記録的ヒットの『イカゲーム』 “敗者”描いた作品に韓国人が戸惑う理由

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Netflixで配信されると、瞬く間に世界中で人気を呼んだ韓国ドラマ『イカゲーム』。日本でも9月の配信開始後すぐに注目を集め、「今日の総合TOP 10(日本)」では現在も首位をキープしている。だが、ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんによると、韓国ではこの世界的大ヒットに首をかしげる人も多いという。その理由について、趙さんがリポートする。

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 今、世界中で人気を呼んでいる『イカゲーム』。貿易会社に勤める友人によると、米国、英国、フランスなど海外取引先とのオンライン会議では毎回、天気の話をするように『イカゲーム』の話をしてから会議が始まるのだという。韓国でも、人が集まると自然と『イカゲーム観た?』という会話から始まるほど話題だが、一方で韓国人の間では「あのドラマがなぜ海外でここまでヒットするのか」という話題で持ちきりでもある。

『イカゲーム』は、456億ウォン(約44億円)の賞金を懸けた謎のデスゲームに、参加者たちが命をかけて挑戦する物語。世界90か国で視聴回数1位を獲得し、記録的な大ヒットとなっている。配信が開始されると、直後にNetflixの加入者が増加し、株価も一気に歴代最高値を更新したというから驚きだ。10月12日付の米ABCニュースによると、ハロウィンに向けてオンラインショッピングモールでは『イカゲーム』のコスチュームが飛ぶように売れ、米国の人気芸能人らも真似をするほど大流行しているという。

 世界中で人気となった理由は、なんといっても韓国ドラマが持つ吸引力、ストーリーそのものの面白さがあるだろう。個人的には、俳優の演技や監督の演出も調和が取れていて、最後まで見ずにはいられなかった。また、ある日突然ゲームに無理やり参加させられるのではなく、社会的弱者の参加者がゲームに参加するしかない状況だったことで、キャラクターがより生き生きとして見えたことも、視聴者を惹きつけた理由だろう。

 そのほか、SNSの口コミや海外メディアを見ると、「子供時代に誰もがやったことのあるゲームだからルールなどの説明が不要で見やすい」、「見ている側もゲームに参加しているような没入感」、「弱そうな参加者が奇策で生き残る姿が痛快」、「美術セットに仕掛けられた細かな隠し設定を見つける楽しさがある」といった声があった。

だが、これに戸惑っているのが他でもない韓国人である。イカゲームの人気ぶりを分析した海外メディアの記事やSNSの反応を見かける度に、韓国での反応の違いに驚く人が続出している。なぜなら韓国では、公開直後「韓国の格差社会を浮き彫りにしたありきたりのストーリー」といった声や、「女性軽視」、「暴力的で不快」、「ここは泣く場面だと言いたげな過剰な演出」など、批判的な口コミが多かったからだ。

 イカゲームの脚本・演出を担当したファン・ドンヒョク監督によると、脚本は既に10年前に完成していたが、韓国の制作会社はどこも「殺伐としすぎている」として興味を持たず、やっと投資してくれたのがNetflixだったという。ファン監督はインタビューで、「10年経って、殺伐と言われた物語が受け入れられる殺伐な時代になってしまったことは悲しい。最近はみんなが株や不動産、暗号資産などで一攫千金を狙っている。『イカゲーム』も同じだ」と語っている。

 一方でファン監督は、「本作が他の作品と違うのは、ゲームより人間により焦点を当てていることや、誰もが30秒で理解できる単純なゲームで、天才的な主人公がいないと解決できないような物語ではないこと」、「主人公がヒーローになる過程を描くのではなく、敗者が他人の助けを得てゲームに勝つ過程を描いた。この社会の敗者も思い出して欲しいという気持ちで制作した」とも語っており、こうした点が海外の視聴者に受けたと言えるだろう。韓国人には見慣れた社会批判ストーリーでも、海外では逆に新鮮に映ったようだ。

 日本で「親ガチャ」と言われるように、韓国の若者の間でも「フッスジョ(土の匙)」という同じような言葉がある。貧しい家庭に生まれ、どんなに努力しても生活が楽にならず、友達付き合いや趣味も持てず、沼にはまったように報われない人の境遇を自嘲する言葉だ。『イカゲーム』では主人公をはじめ、ゲーム参加者はフッスジョばかりだが、苦労しているからこそキャラクター一人ひとりが一癖も二癖もあり、視聴者を飽きさせない展開や演出ができたのではないだろうか。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 11.

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『彼女はキレイだった』のイケてないヒロインが韓国で共感を呼んだ理由

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現在放送中のドラマ『彼女はキレイだった』(関西テレビ/フジテレビ)。韓国の人気ドラマのリメイクで、日本版の放送が韓国でも開始されたとあって、改めて注目を集めている。ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんがリポートする。

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『彼女はキレイだった』の日本リメイク版が、8月18日から韓国の有料放送チャンネルと動画配信サービスでも放送が開始された。8月6日には、原作に出演したチェ・シウォンが自身のTwitterで「かのキレ、韓国語の字幕で早く観たいです。とても楽しみ! こういうのが文化交流じゃないかな?うはは!!」と日本語でコメントし、韓国ファンが日本版に注目するきっかけにもなっている。

 2015年に韓国で放送された本作は、初回の4.8%から最高18%の高視聴率を記録した大人気ドラマである。どれほど人気だったかと言えば、プロ野球の中継で9話の放映が中止になった際、視聴者からのものすごい抗議があったため、次回の10話は放送局が野球中継を断念して本作を放映したほど。2015年の作品にも関わらず、韓国では未だにケーブルテレビで再放送されているほど根強い人気で、中国、ベトナムでもリメイク版が制作された。

 物語は、イケメンエリートの主人公、チ・ソンジュンと、昔は美少女だったが今はパッとしないヒロイン、キム・ヘジンの2人が再会することから始まるラブコメディ。お互いに初恋同士だったが、自信が無いヒロインは自分が初恋相手だと言い出せず、美人の親友に自分の代役を頼んでしまう。日本版もあらすじは大きく変わらないが、原作の方がコメディー要素が強く、登場人物全て個性的で、毎回笑いと胸キュンが交互にやって来る愉快なドラマだった。

 韓国ドラマには、見た目はそれほど良くないがプライドが高く自信家で、何事にもめげず仕事も恋も手に入れるというヒロインがよく登場する。しかし本作のヒロイン、ファン・ジョンウム演じるへジンは、30才にもなるのにアルバイトをしながら就活中で、プライドも自信も無くドタバタともがきながらも前に進む。そのうえ、そばかす顔に爆弾が落ちたようなくせ毛、白い靴下に黒い靴というマイケル・ジャクソンのような姿は、これまでのヒロイン像とは大きく異なり、韓国では新鮮味を持って受け止められた。

また、2015年放送当時も今も韓国は就職難。「夢は正社員」と話すへジンに共感する人も多かった。家柄や学閥に加え、見た目も「競争力」と評価される韓国で、貧乏でどんなにファッションがダサくても、肌がきれいでなくても、思いやりがあって前向きに頑張る人は必ず報われる、ありのままの自分を愛してくれる人がいるというストーリーが共感(韓国では「代理満足」と言う)を呼び、特に30~40代の女性に熱烈に支持された。

 さらに、韓国ドラマでは主人公の女性と三角関係になる相手役は大体意外と純情派のツンデレ御曹司イケメンと、全てを包み込む優しいイケメンのどちらかなのだが、本作でチェ・シウォンが演じたキム・シニョクは、顔を見ただけで笑ってしまうほどコミカルな存在。いたずら好きだが人を不愉快にさせないムードメーカーで、いつもへジンの味方になってくれる頼もしさがある一方で、ミステリアスな一面もあるという複雑さも持ち合わせた「図々しい変わり者イケメン」という見慣れない役どころで話題を呼んだ。

 物語の後半では、韓国で「さつまいもシーン(水無しでさつまいもを食べた時のように胸が苦しい、すっきりしない)」と言われた、へジンが自分に自信が無さすぎてソンジュンに思いを打ち明けられないもどかしい場面もある。だが、その分ソンジュンの一途な面が際立ち、ソンジュン役を演じたパク・ソジュンの声と表情にファンになってしまう人も続出。当時デビュー4年目だったパク・ソジュンが、ドラマ放送後のインタビューで「人気を肌で感じている」と恥ずかしそうに語っていたのを覚えている。

 就職難や見た目重視の社会を生きる女性の苦労や、女性同士の友情と絆、ありのままの姿が愛され成長していくヒロイン、どんな状況でも自分の人生の主人公は自分だというドラマのメッセージは、今見直しても共感できる。日本版のヒロイン像にもその要素が多く反映されており、韓国の原作ファンにどう受け入れられるのか楽しみである。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 9.

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マクドナルドの好決算も後押し? BTSを支える熱狂的ARMYの影響力

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発表する新曲がことごとくチャート1位を獲得し、度々話題になる韓国ボーイズグループ「BTS(防弾少年団)」。世界的な人気は尽きることが無く、その影響は音楽やファッション、フード業界にまで波及している。その人気を支えるARMYの働きについて、ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんが解説する。

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 BTSが8月11日、今年3月に開催された米「第63回グラミー賞」授賞式に続き、9月に開催される米「2021 MTV Video Music Awards(VMA)」に、「最優秀楽曲賞(Song of the Year)」をはじめ「最優秀ポップ(Best Pop)」、「最優秀K-POP(Best K-POP)」など5部門にノミネートされ、またしても話題を呼んでいる。

 VMAは、米MTVが開催する権威ある音楽授賞式で、BTSはこれまでにも2年連続でノミネートされている。グラミー賞では惜しくも受賞を逃しただけに、今年のVMAでは3年目の受賞となるかに大きな注目が集まっているようだ。受賞作品やアーティストはオンライン投票で決まるため、TwitterなどのSNSでは早速世界中のARMY(ファンの呼称)たちの熱心な投票の呼びかけが始まっている。

 BTSの世界的人気はもはや誰もが知るところだ。直近では今年6月、約2週間にわたり開催されたデビュー8周年を記念する祭典「BTS FESTA 2021」でも、その人気ぶりが見られた。様々な衣装を着たメンバーのかわいい集合写真や振り付け動画など、毎日新しいコンテンツが公開され、目玉として開催されたオンラインコンサート「BTS 2021 MUSTER SOWOOZOO(小宇宙)」には、世界195か国、約133万人が視聴。視聴料だけで約790億ウォン(約75億円)の売上を記録した。

 コロナ禍のため、メンバーは無観客でのライブだったが、その代わりに大型ディスプレイにライブを楽しむARMYの姿を生中継で映し出す「ARMY On Air」や、ARMYたちがBTSの曲を歌う声や声援を録音してライブ中に流す「ARMY in echo」など、まるで実際に観客とライブ会場にいるかのような演出をしていたのが面白かった。観客の笑顔にBTSメンバーも元気を貰ったようで、「ARMYとひとつの空間で息が出来る日を待っています。その日までみんな元気を出しましょう」とコメントしていた。

マクドナルドの売り上げが4割増

 BTS FESTAの期間中、韓国ARMYが集まるファンコミュニティではデビュー8周年記念ということもあって、「BTSトクバプ(釣り用の餌、好きなアイドルに関する新情報の意)が溢れるこの時期は忙しい!」、「トクバプを1つも逃したくないからFESTA中は一切予定入れない」、「血と汗と涙を流しながら一歩ずつ成長する姿を見守れて嬉しい。心で育てた我が子達!」といったARMYたちの生き生きとした声で溢れていた。

 また、BTSからトクバプをもらうだけで終わらないのがARMYである。BTSへのプレゼントの代わりに「#BTS8thAnniversary」のハッシュタグでユニセフや子供病院、動物団体などへ寄付したことを報告。日本のARMYもユニセフに寄付し話題になった。

 さらに、熱狂的ARMYの影響力は企業にも波及している。米マクドナルドが世界49か国の店舗で発売したコラボメニュー「The BTS Meal」は、世界中で爆発的な人気に。韓国ではナゲットの1日の平均販売量が前月比250%増加し、インドネシアでもあまりに多くの注文が殺到したことで複数の店舗が一時営業停止の騒ぎにまでなったという。マレーシアでも、コラボ限定パッケージを保管するための容器を持参するファンが続出したそうだ。

 マクドナルドが7月28日に発表した第2四半期決算は、コロナ禍にもかかわらずグローバルでの売上高が対前年比40.5%増という驚異的な数字に。この要因のすべてがBTS効果ではないかもしれないが、コラボが売り上げを後押ししたのは間違いないだろう。韓国放送局MBCは、「BTS Mealがあまりにも人気で、激務に疲れたアルバイトたちがPTSD(心的外傷後ストレス障害)ならぬ“BTSD”を訴えている」と紹介していた。

 BTSは、昨年9月に英語曲『Dynamite』が米Billboardのシングルチャートで首位を達成したのに続き、新曲『Permission to dance』、『Butter』でも初登場1位を獲得。Billboard史上初登場1位は54曲しかないという。『Butter』は9回1位となり、8月7日時点で2021年で最も長く1位をキープした曲になった。数々の記録を打ち立てるBTSの快進撃はまだ続きそうだ。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 8.

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旅行需要旺盛な韓国 ドラマ俳優らによるロケ地ツアーで呼び込みも

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新型コロナウイルスのワクチン接種が着々と進む韓国では、規制の緩和や経済の回復に伴い、コロナ終息後を見据えた動きが活発化しているという。ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんがリポートする。

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 コロナのワクチン接種が進む韓国では、足元では感染者の増加が見られるものの、人々の警戒感の薄れとともに、街の活気も少しずつ戻ってきている印象だ。現時点でのワクチン接種率は、総人口に対して3割(1次新規接種者)程度にとどまるが、医療関係者や高齢者だけでなく、アプリから申し込めば「ノーショー(当日キャンセル)」分を誰でも接種できる仕組みになっており、今後も着々と接種が進むと見られる。一時大きく暴落した株価もその後は上昇を続け、旅行代理店や航空会社の株価も回復、2020年1月のコロナ前の水準を上回っている。

 経済の回復とともに、早くも海外旅行再開への期待も高まっている。韓国政府はこれまで、ワクチンを接種していても入国時に2週間の厳格な隔離期間を設けていたが、7月からは海外でワクチン接種を完了した人が韓国内の投資や技術協力のために入国する際の隔離を免除することを発表。韓国入国前と後で4回実施していたPCR検査も入国72時間前に1回、入国1週間後1回に緩和し、防疫アプリで14日間移動や動線を確認するなどして対応するという。

 また、韓国中央災難安全対策本部は6月8日、オーストラリアとニュージーランドの間で行っているような、相互の入国者の隔離措置を免除する「トラベル・バブル」制度をワクチン接種が進んでいる他の国と結ぶことも発表した。ワクチン接種を完了した人に限り、早ければこの7月から仁川空港発の海外旅行を許可する方針で、既に6月29日にはサイパンと合意。世界的に感染力の強いデルタ株の変異ウイルスが広がるなかでも、ワクチンの接種が進むにつれ、韓国内では「海外旅行が出来る日も近いのでは」と期待する人々の声も多く聞かれた。

 特に、韓国の若者の海外旅行需要は旺盛だ。フランス観光庁が5月、韓国人8129人(うち7割は20~30代)を対象に行った調査によると、海外渡航制限解除後1~4か月以内に海外旅行に出かけたいと答えた人は29%にのぼり、6か月以内も28%、1年以内でも24%と8割以上の人が海外旅行に前向きだった。「コロナ終息後に最も行きたい国」ではヨーロッパが68%と圧倒的に多く、日本、東南アジアの人気は低かった。若いうちにできるだけ遠い国に行ってみたいという願望が反映された結果なのかもしれない。

 一方、50~60代の韓国人600人を対象にしたインパクトピープルスの調査(2021年3月)では、「コロナ終息後に最も行きたい国」1位は日本(11.5%)で、「過去に旅行した最も良い国」でも日本が1位(31.8%)となった。「距離が近く移動の負担が軽い」、「近いのに韓国とは異なる文化を体験できる」ことが主な理由だ。

 韓国のオンライン旅行代理店インターパークが、海外渡航制限解除後1年以内に使用可能な日付未指定の往復航空券を販売したところ、約1か月で1万2000人が購入。閑散期の割安価格でいつでも好きな時に利用できることが人気を集め、購入者のほとんどが1人2枚以上購入したという。最も売れたのはグアム、ベトナムのダナン、札幌行きで、飛行時間が短く、都会よりリゾート、家族で楽しめる地域が好まれているようだ。

韓国ドラマ出演俳優らによるオンラインツアーも

 日韓の政府や自治体などが行っている、観光客誘致のための活動も活発だ。日本政府観光局の韓国語公式YouTubeチャンネル「J Route」が今年1月に公開した、日本の観光地を紹介した動画は200万以上の再生回数を達成。長崎県や愛媛県、鹿児島県、青森県など韓国語の公式SNSを運営する自治体も、定期的にフォロワーに特産品をプレゼントするイベントを開催し、地域観光情報を提供し続けている。

 韓国観光公社も済州観光公社と協力し、「インセンコリア ぬいぐるみ旅in JEJU」と題した面白いイベントを実施。大事にしているぬいぐるみを日本から済州島に送り、自分の代わりに旅をさせるという企画で、済州島の空港到着から始まりあちこちの名所でぬいぐるみの集合写真をSNSに掲載した。ユニークな企画で、日頃から愛着のある自分のぬいぐるみが旅する様子が何とも可愛く話題を呼び、筆者も実際に目にして、ぬいぐるみ達の観光コースをそっくりそのまま廻りたくなった。

 さまざまな取り組みの中でも、特に注目度が高いのが韓国ドラマにフォーカスした企画だ。韓国観光公社は、日本で大ヒットしたドラマ『愛の不時着』、『梨泰院クラス』、『サイコだけど大丈夫』の俳優らによるオンラインツアー「K-DRAMA WEEK」を開催。出演者が撮影秘話を語りつつ、自らロケ地や韓国の観光地を案内するという韓国ドラマファンには堪らない企画で反響を呼んだ。

 ソウル市も、ホームページに韓国の大人気ドラマ『ヴィンチェンツォ』のロケ地の行き方や楽しみ方をたっぷり紹介している。劇中の主な舞台となった建物「クムガプラザ」や、主人公・ヴィンチェンツォがソウル中心を東西に流れる川「漢江」を見下ろしながら悩むシーンで登場する「セッカン生態公園文化橋」など、こちらもファン必見の内容だ。コロナ終息後に向けて、今からこうした取り組みをチェックしてみてはどうだろうか。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 7.

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話題の韓国ドラマ『ヴィンチェンツォ』、目が離せない「斬新な主人公」

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2月からNetflixで世界同時配信されている韓国ドラマ『ヴィンチェンツォ』が話題を呼んでいる。日本ではNetflixの「今日の総合TOP10」で1位を獲得し、世界でも6位と上位をキープ。“次の『愛の不時着』”として大きな注目を集めている本作の見どころや韓国での反応を、ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんが解説する。

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 今日本で話題沸騰中のドラマ『ヴィンチェンツォ』。本作は、コロナ禍の韓流ブームの火付け役となった『愛の不時着』を手掛けたスタジオドラゴンと韓国のケーブルテレビ局tvNが、200億ウォン(約20億円)もの製作費を投入した大作だ。主演は、2019年に放送された『アスダル年代記』以来、久々のドラマ出演となった韓国の人気俳優ソン・ジュンギが務めているだけに、韓国では放送開始前から大きな期待が寄せられていた。予想通り、韓国では回を重ねるごとに視聴率は右肩上がりに上昇し、第1話の7.7%から最終回の第20話には16.6%を記録。最高視聴率は18.4%で有終の美を飾り、地上波放送を含む全チャンネル同時間帯視聴率1位を獲得した。

 韓国では、特に主演のソン・ジュンギに注目が集まった。SNSでは、「終わりの見えないコロナ禍で、唯一笑顔にさせてくれる存在」、「『愛の不時着』以来、久々に主人公に惚れた作品」「甘いマスクとクールな役柄からは想像もつかない表情のギャップが最高」といった声で溢れた。キスシーンの回の放送終了後、公式YouTubeにクリップ動画が公開されると、あっという間に35万回再生を突破した。

 本作は、冷徹非情なイタリアマフィアの顧問弁護士で、韓国系イタリア人のヴィンチェンツォ・カサノ(ソン・ジュンギ)が、5年ぶりに韓国に戻るところから始まる。ソウルの雑居ビルに眠る15トンもの金塊を手に入れるため、ビルの住人たちを立ち退かせようとするなかで、悪事を働く大企業との法廷闘争に巻き込まれていく。法では裁けない、富と権力を持つ組織を相手に、悪を悪で裁く“マフィア流”で問題に立ち向かうストーリーである。

 あらすじからは、一見よくあるダークヒーロードラマという印象を持つだろうが、そのイメージは良い意味で早々に裏切られる。第1話では、イタリアの壮大な葡萄畑を舞台に、マフィアを相手に華麗に報復を遂げる知的で冷徹なヴィンチェンツォの姿が描かれるが、そのすぐ後にはタクシー強盗にすべてを奪われ、ハトの鳴き声に眠れぬ夜を過ごす姿に笑いが止まらなくなる。背筋が凍るような冷淡さを感じさせたかと思えば、人間味溢れるヴィンチェンツォに思わず吹き出し、華麗に敵を倒すアクションシーンでは惚れ惚れさせられるのだ。見始めれば、主人公の斬新な魅力に目が離せなくなり、コメディとシリアス、バイオレンスの絶妙なバランスにすぐに夢中になるだろう。

 他の俳優陣も素晴らしい。ヒロインを演じるチョン・ヨビンは、大手法律事務所での昇進を目指す敏腕弁護士からヴィンチェンツォの相棒となり活躍するがが、同時に天然キャラも上手く演じている。大ヒットした『梨泰院クラス』で悪役を演じたユ・ジェミョンは、本作ではヒロインの父で庶民の味方の弁護士を好演しており、「カメレオン俳優」として注目を集めている。また、同じく『梨泰院クラス』でヒロインの母を演じたキム・ヨジンは、ホン・チャヨンと対立する血も涙もない弁護士を演じ、『愛の不時着』で憎めない北朝鮮軍人を演じたヤン・ギョンウォンは、金塊が隠されたビルの住民としてコミカルな演技を見せている。『愛の不時着』や『梨泰院クラス』を見ている人なら、知っている俳優が多く出演しているためさらに楽しめることだろう。

 tvNは本作について、「スケールが違う快感バスター(快感+ブロックバスター)」と紹介している。ソン・ジュンギも制作発表会で、「『ヴィンチェンツォ』は社会を批判しながらもそれを愉快に紐解いていく。そこが炭酸水のようにすっきりしていて新しかった」と紹介した。その言葉通り、悪に立ち向かいやっつけていく姿は、見ていてまさにスカッとする。主人公と対立する悪役や、味方のキャラクターの存在も生き生きとしていて、笑いありスリルありアクションあり胸キュンありと、さまざまな感情が入り交じり視聴者の心を掴んで離さない。“次の『愛の不時着』”としてさらに注目を集めていくのは間違いないだろう。

韓国で今一番の話題作は『怪物』

 一方、韓国Netflixの「今日の総合TOP10」1位は、心理スリラードラマの『怪物』だ。『ヴィンチェンツォ』より早く最終回を迎えたが、口コミでじわじわヒットし話題になっている。日本でも6月から放送が開始する予定なので、一足早くその魅力について紹介したい。『ヴィンチェンツォ』とは一味違い、韓国ドラマにしては珍しく残酷な場面も登場する本格スリラーとなっている。

 悪を悪で裁こうと立ち向かう『ヴィンチェンツォ』に対し、『怪物』は2人の警官が犯人を突き止め法の裁きを受けさせる物語。2人の主人公が連続殺人犯を探す傍ら、失踪事件や犯罪被害者遺族の苦しみにも焦点を当てた社会派ドラマである。登場人物全員が怪しく、誰が善人で誰が悪人なのか全く予想がつかない展開に目が離せなくなる。

 韓国で“演技怪物”と呼ばれるシン・ハギュンと子役出身のヨ・ジングが主人公を務め、『愛の不時着』でヒロインの兄を演じたチェ・デフンや、北朝鮮の村で美容師役として登場したチャ・ジョンファも出演している。SNSでは、「次回が待ち遠しくて何もできなくなる」、「韓国ドラマには珍しいコメディ抜きの作品でドキドキが止まらない」、「回を重ねるにつれてどんどん面白くなる」といった絶賛の声が多く見られた。

『ヴィンチェンツォ』で主演を務めたソン・ジュンギと『怪物』の主人公シン・ハギュンは、5月13日に開催された 韓国のゴールデングローブ賞と呼ばれる「第57回百想芸術大賞」で、テレビドラマ部門の最優秀演技賞にノミネートされた。両作品はどちらも若手女性監督の作品という点で注目され、『怪物』は作品賞や新人賞、助演賞など7部門の最多ノミネートを記録している。6月の日本での放送が待ち遠しい。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 5.

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BTS効果?「K-POPファンが最も多い国は日本」との結果に韓国での反応

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4月2日に発表されるや、早々に米Billboardのチャート入りを果たした韓国人気アイドルグループ「BTS(防弾少年団)」の新曲『Film out』。全詞日本語で、ロックバンド「back number」とのコラボ曲ということもあり、日本でも大きな盛り上がりを見せそうだ。K-POPファンが多い日本をフィーチャーした楽曲は多いが、韓国のTwitterが発表したデータが、改めて日本でのK-POP人気を裏付けているという。ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんが解説する。

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 4月2日、全世界同時配信されたBTSの新曲『Film out』。配信開始から3日間でダウンロード数約3万3000件を記録し、「オリコン週間デジタルシングル(単曲)ランキング(4月7日発表)」でも1位を獲得。世界99の国と地域の「iTunes Top Songs」でも1位(4月6日時点)となり、米Amazonの「Best Sellers in Songs」でも「Top 100 Paid(4月10日時点)」で2位に浮上した。韓国文化放送局(MBC)は朝のニュース番組で、同曲を紹介しながら「BTSはK-POPだけでなく世界の大衆音楽史を新しく書き換えた」と絶賛した。

『Film out』は、日本のロックバンド「back number」とのコラボ曲。メンバーのJUNG KOOKが作曲に参加した。切ない恋を歌った美しいバラードに仕上がっており、全詞日本語にもかかわらず、韓国ARMY(BTSファンの呼称)の評判は上々。back numberに関心を持つARMYも増え、NAVER VIBEをはじめとした主な韓国音楽配信サイトには「back number代表曲プレイリスト」も登場した。

『Film out』の公開後、韓国では歌詞の意味を調べたり、日本語の発音を勉強するARMYも多く見られた。SNSでは、「韓国語と日本語の発声が違うからか、メンバーの声がいつもと違う感じ」、「日本語曲特有の感性と魅力にどっぷりハマった」といった声で溢れた。

 また『Film out』は、配信開始に合わせて公開された日本映画『劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班』の主題歌でもある。2018年に放送されたドラマ『シグナル 長期未解決事件捜査班』の主題歌も、BTSの『Don’t Leave Me』だった。『シグナル』は韓国ドラマのリメイクであり、BTSが初めて日本ドラマの主題歌を担当しただけに、韓国人にとっても親しみのある作品だ。このほか、日本で主題歌に採用された日本語の楽曲としては、『Stay Gold』やJUNG KOOKが作詞・作曲に参加した『Your eyes tell』がある。

K-POPの関連ツイートは年間67億件

 韓国大手芸能事務所は、BTSをはじめ、多くのK-POPアイドルが日本語の楽曲やアルバムを定期的に発売しているほど日本のファンを大事にしている。なぜなら日本には、韓国以上にK-POPファンが多いと見られているからだ。

 Twitter Koreaは2月、2020年1月1日から12月31日までの世界のデータを分析した結果を発表。この中の「K-POPツイートランキング」によると、2020年のK-POP関連ツイートは67億件で、そのうち、K-POP関連のユニークユーザー数の順位である「K-POPユニークボイスが最も多い国TOP20」では日本が1位だった。次いで2位は米国、3位はインドネシア、4位は韓国、5位にフィリピンと続く。

 Twitterはこれらのデータを基に、K-POP関連のツイートをするユーザーが最も多い国は日本だとして、「2020年にK-POPファンが最も多かった国は日本」と分析、「K-POPは世界最大規模のマーケットとなり、より注目されるようになった」との見解をブログで公表している。これを受け韓国メディアやSNSなどでは、「1位が韓国ではなく日本だったのは意外」、「日本でファンミーティングを沢山しているから日本のファンが羨ましかったけど納得」といった声が多く見られた。

 ちなみに、K-POP関連ツイートは、2018年は53億件、2019年は61億件と、年々着実に増加している。日本や韓国だけでなく、米国やインドネシア、タイ、フィリピン、ブラジル、マレーシア、メキシコ、インドなど幅広い国の人々がK-POPの話題をツイートした。その中でもBTSは、「2020年に最も多く言及されたK-POPアーティスト」の1位に輝いている。

 BTSはこれまで、全詞英語の『Dynamite』と韓国語曲の『Life Goes On』で、全米「Billboard Hot100」でチャート1位を獲得している。今回発表した『Film out』も81位(4月12日付)でチャート入りしており、これで英語、韓国語、日本語とそれぞれ異なる言語の曲でランクインを果たしたことになる。

 6月には、『Dynamite』や『Film out』などを収録したベストアルバム『BTS, THE BEST』が発売される予定だが、韓国では、BTSが5月23日開催される「Billboard Music Awards」の前に、もう1曲新曲を発表するか新しいアルバムを発売するのではないかという話も聞かれる。以前も同アワードで新曲を発表しARMYを喜ばせていただけに、今年も何らかのサプライズを期待したい。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。


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2021. 4.

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BTSを侮辱する“風刺画”騒動 米メディアはグラミー賞を猛批判

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音楽界の最高栄誉とされる第63回グラミー賞にノミネートされながらも、受賞を逃した韓国の人気アイドルグループ「BTS(防弾少年団)」。授賞式の余韻に浸る間もなく、BTSに対する人種差別的な風刺画騒動が勃発したことで、SNSなどで抗議が殺到するなど全米で波紋を呼んでいる。騒動の影響やARMY(BTSファンの呼称)の反応について、ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんがリポートする。

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 3月14日に行われた今年のグラミー賞授賞式で、韓国人歌手として初めて「最優秀ポップデュオ/グループパフォーマンス部門」にノミネートされながらも、惜しくも受賞を逃したBTS。授賞式ではノミネート曲『Dynamite』の単独パフォーマンスを見事に披露し、改めてその存在感を世界に轟かせたものの、同部門を受賞したのはレディー・ガガとアリアナ・グランデの『Rain On Me』だった。

 BTSは、いまや世界を股にかけたグローバル・アイドルだ。米音楽界の主要アワードの一つである2020年「American Music Award」のポップ/ロック部門で2年連続「Favorite Duo or Group」を受賞し、「Favorite Social Artist」も3年連続で受賞、2020年の「Billboard Music Awards」でも4年連続「Top Social Artist」に選ばれ、いよいよグラミー賞受賞かと注目されていた。それだけに、今回のグラミー賞の結果にARMYたちはさぞ落胆しているかと思いきや、想像とは少し違ったようだ。

 受賞は逃したが、BTSが以前から目標にしていたグラミー賞で単独パフォーマンスができたことにARMYたちは大喜び。SNSでは、「韓国の歌手がグラミー賞で単独公演なんて信じられない。言葉にならない!」、「安定の歌声にダンスや舞台セットも素晴らしく、最高の公演だった」、「今年は受賞を逃したけど、来年こそはファンの声援に包まれながら受賞しなさいということだと思う」といった喜びの声で溢れている。韓国メディアも、「BTSの次の挑戦が楽しみ」、「アジア初の米国3大音楽賞受賞にはならなかったが時期が遅れただけ」「BTSはK-POPの跳躍に大きく貢献した」など、グラミー賞ノミネート自体快挙だとして、BTSの働きを高く評価した。

 アメリカでも、BTSのグラミー賞でのパフォーマンスは大きく取り上げられた。米大衆紙のUSA TODAYは、「残酷なほど正直なグラミー賞のパフォーマンスレビュー」というタイトルで、「BTSは壮大なソウルのスカイラインを背景に踊りながら、紛れもないカリスマ性と気を失いそうなほど素晴らしい歌声を持っていた」と絶賛。米PEOPLE誌も、BTSが2018年から一歩ずつグラミー賞に近づいていることや、「受賞を逃したことを失敗と考えていない」というメンバーのRMの言葉を紹介。「象徴的なダンスとファッションの才能を見せた」とし、BTSの前向きな姿勢とレベルの高いパフォーマンスを評価した。

米メディアが相次ぎグラミー賞を批判

 しかし、そんな祝福ムードに水を差すような騒動が起きた。授賞式から2日後、米トレーディングカード大手「Topps」がBTSを侮辱するような風刺調のカードを販売したことで、世界中から非難が殺到。カードには、「K-POPをぶっ叩く」という文言とともに、傷だらけのメンバー7人を“もぐらたたき”に見立て、怯えた表情で穴から顔を出しているメンバーのイラストが描かれていた。Twitterでは、抗議の意を示すハッシュタグ「#RacismIsNotComedy」がトレンド入りし、Topps社は謝罪する事態となった。

 人種差別的な描写に当然ながらARMYたちは怒り心頭だ。「いつから人種差別を“風刺”と呼ぶようになったのか。これは差別であり暴力だ」、「“カードの販売を中止したのだから良いだろう”というTopps社の態度も深刻な問題」、「嫌悪、差別、暴力を前提したイラストを描いておいて、“冗談が通じない”と言ってうやむやにするのはおかしい」、「“表現の自由”という言葉で人種差別をするのは止めてほしい」。SNSでは、「#RacismIsNotComedy」、「#StopAsianHate」というハッシュタグとともにこんなコメントが並んだ。

 怒りの矛先は、Topps社だけでなくグラミー賞を運営するレコーディングアカデミーにも及んだ。米CNNは、グラミー賞が放送されている時間帯のTwitterのハッシュタグを分析し、グラミー賞とBTSの両方を含むツイートは440万件以上あったのに対し、BTSを除いた「#Grammys」は150万件に過ぎなかったことを指摘しながら、「BTSがいたからグラミー賞に関心を持つ人が多かったのに、運営側はそれに気付いていないようだ」と批判。「多様なクリエイターと観客がグラミー賞を必要とする以上に、グラミー賞が多様なクリエイターと観客を必要としている」、「(有名アーティストがグラミー賞でのパフォーマンスを断る中)BTSは義務ではなく愛情を持ってパフォーマンスを行い、純粋な喜びで歌い踊った。人種や言語、文化、アイデンティティが違っても、音楽が国境を越えて私たちを結びつけることをはっきりと思わせてくれるパフォーマンスだった」と報じた。

 米TIME誌も似た論調だった。授賞式の放送中、視聴率のために「次はBTSが登場(BTS COMING UP NEXT)」と繰り返し告知しながら4時間も引っ張ったことを皮肉り、「BTSは手ぶらで帰ったが、今後さらに(視聴者に)歓迎されるグラミー賞パフォーマーになるだろう。次のグラミー賞のステージでは韓国語で歌うかもしれない」と伝えた。

米Forbesも、「BTSは2020年驚くほど多くの曲を作り、クリエイティブな面でも商業的な面でも成功したことから、グラミー賞の全ての部門で受賞しても遜色なかったが、結果は違った。人種差別問題が何度も起きたグラミー賞の歴史に改めて目を向けよう」、「グラミー賞は、恥ずかしげもなく視聴率のためにBTSのパフォーマンスを利用した」、「グラミー賞のためにもBTSをもっと認めるべきだが、そうならなかったとしてもBTSとBTSのファンはがっかりしなくていい。グラミー賞が損をするだけなのだから」と、グラミー賞を厳しく批判した。

 2019年にも、米ローリングストーンズ誌をはじめ多くの米国メディアが、「ツアーを成功させ、米国で最も売れているアーティストであるBTSを、グラミー賞は(音楽で)ノミネートすらしなかった」と批判している。

 全米で波紋を呼びARMYを憤慨させた風刺画騒動だが、一方のBTSは落ち着いている。メンバーはこれまでずっとそうして来たように、1日も欠かさずダンスの練習に励み、曲を作っているよう。独自制作しているバラエティー番組『走れバンタン』でも、いつものように可愛くて面白い一面を見せてくれている。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 3.

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韓国でBLドラマが大ヒット コロナ禍で「癒し」求める人が増加

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『愛の不時着』や『梨泰院クラス』など、コロナ禍で一大ブームを巻き起こした韓国ドラマ。そんな中、「次の韓流ブーム」の火付け役として韓国が力を入れているのがウェブドラマだ。特に、男性同士の恋愛を描いた「BL」が予想を超える人気を博しているという。その理由について、ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんが解説する。

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 韓国で累計再生回数2億回という異例の大ヒットを記録したウェブドラマ『A-TEEN』と『A-TEEN2』が、今年2月から日本でも放送開始した。高校生の恋や友情、受験の悩みなどを描いた青春学園ドラマで、韓国では2018年7月の放送開始から大ブームを巻き起こした作品だ。韓国の6人組ガールズグループ「April」のイ・ナウンと韓国の10人組ボーイズグループ「Golden Child」のボミンを「演技ドル(演技上手なアイドル)」に成長させた作品であり、ドラマ『梨泰院クラス』で主要キャストのチャン・グンス役を演じたキム・ドンヒのデビュー作でもある(イ・ナウンとキム・ドンヒは、Twitterで過去のいじめを告発する『暴too』疑惑が浮上し一時問題になったものの、ドラマは配信中)。

 韓国ウェブドラマは、スマートフォンの普及と共に2010年頃から始まった。1話当たり10~15分程度の短いドラマで、ポータルサイトや動画配信サービスで放送されている。初恋や受験、就活、婚活の悩みなどを描いた作品が多く、移動中や休み時間に気軽に視聴できることから10~30代まで幅広く愛されている。再生回数が多いウェブドラマは地上波の深夜帯で放送されることもあり、K-POPアイドルや新人俳優などがウェブドラマで演技力を磨き、地上波のゴールデン帯やケーブルテレビの長編ドラマにキャスティングされるケースが増えている。以前は地上波の1話完結スペシャルドラマなどが新人の登竜門だったが、今はウェブドラマがその役割を担っていると言えるだろう。

『A-TEEN』シリーズの大成功によりウェブドラマの制作本数もどんどん増え、ジャンルも幅広くなっている。2020年夏から特に注目を集めているのが男性同士の恋を描いた「BL」だ。初のBLウェブドラマ『君の視線が止まる先に』を筆頭に、『Mr.ハート』、『Wish You~僕の心の中、君のメロディー』、『To My Star』の4作品は韓国で予想を超えるヒットを記録、日本をはじめアジア各国でも放送されている。

 BL初の音楽をテーマにした『Wish You~僕の心の中、君のメロディー』と最新作『To My Star』はウェブドラマ版と映画版があり、映画版はNetflixが版権を買うほどの話題作である。『To My Star』は、いつも笑顔で優しく財力もあるトップスター・カン・ソジュンがスキャンダルから身を隠そうと、内気で自己評価の低いシェフ、ハン・ジウと同居するところから始まる。性格も職業も全く違う2人が、「相手が自分を好きになるはずがない」と思いながらもお互いに惹かれていくトキメキを表現し、普段BLドラマを見ない層にまで話題になり火が付いた。

BLドラマといえば、これまで台湾やタイ、日本の作品が動画配信サービス経由で放送されてはいたが、韓国では一部の女性にしか受け入れられないジャンルだと思われていた。それがコロナ禍以降、人間性や人との繋がりを失いたくないという人々の気持ちが強くなったからか、優しい世界を描いた癒し系の作品としてBLドラマが注目されているようだ。

 BLドラマの内容自体も、BLに拒否反応を示すような人物が登場しない傾向に変わってきているように思う。これまでは、BLの登場人物が自分のアイデンティティーについて悩むような物語や展開が多く描かれていたが、今は一生懸命に相手を想う恋そのものがテーマとなっており、その主人公が男性同士だったというだけ、という印象だ。『To My Star』の制作会社代表は韓国メディアのインタビューで、「今までなかった新しいジャンルへの期待と多様な形の愛を尊重する社会の雰囲気がBLドラマの拡散を促進したのではないか」と話していた。

 そうは言っても、BLというジャンルを韓国の地上波で大々的に放送するにはまだ時間がかかるかもしれない。韓国の民間放送局SBSは2月、旧正月の連休特選映画として、イギリスのロックバンド・クイーンの伝記『ボヘミアン・ラプソディ』を放送したが、男性同士のキスシーンをカットし、映画ファンらが反発するという騒ぎもあった。

 低予算ではあるものの、地上波放送に比べ表現が自由なウェブドラマ市場では、BLドラマの制作が当分続くようだ。2月末には現代舞踊家と消費者金融業者の恋愛を描いた『You make me Dance』がアジア同時公開予定で、2018年に電子本サイトのBLウェブ小説部門で大賞を受賞した『Semantic Error』のウェブドラマ制作も決まった。BLは中国や東南アジアで特に人気が高いようで、韓国では「次にヒットする韓流」として力を入れているようだ。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 3.

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韓国で広がる「暴too」芸能人のいじめ「若気の至り」で済まない理由

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韓国の放送・芸能界が大きく揺れている。韓国のアイドルや俳優らが学生時代に行ったとされるいじめ疑惑が次々と浮上し、業界全体を巻き込んだ大騒動に発展。SNSでは、いじめを告発する「暴too(暴力 me too)」運動が急速に広がっている。なぜこれほど大きな社会現象と化したのか、ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんが解説する。

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 韓国のSNSで、「暴too」という学生時代に受けたいじめを告発する動きが広がっている。発端は2月7日、東京五輪のバレーボール女子代表選手、イ・ジェヨンとダヨン姉妹による過去の壮絶ないじめが発覚したこと。CMなどにも出演するスター選手だったこともあり、騒動は拡大。2人は謝罪したものの、代表の資格を剥奪される事態になった。

 だが、世間が受けた衝撃は大きく、「暴too」は芸能界にも飛び火。最も問題となっているのが、韓国公営放送局(KBS)だ。KBSの新ドラマ『DEAR.M』の主演女優パク・ヘスに、学生時代にいじめを受けたと主張する被害者が次々と現れ、同局は2月26日、ドラマの放送開始の延期を発表した。またKBSは、今春から新しく始まるバラエティー番組『カムバックホーム』も、初回放送分の収録直前にレギュラーの出演者を入れ替えた。こちらも理由は、学生時代に行ったとされるいじめ疑惑が浮上している俳優のチョ・ビョンギュが出演者の1人だったからだ。

 このほか、韓国文化放送局(MBC)も、16年目を迎える人気歌番組『ショー!K-POPの中心』の進行役だった8人組男性グループ「Stray Kids」のメンバー・ヒョンジンを、いじめ加害者疑惑で急遽入れ替える事態に。ケーブルテレビのオーディション番組でも、番組の途中で出演者が自発的に降板するケースも見られた。

 これらは全て、出演者が学校暴力の加害者だったというSNS上の告発が引き金だ。韓国の「学校暴力」の予防及び対策に関する法律によると、学校暴力とは「学校内外で学生を対象に発生した障害、暴行、監禁、脅迫、略取・誘拐、名誉棄損・侮辱、恐喝、強要・強制的なお使い及び性暴力、仲間外れ」などのこと。つまりは「いじめ」である。2月に入り、韓国のSNSで有名なK-POPアイドルや新人俳優らを名指しして、「学校暴力の加害者」だったと告発する被害者らの書き込みが相次いでいるのだ。

 名指しされたアイドルや俳優らの多くは加害者疑惑を全面否定しているため、本当に加害者だったか断定できない状況だ。しかし、こうした状況が取り沙汰されている以上、テレビ局としてはそのまま出演させるわけにはいかない。KBSの場合、「視聴者権益センター」という視聴者掲示板に「公共の価値を重視する公営放送として、加害者疑惑が明白になるまで『DEAR.M』の放送を延期すべき」と2100件を超える抗議の書き込みがあったという。もし何事も無かったように放送すれば、「KBSは学校暴力を深刻に受け止めていない」としてさらなる抗議を招く可能性があるが、だからといって疑惑だけで降板させるわけにもいかず、いったん放送延期や出演保留という形で対応せざるを得ないのだ。

実は過去にも、何度か新人アイドルのいじめ加害者疑惑は浮上していた。また、10年ほど前はいじめの加害者だったという告発があっても「若気の至りでした」という謝罪コメントを発表する程度で芸能界に復帰出来ていたが、今はとても考えられない雰囲気だ。学校でも社会でも、いじめは深刻な“犯罪”と認識されるようになった。社会全体の認識が変わると被害者の声に耳を傾ける人も増え、勇気を出して告発する被害者も徐々に増えていった。今回、騒動がここまで大きくなったのは、被害者として名乗り出たのが1人や2人ではなく、事の大きさにファンも背を向け始めたからだろう。

 SNSの影響も大きい。過去の書き込みや写真などを簡単に検索できるようになってから、芸能人に対するファンの要求もだんだん変わり始めている。ネットが無かった時代はテレビやスクリーンに映る姿が全てで、その姿だけを見て好きになったり応援していたが、今は情報が溢れている分、ファンも芸能人の過去を知ることができる。K-POPアイドルファンが集まるコミュニティサイトを見ると、「芸能人は大衆に愛されて成り立つ職業だけに、才能だけでなく人間性も評価されて当然」という意見や、「本人が否定しても、加害者疑惑があるというだけでファン心が覚めてしまう」という書き込みも多く見られた。

 告発により加害者が社会からバッシングを受け、いじめを認め謝罪し自粛することが主なファン層である10代に対し「いじめは犯罪」という強い印象を与え、いじめを減らす効果につながる一方で、こうした流れを問題視する向きもある。告発の中には全くのデマもあり、事実確認がしっかりされないまま騒動がエスカレートしたり、法に則った処罰ではなく大衆が加害者を断罪し懲罰を与えるような流れになってはいけないと報じるメディアも少なくない。

 世間のバッシングを受けてか、『ショー!K-POPの中心』の進行役を交代したヒョンジンは、疑惑を一度は否定したが、その後認めて謝罪した。所属事務所のJYPエンターテインメントは2月26日、ヒョンジンのいじめ加害者疑惑を認め、本人が被害者らと対面し謝罪したと発表。報道資料で、「明白な事実確認は難しかった」としながらも、「ヒョンジンの未成熟で不適切な言動で傷付き被害を受けた方がいらっしゃいます。ヒョンジンもその部分を深く後悔し反省しているため、本人が(ネットに告発文を書いた)掲載者らにお会いして謝罪しました」と説明した。

 ヒョンジンは、2月27日から全ての芸能活動を中断し自粛している。JYPエンターテインメントはどの事務所よりもアーティストの人間性を強調していただけに、がっかりしたファンも多いようで、ヒョンジンのグループ脱退を求める声明文をSNSに掲載するファンもいた。今後は、芸能事務所らがアイドルになる前の練習生を選抜する過程でいじめ加害者だったかどうかの調査も加わることになりそうだ。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

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2021. 3.

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韓国版『知ってるワイフ』ヒロインは韓国の「経歴断絶女性」そのもの

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関ジャニ∞の大倉忠義が主演を務め、ヒロインの広瀬アリスとの夫婦役が話題を呼んでいるドラマ『知ってるワイフ』(フジテレビ系)。原作の韓国版が動画配信サイトで配信されていることもあり、日本版の盛り上がりに比例して韓国版も再注目されているようだ。韓国でも同ドラマが放送された際、視聴率1位を記録するほどヒットしたというが、その理由について、ソウル在住のKDDI総合研究所特別研究員・趙章恩さんが解説する。

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 韓国で2018年に放送され、同時間帯視聴率1位を記録したヒットドラマ『知ってるワイフ』。『愛の不時着』や『青春の記録』、『ミスター・サンシャイン』などを制作したスタジオドラゴンの作品だけに、面白さはお墨付きである。「もし別の人と結婚していたら自分はどうなっていただろうか」、多くの人が一度は考えたことがある“妄想”がドラマ化されただけに、特に20~40代の共働き世帯や育児真っ只中の視聴者に受け入れられ、「夫婦とは何か」を考えさせられるドラマ」と注目を集めた。また、韓国では男性視聴者が多いドラマとしても話題になった。

 そんな人気ドラマが、リメイクされて現在日本でも放送されている。演出、設定の違いや一部シーンの変更などはあるが、物語の大筋に大きな違いはなく、ある程度原作の韓国版に忠実な印象だ。物語は、母の世話やパートに育児とワンオペで日々を回すヒロイン・ウジンが、夫で主人公・ジュジョクに溜まった怒りを爆発させるところから始まる。ジュジョクも、疲れて帰宅すると毎日のように浴びせられるウジンの罵倒に嫌気がさしていた。そんなある日ジュジョクは、ひょんなことから地下鉄で出会った男にもらった500ウォンコインで偶然過去にタイムスリップする。そこからジュジョクの「人生をリセット」計画が始まるのだが、ウジンと出会う前に戻って過去を変えても、なぜかまたウジンと出会ってしまう。

 ジュヒョクとウジンの共働き育児戦争は、見ているだけで息が詰まりそうなほどリアルに描かれており、その点は日本版でも同様だ。また、愛くるしい女子高生役から、仕事と育児に疲れ果てたワーキングママ役、テキパキ仕事をこなすビジネスウーマン役まで演じ分けるハン・ジミンの演技が光るドラマでもあり、日本版でもヒロインを演じた広瀬アリスの演技力に注目が集まった。

 ドラマ全体も、コミカルな演出の中にしっかりと泣かせるシーンもあり、終始笑いあり涙ありで見ていて飽きることがない。過去に戻ったジュヒョクが運命を変えようとする度に、ウジンをはじめ友人や家族の運命も変わり続けるため、毎回次の展開が気になっていく。韓国ドラマファンには馴染み深い有名俳優らが別の人気ドラマのキャラクターのままドラマにゲスト出演しており、その場面を見つける楽しみもあった。


 その一方で、韓国では批判的な声も少なくなかった。ドラマは、「夫婦は思いやりを忘れてはならない」、「他人を責める前に自分を振り返ろう」というメッセージを投げかけているが、韓国の女性評論家などの間では「男性目線のファンタジードラマで後味が悪い」、「タイトルを『知ってるワイフ』ではなく『バッドハズバンド』に変えるべき」という意見も多かった。「ジュヒョクがウジンとへウォン(ジュヒョクの初恋の相手)を天秤にかけ品定めをするシーンばかりで不快」、「ジュヒョクは優柔不断で無責任で不満ばかり」といった視聴者の厳しい指摘もあった。

 それでも視聴率が高かったのは、ウジンの家事・育児に奮闘する姿が韓国の平均的な既婚女性そのもので、共働きの苦労や女性のワンオペ育児の過酷さなど、韓国社会が抱える問題が序実にドラマに反映されており、そこに共感する人が多かったことも大きな理由だろう。

 韓国女性の大学進学率は高く、行政職公務員の半数以上が女性というほど女性の社会進出は進んでいるが、その一方で女性労働者の4割以上は非正規雇用である。非正規職を選択する理由の多くは育児だ。だが、子供が大きくなって再就職しようとしても、正社員の求人は非常に少なく非正規職しか選択の余地はない。

 OECDによると、韓国の年平均勤労時間は1967時間(OECD平均は1704時間)とOECD加盟国の中で2番目に長く、仕事と育児を両立するのは非常に難しい。加えて、育児休職を「迷惑」と考える韓国社会の風潮も依然として残っているため、子供が生まれると女性が会社を辞めるか、非正規雇用を選択せざるを得ないケースが多いのだ。

 韓国では、結婚して出産・育児のために一度社会から離れた女性が再び社会に復帰しようとしても、復帰前と同条件で働くのは至難の業である。韓国では、そんな女性のことを「経断女(経歴断絶女性)」と呼ぶ。『知ってるワイフ』は、「問題を解消していかないといけない」という社会の認識の変化が起きている中で生まれたドラマであり、ドラマのヒロインの姿は、「経断女」と呼ばれる多くの韓国女性の境遇と重なったことだろう。日本でも同様の問題が取りざたされている今、ヒロインの姿は日本女性の目にどう映ったのだろうか。

【趙章恩】
ジャーナリスト。KDDI総合研究所特別研究員。東京大学大学院学際情報学修士(社会情報学)、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。韓国・アジアのIT・メディア事情を日本と比較しながら分かりやすく解説している。趣味はドラマ視聴とロケ地めぐり。

 

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2021. 3.

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