LG電子)、ソニー、パナソニックなどエレクトロニクス大手が集まる展示会場と比較して混雑度に差がないほど人が集まっていたことだ(図1)。

図1  Eureka Parkの入り口

図1  Eureka Parkの入り口

Eureka Parkには世界各国からスタートアップが集結した。そのうち、かなりの面積を韓国勢が占めた(写真:趙章恩)

 そしてCES 2025のスタートアップ展示は、かなりの面積を韓国勢が占めた。Eureka Parkには韓国産業通商資源部(部は省に当たる)が支援するスタートアップの展示をまとめたKoreaパビリオン、中小ベンチャー企業部が支援するK-Startupパビリオン、ソウル市が支援するSeoulパビリオンの他に、自治体別、大学別展示ブース、さらにサムスン電子・LGグループ・Hyundai(現代)グループが支援するスタートアップのブースなどがあった(図2)。

図2 ソウル市が支援するSeoulパビリオン

図2 ソウル市が支援するSeoulパビリオン

Eureka Parkにはこのほか、Koreaパビリオン、K-Startupパビリオンなど韓国のスタートアップが大挙して出展した(写真:趙章恩)

 K-Startupパビリオンの開館式にはネバダ州のStavros Anthony副知事が出席した。「米国の同盟国である韓国と、スタートアップのエコシステムにおいて持続的に協力関係を続けたい」と話し、ネバダ州が表彰することを伝えた。韓国がCESで熱心にスタートアップを展示したことで他の国も刺激され、Eureka Parkへの出展数が増えていること、韓国のスタートアップがCESをきっかけに米国へ進出して活発にビジネスを展開していること、などが評価されたようだ。

 他国のパビリオンが一般参加者向けのイベントを開催して人を集めようとする中、Koreaパビリオン、K-Startupパビリオン、Seoulパビリオンは事前に投資家をCES 2025に招待してスタートアップとマッチングしたり、米Microsoft(マイクロソフト)や米Apple(アップル)などビッグテックの役員をブースに招待して説明したりしていた。CESを製品や技術の展示だけでなく、投資や輸出契約の場として活用していた。

 韓国内では、「毎年過去最多を更新しながら、なぜ韓国政府や自治体がスタートアップのCES出展を支援するのか」「税金の無駄使いではないか」という疑問の声も出ていた。しかし、中小ベンチャー企業部の説明によると、CESはスタートアップにとってグローバル投資家に出会う重要なチャンスだという。「Best of Innovation Award」を受賞すると技術力が認められた証拠になり、米国で営業しやすくなるだけでなく韓国内でも売り上げが一気に増える。スタートアップの利益が増えることは国の経済にとってもプラスであるため、支援を続けるという。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト) 

(NIKKEI TECH) 

2025. 1. 

-Original column

CESに大量出展し過去最多のアワード受賞、存在感高める韓国スタートアップ | 日経クロステック(xTECH)

サムスンとLGがCESで「ホームAI」競演、新ハードは鳴りを潜める

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世界最大級のテクノロジー見本市「CES 2025」(2025年1月7~10日、米ラスベガス)において、韓国企業はスタートアップを含め1031社が出展した。韓国の出展企業数は2022年には502社だったが、その後過去最多を更新し2025年の今回には1000社を突破した。

 技術・デザイン性・革新性などの観点から優れたデジタル技術やテクノロジー製品を表彰する「CES イノベーションアワード 2025」には、世界中の約3400社が応募し345社が受賞したが、このうち韓国企業は156社だった。しかも、最優秀賞であるベスト・オブ・イノベーションアワードでは19社の製品のうち、7社が韓国企業だった。AI、ヘルスケア、スマートシティー、セキュリティーなど多様な分野で受賞した。

 CESを主催している米国よりもCESに熱心なのではないかというほど、韓国は企業の出展数も参加者も多い。CESは韓国で誰もが知るイベントであり国内イベントのような感覚である。財閥系大手企業の最高経営責任者(CEO)がCESで一堂に会し、自治体の首長も数多く参加していた。CES 2025には動画・写真共有サイトで活動する韓国のYouTuber(ユーチューバー)、Instagrammer(インスタグラマー)らなどインフルエンサーもメディアとして参加し、展示やキーノートをくまなく紹介して盛り上げた。CES 2025のメイン展示場といえる、ラスベガスコンベンションセンターのセントラル中央ロビーにはクリエイタースペースが設けられ、インフルエンサーが出展企業にインタビューしたり、休憩したりできるようなっていた。韓国地上波放送局の複数のバラエティー番組がタレントを連れてCES 2025に参加、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)や韓国LG Electronics(LG電子)のブースを体験したり、塩分を制限して調理しても塩味を強く感じられるというキリンホールディングスが開発した「エレキソルト スプーン」で料理の味見をしたりする場面を撮影していた。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト) 

(NIKKEI TECH) 

2025. 1. 

-Original column

サムスンとLGがCESで「ホームAI」競演、新ハードは鳴りを潜める | 日経クロステック(xTECH)

大統領弾劾騒動の影響、世界最大規模目指す半導体クラスターはどうなる?

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非常戒厳令に続く大統領弾劾の訴追案可決で、韓国は半導体をはじめ各種産業支援法の議論がストップした状態が続いている。2025年1月20日には、半導体・電気自動車(EV)などに対する支援策を廃止するとの観測も出ている、米国の第2期トランプ政権がスタートする。こうしたなか、韓国企業の多くが非常経営事態だとしてリスクを最小限にするための対応戦略に悩んでいる。

 Samsung Electronics(サムスン電子)は2024年12月17日から19日まで、海外支社も含め役員約300人が集まって新しい目標を立てるグローバル戦略会議を開催した。LG Electronics(LG電子)も海外支社の役員を呼んで会議を行うようだ。

 韓国企業はドル高による財務リスク点検、資金調達計画の再検討、非常戒厳令と大統領弾劾による政治不安で韓国内の生産工場が止まってしまうのではないかと懸念した海外取引先に対する企業イメージ回復など、様々な対応に追われている。

 財界団体は国会議長に対し、半導体と人工知能(AI)産業を支援する法律の制定を急ぐよう求めた。財界団体は2016年に起きた大統領弾劾はちょうど半導体のスーパーサイクル(需要急拡大期)が始まった時期であったために経済的打撃はなかったが、今回は韓国の経済成長率が下落する中で発生しただけに、国会は産業支援策の議論を止めてはならないと強調した。経済協力開発機構(OECD)は韓国の経済成長率を2024年9月に2.5%と予想したが、同12月には2.3%に下落した。2025年の見通しも2.2%から2.1%へ下方修正した。

 韓国メディアは連日、政治不安に半導体業界が足を引っ張られていると報じている。例えば、「日本政府はラピダスに9200億円の補助金を出し2025年度に新たに2000億円を出資する計画であり、米国政府は米半導体大手のMicron Technology(マイクロン・テクノロジー)に61億6500万ドル(約9400億円)の補助金支給を決定した」と報道する一方、「韓国政府はサムスン電子とSK Hynix(SKハイニックス)に対し、補助金を提供する法的根拠がないとして何もしていない。国会でようやく議論が始まったが、弾劾の影響でどうなるか不透明だ」と批判している。

 韓国半導体産業協会(Korea Semiconductor Industry Association、KSIA)は「国会での議論が止まり、法制化が遅れると企業は何もできない。その分、韓国企業の競争力は落ちてしまう」として、国会に対して早期に半導体関連法の議論を再開するよう求めた。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト) 

(NIKKEI TECH) 

2024. 12. 

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00122

6時間で解除された韓国の非常戒厳、ウォン安や議会混乱が半導体産業直撃

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韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は2024年12月3日の22時25分ごろ、1979年以来となる「非常戒厳」を宣言した。尹大統領は「北朝鮮共産勢力の脅威から自由大韓民国を守護し、韓国国民の自由と幸福を略奪している破廉恥な従北反国家勢力を一挙に排除、自由憲政秩序を守るために非常戒厳を宣布する」とした。大統領が非常戒厳を宣言すると政治活動や報道、出版など、民主主義国家では当たり前の活動の多くが制限される。

 非常戒厳宣言のニュースが報じられてからすぐ、戒厳軍が国会に進入しようとするのを防ぐため数千人の市民らが国会議事堂に集まった。誰かが動員したわけではなく、独裁政権と軍事政権で戒厳を経験した世代や教科書で歴史を学んだ世代が国会議事堂に集まった。国会議員らは塀を超えて国会議事堂に入り、国会議事堂の中では夜勤中だった議員の秘書らが国会本会場前でスクラムを組み、窓ガラスを割って国会に進入した戒厳軍と対峙した。

 韓国の憲法第77条1項には「大統領は、戦時・事変またはこれに準ずる国家非常事態において、兵力をもって軍事上の必要に応じる、または公共の安寧秩序を維持する必要がある場合、法律の定めるところにより戒厳を宣布できる」としている。同5項は、「国会が在籍議員過半数の賛成で戒厳の解除を要求した場合、大統領はこれを解除しなければならない」としている。戒厳軍が国会を封鎖しようとする中、12月4日午前1時ごろ300人の国会議員のうち190人が国会に集まり全員賛成で非常戒厳解除決議案が可決した。同日午前4時20分ごろ、尹大統領は「国会の要求を受け入れ戒厳を解除する」と発表した。

 わずか約6時間でしかも深夜のうちに非常戒厳は解除されたために、一般市民の生活に大きな変化はなかった。非常戒厳宣言を知らず朝ニュースを見てびっくりしたという人も多かった。学校はいつも通り授業を行い、証券取引所もいつも通り開場し、年末のコンサートやイベントも予定通り行われた。国際信用評価会社スタンダード&プアーズ(S&P)は、非常戒厳が迅速に解除されたことから韓国の国家信用等級に実質的影響がないと評価した。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト) 

(NIKKEI TECH) 

2024. 12. 

-Original column 

6時間で解除された韓国の非常戒厳、ウォン安や議会混乱が半導体産業直撃 | 日経クロステック(xTECH)

サムスン電子が次世代半導体開発施設に2兆円投資、背景に競合企業の影あり

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 2024年11月23日、米Bloomberg TVは米NVIDIA(エヌビディア)が韓国Samsung Electronics(サムスン電子)のAI(人工知能)チップ向けメモリー半導体「HBM3E」の8層と12層の認証と導入を急いでいると報道した。HBM3Eは同社の第5世代HBM(High Bandwidth Memory、広帯域幅メモリー)で、DRAMのダイを垂直に積み上げて、全体のデータ転送速度を高速・広帯域化するメモリー技術である。

 現在NVIDIAのAIチップに搭載するHBMの大半は、韓国SK hynix(SKハイニックス)が納品している。その影響から2024年7~9月期の営業利益はサムスン電子半導体部門が3兆8600億ウォン(約4250億円)であるのに対し、SKハイニックスが7兆300億ウォン(約7730億円)と大きな差が生まれた。韓国内ではメモリー半導体の世界首位の座はサムスン電子からSKハイニックスに移行したと見られている。

 NVIDIA はHBMの確保を安定化するために、HBMを量産しているSKハイニックス、サムスン電子、米Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)の3社すべてと取引すると明らかにしている。しかし、韓国内ではサムスン電子のHBMはNVIDIAに納品するためのテストになかなか合格せず、技術に問題があるのではないかとの噂が出て、一時、サムスン電子の株価が下落し、危機説が出たこともある。

 それがBloomberg TVの報道でテストに合格して納品間近ということが分かり、サムスン電子の業績も改善すると期待されている。サムスン電子は2024年10月31日に行った業績発表の場で、第6世代HBMである「HBM4」は2025年下半期の量産を目標に開発しているとした。しかし韓国内外の評価を見ると、HBMでサムスン電子がSKハイニックスの技術に追い付くのはまだ時間がかかりそうだ。

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次ページ半導体成功神話の地に新たな研究施設

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趙 章恩=(ITジャーナリスト) 

(NIKKEI TECH) 

2024. 12. 

-Original column 

サムスン電子が次世代半導体開発施設に2兆円投資、背景に競合企業の影あり | 日経クロステック(xTECH)

トランプ氏当選で半導体産業はどうなる、韓国内で議論白熱

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2025年に向けた米大統領選挙でドナルド・トランプ氏が当選した。韓国内では半導体産業を巡りこれからどのような戦略をとるべきか、大きな話題になっている。Samsung Electronics(サムスン電子)とSK hynix(SKハイニックス)は2022年に米バイデン政権が定めたCHIPS法(CHIPS and Science Act)に基づく補助金を前提に米国内に半導体工場を建設しているが、トランプ次期米大統領はCHIPS法に対し何度も否定的な意見を述べてきたからだ。トランプ氏は、選挙運動中も米国の人気ポッドキャスト『The Joe Rogan Experience(ジョー・ローガン・エクスペリエンス)』に出演し、「関税を引き上げれば海外企業は自発的に米国に半導体工場を作る」として補助金を支給する必要がないという意見を述べている。

 現在、米Intel(インテル)は米国内半導体工場建設に1000億米ドルを投資し、85億米ドルの補助金と110億米ドル規模の融資と税額控除を受け取ることになっている。台湾積体電路製造(TSMC)は2030年までに650億米ドルを半導体工場建設に投資する代わりに66億米ドルの補助金を、サムスン電子は同約450億米ドルを投資する代わりに64億米ドルの補助金を、SKハイニックスは同約38億米ドルを投資する代わりに4.5億米ドルの補助金と5億米ドルの融資を受けることにした。ただし、現時点で補助金は支給されていない。サムスン電子の場合、補助金の支給が遅れたことで、米テキサス州テイラーに建設中の工場の稼働開始時期を延期したという噂もある。

 2024年11月15日(現地時間)にはTSMCが一足先に米商務省と補助金支給に関する拘束力のある合意をした。TSMCは中国の顧客には7nm世代以降のAIチップを供給しないことを決めたという。韓国内ではサムスン電子とSKハイニックスはどうなるのか焦る雰囲気があったが、バイデン米大統領はトランプ次期大統領が2025年1月20日に就任する前にCHIPS法に基づき補助金を支給する契約締結を急いでいるという報道もあり、韓国勢も補助金を受け取るとみられている。CHIPS法が無効になった場合、もっとも打撃を受けるのはIntelだからだ。

 しかし問題はタイミングである。手続きが長引き、必要な時に補助金が支給されない、または補助金の規模が縮小した場合、半導体工場建設スケジュールがこじれてしまう。サムスン電子とSKハイニックスは既に米国工場建設に莫大な金額を投資している。補助金はどうなるのか不確実性が高くなったことで株価も揺れている。

 トランプ次期米大統領は「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げ、輸入品に一律10~20%の追加関税、中国からの輸入に対しては一律60%の追加関税を導入する方針を示している。韓国は米国政府との交渉により、今まで韓米FTA(自由貿易協定)や輸出量クオーター制を利用して自動車輸出や鉄鋼輸出において、関税を回避してきた。トランプ次期米大統領は選挙運動中の10月に開催された「The Economic Club of Chicago」での対談で「辞書の中でもっとも美しい言葉は『関税』だ」と発言し、同盟国に対しても関税を引き上げる姿勢を見せている。関税を上げると消費価格が上がり、インフレを生ずる懸念があるが、それでも関税を上げれば海外企業が米国内で生産を始めるので米国の製造業が生き返ると主張した。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト) 

(NIKKEI TECH) 

2024. 11. 

-Original column 

トランプ氏当選で半導体産業はどうなる、韓国内で議論白熱 | 日経クロステック(xTECH)

韓国で「国家AI委員会」が9月に発足、LG電子はスマートファクトリー事業を強化

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本記事はロボットとAI技術の専門誌『日経Robotics』のデジタル版です

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韓国政府は2024年9月26日、大統領が委員長となる「国家AI委員会」を発足した(図1)。Yoon Suk Yeol(ユン・ソンニョル)大統領は第1回目の会議において、「AI G3(世界トップ3)へ跳躍するために、官民が1つのチームとなって総力戦を繰り広げる」「(国家AI委員会は)我が国の未来の命運がかかったAIトランスフォーメーションを導き、韓国をAI G3強国に跳躍させる牽引車になる」と宣言した。

図1 「国家AI委員会」の第1回会議の様子

図1 「国家AI委員会」の第1回会議の様子

韓国政府は2024年9月、大統領が委員長を務める「国家AI委員会」を発足した。産官学の約40人が委員として参加し、製造業をはじめとした全産業の競争力を高めるためのAI政策を審議し、調整する。(写真:韓国大統領室)

 大統領自らが「総力戦」「国の命運」と発言したことからも、デジタル覇権への競争で生き残るためにはAIのリーダーシップを握ることが重要であり、経済と安全保障の死活問題だと韓国政府が認識していると分かる。生成AIの技術が急速に発展し、AIが全産業で幅広く使われて経済への波及力も大きくなっている。韓国政府は、国の競争力を変えるAIと半導体への支援を強化している。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)  

《日経Robo》 2024. 10.  

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韓国で「国家AI委員会」が9月に発足、LG電子はスマートファクトリー事業を強化 | 日経Robotics(日経ロボティクス)

産学官連携でAIの世界トップ3を目指す韓国、Samsungは英AIスタートアップを買収

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 AIの覇権争いがますます激しくなっている。米国と中国だけでなく欧州やアフリカ、中東などで自国のインフラ、データ、人材によって自国語の言語モデルとAIインフラを構築する「Sovereign AI」に力を入れるようになった。世界各国がAI競争力を確保しようとする中、韓国も官民でAI投資と人材確保に総力を挙げている。

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 2024年8月16日に就任した科学技術情報通信部(部は省に当たる)のYoo Sang-Im長官は同年8月23日、就任後初の公開イベント「デジタルイノベーション人材との対話」を大韓商工会議所で開催した。全国42大学が産学官連携で設立したAI大学院、AI融合革新大学院、AI半導体大学院、融合セキュリティ大学院、メタバース大学院から100人の学生が参加し、研究者として政府にどのような支援を望んでいるかといったことを話した。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)  

《日経Robo》 2024. 9.  

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産学官連携でAIの世界トップ3を目指す韓国、Samsungは英AIスタートアップを買収 | 日経Robotics(日経ロボティクス)

パリ五輪でAIを宣伝するSamsung、HyundaiやLGも自社技術をアピール

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2024年7月、フランス・パリで「第33回オリンピック競技大会」が始まった。韓国ではオリンピックやパラリンピックをきっかけに自社のAIやロボットの性能を宣伝する企業が増えている。

本記事はロボットとAI技術の専門誌『日経Robotics』のデジタル版です

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 IOC(国際オリンピック委員会)の最高位スポンサーである「TOP(The Olympic Partner)」は15社が契約しているが、韓国企業はSamsung Electronics(サムスン電子)だけだ。同社は、1998年の長野冬季五輪よりモバイル分野の公式パートナーとして活躍している。ブランドコンサルティング大手の米Interbrandによると、Samsung Electronicsのブランド価値は2000年の約53億米ドルから2023年の約914億米ドル(世界5位)へと高まっている。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)  

《日経Robo》 2024. 8.  

-Original column 

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