CES 2023の展示から見えた韓国サムスンとLGの変化、ハードからソフトへシフト

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 2023年1月5日から8日(現地時間)にかけて、米国ラスベガスで世界最大級のテクノロジーイベント「CES 2023」が開催された。直近2回のCESは新型コロナウイルスの感染拡大の影響で規模縮小が続いていたが、今回のCES 2023は出展企業も拡大し、活気が戻ってきたという。中国勢の出展が減る中、大きな存在感を見せたのが韓国勢だ。韓国Samsung Electronics(サムスン電子)、韓国LG Electronics(LG電子)という大手に加えて、スタートアップなど韓国企業500社以上が出展した。韓国メディアが報じた、CES 2023の見逃せないポイントについて紹介しよう。

 韓国メディアは今回のCES 2023について、「韓国勢を含め、アッと驚くイノベーション製品は見当たらず、よりスマートで環境にやさしいライフスタイルを提案する目立たないイノベーションの展示が主流だった」「モビリティーやメタバース、ヘルスケア、スマート金融など産業と産業の境界がなくなる動きが加速した」などと指摘する声が多かった。例年ハードウエアの展示が目立つCESであるが、今回はソフトウエアが中心になったと評価する意見も目立つ。

 ソフトウエア重視の展示は、サムスン電子とLG電子という韓国の大手2社も同様だ。両社は例年CESの展示において、「世界初」「世界最高」をうたうテレビやスマート家電を競い合うのが名物だ。世界的な景気後退によって家電の売り上げが減速する中、両社がどんな展示をするのか注目を集めていた。蓋を開けてみると両社共にハードウエアの新製品よりも、「環境」や「利便性」を強調する展示となった。

 サムスン電子は2022年からキャッチフレーズとして掲げる「Calm Technology」を前面に打ち出した発表だった。Calm Technologyとは、人が意識することなく日常に浸透した静かなテクノロジーといった意味だ。

 同社は、ネットワーク接続された家電をスマホのアプリケーションから制御できる「SmartThings」を活用した、環境にやさしい製品群などをアピールした。例えばSmartThingsを使って省エネを実現できるサービス「SmartThings Energy」については、米国コロラド州の1万2000世帯を対象に実証実験を進めている様子などを紹介した。

 充電器サイズの小型スマートハブ「SmartThings Station」も初めて披露した。パートナー会社の家電も含めて複数のデバイスと接続できる互換性を持ち、様々なデバイスを簡単にコントロールできるようになるという。

 サムスン電子独自の省エネ技術によって、利用者は同社の製品を使うだけで環境保護に寄与することになるという点も強調した。米環境保護庁をはじめとした多様なパートナーと協力し、家電使用による温暖化ガス排出量を削減していくための業界標準づくりにも力を入れているという。同社の家電部門は2027年までに100%再生エネルギーを導入し、2030年には同部門でカーボンニュートラルを達成するという発表もあった。

 ソフトウエア重視の姿勢は、サムスン電子のあらゆる家電分野に見られる。例えばロボット掃除機において、家の構造や利用者の位置など空間を認知し、よりスマートな動作を可能にするようなAI(人工知能)の開発を進めているという。ブロックチェーン技術にも力を入れており、ネットワーク接続された家電のハッキングを防止し、一人ひとりに合わせた機能を提供するために活用する方針も明らかにした。

 サムスン電子はこれまでのCESにおける主役だった大型テレビ製品について、別会場で限定公開したという。これは中国勢による技術コピーを防ぐためというのが、韓国メディアのもっぱらの見方だ。

 サムスン電子副会長のハン・ジョンヒ氏は2023年1月6日(現地時間)、CES会場で行われた記者説明会で、「(業績の悪化により)期待に応えられず残念だが、投資減縮計画はない。技術イノベーションで顧客価値を創出し続ける。新たな成長分野としてロボットやメタバースなどに期待している」「M&A(合併・買収)の計画は、ロシアによるウクライナ侵攻や米中貿易摩擦などの影響で遅れているが、良い知らせを期待できるだろう」などと説明したという。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. 1.

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00076/

米インフレ抑制法対応で揺れる現代自動車、米工場投資見直しも示唆

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米国で2022年8月に成立した、再生可能エネルギーを推進する「歳出・歳入法(インフレ抑制法)」への対応を巡り、韓国Hyundai Motor Group(現代自動車グループ)幹部の発言が注目を集めている。インフレ抑制法は、北米で最終組み立てした電気自動車(EV)を対象に、補助金(税額控除)を支給する法律である。韓国で車両を生産して北米に輸出している現代自動車グループのEVは補助金対象外となり、北米での販売が不利になる。同社幹部は2025年に稼働開始予定の米ジョージア州工場への投資見直しもちらつかせる。


 公正競争を確保できなければ、米ジョージア州の工場投資を見直す可能性もある――。現代自動車北米法人の幹部が米インフレ抑制法の対応を巡って、このような発言をしたと韓国メディアが報じたことから注目を集めている。

 インフレ抑制法は、北米で最終組み立てしたEVを対象に、補助金を支給する法律だ。韓国で車両を生産して北米に輸出している現代自動車グループや、韓国Kia Motors(起亜自動車)などは補助金の対象外となる。このままでは現代自動車らのEVは2023年から補助金対象外になるため、他のメーカーより価格が高くなる恐れがある。

 現代自動車や起亜自動車のEVは北米のEV販売台数でトップ3に入るなど好調だ。しかし株式市場は、インフレ抑制法によって両社の販売台数が落ちると見ており、株価は下落を続けている。

 インフレ抑制法が現代自動車の成長を阻害するのであれば、同社も黙っていないというメッセージとして打ち出したのが、米ジョージア州に建設中のEV専用工場「Hyundai Motor Group Metaplant America(HMGMA)」の投資見直しの可能性である。

2025年までの猶予を求める

 現代自動車は2022年10月に、米ジョージア州新工場の起工式を開催した。同社は同工場に55億4000万ドル(約7360億円)を投資し、2025年上半期からEVの量産を開始する計画だ。年間30万台規模の生産を見込む。

 米ジョージア州の新工場には、AIベースの制御システムやロボティクス、環境にやさしい低炭素工法、安全で効率的な作業などを取り入れる予定だ。未来型のモビリティー工場を目指し、多品種のEVを需要に応じて柔軟に生産できるようにする。

 現代自動車は、米ジョージア州の新工場でEV生産が始まる2025年まで、インフレ抑制法の適用の猶予を求めている。この北米新工場で主力EVの量産を始める2025年以降、同社のEVはインフレ抑制法による補助金の支給対象になる。問題はそれまでの期間だ。現代自動車のEVは補助金対象外となり、その分高くなる。だからこそ同社幹部は米ジョージア州の新工場の投資見直しをちらつかせながら、インフレ抑制法の見直しを求めているわけだ。

 現代自動車は2022年5月、EVのラインアップ拡充に向けて2030年までに21兆ウォン(約2兆2000億円)を投資し、2030年にEV販売を323万台まで伸ばす。これにより、グローバルのEVシェアで12%確保するという目標を発表した。2030年までに高級車「Genesis」を含めて18車種以上のEVをそろえるとした。2022年に販売開始した同社の新型セダンEV「IONIQ 6」は好評で、2024年に後継の「IONIQ 7」を公開する予定である。ただインフレ抑制法の補助金対象外のままだと北米での販売が不利となり、これらの目標も見直しを余儀なくされる。


趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. 1.

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00075/


半導体産業支援を巡って与野党対立の韓国、世界の主導権を守れるのか

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米国など各国政府が半導体を戦略物資として重点施策を打ち出す中、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と韓国SK Hynix(SKハイニックス)という半導体世界大手を抱える韓国内が揺れている。韓国政府が打ち出す半導体産業への支援金が他国と比べて少なすぎるという声が日に日に増しているほか、半導体産業への法人税控除額を巡って与野党の対立が続いているからだ。半導体強国である韓国はどこへ向かうのか。

「海外に比べて韓国政府の支援が少なすぎる」

 米国や欧州連合(EU)、日本、中国、台湾などが半導体を戦略物資として捉え、次世代半導体の技術力と生産力を確保するために、各国の政府が多額の支援を惜しまないようになっている。

 例えば米国は2022年8月、半導体産業の技術的優位を維持するため、バイデン米大統領が半導体産業を支援する「CHIPS・科学法」(CHIPS and Science Act)に署名した。同法に基づく予算は5年間で総額2800億米ドル規模(約38兆3400億円)だ。このうち527億米ドル(約7兆2200億円)が米国内で半導体を生産する企業への支援金となる。

 EUの欧州委員会も2022年2月、域内の半導体生産拡大に向け2030年までに官民で430億ユーロ(約6兆1900億円)を投じる「欧州半導体イニシアチブ」(Chips for Europe Initiative)に合意した。EUの半導体生産シェアを、現在の10%から2030年には20%へと拡大する目標を掲げる。

 中国も半導体自立のエコシステムを目指す。台湾は早期に政府が半導体産業支援を始めた。台湾には世界最大のファウンドリー企業である台湾積体電路製造(TSMC)を中心に技術力のある半導体企業がある。

 日本も次世代半導体の国内生産を目指す新会社「Rapidus(ラピダス)」が2022年11月に発足した。ラピダスについては韓国メディアも注目している。「半導体再建、日本のドリームチーム集結」「日本半導体同盟設立、過去の栄光を取り戻せるか」「日本、先端半導体国産化始動」など詳細な報道が連日のようになされている。

 こうした中で韓国内は、半導体産業に対する韓国政府の支援が海外に比べて少なすぎると懸念する声が日に日に大きくなっている。韓国政府が2022年7月に発表した「半導体超強大国達成戦略」の主な内容は、半導体工場の容積率を現状の350%から490%へと高めるほか、半導体産業団地の造成に関する認許可は重大な公益の侵害がない限り迅速に手続きするとなっている。

 実はこれまで韓国内の半導体工場建設を巡って自治体とのトラブルが発生し、建設が思うように進まないケースがあった。SKハイニックスが2019年2月に発表した、約120兆ウォン(約12兆円)を投資する韓国・龍仁(ヨンイン)半導体クラスター計画だ。工場用水の影響で農業用水が不足して、住民の利益が侵害されると懸念した隣接自治体が許可を出さず難航していた。2022年7月の半導体超強大国達成戦略の発表後、政府が積極的に仲裁に入り、2022年11月に自治体が許可を出し、2027年4月の稼働に向け再び動き出した。

 この他、半導体超強大国達成戦略では、2031年まで大学の定員を増員し、半導体専門人材15万人以上を養成する計画や、半導体特性化大学院を新設した大学の教授の人件費と研究用機材費、研究費を政府が支援するといった内容が含まれている。

 韓国内における2023年の半導体支援予算額は、韓国産業通商資源部(部は省に当たる)が前年比13.6%増の2507.7憶ウォン(約260億円)、韓国・科学技術情報通信部が前年比28.7%増の2440.3憶ウォン(約254億円)といずれも大幅に増額した。しかしそれでも産業界や学界からは、「海外に比べて物足りない」「政府と国会がもっと大胆に支援すべきだ」という声が相次いでいる。



趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. .12

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00074/

オランダASMLが韓国に大型投資、米国の中国制裁で韓国に漁夫の利

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先端半導体製造に欠かせないEUV(極端紫外線)露光装置の生産で、世界市場をほぼ独占するオランダASML。そんな同社が韓国に新たな拠点を設けた。ASMLにとっては初の海外への大型投資だ。韓国では、米国による中国に対する半導体制裁により中国から撤退する企業が増えるなか、半導体製造の中心が韓国へと移動することを期待している。韓国は漁夫の利を得ることができるのか。


 ASMLは2022年11月16日(現地時間)、韓国Samsung Electronics(サムスン電子)の工場がある韓国・華城(ファソン)で、新たな半導体拠点「ニューキャンパス」の起工式を実施した。ASMLの韓国のニューキャンパスは、面積7万3000平方メートルの広さを誇る。EUV露光装置の維持補修と部品を再利用する「再製造センター」や、半導体人材育成のための「トレーニングセンター」などが入る場所だ。同社は2400億ウォン(約248億円)を投資した。2024年12月に入居予定である。ASMLが海外で大型投資をするのはこれが初めてだ。

 今やASMLは世界でほぼ唯一、先端半導体の製造に欠かせないEUV露光装置を製造するメーカーだ。EUV露光装置は年間50台ほどしか生産できない。世界の半導体メーカーが1台でも多くEUV露光装置を確保しようと「ASML詣で」を重ねている。

 ASMLのニューキャンパスが完成すると、韓国内でEUV露光装置の維持管理がしやすくなる。修理のため装置をオランダにあるASMLの本社まで送る必要がなくなる。ASMLが半導体製造装置の部品を韓国内で調達する可能性もある。韓国の半導体産業の競争力が一段とアップするという期待もある。

 同社CEO(最高経営責任者)であるピーター・ベニンク氏は、ニューキャンパスの起工式のために韓国を訪問した。同氏は記者会見で「韓国は先端技術を保有する協力会社が多く、シナジー効果は大きい」「ニューキャンパスは知識移転の始まり。知識移転に5年から10年はかかるため、再製造センターを皮切りに韓国でR&D基盤を拡充していければ、韓国に製造ラインを作る可能性もある」などと語った。

 景気後退にもかかわらずASMLは、自動運転やクラウドコンピューティング、人工知能(AI)の成長によって2030年まで半導体市場が急速な拡大を続けるとみる。それに伴って、EUV露光装置の需要も伸び続けるとする。ただし米国による中国制裁によって、米国産部品を使う半導体製造装置の中国向け販売が規制されるなか、ASMLもある程度影響を受ける可能性がある。

 2022年11月17日には、韓国とオランダの首脳会談もソウルで開催された。両国は半導体の協力関係を強化することで合意し、サムスン電子会長のイ・ジェヨン氏や韓国SKグループ会長のチェ・テウォン氏、ASML CEOのベニンク氏も、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と面会し、安定的な半導体供給網管理のため政府と民間の協力方策について意見交換した。

 ASMLにとって、先端半導体を製造するサムスン電子や韓国SK Hynix(SKハイニックス)を抱える韓国はお得意様だ。この両社に対し、ASMLはEUV露光装置を含む半導体装置を1000台以上納品しており、これは同社の売上高の約3割を占めている。

 サムスン電子はファウンドリーだけでなくメモリー製造にもEUV露光装置を導入するとみられる。会長のイ・ジェヨン氏自らがオランダのASML本社を訪問し、装置確保に動いている。

 超微細工程の量産に対応するASMLの次世代EUV露光装置は、1台3億〜3億5000万ユーロ(430億〜500億円)と非常に高価だ。2024年出荷予定であるものの既に契約が殺到しており、サムスン電子とSKハイニックスに納品されるのは2026年ごろになるとみられている。もっともASMLが韓国に拠点を持つことで、サムスン電子やSKハイニックスと物理的な距離が近くなり、装置確保に有利になるという分析もある。



趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 11.

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00073/

韓国転倒事故の初動で機能せず「災難安全通信網PS-LTE」、叫ばれる安全を守る技術

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2022年10月29日夜、韓国ソウル市の繁華街、梨泰院(イテウォン)の狭い路地にて転倒が発生し、若者を中心に150人以上が亡くなるという痛ましい事故が起きた。韓国政府は2022年11月5日までを国家哀悼期間に指定し、全国各地でイベントをキャンセルし犠牲者を追悼した。事故原因の究明や捜査が進む中、韓国のメディア「聯合ニュース」をはじめとした複数のメディアは、国の「災難安全通信網(PS-LTE)」が事故現場の初動対応で十分に活用されなかった点を問題視している。

 災難安全通信網とは、2014年に高校生ら300人以上が犠牲になった旅客船「セウォル号」の沈没事故を受けて、韓国政府が1.5兆ウォン(約1060億円)をかけて構築した公共機関の連絡用無線だ。韓国ではこれまで、警察や海洋警察、消防、自治体など災害に関連する公共機関が異なる方式の無線を利用していた。セウォル号の事故では、公共機関が別々の仕組みを使っていたため情報共有に手間取り、救助が遅れてしまった。その反省を受けて、災害救助に関係する公共機関が同じネットワークを使い、迅速なコミュニケーションを取れるようにした。公共安全用のLTEネットワークである「PS-LTE」技術を使っている。

 韓国の災難安全通信網は2021年5月に、全国規模で構築が完了した。2022年7月には関係する公共機関が災難安全通信網を使った合同訓練を実施したばかりだった。

 梨泰院の転倒事故では、災難安全通信網が初動対応の際に十分機能しなかった。災害救助に関係する公共機関が災難安全通信網経由で通話したのは、事故発生から1時間30分以上も経過した2022年10月29日の午後11時41分だった。この点について災難安全通信網を管轄する韓国・行政安全部災難安全管理本部は2022年11月4日、ネットワークやデバイスは正常作動していたが「訓練が足りなかったのかもしれない」と反省の弁を述べた。そして「今後は、災難安全通信網が十分に活用されるように、現場中心の教育や利用機関の合同訓練を持続的に実施する」と続けた。

2023年に注目するキーワードは「安全」「ネットワーク」

 韓国では梨泰院の転倒事故を受けて、人々の安全を守るような技術が改めて注目を集めている。


 例えば、韓国科学技術情報通信部(日本の省に相当する組織)傘下の研究機関である情報通信企画評価院が毎年11月に発表するリポート「ICT Top 10 Issues」の最新版では、2023年のICT分野で注目すべき点として、「安全」と「ネットワーク」が取り上げられた。

 「安全」については、韓国のIT大手Kakao(カカオ)が2022年10 月に無料通話アプリ「KakaoTalk(カカオトーク)」の大規模障害を引き起こしたことが記憶に新しい。同リポートでは、カカオトークのような「デジタル停電」をなくす安全、そして災害からICT技術を使って国民の命を守るという安全、双方について2023年は投資が増えるのではないかと分析した。

 「ネットワーク」については、5G(第5世代移動通信システム)の次の「6G」に向けて、衛星通信を使って海や空でもつながるネットワークの競争が激しくなると指摘した。

 セキュリティーを高めた「量子暗号通信」の実用化に向けたグローバル競争も激化するとした。例えば韓国の最大手通信事業者であるKTは、量子暗号通信の暗号鍵となる量子鍵配送ネットワークと、実際にデータを送るネットワークを、1本の光ファイバーで送受信できるようにする技術を開発している。量子暗号通信は、光の最小単位である光子を暗号鍵の共有に使う。通常は、この暗号鍵を共有するネットワークと、実際のデータを送るネットワークを、別々に用意するケースが多い。これを1本の光ファイバーで実現できると、費用削減や既存の光ネットワークの活用という利点が生まれる。同リポートでは、こうした技術革新によって、韓国における量子暗号通信関連のエコシステムが拡大すると分析している。



趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 11.

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00072/

韓国国民的通話アプリが大規模障害、「デジタル停電」で阿鼻叫喚

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韓国のIT大手Kakao(カカオ)は2022年10月15日(現地時間)、運営する無料通話アプリ「KakaoTalk(カカオトーク)」の大規模障害を引き起こした。カカオトークは韓国国民の9割以上が利用しているといわれる国民的アプリだ。カカオは通話アプリのほか検索サイト、メール、各種予約、決済アプリなど生活全般に役立つサービスを幅広く提供している。これらを含めてカカオのサービスが5⽇以上の⻑期にわたって一部が使えなくなり、韓国内は大混乱に陥った。「デジタル停電」とも呼ばれる今回の甚大な被害を契機に、韓国内で再発防止の議論が活発化している。

 カカオトークは、スマホのアプリなどで利用できる無料の音声通話・ビデオ通話サービスだ。2010年にサービスを開始した。韓国は留学や移民で海外に家族がいる人が多い。通話料を節約できることから、カカオトークは韓国国民にとって生活必需品になった。現在カカオトークは、月間実行回数996億回と、10歳以上の韓国スマホユーザーがもっとも頻繁に利用するアプリになっている。

 そんな国⺠にとってライフラインとなるアプリが、実に127時間30分にわたって使えなくなった。カカオトークは2022年10月16日の夜になって部分的に機能が回復したが、カカオの全てのサービス障害が解消するまで5日以上かかった。韓国では、政府や企業のお知らせもカカオトーク経由で発信するケースが多い。社員同士もカカオトークのグループチャットを連絡に利用するのが一般的だ。個人利用にとどまらず、政府や企業の利用でもカカオトークの大規模障害の影響を受けた。

 カカオが提供するメールや各種予約、乗り換え案内、地図、決済アプリなども利用できなくなった。カカオトーク経由でタクシーや運転代行予約を受け付けていた企業、カカオの決済アプリのみに対応していた商店なども開店休業状態に陥った。カカオトークのIDと連携してログインするネットショップや、マンガやゲーム、コミュニティー掲示板などのコンテンツサイトも利用できなくなった。韓国内では今回の障害を「デジタル停電」と呼ぶほど大混乱が広がった。

 障害の原因は、カカオがサーバー管理を委託する韓国SK C&Cのデータセンターで起きた火災だ。カカオは、各種サービスを提供するために、4カ所のデータセンターで約9万台のサーバーを運用している。今回火災が発生したデータセンターは、カカオの約3万2000台のサーバーを運用する主力拠点だった。

お粗末だったデータセンターの運営体制

 カカオは、自らカカオトークを「国民的メッセンジャー」と自負するほど韓国内で圧倒的なシェアを持つ。カカオトークの強みを生かし、カカオはM&A(合併・買収)を繰り返し、ビジネスの拡大を続けた。韓国内では利便性の高さから、生活にかかわる全てのサービスをカカオトークと連携する利用者が多い。今回の大規模障害からは、カカオのシステムの運用体制は、国民のライフラインを支える存在にしてはお粗末だったことが明らかになった。

 例えばサービスを支えるデータセンターの運営体制だ。カカオは自前のデータセンターを持たず、データセンターの冗長構成も不十分だった。

 実は今回、火災を起こしたデータセンターは、カカオの競合で韓国IT大手のNAVER(ネイバー)も利用していた。しかしネイバーは火災を起こしたデータセンターには一部のサーバーを置くのみで、自前のデータセンターで冗長構成をとっていた。ネイバーは、データセンターの火災でショッピングサイトにサービス障害が発生したものの、カカオとは対照的に短時間で復旧を果たした。

 カカオは今回の大規模障害を受けて2022年10月17日に対策委員会を設置。10月19日には記者会見を開き、障害の責任を取って同社共同CEO(最高経営責任者)であるナムグン・フン氏が辞任した。カカオは会見で「これまでは売上高と営業利益を重視しすぎていた。システムは非常に重要な要素であり、もっと投資をするべきだった」と反省を述べた。

 会見でカカオは、自前のデータセンターを建設する計画も明らかにした。4600億ウォン(約470億円)を投資し、首都圏に12万台のサーバーを置く第1データセンターを2023年中に建設、2024年1月から稼働開始するという。安定的なサーバー運営のため4万kWの電力を確保し、火災が起きた場合も早期に消火できるようにする。第2データセンターも2024年に建設し、2027年1月の稼働開始を目指す。

 実はカカオは2012年にもデータセンターに起因するサービス障害を起こしていた。その際にも「自前のデータセンターを建設する」としていたが、結局10年間、手をつけていなかった。韓国メディアは、このようなカカオの姿勢に対し批判的な報道を続けている。2022年10月24日にはカカオ創業者のキム・ボムス氏が韓国国会に呼ばれて、謝罪する羽目になった。




章恩(ITジャナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 10.

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深刻化するメモリー需要の低迷、それでもサムスン電子が減産しない理由

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韓国Samsung Electronics(サムスン電子)は2022年10月7日(現地時間)、2022年7~9月期の暫定業績を発表した。売上高は76兆ウォン(約7兆8000億円)で前期比1.55%減少、営業利益は10兆8000億ウォン(約1兆300億円)と同23.4%も減少した。韓国の証券業界は、世界的な景気悪化とインフレの影響でメモリー半導体の価格が下落していることから、サムスン電子の業績も78兆ウォン(約8兆円)前後、営業利益は11兆8000億ウォン(約1兆2000億円)前後に落ち込むと予想していた。しかし暫定業績はそれを下回る結果となった。


 サムスン電子の業績はメモリー半導体の価格に大きく依存する。メモリー半導体の価格に左右されない経営体制にしていくため、同社は2030年までにシステム半導体(非メモリー半導体、ファウンドリーなど)でも世界1位になることを目標に掲げる。半導体を委託生産するファウンドリー事業は、注文が減っているとはいえ、メモリー半導体よりは業績が安定している。

 世界的にメモリー半導体が低迷する中、米Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)は2022年9月29日(現地時間)の業績発表において、需要に応じてメモリー半導体の生産調整を実施することを明らかにした。日本のメモリー半導体大手のキオクシアも2022年10月以降、ウエハー投入量の約3割を削減すると公表している。メモリー半導体市場世界シェア1位のサムスン電子も減産を発表するのではないかとみられていた。ところが同社はメモリー半導体の減産計画はないことを表明した。

 サムスン電子は2022年10月5日(現地時間)、米シリコンバレーで次世代半導体と新技術を公開するイベント「Samsung Tech Day 2022」を開催した。この場で同社メモリー事業部副社長のハン・ジンマン氏は、「現時点で(メモリー半導体の減産に関して)議論したことはない」「人為的な減産はしない」「ただし、市場に深刻な供給不足または供給過剰が起こらないよう努力している」と説明した。

 韓国メディアや証券業界は、半導体業界において好況と不況を繰り返す「シリコンサイクル」の周期がどんどん短くなっていることから、サムスン電子は不況サイクルから好況サイクルに移ったらすぐ利益を出せるように備える戦略だと分析している。

米シリコンバレーで次世代技術のロードマップを発表

 サムスン電子は同イベントで、次世代半導体技術の量産計画も公表した。例えば2023年に、世界初となる第5世代の10nm世代プロセスでDRAMを量産する。同社が「V-NAND」と呼ぶ、第9世代の3次元NAND型フラッシュメモリーも2024年までに量産する。1000層まで積層したV-NANDも2030年までに開発する計画だ。

 サムスン電子のV-NANDは2022年9月時点で第7世代の176層まで積層が進んでいる。2022年中には第8世代の230層以上積層したNAND型フラッシュメモリーの量産を目指す。

 ただNAND型フラッシュメモリーの積層数では韓国SK Hynix(SKハイニックス)が2022年8月、世界最高の238層の開発に成功している。これまでサムスン電子は、業界最高の積層数を競うよりも、現行製品の完成度を高める方針を示していた。だが今回、2030年までに1000層まで積層数を増やす計画を明らかにした。これは積層数競争でも、技術優位性を守る戦略を示した形になる。積層数を増やしながらも、セル同士が干渉せずエラーが起きないようにする技術を保有しているとも説明した。


趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 10.

-Original column

半導体不況は長期化も、サムスン電子とSKハイニックスは需要反転に備え

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メモリー半導体の需要が大幅に減少している。世界的なインフレと不況による民間消費の冷え込みによって家電やITデバイスの売れ行きが落ち込んでいるからだ。世界半導体市場でシェア1位の韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と同3位のSK Hynix(SKハイニックス)も影響は避けられない。両社は「ピンチはチャンス」と捉え、需要反転に向けた備えを続ける。


サムスン電子が1位から2位に転落予想、TSMCが世界首位に

 2022年8月の韓国半導体輸出は、26カ月ぶりのマイナス成長となった。韓国産業通商資源部(省)の統計によると、2022年8月の半導体輸出は109億6000万米ドル(約1兆5900億円)で前年同月比で6.8%も減少した。システム半導体(非メモリー)の輸出が増加したことで、16カ月連続の100億米ドル(約1兆4500億円)超えは維持したものの、メモリー半導体の単価下落によって全輸出額は減少した。

 サムスン電子が注力する、スマートフォンやノートパソコンなどに搭載するCMOSイメージセンサー(CIS)市場も雲行きが怪しい。

 米国の調査会社であるIC Insights(ICインサイツ)は2022年9月15日、2022年のイメージセンサー世界市場について、出荷量は前年比11%減少し、売上高の規模は同7%減少するという予想を発表した。実際、イメージセンサー市場世界1位のソニーと、同2位のサムスン電子の2022年4~6月イメージセンサー売上高は減少している。 ICインサイツは、在宅勤務から通常勤務に戻った会社が増えたことで、テレビ会議需要が減少。中国の長引く都市封鎖や、世界的なインフレ傾向もイメージセンサー市場に影響を与えていると分析する。

 半導体市場全体の実績が悪化する中、ICインサイツは2022年7~9月の売上高ベースの半導体市場シェアについて、台湾積体電路製造(TSMC)が1位になる見込みとした。サムスン電子が前期比19%減の182億9000万米ドル(約2兆6500億円)で1位から2位に転落し、TSMCが同11%増の202億米ドル(約2兆9200億円)で1位、米インテル(インテル)が同1%増の150億4000万米ドル(約2兆1800億円)で3位になるという。

 これまで半導体市場では、サムスン電子とインテルが1位の座を競っていた。委託生産のみのTSMCは、受注減を織り込んだとしても、サムスン電子とインテルを超える見込みという。

 韓国の半導体業界は、毎年8月末を年度末日とする米Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)の業績に注目している。サムスン電子やSKハイニックスよりも先に実績を公開するため、今後の半導体市場の流れを予測できるからだ。

 マイクロンの2022年6~8月の業績は、売上高が前期比で20%近く下落し、営業利益も予想を大幅に下回る見込みという。サムスン電子とSKハイニックスも業績悪化が避けられないとし、韓国内では両社の株価が下がり続けている。韓国証券業界は、米国の中国向け半導体設備輸出制裁がメモリー半導体にまで拡大した場合、中国に生産拠点があるサムスン電子とSKハイニックスはさらに深刻な状況を迎える恐れがあるとし、メモリー半導体不況は2024年まで続く可能性があると分析した。



趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 9.

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00069/

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趙章恩

サムスンとLGがIFAでOLEDテレビ競う、中国勢かわし大型市場で勝負

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2022年9月、家電見本市「IFA2022」がドイツ・ベルリンで3年ぶりにリアル開催された。IFAといえば世界のテレビ市場でシェア1位の韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と同2位の韓国LG Electronics(LG電子)が、最新のテレビディスプレーを展示し、技術を競い合うのが名物だ。

 IFA2022では、サムスン電子が有機ELディスプレー(OELD)テレビを展示するかどうかに注目が集まった。OLEDテレビはLG電子がリードする分野だ。サムスン電子は現状、ミニLEDバックライト搭載の「Neo QLED」テレビ、マイクロLEDディスプレーの「Micro LED」テレビを主力とする。サムスン電子は子会社であるSamsung Display(サムスンディスプレイ)が開発した次世代ディスプレー「QD-OLED」テレビを2022年春から販売しているものの、海外での展示は今回が初めてとなる。

 QD-OLED(量子ドット有機EL)は、サムスンが2019年から2025年までに生産施設構築と研究開発に13.1兆ウォン(約1.2兆円)もの巨額を投資する次世代ディスプレーだ。QD-OLED のQDは、電気・光学的性質を持つナノメートルレベルの大きさの半導体粒子のこと。QD-OLEDでは、光の三原色の中で青色素子を発光源とし、量子ドットをカラーフィルターの代わりに使って、RGBの残る緑や赤を発光させる。同社はQD-OLEDテレビを「現存する最高画質のテレビ」になるとする。

 そんなサムスン電子は満を持してIFA2022において、55型と65型のQD-OLEDテレビを展示した。ただ同社のIFA2022における公式ブースツアーでは、なぜかLCDパネルを搭載するテレビのみを紹介。QD-OLEDテレビの紹介をスルーしたことが話題になった。

 サムスン電子は、いつ主力テレビをQD-OLEDにシフトするのか。IFA2022の会場で行われたサムスン電子の記者会見では当然、同社のQD-OLEDテレビ戦略について質問が集中した。

 サムスン電子副会長でDX部門長のハン・ジョンヒ氏は「2022年発売したQD-Display(QD-OLED)が好評で各種メディアによる評価も高い」「消費者が望むのであればQD-OLEDテレビの生産キャパシティーとラインアップを補強する」と説明するにとどめた。

 サムスン電子のQD-OLEDパネルの生産能力は現状、年間100万台規模だ。年5000万台規模の同社のテレビ出荷量をまかなうには足りない。そのため消費者のニーズに応じて、徐々にQD-OLEDにシフトしていくという同社の戦略が見えてくる。

 生産面では着々とQD-OLEDシフトが進む。サムスンディスプレイは2022年6月、LCDパネルの生産を終了し、QD-OLEDの研究と生産に人員を再配置した。QD-OLEDパネル生産の歩留まり率も改善している。2022年7月時点で85%を超え、2022年末には90%を目標にしているという。65型のQD-OLEDパネルの製造原価について同社は620ドル(約8万9000円)を目標にしており、LG電子のOLEDパネルよりも安くしようとしているとも報じられている。

 サムスン電子のQD-OLEDパネルはソニーがいち早く採用し、同社のテレビ「BRAVIA」の新製品として販売された。

 現在、世界のLCDパネルの価格は値下がりが続いている。全サイズにおいて前年比で半額近く安くなっている。LCDパネル生産の主役は京東方科技集団(BOE)や華星光電(CSOT)といった中国勢だ。LCDパネルを採用するテレビは中国メーカーが市場を席巻しているため、サムスン電子とLG電子はOLEDを中心とした大型のプレミアムテレビのエリアに活路を見いだしているようだ。

 サムスン電子のハン氏はかつて、2020年に開催された家電見本市「CES2020」において記者らに「サムスン電子はOLEDテレビに参入しないつもりなのか」と質問され、「絶対ない。サムスン電子はOLEDテレビを販売しない」と発言。大々的に報じられたことがあった。

 当時のサムスン電子は、LG電子のOLEDテレビより、自社の液晶をベースにしたQLEDテレビの方が、画質に優れると宣伝していた。その発言から2年が経過し、結局サムスン電子もOLEDテレビの販売を始めた。

 サムスン電子のハン氏は、以前から噂があるLG電子からのOLEDパネルの調達について「可能性は開かれたままである」と話した。サムスン電子とLG電子が協力すればOLEDテレビ市場に大きな変化が訪れることは間違いない。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

  

(NIKKEI TECH)

 

2022.9 .

 -Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00068/