携帯「実質無料」規制から1年8ヵ月、韓国の懸念

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今年2月から携帯3キャリアによる「実質ゼロ円」の端末販売方式が廃止された。韓国ではすでに、2014年から法律によって実質無料販売が規制されている。法施行から1年8ヵ月。格安携帯へのユーザー流出に加えて、新たな懸念がユーザーや業界の間からも噴出し始めた。

韓国版「実質ゼロ円」は
法律によって規制されている



 日本でも2016年2月から、大手3キャリアが携帯端末の「実質ゼロ円」販売方式を廃止した。以降、スマートフォンの新規販売台数は激減し、ユーザーがSIMフリー端末などに流れているようだ。

 韓国では2014年10月に「端末機流通構造改善法(端通法)」が施行され、法律によって日本より一足先に実質無料の端末販売が禁じられた。それから1年8カ月経った今でも、ユーザーの不満は後を絶たない。

 端通法の狙いは、大きく3つある。

(1)携帯端末の出荷価格を高く設定してから補助金を支給する仕組みを抑制し、最初から適正な価格で販売する

(2)キャリアの乗り換えや新規加入を優遇し、長期加入者の機種変更には端末購入補助金を付けないといった差を付けるマーケティングをやめる

(3)端末の流通構造を明確にする

 端通法によって、ユーザーがもらえる購入補助金は、キャリアの乗り換えでも新規加入でも機種変更でも同じく最大33万ウォン(5月18日時点で約3万円)になった。

 キャリアは毎週自社のホームページに、端末の機種と加入条件ごとにいくら補助金を支払うのか告知しなければならない。ただし、代理店からの補助金も若干認められている他、発売から15カ月以上経過した古い機種の場合は、33万ウォン以上もらえるケースもある。


格安携帯に流れていく
ユーザーが止まらない

 それまでは、同じ機種、同じキャリアで同じ料金プランを選択しても、携帯ショップごとに端末価格がばらばらなのが当たり前だった。

 韓国の携帯ショップは、よくソーシャルメディアを使って宣伝するので、ソーシャルメディアを頻繁に利用する人やインターネット検索能力が高い人は、キャッシュバック金額が高いショップを見つけることができるが、そうでない人たちは高い金額を払って端末を購入するしかなかった。

 こうした不公平を是正するために韓国政府は端通法を施行したわけだが、ユーザーの反応は決して良いものではない。「みんなで平等に高く携帯電話端末を買う法律」「キャリアだけが儲かる法律」と、反発の声が圧倒的に多いようだ。

 法律施行から1年8カ月後の現在、韓国の携帯電話市場はどうなったか。

 韓国の通信政策を担当する未来創造科学部(注1)は2016年4月末、端通法施行で家計の通信費負担が軽くなったという報告を行った。それによると、携帯電話利用料の毎月の支払い平均金額は、2014年7~9月の4万5155ウォン(5月18日時点で約4000円)から、2016年4月には3万9142ウォン(同・約3600円)と13%ほど減っている。

 だが、韓国メディアは「利用料が減ったのは、ユーザーがより安い料金プランを選択した結果」としてこの報告を批判した。仮想移動体通信事業者(MVNO)や中古端末を利用するなど、ユーザーが自ら安く携帯電話を利用する方法を模索したからであり、端通法のおかげではないという。

 実際、韓国では、いわゆる「格安携帯」と呼ばれるMVNOの加入者が増加しており、未来創造科学部の統計によると、MVNO加入件数は、2014年末に458万件だったものが、2016年4月には620万件に増え、携帯電話契約件数の10.2%を占めるようになった。韓国のMVNOも、通信キャリアのネットワークを借りてサービスする仕組みは日本と同じだ。

 MVNOのサービスは、SKテレコム、KT(韓国通信)、LGユープラスの通信キャリア3社に比べて料金が安いだけでなく、全国の郵便局が販売窓口になっているので気軽に申し込めたり、スマートフォンを賢く買うための口コミサイトが増えたのも加入者が増えた理由の一つだろう。


注1:「部」は日本の「省」に相当


携帯実質無料規制から
1年8カ月後の新たな懸念

 とはいえ、MVNOにユーザーが流れたものの、端通法施行で補助金などのマーケティング費用が大幅に減ったおかげで、通信キャリア3社の収支は大幅に改善した模様だ。

 朝鮮日報は、「端通法以降、通信キャリア3社のマーケティング費用合計は、前年比で1兆ウォン(5月18日時点で約910億円)も節約でき、営業利益も大幅に改善した」と報じた。また、韓国消費者連盟も「キャリア3社の2015年営業利益は、3兆6000億ウォン(同約3300億円)で前年比1.8倍になった」とし、「利益を消費者と共有すべき」と主張した。

 しかし、サムスン電子やLG電子の韓国産スマートフォンは日本円でおよそ8万~9万円。すでに飽和している市場で、新製品の価格が高くて売れないのでは、販促コストが減って収支が改善したといっても、通信キャリアはもちろん、端末メーカーも喜んでばかりはいられない。

 4月24日付の韓国経済新聞は、「いつまた端末購入補助金規制が緩和される分かわからないので、お金を他の投資に回せない」という通信キャリア側の不安を伝えている。

 そして、もう一つの大きな変化は、機種変更をせず長期間同じ端末を使う人や中古端末を利用する人が増えたため新製品端末が売れず、主にキャリア直営店以外の中小携帯ショップが経営難に陥って、次々と倒産したことだ。ここ最近で1000軒近くの携帯ショップが倒産したという報道もある。

 一方で、通信キャリアのテレビCMも、専ら各種サービスとのバンドルによる割引料金や家族割引、メンバーシップ割引(注2)、あるいは、キャリアが開発したアプリの宣伝などが多くなった。

 これらは、「格安携帯」へのユーザー流出が続く中で、データ通信のユーザーを増やし、利用料から数パーセントを代理店に還元することで、何とか直営以外の代理店を生き残らせようとするキャリアの苦肉の策なのだ。

 とかく施行当初から「キャリアだけが儲かる」という点だけがクローズアップされがちだった端通法だが、ここに来て、安価な中国製端末の普及で国内メーカーの開発が停滞し、韓国語の入力など国特有のユーザビリティに影響が出ないか、あるいは、韓国メーカーの競争力自体が低下するのでは、といった懸念の声も挙がっている。

 日本の「実質ゼロ円」廃止は、携帯市場にどんな影響を及ぼすのだろうか。


注2:メンバーシップ割引:年間の支払い通信料に応じ、提携店で各種割引や無料サービスが適用される特典



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.5.

 

-Original column

http://diamond.jp/articles/-/91526

「忘れられる権利」ガイドラインが実践運用へ

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意思に反した個人情報の拡散、特定個人への誹謗中傷など、ネット社会特有の問題が多発する韓国。不要となった個人情報や悪意ある書き込みを消去する「忘れられる権利」の在り方に関し、このほど行政が動きを見せた。インターネット投稿へのアクセス排除を要請する際の手続きに関する「ガイドライン」の運用が始まるという。

「忘れられる権利」を想定
ネット業界のガイドライン

 韓国放送通信委員会(注)は今月、「インターネット自己掲示物アクセス排除要請権ガイドライン」を策定し、5月から施行すると発表した。 



 インターネット上で起こる望まざる個人情報の拡散や誹謗中傷、風説の流布などに歯止めを掛けるため、「忘れられる権利」を認めようという議論が、2014年5月のEU司法裁判所の判決などを背景に韓国でも高まりを見せていた。

 そんな中で、自身の投稿や個人情報の削除要求を行いやすくする旨を記したのが、この「ガイドライン」だ。

 たとえ自分の書き込みを削除しても、グーグルをはじめとする検索サイトには、投稿がキャッシュとして残り続ける。

 また、ソーシャルメディアなら退会することで書き込みを削除できるが、オンラインコミュニティサイトの場合は、退会しても自分の書き込みに他のユーザーがコメントを書き込んだ場合は削除できないルールがあるなど、そう簡単にネット上の履歴を消すことはできない。

 世界的に見ても極めて高い割合で、インターネットが社会のあらゆる場面に浸透している韓国では、その利便性を享受してきた反面、ネット社会特有の闇の側面に苦渋をなめた経緯があることは、第2回でもお話しした通りだ。


注 韓国放送通信委員会:放送・通信、周波数の研究・管理とそれに関連する各種政策を決める、2008年設立の大統領直属機関


ネット上の被害を葬る
ビジネスと警察組織

 ネット上への投稿もしかりで、ソーシャルメディア上に書き込んだ一言が問題になり、一変して人気を失う芸能人は日本でも珍しくないが、心ない投稿によって誹謗中傷を受け、自殺に追い込まれた芸能人のニュースも韓国ではしばしば耳にする。

 日本でも、ネット上の風評や誹謗中傷による被害の防止、もしくは救済をサポートする会社が増えてきた。

 韓国にも同じビジネスがあって、彼らは「インターネット葬儀屋」と呼ばれている。自分の評判に傷が付きそうな書き込みや、誹謗中傷を探してインターネット事業者に削除依頼するといった面倒な作業を請け負うのが彼らの仕事ではあるが、むしろ、就職や結婚などで身辺整理をしたい時、断捨離よりも先にこの「葬儀屋」に駆け込む人が多いという。

 特に、生まれた時からインターネットが身近にあった今の20代の若者などは、「ふざけて撮った写真がオンラインコミュニティ上に掲載されて恥ずかしいので、全部探して削除したい」「よく分からず個人情報を全てネット上に登録しまったが、すでに退会したサイトなので削除する方法がない」といった理由で、インターネット上の情報を葬ってほしいと言ってくるそうだ。

 それはさておき、もちろん、このようにネット上でさまざまな被害が叫ばれている現状を行政も黙って見ているわけではない。

 日本では2013年に警察庁が「サイバー攻撃特別捜査隊」を設置したが、韓国にはそれより以前から、インターネット上の名誉棄損や詐欺などの犯罪を専門に捜査する警察組織の「サイバー捜査隊」がある。

 例えばネットでの誹謗中傷に悩む人が、対象となる書き込みをキャプチャするなど証拠を集めてサイバー捜査隊に被害を届けると、IPアドレスやネットカフェの防犯カメラデータなどを捜査し、悪質なコメントを書き込んだ人物を特定する。近年も、大物俳優が悪質なデマに対して、サイバー捜査隊に捜査を依頼したことがニュースになった。


海外の大手事業者も
ガイドラインを守る

 やはり第2回で紹介したように、韓国は半世紀にもわたって全国民に住民登録番号を持たせ、今日、これをスマートフォンの購入などあらゆる生活シーンでインターネットを通じて登録させてきた。

 その結果、利便性の一方で、他人の住民登録番号を盗んで悪用するといった犯罪が多発する事態も招いてしまった。

 それだけに韓国人は、ネット上に掲載された自身に関する否定的な内容、個人情報、写真はもちろん、自分を語って第三者を誹謗中傷する悪意ある行為にも敏感にならざるを得ない。そんな状況が、「忘れられる権利」の必要性に現実味を持たせたのだろう。

 ただ、諸外国と同様に、「忘れられる権利」と「知る権利」や「表現の自由」との駆け引きは、常について回る問題である。インターネット事業者などからは、自分に不利な事実の書き込みを全て削除するのは、他人の「知る権利」の侵害ではないか、また、「忘れられる権利」の乱用が「表現の自由」を委縮させる結果につながるのでは、という意見が挙げられた。

 現在の韓国の法律では、ネット上に公開されている場で特定人に関する事実を書き込んだ場合、それによって当事者が名誉を傷つけられたと思えば名誉棄損に当たると定められているが、ネット上では感情論も飛び交いやすいだけに、「インターネット上の名誉棄損ほど曖昧なものはない」という冷めた見方が国民の間でも広がっている。

 将来もしも「忘れられる権利」が認知された場合には、こうした曖昧さが問題になるであろうという予測の下、放送通信委員会は、前述の「ガイドライン」の施行を目前に控えた今も、削除できる掲示物の範囲や概念をできるだけ明確にする作業を行っているようだ。

 もちろん、「ガイドライン」は法律とは異なり、順守への強制力はない。よって、インターネット事業者は自律的にこれを守ることになるが、放送通信委員会によると、「グーグルやフェイスブックなど海外の大手インターネット事業者は、韓国内でのサービス提供においては、『ガイドライン』を守る」と回答したという。

 「忘れられる権利」をめぐる議論は、今後、日本でももっとさかんになるかもしれない。韓国でのこうした動きに注目し、ぜひ、参考にしてほしいと思うのだ。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.4.

 

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http://diamond.jp/articles/-/89641

クラウドを新たな韓国の特産品に!

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今年初旬、Netflixが自社サービスのクラウドへの移行を完了した。同じ時期、韓国政府は、公共機関や金融機関でのクラウド利用を解禁。昨年暮れには「クラウド発展法」を制定し、クラウドサービスを新たな“輸出品”に育てようとしている。世界のクラウド市場では、すでに巨大なプレーヤーが覇権を争う中、韓国産クラウドはどのような差別化を行っていくのだろうか。

動画配信先進国の韓国に
Netflixのインパクト



 世界中に6500万人超の有料会員を持つ動画配信サービス・Netflixが2016年1月、韓国にもやって来た。サービス開始と同時に、予想以上の話題になっている。

 韓国は、1996年からテレビ番組をインターネットで再放送する動画配信先進国だ。国内にはすでに、ストリーミング配信サービスが山ほどある。しかし、それでもなおNetflixが注目を浴びたのは、「シンプルな会員登録」「シンプルな料金プラン」「広告なしですぐ始まる」という3つの理由からだ。

 Netflixと国内のストリーミング配信サービスの違いに驚いたユーザーたちはもちろん反発、奇しくも国会で動画配信事業者の広告が多すぎるという問題提起がなされていた時期だった。お金を払ってもなお、視聴前後と中間広告を合わせて、番組1本(60分)当たり5回も広告が登場する。スマートフォンで視聴する場合などは、データ通信料もばかにならない。

 このように、韓国の動画配信サービス業界に一石を投じたNetflixであるが、実はもう一つ大きな影響を与えた業界がある。クラウドサービス業界だ。

 Netflixは2016年2月、およそ7年かけて、コンテンツ提供・配信サービスを自前のデータセンタからアマゾンのクラウドサービス「Amazon Web Services(AWS)」に移行したと発表した。

 以降、同社はコンテンツ配信から顧客管理、ビッグデータ解析に至るまでのあらゆる業務をAWSで行っている。

政府が大胆な規制緩和
あらゆるクラウド化にGO

 Netflixの韓国進出と同時に、AWSのリージョン(データセンター)がソウルにもオープンした。すると早速、韓国最大のオンラインゲーム会社・NEXONが、東京からソウルへAWSリージョンの移動を発表した。

 韓国企業がAWSを利用する場合、それまでは東京かシンガポールにあるリージョンを利用するしかなかったのだ。AWSは世界11都市にリージョンを運営し、190ヵ国で100万人以上の顧客を有している。

 韓国大手証券会社の未来アセット資産運用も、オンライン取引の増加と海外の顧客への円滑なオンラインサービス提供、そしてサイバーセキュリティの側面から、自社でデータを管理するよりもクラウドを利用する方が良いと判断し、AWSを選択したという。

 同社のような金融機関がクラウドサービスを利用するようになった背景には、韓国政府が規制緩和を行った影響もある。従来は、金融、教育、政府や自治体など、個人情報を扱う企業や公的機関は、情報管理にクラウドを利用してはならないというルールがあった。この規制が、2015年に緩和された。

 さらに、これまではベンチャーやスタートアップ企業保護の観点から、財閥系大手企業にはシステム構築、ソフトウエア分野などへの市場参入が禁じられていたが、ICBM(IoT、Cloud、Bigdata、Mobile)分野に限り、財閥系大手企業も参画できるようになった。

 2015年10月には、政府機関、自治体、公共機関、学校などがクラウドサービスを利用できる「クラウドコンピューティング発展及び利用者保護に関する法律(以下、クラウド発展法)」を制定し、同年11月には、政府・公共機関のクラウドサービス利用を拡大する「K-ICTクラウドコンピューティング活性化計画」も発表されている。

 同年11月11日付の中央日報は、同計画を受け、「2018年までに政府統合電算システムの60%以上がクラウドに転換される」と報じた。


クラウドを新たな“特産品”に 



 韓国メディアは年初来、「2016年はクラウドコンピューティングの1年になる」として、クラウドコンピューティングサービスの市場動向を詳細に報道している。

 現在、韓国のクラウド市場は5000億ウォン(約480億円)といわれるが、政府が、国家情報化事業にはクラウドを優先的に導入する方針を打ち出していることなどを背景に、2018年には2兆ウォン(約1900億円)まで拡大するという予測もある。

 一連の政府施策には、世界規模で需要が伸びているクラウドに関して、国内のクラウド関連企業が政府や公共機関を顧客にして実績を作り、彼らの海外進出を後押しすることと、実利としてコスト削減効果を狙うのが目的だ。

 例えば、韓国行政自治部(注)は、クラウドを利用することで、2016年から3年間、政府のシステム関連予算を3700億ウォン(約400億円)節約でき、かつ、省エネにも貢献できるとした。

 また、現在は3%程度である政府・公共機関のクラウド利用率を、2018年には40%にまで引き上げることが目標とされたことで、ソウル市は、2016年8月から2020年にかけて、市内5カ所に分散している電算室を1カ所にまとめ、データセンタもクラウド基盤にする計画を発表した。

 とはいえ、韓国でもクラウドといえば、やはりAWSやグーグル、セールスフォースなど、グローバルで大きなシェアを持つ企業のサービス利用率が高いのが現状だ。韓国産クラウドサービスは、将来的にこれら世界の大手企業にどのように対峙していくのだろうか。

 例えば、韓国の“特産品”ともいえる輸出商品に「電子政府」がある。これまでも、韓国のシステムインテグレート会社は、日本の自治体、南米、および中央アジアなどの各国政府に、電子政府システムを輸出してきた。

 電子政府システムがクラウド基盤になれば、システム構築の時間も費用も安くなり、より多くの国への輸出が可能になるだろう。こうした独自のソリューションとの組み合わせで、韓国産クラウドを新たな”特産品”として世界に広めていくことは有効だ。

 政府はこうして、現在250社あるクラウド関連企業を2018年には800社以上に増やす目標を掲げた。今年に入ってから、クラウドの安全性保証に関する法律も次々とつくられ、まさに今、官民一体となってクラウド先進国に昇りつめようと意気込むのである。


注 韓国行政自治部:電子政府をはじめ政府・公共機関などのシステム管理政策を担当。「部」は日本の「省」に相当



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.4.

 

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http://diamond.jp/articles/-/88763

北朝鮮情勢に揺れる韓国のIT産業

韓国と北朝鮮の歩み寄りの象徴として、2000年初頭の合意以来、両国によって共同運営されてきた「開城工業地区」が突然閉鎖された。アパレル産業中心、かつ生産量もわずかなこの工業地区の閉鎖が、実は韓国のIT産業全体の大きなダメージにつながるという。それはなぜなのか。

北朝鮮との共同運営
工場地区が突然閉鎖

 2月7日、北朝鮮が行った「人工衛星打ち上げ」は、事実上のミサイル発射だとして、韓国政府はもちろん、日本やアメリカ、中国の各国政府も、同国に対する非難声明を出したことが報じられた。

 年初に行った核実験に間髪を入れないタイミングでもあっただけに、北朝鮮に対する国際社会の批判が高まるのも当然である。

 だが、韓国の国民の間に衝撃が走ったのはむしろ、この出来事を契機に、2月10日をもって、開城(ケソン)工業地区が無期限で閉鎖されてしまったことだった。ミサイル発射直後の2月第2週、韓国のツイッター上では、「開城工業地区」というキーワードが最も多くツイートされた(2月16日付中央日報)ことからも、その関心の高さがうかがえる。

 開城工業地区は、韓国と北朝鮮の境にある北朝鮮の特区・開城に設けられた工業団地であり、2000年6月に南北首脳会談で合意され、両国の歩み寄りの象徴として建設が進み、2016年2月の時点でアパレルを中心とする韓国企業124社が参画。北朝鮮の労働者が98%を占めていた。

 2004年から14年までの10年ほどで、同工業地区で韓国が得た経済効果は累計で32億6400万ドルといわれる。韓国の14年の名目GDPはおよそ1兆4000億ドルなので、表向きの数字を見る限り、同工業地区の国の経済への影響は、決して大きくないように見える。

 しかし、韓国人が本当に懸念しているのは、開城工業地区の閉鎖が、韓国が国を挙げて育てようとしているIT産業の成長を妨げてしまうことになりかねない、ということだ。アパレル中心、経済効果も大きくない工業団地の閉鎖が、なぜ、IT産業全体に影響を及ぼすというのか。

 それは、韓国人が無意識のうちに持ち合わせているある認識が、今回の工業地区閉鎖で覆されたことと、現在の韓国IT産業の構造を併せて考えると明確になってくる。


北朝鮮情勢が韓国IT産業
に与えるシビアな影響

 韓国の主たる敵国は北朝鮮だ。敵と陸続きで隣り合わせである以上、停戦中とはいえ韓国は常に軍事的緊張から解放されない。ところがその一方で、開城工業地区のような南北経済協力事業が10年以上継続していたということが、国民に、「まさか、北朝鮮は韓国に直接危害を加えることはないだろう」という認識を与えていたのも事実だ。

 それが、開城工業地区に工場を持つ124社に、多大な損失が発生することが分かっているにも関わらず閉鎖が断行されたことで、国民の間には「いよいよ……」という安全への懸念と同時に、「世界からの国家信用に大きなダメージを受ける」という不安が広がって行ったのだった。

 韓国のIT産業は、大半が海外マーケット向けの製品・サービスだ。また、アジア初のベンチャーインキュベーションセンターをソウルにオープンしたグーグルや、韓国スタートアップ企業への投資計画を発表したクアルコムのように、ウェアラブル、ヘルスケアなど、韓国の新しいIT事業分野に投資する海外の企業も多い。

 北朝鮮との関係における地政学的リスクは、韓国IT企業の輸出先や海外の大口投資家(企業)に大きな不安を与える要因だ。国際信用評価機関のムーディーズは2月15日、「南北の和解の象徴であった開城工業地区の稼働中断は、韓国の国家信用に否定的条件」という趣旨の分析を行った。

 このことで、直ちに韓国の国家信用等級が下がることはないと見られているにしても、1月18日、未来創造科学省が「2016年度国家情報化施行計画」を発表し、今年は、8105件の事業に、前年比3.3%増の総額5兆3804億ウォン(2016年2月29日時点で、約4826億円)を投資すると発表した矢先のことだけに、国際的な信用が下がる事態は回避したいところだ。

 韓国は、1970年代から情報化で世界の先端を行く国家の建設を目指し、1996年からは、5年区切りで「情報化促進基本計画」を実施してきた。5年というのは大統領の任期に相当し、政権が変わるたびに基本計画も変わる。

 今年は、2013年から始まった「第5次情報化促進基本計画」の途上であり、「IoT(物のインターネット)」「クラウド」「ビッグデータ」「既存産業とICT融合」の4分野に集中した投資が行われている。


地政学的リスクが少ない
日本はもっとITを世界に

 私が日本に住んでいて思うことの一つは、「日本は、韓国に比べて直接的な地政学的リスクが少ない」ということだ。さらに、日本の人口は、韓国の人口(5029万人)の2倍以上であるため、韓国に比べて内需も断然大きい。

 よって、韓国企業が、常に海外からの評価や海外市場の動向に左右されながらビジネスを回しているのと比べると、より長期的に安定した計画が立てられているように感じる。これはとても羨ましいことだ。

 加えて、韓国では、大統領の任期である5年で全ての政策が変わる。IT産業政策もしかりであることは、さきほどの「情報化促進基本計画」が象徴している。国家主導でIT産業が推進される反面、政権ごとに成果を出そうとすることから、国内で「すぐに結果が出るITサービスの実証実験ばかりが繰り返されている」という批判も起こっている。

 北朝鮮との融和策の裏には、実は産業発展の長期計画を立てるために国防費を減らし、その分をIT産業に投資して経済を活性化するという狙いもあったが、開城工業地区の閉鎖によって、それがこれからどうなるかが分からなくなった。

 今後国防費が増え、IT産業への投資が減っていくのでは、という懸念も国民の間に高まりつつある。

 私は、日本は、世界的に見ても安全面では相対的に安定した国だと思う。少なくとも、韓国のような形で地政学的リスクによってIT産業が揺れることは、ほぼないと考えられるだろう。

 その利点を生かして、日本だからこそ実現できる長期のITプロジェクトや、独自のおもしろいアイデアが生きるIT関連サービスやデジタルコンテンツを積極的に生み出し、海外にも広げていってほしいと思うのだ。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.3

 

-Original column

http://diamond.jp/articles/-/87104

次世代産業をベンチャーで育てる韓国

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輸出依存の経済から脱し、IT産業を中心とした新分野におけるグローバル競争力を強化すべく、韓国政府は積極的にその支援策を打ち出している。とりわけ、ベンチャー企業への投資環境整備によって個人投資家を呼び込む施策は、高度な技術を持つ企業の育成の観点からも、その成果に期待が持たれている。

電気自動車やドローン…
規制フリーゾーンを設置

 アメリカの大手経済通信社・ブルームバーグは2016年1月、今年の「The Bloomberg Innovation Index」において、「世界で最も革新的な国は韓国」と発表した。

 同社が、「研究開発」「特許登録」などの項目別に各国の指標を出し、各国の「革新度」をランキングにしたものだ。韓国はこれで、2014年から3年連続の1位獲得となる。

 韓国メディアでは、「韓国が1位? イノベーションすべき国の間違いでは?」と、半ば自虐的なコメントも見られたが、韓国では今、経済振興のためのコア施策として、IT産業を中心とした新産業のグローバル競争力強化のため、政府による支援や民間の投資が活発に行われていることは事実である。


韓国14エリアの「規制フリーゾーン」とテーマ
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 そんな中、2015年12月に政府が「規制フリーゾーン」の設置を発表したことが、さまざまな所で取り上げられた。

 2016年6月から、IT産業と他の産業の融合を促進すべく、ソウルおよびその近郊都市である京畿道(注1)以外の14都市において、地域ごとに新産業を育成するためプロジェクトを決め、政府は、その遂行に障壁となる規制を一切設けないというものだ。

 地域経済活性化戦略の一環でもあり、新しいサービスを地方都市で一足先にテストすることで、地域で研究開発に携わる人材を育成、ひいては雇用を拡大する狙いもある。

 例えば、2018年に冬季オリンピックが開催される平昌(ピョンチャン)のある江原道ではスマートヘルスケア、済州島の属する済州道では電気自動車、全羅南道はドローン……という具合に、各エリアごとに異なるテーマが設定されている(図参照)。


注1 「道」は日本の「県」に相当


国が支援するベンチャー向け
クラウドファンディング

 こうした規制緩和の他に、もう一つの大きな柱として挙げられるのが、ベンチャー企業の育成策である。

 2016年1月、韓国預託決済院(注2)が運営するウェブサイトで、個人が小口でベンチャー企業に投資を行うための情報提供が始まった。韓国預託決済院は、投資の仲介を行う企業5社の情報を開示する共に、投資家から現物の株を預かり、投資家の名簿や投資に関する記録を管理する。あるいは、投資仲介企業と連携し、投信限度額の確認なども行う。

 さらに、1月25日からは、一般の個人でもスタートアップ段階のベンチャー企業に手軽に投資できる「証券型クラウドファンディング」制度も始まった。

 これまでは、機関投資家か、大口の個人投資家が投資し、上場させて利益を得るというのが、通常のベンチャー企業投資のパターンだった。

 「証券型クラウドファンディング」では、個人から資金を集めたい企業が仲介サイトに事業計画書を投稿し、それを見た個人投資家は、気に入ったベンチャーに小口投資して、金額分の(株式ではない)「証券」を手に入れる。

 投資家には、「証券」を1年間以上保有する義務が課せられるが、その後は自由に売買が可能だ。金融投資協会は今、「証券型クラウドファンディング」専用の「非上場証券」オンライン取引所をオープンする準備を行っている。

 ただし、この制度を利用できるのは、原則として、自己資本5億ウォン(2016年2月3日現在、約4838万円)以上で、設立7年以下の未上場ベンチャー企業のみ。調達限度額は、最大7億ウォン(同、約6773万円)だ。

 一方、個人投資家の投資限度額は、原則として1企業あたり年間200万ウォン(同、約19万円)、年間で500万ウォン(同、約48万円)までとされている。

 さらに政府は、「証券型クラウドファンディング」を活性化するため、同制度で資金集めに成功したベンチャーに対し、集めた資金と同額を、国策銀行が組成する「成長梯子ファンド」の予算から拠出する。

 例えば、「証券型クラウドファンディング」で7億ウォン集め企業には「成長梯子ファンド」から7億ウォンが提供され、資金は合計14億ウォンになるため、ベンチャー企業にとっては、格好の資金調達の場となる。


注2 韓国預託決済院:韓国預託決済院は証券取引法により1974年に設立、金融委員会(政府省庁)傘下にある公共機関。株式や債券などの有価証券預託を受け、証券預託証券(KDR)を発行することで、韓国企業の株を海外で取り引きする際の手続きを円滑にする業務などを行う。

ベンチャーに過去最高の
投資額が集まったわけ

 IT関連産業だけではない。政府は、再生可能エネルギー産業への投資も増やしていて、2017年まで研究開発に7兆ウォン(2016年2月3日現在、約6773億円)を投資し、官民合わせて4兆5000億ウォン(同、約4354億円)のファンドを組成して、これらの分野のベンチャー企業に投資する。

 バイオ・ヘルスケア産業も同様に、官民合わせて1500億ウォン(同、約145億円)規模のファンドを組成して新薬開発に投資。メディカルツーリズムで韓国を訪れる外国人を、2015年の28万人から2016年には40万人まで増やし、医療観光分野を発展させて行く考えだ。

 中小企業庁が1月19日発表した「2015年ベンチャーファンド投資動向」によると、韓国内のベンチャー企業1045社への投資額総計は、2兆858億ウォン(同、約2018億円)に上った。そのうち、IT関連のベンチャー企業への投資額が最も多い5738億ウォン(同、約555億円)と全体の27.5%を占めている。

 2014年の投資額総計が、1兆6393億ウォン(同、約1586億円)だったので、1年で27.2%増加したことになる。さらに、海外から720億ウォン(同、約70億円)の投資があったので、合わせると2兆1578億ウォン(同、約2087億円)ということになる。

 2000年のベンチャー企業ブーム絶頂の頃の投資総額は、2兆211億ウォン(同、約1956億円)であり、昨年の投資総額は、過去最高額を更新した。最近は、起業を支援する投資会社の新規設立も増え、2015年だけでも新たに設立の届け出をした会社が14社あった。

 しかし、なぜこれほどまでに、ベンチャー企業への投資額が増えているのだろうか。

 もちろんそれは、高いリターンが得られるからだ。ベンチャー投資ファンドの年平均収益率は、2011年の2.54%から、2015年には7.48%まで増加したが、その背景には、ITや医療関連ベンチャー企業の好調があるといえるだろう。

 韓国ベンチャーキャピタル協会の資料(2015年度)によれば、2014年度の投資利益率は51.3%であり、上位主要分野の成長率は、ゲーム関連281.9%、IT関連サービス123.6%、バイオ・医療関連113%となっている。

 また、前出の「2015年ベンチャーファンド投資動向」によると、投資資金の回収方法としては、投資先ベンチャー企業の上場によるものが27.2%、投資先への買収・合併によるものが1.5%と、圧倒的に上場によるものが多くなっている。


2000年のベンチャー
投資ブームとの違い

 近年、ベンチャー企業の上場が促進された背景には、2013年に中小企業専用株式市場のコネックス(KONEX)が開設された影響も大きい。最近では、コネックスに上場し、従来からある中小・ベンチャー企業向けの証券市場であるコスダック(KOSDAQ)に移行するパターンが増えてきた。

 ここが、2000年のベンチャーブームの頃との大きな違いだ。証券市場が多様化し、小さな企業が成長しやすい環境ができことで、投資家のマインドも当時とは大きく異なってきている。

 2000年当時は、IT関連の投資が増えているという報道や、コスダックの上場条件が緩和されたことなどもあって、「よく分からないけど、ITがはやっているから投資してみよう」という雰囲気が漂っており、要するに投機的な投資家が多かった。

 しかし、現在は、ベンチャーキャピタルが増えたことや、個人投資家にも、FinTech(フィンテック、金融とICTの融合)、ヘルスケア用センサー、ドローン、人工知能などの分野で、明確に新しい技術を持っているベンチャーに投資したい、という人が増えている。

 なお、韓国取引所の発表によれば、2015年上半期にKOSDAQに上場した主要業種別の時価総額割合は、半導体関連8.8%、IT部品関連5.7%、ソフトウエア関連4.4%、インターネット関連4.6%、コンテンツ関連7.7%、バイオ・ヘルスケア関連19.5%、だった。

 こうした韓国のベンチャー企業投資市場の変化は、海外からの投資を呼び込む原因にもなっている。

 2015年7月、アメリカ・クアルコム社のポール・ジェイコブス会長が韓国を訪問した際に、1000億ウォン(2016年2月3日現在、約97億円)規模の韓国スタートアップ企業への投資計画を発表。モバイル、ウェアラブル、ビッグデータなどの主要分野において、前出の「成長梯子ファンド」と基本合意書を締結した。

――このように韓国は、世界経済に左右されながらも、次の時代のグローバル競争力強化のため、IT産業を中心に「世界のどこよりも早く新しいことをやってみよう」という熱気に包まれている。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.2.

 

-Original column

http://diamond.jp/articles/-/85644

韓国は今、本当に不景気なのか

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中国経済の失速やアメリカの金利引き上げは、韓国経済にも大きな打撃を与えている。だが一方で、韓国では官民を挙げ、新しい市場創造のためのさまざまな取り組みも行われている。今回は、韓国が最も力を入れるIT分野の新産業・新サービスの今について紹介しよう。

韓国経済を見通す
統計に国の策は?

koreagrobal不安定な国際情勢で波乱の幕開けとなった今年の韓国経済。政府の予想成長率は3.1%。 ©Fotolia_76206627

 2016年が明けてすでに22日。だが、旧正月を盛大に祝う韓国では、新年はこれからという空気も漂っている。

 この年末年始は、慰安婦問題の日韓合意、北朝鮮の水爆実験、韓国経済と密接な関係にある中国経済事情の悪化など、落ち着かない日が続いた。

 特に、輸出中心の韓国経済において、中国の経済成長鈍化、アメリカの金利引き上げ、原油価格下落といった外部要因の影響は日本以上に大きい。

 韓国銀行の経済展望によると、経常収支は、2015年に1075億ドルの黒字が、16年には980億ドルまで減少すると見込まれている。韓国の民間シンクタンクの経済予測はこれよりも厳しく、とりわけ、不動産バブル崩壊が噂される中、不動産を担保にした家計負債が問題になる可能性も挙げている。

 これまでは伸び続けていた国内の消費も、中国の株価暴落や北朝鮮の水爆実験といった外部要因で不安が広がったことや、暖冬で冬物衣料などが売れず、年末年始には減少した。

 OECDの2016年経済成長率展望によると、韓国の成長率は3.1%、その他、日本は1.0%、アメリカは2.5%、中国は6.5%と、総じて主要国の経済成長率は鈍化傾向にあり、さらに、外資系銀行が予測した韓国経済の平均成長率は2.9%だった。

 こうした経済状況下、韓国の経済政策を決める省庁の企画財政部(注1)も、OECDと同じく2016年の経済成長率を3.1%と予測した。15年の経済成長率は2.7%だったから、0.4%の伸びを見通していることになる。

 その根拠として政府が挙げるのは、消費・投資促進政策による景気回復だ。これにより、消費者物価指数上昇率が、2015年の0.7%から16年は1.5%まで拡大、15~64歳の雇用率も2015年の65.7%から16年には66.3%まで拡大すると見込んでいる。これは、朴槿恵大統領が、2013年の就任当時に公約した「雇用率70%の達成」に近い数字でもある。


注1 韓国中央官庁の「部」は日本の「省」に相当 


IT産業は名実ともに
韓国経済をけん引するか

第1回第2回で触れたように、国自らが電子政府の整備を進める韓国では、ITを国のコア産業と位置付けている。

 先ごろ、韓国情報産業連合会が、韓国IT企業の管理職300人に行った「2016年経済展望」の調査結果によると、68%が「韓国のIT産業の景気は横ばいか良くなる」と答えた。

 とはいえ、IT産業も輸出中心の産業なので、海外市場の影響を甘んじて受け容れざるを得ないし、世界全体にあまり明るいニュースがない中、韓国のIT産業だけが好調でいられるはずもない。

 それでも回答の中では、「ICBM」(IoT、Cloud、Big data、Mobile)をベースにした新しいビジネスが生まれ、企業利益の拡大が期待できるとする意見が多かった。同時に、回答者らが「2016年に投資を優先する」と答えた分野は、IoT(物のインターネット)、FinTech(フィンテック、金融とICTの融合)、ドローン、人工知能、スマートカー(自動走行車)、セキュリティ、O2O(Online To Offline)だった。

 実際、韓国のIoT市場は順調に成長しているようだ。

 未来創造科学部が今年1月19日発表した「2015年IoT産業実態調査」によると、2015年の韓国のIoT市場規模は4兆8125億ウォン(2016年1月21日時点で約4593億円)(注2)であり、前年比で28%増加した。

 IoT関連企業の業種別シェア分析では、IoTを活用したサービス分野が45.5%と最多であり、デバイスが26.3%、ネットワークが14.4%。さらに、IoTサービス企業のサービス内容別では、スマートホーム、ヘルスケア、迷子防止の3分野が売り上げ上位を占め、その他、売り場案内、Fintech、観光案内といった分野でIoTの活用が増えていた。

 未来創造科学部はこの調査を基に、2016年はよりいっそう、IoT分野での起業を支援する方針を打ち出している。


注2 関連企業1212社の売上総額による


モバイル決済急成長で
「○○Pay」誕生の嵐

 IT産業の中でも、その急成長が実際に誰の目にも見えるのが、モバイル端末による決済サービス市場だ。これが、FinTech市場の拡大を大きく後押ししている。そして、その象徴ともいえるのが、2015年8月に正式にサービスを開始した「Samsung Pay」(サムスンペイ)であり、韓国のモバイル決済市場を大きく変えたともいわれている。

spスマートフォンによるモバイル決済拡大が、韓国フィンテック市場の起爆剤に ※写真はイメージ ©Fotolia_100162609

 今までのモバイル決済は、日本でも使われているNFC(近距離無線ネットワーク)方式が主流であり、これだと店舗に専用読み取り機がないと決済ができないため、韓国ではなかなか普及が進まなかった。

 「Samsung Pay」は、従来の磁気カードの読み取りに使うMST(マグネチック決済方式)と、NFC方式の双方に対応できる機能を搭載したモバイル決済システムであり、これならば、従来のプラスチック・クレジットカード決済用の端末にスマートフォンを近づけるだけで決済が可能となる。

 そもそもクレジットカード社会である韓国だけに、ほぼすべての店舗で「Samsung Pay」が使えるというわけだ。本人のクレジットカードをスマートフォンに登録し、指紋認証をして決済する仕組みなので、セキュリティも担保されている。

 サムスン電子の最新ハイエンドスマートフォンがないと利用できない決済サービスであるにも関わらず、「Samsung Pay」を使った決済額は、サービス開始3カ月で2500億ウォン(2016年1月21日時点で約239億円)を突破した。

 韓国メディアによると、このようなモバイル決済での総支払額は、2015年7~9月の3カ月だけで6兆2250億ウォン(同約5942億円)を突破したという。

 前年同期が、約3兆9300億ウォン(同約3751億円)だったというから、いかに急成長しているかが分かるだろう。

 「Samsung Pay」の勢いに続けとばかり、「カカオペイ」「ペイコ」など、スマートフォン経由での決済サービスが今、韓国で続々登場している。LG電子も「LG Pay」のサービスを始める予定の他、デパートや大手ディスカウントストアも独自の「○○Pay」を準備している。

 2016年には、韓国で初となる無店舗インターネット専用銀行が登場する。インターネット専用銀行は、ソーシャルメディアのIDが口座番号の代わりになり、人に代わって人工知能がオペレーターとなって顧客の質問に対応したり、また、インターネット上のサービス利用履歴から顧客の信用度を分析し、貸出金額を決めたり金利を決めたりするそうだ。

 韓国では、こうした新しいITサービス産業と、その関連産業分野への投資熱が高まっていて、国もこれらの産業を中心とした新市場のプレーヤーに投資しやすい環境を整えようと、さまざまな政策を打ち出している。次回は、その実情について紹介してみたい。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.1.

 

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http://diamond.jp/articles/-/85038

マイナンバーが生活者の味方になるには?

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今月から運用が始まった「マイナンバー」に、個人情報保護の側面などから懸念の声も聞かれるが、「住民登録番号」を半世紀近く前から導入している韓国では、これまでどのような危険が発生したのか。また、それらにどのような防衛策があるかを考えてみよう。

韓国で後を絶たない
個人情報の不正流出


規制強化も流出は止まず 第1回では、韓国社会に住民登録番号が浸透し、それがITで管理されることで、行政や民間が提供するサービスの手続きが合理化され、国民生活に便宜を与えている現状について、いくつかの例を挙げながらお話しした。

 しかし、今月からマイナンバー制度の運用が始まった日本では、制度導入前から「国の監視が強化され、プライバシーがなくなる」「番号が盗まれたら個人情報を全部見られる」など、国民の間では、どちらかというと「マイナンバーは怖い」という意見が、マスコミの報道でもネット上の書き込みなどでも目立っていたようだ。

 たしかに、少なくとも「番号が盗まれたら……」という懸念に関しては、決して考え過ぎではないと思う。現実に韓国では、オンラインショッピングやオンラインコミュニティサイトで個人情報がハッキングされる事件が後を絶たないのだ。

 住民登録番号は個人情報の最たるものであり、戸籍、住所、税金、社会保険、年金、出入国記録などと紐づけられている他、銀行口座の開設やクレジットカードの取得、不動産からインターネット、携帯電話の契約に至るまで、広い範囲で登録が求められる。住民登録番号が盗まれるということは、これらの重要な個人情報が危険に晒されるということにほかならない。

 近年の大きな企業保有の個人情報漏えい事件といえば、2014年1月、KB国民カード、NH農協カード、ロッテカードの韓国大手クレジットカード3社で、のべおよそ1億400万人分の住民登録番号などが流出したケースがある。これはハッキングによるものではなく、3社のセキュリティシステム構築を請け負った会社の社員が、個人情報ブローカーへの売却目的で盗み出したものだ。

 少し前の話だが、2011年7月、中国人ハッカーが韓国の大手ポータルサイト「NATE」と、同社のソーシャルメディア「Cyworld」をハッキングし、3500万人分の住民登録番号を含む個人情報を盗んだことがある。

しかし管理にも問題が

 ここまで来ると、韓国人のほとんどが個人情報を盗まれた経験を持つと言ってよいかもしれない。かくいう筆者も、会員登録していたオンラインショッピングモールやコミュニティサイトがハッキングされたことで、個人情報が漏えいしてしまったことが何度かある。

 ある時は、犯人が私の個人情報を消費者金融に売ったようで、やたらと「お金を借りませんか」という電話がかかってきたり、ある時は、私の家族構成を知り尽くした何者かから、振り込め詐欺電話がかかってきたりしたこともあった。

 幸いにも私の場合は、実際に金銭的被害を被るまでには至らなかったが、ニュースを見れば、盗んだ住民登録番号と個人情報で身分証を偽造した犯人が被害者本人になりすまし、携帯電話を購入して振り込め詐欺を働いた……といった類の事件は、今でも少なからず起こっている。

 もちろん、韓国政府も個人情報保護に関する規制を強化したり、民間企業もセキュリティ対策に力を入れているが、それでも住民登録番号が盗まれる事件は決してなくならない。ハッキング事件は犯人を捕まえること自体が難しい上、いくら事後対策を立てても手口はさらに巧妙化していくので、常に想定を超える事件が起きてしまうのだ。

 その一方で、「これでは情報を盗まれても仕方ない」という、そもそもの個人情報管理の甘さが社会全体にあったことも事実である。

 例えば、大手の金融機関が、顧客の住民登録番号を含む個人情報が盗まれていたこと自体に7カ月も気付かなかったという論外のケースから、とある大手企業の顧客データベースでは、サーバへのアクセス暗証番号が「1234567890」だったり、街中で売っている焼き芋の入った袋が、なぜか、保険会社の顧客の氏名、住民登録番号、住所などが書かれた用紙でできていたりと、およそ常識では考えられないずさんな管理がまかり通っていたのだ。

 そんな状況に、政府もこれまでさまざまな対策を打ち出してきた。例えば、住民登録番号を入力せずに会員登録を行うための「i-PIN」(注1)の導入を主要な商用サイトに義務付けたり、「情報通信網利用促進ならびに情報保護等に関する法律」では、本人の同意なく不法に個人情報を収集するなどの行為に対して、5年以下の懲役または5000万ウォン(2016年1月7日時点で約490万円)以下の罰金を科している。

 2014年1月には、「金融会社顧客情報流出再発防止対策」が出され、個人情報を流出させた金融機関には、最大50億ウォン(同約4億9000万円)の課徴金と、最大3カ月の営業停止処分などが課せられることになった。

 また、同年8月には、個人情報保護法を改正し、全ての公共機関と民間事業者に、法的根拠なく住民登録番号を収集することが禁止された。 これにより、単に本人確認や会員管理がしやすいから、といった理由だけで住民登録番号を集めることができなくなった。

 住民登録番号の「分かりやすさ」自体も問題視されている。13桁の住民登録番号の最初の6桁はその人の生年月日。これに性別、生まれた地域などを表す7桁の番号が並ぶ。日本のマイナンバーは、家族間でも統一性のない12桁の番号で構成されており、韓国では、このような方式に変えるべきだという議論が高まっている。


注1 i-PIN(アイピン):韓国政府(行政安全部)および、複数の民間発給機関が提供するネット上の本人認証番号

日本のマイナンバーは
韓国企業の商機!?

 先日、日本のインターネット上のある書き込みを見ていたら、「自営業者はアルバイトのマイナンバーをどう管理したらよいのか」という投稿に出会った。「マイナンバー法」には、例えば、「正当な理由がない中、特定個人情報を第三者に提供した場合」には、4年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金、または両方が適用されるなど厳しい罰則が規定されていて、仮に社員がこれを行った場合でも、企業は責任を問われるからだという。

 日本政府が出した「特定個人情報の適切な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」には、「中小規模事業者」の特例的対応が記載されていて、その中にマイナンバー管理の専門会社への委託の際の注意点なども書かれている。韓国の場合、自営業者は人事給料管理のクラウドサービスを利用して、社員の個人情報を管理するケースがほとんどだ。

 一方、韓国には、日本のマイナンバー制度導入に際し、ナンバー管理などのサービス提供を自国のビジネスチャンスと捉える向きもある。大韓投資貿易振興公社(KOTRA)大阪支店は2015年3月、日本のマイナンバーに関する報告書を発表した。

 そこには「(韓国のセキュリティ関連企業は、日本の)マイナンバー市場の成長可能性に注目して攻略する必要がある」「マイナンバー導入で日本企業は人事、給与システムをはじめ、社内システム全般を入れ替える可能性があるので、この分野も日本進出方案を探るべき」「日本の病院向けマイナンバー対応ソリューション需要が拡大する見込み」といった内容が書かれていた。

 韓国国内でも個人情報漏えい被害がなくならないのに、はたして韓国製システムを輸出できるのか、という批判も受けそうだが、これまで韓国が住民登録番号に関わる不正を防しようと、政府やセキュリティ関連企業などがさまざまな試行錯誤をしてきた経緯については、ぜひ参考にしていただきたい。

 日本政府の示した「マイナンバー制度利活用推進ロードマップ」によれば、日本でも近い将来、行政機関だけでなく銀行やカード会社など民間のサービスでもマイナンバーを用い、ゆくゆくは個人番号カードによる「ワンカード化」を目指すというからなおさらだ。


マイナンバーが生活者の
味方になるには?

 韓国では、電子政府やネットバンキングのでのサービス利用の際に住民登録番号に加え、政府が認めた認証機関の発行する「公認認証書」という本人確認のための電子署名が必要であり、この署名がインストールされている端末からしかサービスにアクセスできない仕組みになっている。基本的にはネットバンキングの際に使うものなので、自分の口座のある銀行のサイト経由で無料で作成することができる(注2)

 ちなみに韓国の銀行は、ハッキング防止策の一環として、海外のIPアドレスによるネット経由での振り込みや、その他の手続きを利用できない仕組みを作っている。

 こうしたITによるセキュリティ対策以前に、韓国で個人情報漏えいが絶えなかった大きな原因は、何といっても、単に本人確認や会員管理がしやすいという理由だけで、サービス提供者が当たり前のように住民登録番号を登録させている点にあったことは否めない。

 前述のように、今では個人情報保護法の改正によって、法的根拠のない住民登録番号収集は禁止されたが、実はサービスを利用する側の国民にも、いつしか住民登録番号をオンライン上の登録欄に書き込むことに違和感がなくなっていたり、自分の番号が書かれた紙を人目につく場所に平気で放置したりということが行われていた。

 韓国が経験したこのようなことは、もしかしたら将来日本でも起こり得るかもしれない。マイナンバーは原則として一生変更できないので、一度漏れてしまうと収集がつかないことにもなりかねないだけに、その利便性をうまく活用しながら、かつ、個人情報を保護するにはどうしたらよいか、その戦略を慎重に立ててほしい。

 個人のレベルでも、最低限注意すべきことはいくつかある。例えば今後、企業の会員登録約款に「マイナンバーの活用に同意する」「マイナンバーを系列会社に提供することに同意する」といった項目が付されることもあるだろう。そんな時は、労を惜しまずしっかりと内容確認する必要がある。よく見ないで同意ボタンをクリックしてしまうと、マイナンバーがマーケティングに使用され、思いもよらぬ商品勧誘が来たり、その企業の系列会社からも、無用の広告が送られて来ることになるからだ。

 私は前回、「マイナンバーは、普通に、まじめに、忙しく生活している人の味方である」と申し上げた。

 さきほど、銀行の事例で、海外のIPアドレスによるネット経由の振り込みなどを受け付けない仕組みについて少し触れたが、実は、個人の出入国情報と口座情報が住民登録番号で紐づけられているがゆえに、口座の持ち主が海外に居ても、本人認証を経ればネット経由での振り込みや口座の開設・解約などは可能だ。

 このように、個人情報漏えいの防止策によるサービス機能の制限に対し、便宜のため一時的に「味方にする」のがマイナンバーの有効な使い方といえるのかもしれない。とはいえ、特にネットの世界では、本人の確認に完璧なセキュリティ対策というものはない、という認識も私は持っている。

 繰り返しになるが、「マイナンバー」の運用について、利便性と安全性の両立にさまざなま経験をしてきた韓国社会の経緯や、セキュリティ関連企業のサービスなども参考にしつつ、日本でもマイナンバーのメリットが最大に生かせるようにしてほしい。


注2 公認認証書の取得:政府が認めた公認認証書発行会社は6社あり、これらと銀行が提携し、銀行のサイト上で公認認証書が取得できる。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2016.1.

 

-Original column

http://diamond.jp/articles/-/84000


「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」マイナンバーってそんなに怖いもの?

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国民生活にITが浸透している韓国では、行政サービスや商取引などであらゆる手続きの効率化が進んでいる。それは、国にどんな利益をもたらしているのか、日本とは何がどう違うのか。そうした視点から、今回と次回は、日本が先ごろ導入を決めた「マイナンバー」を例に挙げ、韓国の「住民登録番号」と比較しながら、その可能性を展望してみよう。

なぜ、マイナンバーへの
不安が大きいのだろう?


日本でも導入されたマイナンバー制度。韓国のような電子政府化が一気に進むか(C)pixta_18098112

 今年、日本でマイナンバー制度が導入されたことが、韓国でも大きな話題になっている。

 韓国メディアは「日本政府が日本版住民登録番号である『マイナンバー』を導入した」と連日のように報道し、日本の「マイナンバー」と韓国の「住民登録番号」は何が違うのかについて比較する特集まで組んでいた。

 韓国では1968年から、住民登録番号を記載した「住民登録証」を全国民に発行している。韓国のソーシャルメディアやネットニュースのコメント欄では、「プライバシー侵害に敏感な日本で国民総背番号制とは意外」という書き込みが目立った。

「マイナンバー制度に対してどんな不安がある?」―― Yahoo! Japan ニュースの「意識調査」で、こんなタイトルのアンケートを見つけた(実施期間:2015年10月27日~11月6日)。

 10月から通知が始まったマイナンバーに対して、不安に思うことは何かを選んでもらうアンケート調査だったが、1位は「マイナンバーにひも付いた個人情報の流出の恐れ」33.1%、以下、「国によって個人情報が管理され、監視される恐れ」31.5%、「マイナンバーの不正利用による『なりすまし』被害」20.8%、「制度に便乗した詐欺などの被害」6.0%と続く。

 たしかに、個人情報流出への懸念は分かるが、実に30%以上の人が、「国に監視される恐れがあるので不安」と答えたのには驚いた。日本の報道でも、そもそもなぜ、マイナンバーが必要になったのかという話よりも、「不安」「怖い」「情報漏えい」といった側面が目立っているように感じられる。

 日本のマイナンバーは、社会保障、税、災害対策の分野において、個人情報と個人番号をひも付けて効率的に情報の管理を行い、さらに、複数の機関にある個人情報が、同一人物のものであることを迅速かつ確実に確認するために導入された。

 住民登録番号による手続きが当たり前の国で暮らしていた私には、マイナンバー導入は、国による行政サービスの効率化が目的であることが、忘れられているかのようにすら思える。


マイナンバーは普通に
生活している人の味方

 冒頭で述べたように、韓国の住民登録証の歴史は、半世紀近く前にまでさかのぼる。1968年に発生した朴正煕大統領(当時)の暗殺未遂事件で、その首謀者とされた北朝鮮のスパイを割り出すために、国は国民に住民登録番号を付与し、国民であることの証明書を持ち歩くよう義務付けた。つまり、日本のように最初から行政サービスの効率化を目指して作られた制度ではなかったということだ。

 それから試行錯誤を経て、今でこそ韓国では、本人確認は当然のこと、税、医療、教育、金融、保険、福祉、出入国など、あらゆる分野で住民登録番号が使われるようになった。

 そんな流れからか、韓国の住民登録の法律は厳しく、国民は全て住民登録番号を持つことが義務であることはもちろん、例えば、引越し後に転入届を出さず、住民登録証に新住所が記載されていない場合や、実際に居住していない住所で住民登録した場合、あるいは、17歳になっても住民登録証の発行を申請しない場合など、手続きを怠っただけでも自治体から過怠料が課されてしまう。

 住民登録証には、表に氏名や住民登録番号、生年月日、現住所、発行区役所名などが記載されているのだが、裏面には今も指紋押捺欄がある。

 私も、生まれた時からそんな“マイナンバー社会”で育って来た一人だ。「しかし」と言うべきか、「だから」と言うべきか、これまでの経験から、「マイナンバーは、普通に、まじめに、忙しく生活している人の味方である」というのが、率直な思いだ。

 例えば韓国では、本人は何ら手続きせずとも、税金を多く納め過ぎたら自動的に払い戻しが行われる。受けられる資格を満たしているのに福祉制度に申し込んでいない人には、行政から案内が来る。

 就職や不動産取引などで住民票や戸籍謄本、公金の納付証明などが必要になれば、パソコンやスマートフォンから電子政府にアクセスし、24時間いつでも申請が可能だ。交付された書類は、自宅のプリンタで印刷して提出する。電子政府を利用した場合、書類の発行手数料もほとんど無料だ。

 国際連合の「電子政府ランキング」で、韓国は3回連続1位を獲得した。こうした行政サービスが可能になっているのも、住民登録番号制度があってこそである。


生活の隅々まで浸透する
韓国の住民登録番号

 さらに、日本では一定の手間がかかる役所の手続きでさえも、住民登録番号の利用が浸透している韓国では、いとも簡単に終わってしまうのだ。

 例えば、運転免許証について、韓国では免許交付の際に必要な視力検査がかつては有料で、これが事務手続きの足かせとなっていた。しかし、最近では、2年以内に区の健康診断を受けた人は、その時の記録が警察庁と道路交通公団の情報とひも付くようになったため、この有料検査が不要になった。 

 会社員にとっては、面倒だが忘れたくはない毎年恒例の年末調整も、韓国では至って簡単だ。


韓国国税庁が今年開設した「ホームタックス」のページ。個人や法人の税に関する計算が簡単に行える。https://www.hometax.go.kr/

 個人の給与所得、利子所得、医療費支出、家族の所得、源泉徴収された金額などを、行政側が住民登録番号で把握しているからだ。

 また、韓国国税庁は今年、Web上に「ホームタックス」を開設し、どうすればより多く税金が還付されるかを個々の収入と支出に合わせてシミュレーションできるサービスなども提供している。

 さらに、日本では相当の時間とプロセスを経なくてはならない相続手続きに至っては、被相続人の死亡届を出すだけで行政側が遺産を把握し、7~20日以内に相続人が相続できる遺産、および相続税の額を教えてくれる。

 行政サービスだけではない。銀行で口座を開設する時にも、携帯電話やインターネット接続の申し込み、有料放送への加入にも住民登録番号は必須だ。学校では子どもの出席や成績など、学習管理の記録まで住民登録番号にひも付けて行っている。

 分かりやすいのは病院だろう。以前、日本の友達から、お土産に手作りの「通院ケース」をもらったことがある。「健康保険証、診察券、お薬手帳が全部入る」という説明と一緒に、イニシャルの刺繍まで入った世界でたった一つの代物だが、ついに、韓国では一度も使うチャンスがなかった。韓国では、病院に行く際、住民登録証だけあればよいからだ。

 患者の診療記録は住民登録番号で管理する。受付で住民登録証を渡せば、病院は、患者が健康保険に加入しているのか、初診なのか再診なのか、どの診療科を転々としてきたのかなどの通院記録を瞬時に把握できる。

 もちろん、診察内容を記載した医療記録は大事な個人情報なので、受付で把握できるのはあくまでも受付に必要な情報だけだ。現在は、こうした情報を病院ごとに管理しているが、政府はいずれ、全国の病院の医療記録をまとめて行政データベースで一括管理しようとしている。

 このように韓国では、生活の全てが住民登録番号で管理されているといってよい。私自身は、住民登録番号があって当たり前の社会で育ってきたため、このこと自体に違和感はない。

――というわけで、「日本でもぜひ、マイナンバーを大いに利用しよう!」と言いたいところだが、ご承知のとおり、デジタル情報の運用には、さまざまなリスクもついて回る。次回は、実際に韓国で起こった住民登録番号に関する不正の例などを紹介するとともに、状況に合った対応策などについても触れてみたい。



趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

ダイヤモンド online

「コリア・ITが暮らしと経済をつくる国」

2015.12.

 

-Original column

http://diamond.jp/articles/-/83049

韓国モバイルショッピングはAIレコメンドが基本、VRの買い物アプリも増加

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 韓国統計庁が2017年5月10日に公開した「2017年3月オンラインショッピング動向」によると、3月の取引額は6兆3257億ウォン(約6326億円)で過去最高額を記録した。オンラインショッピングの中でもスマートフォンを利用したモバイルショッピングの取引額が全体の59%を占めるまで成長。モバイルショッピングで売れている商品カテゴリーは、幼児・児童用品、靴、食品・飲料、バッグの順だった。

 統計庁は、「モバイルショッピングアプリで販売する商品の種類が増え、配送の早さと割引率の競争も激化していることから、合理的な消費を望む人が集まってきたようだ」と分析した。

 韓国のオンラインショッピングサイトは、独自のセキュリティプログラムが多いのが特徴だ。サイバー犯罪を防止するためではあるが、商品を選ぶまではスムーズなのに、そこから決済画面にたどり着くまで、インストールしないといけないセキュリティプログラムが6~7本はあるのでうんざりする。ところがモバイルショッピングアプリの場合、本人名義の携帯電話番号を入力するだけで会員認証が完了(通信キャリアのDBから本人確認)し、決済もクレジットカード会社が提供する決済用アプリを一つインストールするだけでよい。PC向けのWebサイトよりも単純で使いやすく、手軽に早く注文できるのがメリットだ。

 複数の韓国メディアはモバイルショッピングが人気の理由を「PM2.5の影響で外出を控えているため」「ロケット配送、当日配送といった配送競争のおかげで、お店で買うよりも楽だから」と分析している。

 アプリ分析会社のAppAnnieが2016年に韓国、米国、英国、ドイツ、フランス、そして日本のアプリ利用動向を調べたところ、モバイルショッピングアプリを最も利用している国は韓国だった。月間利用頻度が他の国よりも30ポイントほど多い。

 このような傾向から、韓国の小売流通業界はモバイルショッピングに力を入れている。例えば財閥・新世界グループの大型スーパー「EMART」は、モバイルショッピングアプリを2種類開発。「手軽に早く買い物を済ませたい人のためのアプリ」と、「実際に店舗を見て回っているかのように商品を見て回る仮想店舗アプリ」である。


新世界グループの大手スーパー「EMART」の仮想スーパー
(出所:EMART)
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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

日経パソコン

2017.5.

 

-Original column

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/549762/051000146/?itp_leaf_index

ICTでイノベーションを育む IoT時代に向けた韓国のスマート教育

人工知能時代を見据えた教育変革へ

韓国の未来創造科学部(日本の総務省に相当)によれば、韓国では2016年4月末時点で国民の9割がスマートフォンを使用している。家電売り場には数年前からIoT家電コーナーが登場し、スマートフォンの位置情報から帰宅時間を予測して稼働するエアコン、必要な食材をネットスーパーに注文してくれる冷蔵庫といった家電製品のほか、ヘルスケアのためのセンサーやウェアラブル端末も数多く販売されている。電気・ガス・水道などもスマートフォンで遠隔制御でき、スマートメーターの普及も進んでいる。韓国ではすでにIoTが人々の生活に浸透し、スマートライフを実現しているのだ。

IoTによる変化は、教育にも及んでいる。韓国の教育界に「変わらなくては」という衝撃を与えたのは、今年4月の『AlphaGo』とイ・セドル九段の囲碁対決だ。人間より優れた人工知能が登場し、多くの職業が人工知能に代わる時代が現実味を帯びる中、子どもの教育をどうすればいいのか。韓国では多くの議論が巻き起こっている。


全国に普及するスマート教室

韓国は世界でも教育熱が高く、幼少期から名門大学に進学するための受験競争が始まる。どの大学を卒業するかでその後の人生が左右されるといっても過言ではなく、教育も大学受験のために存在してきた。

しかし1990年代から、試験でいい点数を取るための一方的な教育が子どもたちの創意力を抑制し、その結果韓国全体の活気が落ち込んでいると懸念する声が大きくなってきた。そこで1997年には教育環境を変えるための「デジタル教科書」「スマート教室」「スマートラーニング」導入の議論が政府内で始まり、長年の実証実験を経て、教育のICT化が進んできた。

現在、韓国の小中高校のほとんどがスマート教室を有している。筆者が2012年に訪問したソウル市内の小学校では、教室の3面が電子黒板となっており、生徒は1人1台タブレットPCを手にし、3D、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)を使ったデジタル教材で理科や社会の授業を行っていた。もちろん、教室の中ではWi-FiまたはLTEでネットワークにアクセスできる。地域の紹介をテーマとした3年生の授業では、教師が自らドローンで撮影した地元の名所を見せると、グループごとにその場でスライドを作って発表し、討論しながら手作りパンフレットを完成させ、それを学級SNSに掲載して保護者にも見せる。学級SNSは児童・生徒と保護者、担任、校長などが参加する教育目的のSNSで、連絡事項の伝達のほか、授業で撮った写真や動画の共有など、韓国の学校では日常的に使われている。タブレットPCのカメラで友達がバドミントンをする姿を連写して先生のお手本との違いを発表する授業や、ARで映し出された恐竜の卵から恐竜の種類を当てるクイズなども行われていた。いまから4年も前のことである。


クラウドの活用でよりスマートに

学校で電子黒板とタブレットPCを使うことだけがスマート教育ではない。韓国政府が2011年から推進するスマート教育の「SMART」は「Self-directed(自ら主導する)」「Motivated(動機づけられた)」「Adaptive(学習者に適合した)」「Resource enriched(充実した教材を使った)」「Technology embedded(技術が埋め込まれた)」の略字である。子どもが楽しみながら、自分の適性とレベルに合わせて、豊富なデジタル教材とITを活用して自ら学習すること、教師と双方向でコミュニケーションしながら積極的に学び、満足できる教育を目指しているのだ。2014年度のスマート教育満足度調査では、児童・生徒も保護者も9割近くが「既存の教育より満足している」と答えた。

韓国では2000年頃から学校の校務と児童・生徒の管理をすべてデジタル化し、現在は全国の教師がNEIS(National Education Information System)と呼ばれるクラウド上のシステムで学生の個人情報や成績などを管理している。登録されたデータを利用していろいろな統計が出せるほか、教育委員会に提出する書類をすぐに作成することもでき、教師の雑務軽減にもつながっている。転校時にはシステム上でデータを移動するだけ。大学入試の際も大学に学生のデータを送信すればいいので、願書を書く必要もなくなった。また、保護者もNEISにログインして自分の子どもの出席や成績などを確認できる。

同じ時期に、「EDUNET」「サイバー家庭学習」など、政府が無償で提供する学習サイトもオープンした。クラウド上に教科書や教材があり、自宅のパソコンからログインすると、地域と学年に合わせて勉強すべきマルチメディア資料が登場し、予習・復習ができる。サイバー担任もいて、チャットで質問し、教えてもらえる。この時期から学校の宿題もインターネットで調べてクラウドに保存するという方式に変わり始め、子どもがいる家庭へのパソコンとブロードバンドの普及が一気に進んだ。

SKテレコムは教科書会社と提携し、教師向けにスマー教室での授業をサポートするアプリ『スマートティーチャー』を開発。マルチメディア教材の検索や学級通信の作成ツールなどがセットになっている。各自治体の教育庁も類似のサービスを提供している


IoT時代に備えプログラミングを必修化

韓国政府は教師の研修も長年行ってきた。電子黒板やタブレットPC、LMS(Learning Management System)の使い方に加え、デジタル教科書やデジタル教材を使いこなし、自ら制作する方法も教えた。ロボットの制御や3Dプリンター向けの簡単なプログラミング体験により、プログラミングがさほど難しくないことを実感させた。スマートフォンに慣れている教師たちは、こうしたICT化にもすぐに順応した。

2018年からは、プログラミングが小中高校で正規科目となる。小学校では決まったコマンドをコピー&ペーストして小型ロボットを動かすプログラムを書いたり、自分で簡単なゲームを作ったりする。すでに2014年から自由選択科目として教えられているが、IoT時代に必要な「Computational Thinking」を育てる一歩として、履修が義務づけられたのだ。

韓国でComputational Thinkingの代表的な事例としてよく取り上げられるのが、2009年に高校2年生が開発した『ソウル・バス』というアプリだ。当時はバス会社のウェブサイトやバス停のデジタル・サイネージにバスの時刻表と到着時間を知らせる機能はあったが、アプリで簡単に時刻表を確認できるサービスがなかった。そこで、高校2年生が一人でネットに散らばっていたバスの時刻表や運行状況がわかる情報を集め、複雑なデータからアルゴリズムを把握し、ソウル市内のすべてのバスの現在位置と各バス停への到着時刻を確認できる『ソウル・バス』アプリを作った。このアプリは人気ランキング1位となり、後に大手ポータル会社に買収されて、いまやソウル市民の生活必需アプリになっている。

SKテレコムは小学生を対象としたプログラミング教室も実施している。ゲーム形式でプログラミング言語をコピー&ペーストして『アルバート』という名前の小型ロボットを動かす体験ができる

プログラミング教育はさらに低年齢化。小学校で必修となることが決まってから、韓国仁川市保育園連合会に所属する保育園では幼児向けプログラミング体験教室を開いている


データ活用に向け個人情報制度も見直し

このように韓国では、ソフトウェアを重視し、すでにあるものをどう組み合わせて新しいものを作るかを考えるイノベーションに注力している。受験偏重型の教育を変えようというチャレンジを積み重ねてきた韓国は、スマート教育を超えてIoT時代に合わせたプログラミング教育へと発展してきたと言えるだろう。

韓国政府は今後、子どもたちのデータをより詳細に分析し、一人ひとりに合わせたカリキュラムを作ることを目指している。そのためには学校中にセンサーを取り付けて行動を観察する、学校と自宅で行われる学習履歴を分析するなど、IoTと人工知能のさらなる活用が必要となる。こうした取り組みに向けて、クラウド・コンピューティングや個人情報の取り扱いに関する制度の見直しも始まっている。「パリパリ(早く早く)」走りながら考えるのが得意な国民性を持つ韓国は、そう遠くない未来に新たな制度を実現するはずだ。


By 趙 章恩

 Huawei

 2016年7月

-Original column

http://www.huawei.com/jp/publications/huawave/22/HW22_Better%20Connected%20Schools%20in%20Korea