生成AIブームを支える超高速メモリー、サムスン電子とSKハイニックスの競争過熱

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韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と韓国SK hynix(SKハイニックス)が超高速DRAM技術「HBM†」を採用するメモリー世界市場シェアのトップ争いを繰り広げている。もともとは高性能なグラフィック処理向けに開発されたHBMだが、生成AI(人工知能)の需要拡大に伴って、大量のデータを一度に処理できるハイスペックなメモリーが求められるようになったことから、サーバーやデータセンターでHBMのニーズが高まっている。HBMは高性能なだけに一般的なDRAMより6~7倍ほど価格が高く、サムスン電子とSKハイニックスは半導体部門の赤字を改善するためにもHBMに力を入れている。

†HBM=High Bandwidth Memory。広帯域幅メモリー。DRAMのダイを積層(垂直に積み上げ)して、全体のデータ転送速度を高速・広帯域化するメモリー技術。

 AIのデータ処理に使うGPU(Graphics Processing Unit、画像処理半導体)にはサーバー向けよりさらに高性能のHBMを搭載する。2023年8月、米NVIDIA(エヌビディア)はAI向けGPU「GH200 Grace Hopper Superchip」をベースにした次世代のNVIDIAプラットフォームを発表したが、このGH200にはSKハイニックスから調達したHBM3eを搭載した。HBM3eメモリーは第5世代に当たり、既存の第4世代HBM3より50%高速という。NVIDIAの「A100」や「H100」といったGPUにもSKハイニックスのHBM3を搭載している。複数の韓国メディアによると、ファブレス半導体メーカーの米AMDが2023年6月に発表したGPU「MI300X」にはサムスン電子やSKハイニックスから調達したHBM3を搭載するとのことだ。

 HBMにおいてはサムスン電子よりSKハイニックスの技術力が高いと評価されている。SKハイニックスは2013年に世界初となる第1世代のHBMを開発、2022年6月には第4世代に当たる8層の16GバイトHBM3の量産を開始、2023年4月に12層のHBM3を開発した。一方のサムスン電子は一歩遅れて2015年に第2世代のHBMから本格的な開発に入り、2023年8月時点で12層の24GバイトHBM3のサンプルを顧客に提供している。両社は第5世代に当たるHBM3e、第6世代となるHBM4の量産も準備中で、第5世代のHBM3eをサムスン電子は「HBM3P」、SKハイニックスは「HBM3+」とそれぞれ称している。SKハイニックスは一足早く第5世代のサンプルを顧客に提供していて、サムスン電子は2023年内に公開するとしている。米Micron Technology(マイクロンテクノロジー)も2023年7月26日(現地時間)、8層で24Gバイトを実現した「HBM3 Gen2」のサンプル出荷を開始したと発表したが、韓国内では第1~2世代のHBMから開発を続けている韓国勢の技術には及ばないという声がある。

 台湾のリサーチ会社TrendForceによると、2022年末時点でHBMのサプライヤー別世界市場シェアはSKハイニックスが50%で1位、サムスン電子が40%で2位、マイクロンテクノロジーが10%で3位だった。今後のシェア見通しでは、2023年にSKハイニックスが46~49%、サムスン電子が46~49%、マイクロンテクノロジーが4~6%とする。2024年には韓国2社のシェアがさらに拡大して最大95%となり、マイクロンテクノロジーは最大5%のシェアを占めると展望している。TrendForceは世界のHBM需要は2025年まで年平均45%成長を続けると予測している。2022年まではクラウドサーバー向けのHBM2の需要が最も多かったが、2023年以降はAI向けHBM3とさらにハイスペックのHBM3eの需要が拡大するという。

 韓国証券業界は、HBMの特需でサムスン電子とSKハイニックスのメモリー事業の実績が大幅に改善するというリポートを出している。背景にあるのは、米Google(グーグル)や米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)がAIサービス強化のために自前のAIチップ開発を進めていること。このチップにHBMを搭載するとなると、サムスン電子かSKハイニックスから調達するしかないからだ。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. 8.

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00092/

Z世代のGalaxy離れを食い止められるか、iPhone人気の若年層獲得にサムスンが注力

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香港の調査会社Counterpoint Technology Market Researchがまとめた2023年4~6月期の世界スマートフォン出荷台数によると、シェア1位は22%を占めた韓国Samsung Electronics(サムスン電子)だった。同社は1~3月期に続いて首位を維持した。2位は17%の米Apple(アップル)、3位は12%の中国・小米科技(Xiaomi、シャオミ)だった。

 世界のスマホ出荷台数は2021年7~9月期以降、減少が続いている。端末の性能向上により機種変更の周期が長くなったことや、中古端末の売買も盛んになったことが影響している。こうした状況の中、サムスン電子はフラッグシップモデルの「Samsung Galaxy S23」シリーズとエントリーモデルの「Galaxy A」シリーズが好調で、毎年着実にシェアを伸ばしてきた。2023年7~9月期もサムスン電子は1位の座を死守すべく、折り畳み(フォルダブル)スマホ「Galaxy Z Fold5」「Galaxy Z Flip5」を2023年7月26日に発表した。そして今回、その発表の場として、これまで欧米各地で開催されていた新機種公開イベント「Galaxy Unpacked」を初めて地元ソウルで開催した。

 世界で最も売れているサムスン電子のGalaxyシリーズだが、同社のお膝元である韓国では異変が起きている。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .8

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00091/

業績好調の韓国電池3社が参加、官民共同の協議体で「2030年に次世代電池で世界1位」

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2023年7月13日、韓国で「2030年に次世代電池で世界1位の国家になる」ことを目指した「次世代二次電池官民協議体」が発足した。この協議体は「国家戦略技術育成に関する特別法」の具体策として2023年4月に発表された3大主力分野の超格差研究開発戦略によるものである。世界的に技術覇権競争が熾烈(しれつ)になる中、先端産業の発展と安全保障のために国家の総力を結集して対応する必要があるとして、韓国政府は「半導体」「ディスプレー」「二次電池」を研究開発の3大主力分野に指定、今後5年間に官民合わせて160兆ウォンを投資する。さらに、産業界のニーズと意見を反映して積極的に新規研究開発を進め、人材養成と国際協力の基盤をつくるため、それぞれ協議体を発足して産学官が力を合わせることにした。

 次世代二次電池官民協議体は、韓国のLG Energy Solution(LGエナジーソリューション)、Samsung SDI(サムスンSDI)、SK On(SKオン)のいわゆるKバッテリー3社と、科学技術情報通信部(「部」は日本の「省」に当たる)、産業通商資源部、韓国バッテリー産業協会、韓国電気化学会など、産学官を代表する企業と機関が参加する。科学技術情報通信部は「協議体の発足により産学官が常時協力し、次世代電池の世界1位国家を2030年よりも前倒しで実現できることを願う。政府も戦略的に研究開発支援を強化する」とコメントした。

 発足に当たっての記念イベントではLGエナジーソリューションのソン・グォンナム次世代電池開発センター長が開発状況について発表した。同社は、高容量リチウム硫黄電池や高分子系半固体・全固体電池の開発に重点を置いており、2030年までの商用化ロードマップを発表済みである。例えば、2028年には液体電解質を最小限にした高分子系全固体電池を量産、2030年には硫化物系全固体電池を実用的な水準に高めて商用化する。

 高容量リチウム硫黄電池に関しては、2027年に重量エネルギー密度が500wh/kgのセルを開発し、アーバンエアモビリティー(都心航空モビリティー)に適用する計画である。プラスチック素材の高分子を活用した全固体電池は既存のリチウムイオン電池の製造工程をほぼそのまま活用できることから、新規工程開発の負担が軽くなる。高分子固体電解質と酸化物系固体電解質をハイブリッド化することで性能向上を狙った取り組みもあり、液体電解質を一部混ぜた半固体電池を開発中である。安定性を高めるため液体電解質の割合を減らす研究を進めているという。

 全固体電池の商用化に向けて素材の研究にも力を入れていて、固体電解質の価格をより安くするために様々な企業と協力している。バッテリー分野のスタートアップに投資するバッテリーチャレンジや、世界の大学や研究機関を対象に開発費を支援するバッテリーイノベーションコンテストも実施している。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .7

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00090/

サムスンが米韓の自社イベントで2nmプロセスの細部にわたるロードマップを初披露

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韓国Samsung Electronics(サムスン電子)は、2023年6月27・28日に米シリコンバレー、7月3・4日には韓国ソウルのそれぞれで、「Samsung Foundry Forum(SFF) 2023」と「Samsung Advanced Foundry Ecosystem Forum(SAFF) 2023」を開催した。

 Samsung Foundry Forumは半導体ファウンドリーの顧客向けに半導体技術と今後のロードマップを公開したり、パートナー企業が技術展示を行ったりするイベントである。一方のSamsung Advanced Foundry Ecosystem Forumは、サムスン電子のファウンドリーに協力しているパートナー企業が半導体エコシステムの発展に向けて集うフォーラムである。サムスン電子は両フォーラムを毎年秋に開催していたが、2023年は早期に顧客を誘致するためか6月末から7月初めに前倒しして開催した。同社は2022年6月に世界初とうたう「GAA(Gate-All-Around)」技術による3nmプロセスの先端半導体の量産を開始した。2024年には第2世代の3nmプロセス量産、そして2025年からは2nmプロセスの量産を目指している。

2nm以下プロセス量産のロードマップを発表

 サンノゼで開催されたSamsung Foundry Forum 2023では、「Innovating Beyond Boundaries」をテーマにAI(人工知能)時代の最先端半導体の限界を克服するとして、2nm以下プロセス量産のロードマップを重点的に発表した。

 サムスン電子は2025年にモバイル向け2nmプロセス(SF2)の量産を始め、2026年にはハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)向けの量産、2027年に車載向けの量産を開始するという。最先端となるSF2プロセスは現在のSF3プロセスに比べて性能は12%、電力効率は25%向上し、面積は5%減少する。同社が2nmプロセスのロードマップを細部にわたって公開したのはこれが初めてである。その次となる1.4nmプロセスは既に発表している通り、2027年に量産を始める。韓国ではサムス電子が既に顧客を確保していて技術に自信を持ったということから、今回のロードマップ公開に至ったと分析する意見がある。

 2nmプロセスはサムスン電子以外に、台湾TSMC(台湾積体電路製造)が2025年の量産、米Intel(インテル)が2nm世代の「20A」を2024年上半期、続く下半期に1.8m世代の「18A」の量産をそれぞれ予定している。日本のラピダスは2025年に2nmプロセスの試作品生産と2027年の量産を目標にしている。

 このほかサムスン電子は2025年に8インチGaN(窒化ガリウム)の生産を始める。コンシューマーやデータセンター、車載向けである。次世代のパワー半導体とされるGaNは、現在のシリコン半導体の限界を克服し、システムの高速スイッチングと省電力を大幅に高められる。

 現在商用展開中の5G(第5世代移動通信システム)の次世代となる6Gに向けては、5nmのRF(Radio Frequency)プロセスを開発し、2025年上半期に量産する。5nmのRFプロセスは既存の14nmプロセスに比べ電力効率は40%以上の向上が見込め、面積は50%減少するとの期待がある。現在量産中の8nm、14nmのRFプロセスをモバイルや自動運転など様々な応用先に広げていく。

 サムスン電子はプロセスの拡大、2023年下半期の平沢(ピョンテク)工場第3ラインファウンドリーの稼働、2024年の下半期には米テイラー市の半導体工場第1ラインの稼働、現在造成中の韓国システム半導体国家産業団地の中に生産拠点を追加するなど、絶え間ない設備投資で安定した生産能力を確保、顧客の需要に積極的に対応するとした。サムスン電子の半導体を製造するクリーンルームの規模は2027年には2021年の7.3倍になる見通しである。

 同社はファウンドリー事業のパートナー、メモリー、パッケージ基盤、テスト分野の企業を集め、先端パッケージのアライアンスであるMDI(Multi Die Integration)を発足することも発表した。MDIの狙いは、異なる機能を持つ半導体を1つの半導体のように動作させるパッケージ技術である2.5D・3D異種集積パッケージ技術のエコシステムを構築して積層技術のイノベーションを続け、最先端パッケージをワンストップのターンキーサービスで提供することにある。サムスン電子はパートナーと一緒に最先端プロセスと異種集積パッケージ技術で設計の複雑度を最小限にできていると説明した。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .7

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00089/

サムスン半導体工場の設計図が海外流出、韓国産業界は技術流出犯罪の厳しい処罰求める

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 2023年6月12日、韓国大法院(日本の最高裁判所に相当)量刑委員会は同特許庁と同大検察庁が2023年4月に大法院に提出した「技術流出犯罪量刑基準整備提案書」を採択して、営業秘密国外漏洩をはじめ技術流出犯罪の量刑基準を見直すと発表した。

 韓国・全国経済人連合会(全経連)も6月8日、大法院に「技術流出犯罪量刑基準改善に関する意見書」を提出した。意見書は「半導体・二次電池・自律走行車など主力産業を中心に海外への技術流出が持続的に発生し、企業生存はもちろん国家競争力まで脅かしているが、処罰は低い水準にとどまっている」「米国は被害額に応じて最大33年9カ月の懲役刑、台湾は5年以上12年以下の懲役になるのに対し韓国は処罰が軽い」として技術流出犯罪をより厳しく処罰することを求めている。全経連の調査によると、2017~2021年に「産業技術の流出防止及び保護に関する法」の違反で起訴された81件の内、一審判決で有罪になったのは44件、さらにこの内執行猶予付きが32件、財産刑7件、実刑5件だった。

 産業技術保護法には国家核心技術を海外に流出させる目的で営業秘密を国外に漏洩した場合は3年以上の懲役と15億ウォン以下の罰金を併科するという条項があるものの、実際に実刑になる事例は非常に少なく抑止力がないというのが全経連の主張である。検察も産業界が受けた被害を考えるとより厳しく処罰すべきだという意見だった。大検察庁の調べによると2019~2022年に「不正競争防止及び営業秘密保護に関する法律」(不正競争防止法)、産業技術保護法を違反した技術流出事件の一審判決445件の内、実刑が宣告されたのは47件で、営業秘密海外流出犯罪の平均の量刑(懲役)は2018年が12.7カ月、2019年が14.3カ月、2020年が18カ月、2021年が16カ月、2022年が14.9カ月だった。

 韓国の技術を海外に流出させる事件は後を絶たない状況である。韓国・国家情報院が公開した資料によると、2018~2022年に摘発された産業開発技術の流出事件は93件、被害規模は約25兆ウォンに上る。摘発した事件だけの被害額のため、実際はもっと多いとみられている。

 最近の事例としては、2023年4月、海外企業に転職するため韓国Samsung Electronics(サムスン電子)の半導体超微細工程技術を流出させたとして産業技術保護法の違反、不正競争防止法違反で起訴されたエンジニアの一審判決があり、当該エンジニアは懲役1年6カ月、執行猶予2年、罰金1000万ウォンとなった。ソウル中央地方検察庁はサムスン電子の被害を考えると量刑が軽すぎるとして懲役5年に罰金1億ウォンを求めて控訴した。

 2023年2月にはサムスン電子の子会社SEMESの機密情報を不正に入手して半導体製造装置を製作、中国に輸出したことで産業技術保護法の違反、不正競争防止法違反で起訴された元研究員らの一審判決があり、主犯格の元研究員は懲役4年、元研究員が設立した法人は10億ウォンの罰金となった。産業界は「数百億ウォンの利益を上げたのに対し罰金は10億ウォン。リスクより利益が大きいままでは技術流出を抑制できない」と反発した。一方で、技術流出の裁判ではほとんどが初犯で技術が海外に渡る前に身柄を拘束されるなど、未遂で終わるケースが多いため刑が軽いという分析もある。

 半導体生産拠点を自国に誘致しようと世界各国が競争する中、産業界に限らず韓国メディアも「処罰が厳しくないから繰り返し流出事件が起きる」と厳しく報じている。サムスン電子半導体工場の設計図をコピーして中国に半導体工場を建てようとした技術流出未遂事件も起こった。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .6

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00088/

米インフレ抑制法その後、現代自動車と韓国バッテリー3社の北米投資増も課題は鉱物

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気候変動対策などのために4300億ドル規模を投じる米インフレ抑制法(Inflation Reduction Act、IRA)のガイダンスが2023年4月18日から適用となった。同法が定める要件を満たす電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)を購入すると最大7500米ドルの税額控除を受けられるというものだが、ガイダンスではその条件が大幅に修正され、極めて厳しいものとなった。北米でEVの最終組み立てを行うだけでなく、車載電池(バッテリー)の部品の一定割合を北米で造ったり、重要鉱物の一定割合を米国や米国が自由貿易協定(FTA)を結ぶ国などから調達したりする必要がある。これにより、韓国の現代自動車グループや起亜自動車、日産自動車が北米で生産するEV「リーフ」は対象外となった。

 インフレ抑制法のガイダンスは2023年6月中旬までパブリックコメントを募集中であり、韓国政府と企業は積極的に意見を提示し米政府と交渉を続けている。というのも韓国バッテリー大手3社は重要鉱物の輸入先を増やそうとしているが、まだ中国からの輸入に依存している。そのため、ガイダンスに中国の鉱物はもとより、中国企業との合弁で調達した鉱物・部品も⼀切使⽤してはならないといった条件が盛り込まれないようにすることが目標である。ガイダンスにある、「FTA未締結国で抽出した鉱物でもFTA締結国で加工し50%以上の付加価値を創出すれば税額控除の対象になる」という条件をうまく利用して、中国の原材料を韓国で加工して米国で売るという流れを守りたいからだ。

 現代自動車グループは自社負担の割引プロモーションで客離れを食い止めようとしているが、税額控除対象外になったことで、消費者からすると現代自動車グループのEVセダン「IONIQ 6」が競合する米Tesla(テスラ)の「Tesla Model 3」より高くなってしまった。IONIQ 6は2023年4月に米ニューヨークで開催した「2023 World Car Awards」で「World Car of the Year」「World Electric Vehicle of the Year」「World Car Design of the Year」の3冠を達成したものの、北米市場の販売台数が予想を下回っているのはやはりEV税額控除の対象外になったことが響いているとみられている。

 現代自動車グループはEV税額控除をめぐり対米投資を見直すと強気の発言をしたこともあったが結局は、米ジョージア州にある年間30万台の生産能力を持つEV工場に55億ドルを投資、2023年4月には韓国のバッテリー企業SK On(SKオン)と50億ドル規模、2023年5月には韓国LG Energy Solution(LGエナジーソリューション)と43億ドル規模の合弁会社をそれぞれ設立し北米でEV向けバッテリーを生産することにした。3つの生産拠点は2025年に稼働を開始する。SKオン とLGエナジーソリューションの2社と合弁したことで、北米でバッテリーセル生産規模が年間65GWhとなり、約60万台に搭載できるバッテリーを確保できるようになった。現代自動車グループとLGエナジーソリューションの合弁はこれが2度目である。1度目は2021年にインドネシアで年間生産10GWh規模のバッテリーセル生産工場を合弁で設立しており、2024年の上半期に量産を開始する。現代自動車グループは「米国生産EVに最適化したバッテリーセルを調達し、高性能・高効率・安全性の高いEVを販売する」と意気込む。現代自動車グループはグローバル市場でのEV販売を2030年に187万台へと伸ばして世界EV生産トップ3になり、グローバルEVの半分を北米で販売することを目標としている。環境対策と税額控除で勢いよく成長している米国EV市場を取りこぼすわけにはいかないからだ。

 韓国バッテリー3社の北米生産拠点投資も着実に増えている。LGエナジーソリューションは、米GM、欧州Stellantis(ステランティス)、ホンダ、現代自動車グループと、SKオンは米Ford(フォード)と現代自動車グループ、Samsung SDI(サムスンSDI)はGM、ステランティスと合弁で北米工場を稼働する。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .6

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00087/

サムスン電子が日本に半導体拠点新設、後工程の日韓シナジー効果に期待

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2023年5月14日、韓国メディアは韓国Samsung Electronics(サムスン電子)が300億円超を投資し横浜市に先端工程の試作品製造ラインを新設すると一斉に報じた。2025年の稼働を目標にしているという。日本政府の半導体補助金を申請し、100億円以上の補助を受ける予定という報道も見られた。同日付の日本経済新聞社の記事では「サムスンは『コメントは控える』としている。」とあった。

 2023年初め、サムスン電子は日本各地にあった設備・素材・イメージセンサー・パッケージングなど半導体関連研究施設を「Device Solutions Research Japan」(横浜市)にまとめた。横浜にあった家電部門の研究所も研究分野を半導体に変更した。

 韓国メディアは2023年3月からサムスン電子が日本に半導体研究拠点を新設すると報道してきたが、いよいよ具体的な投資計画がまとまったようだ。同社が2023年2月に東京で開催したエンジニア採用説明会「Tech & Career Forum」の後から、韓国メディアはサムスン電子が日本にシステム半導体研究拠点と、日本企業と共同研究した試作品を製造する工場を新設し、破格的な条件でエンジニアを大量に採用すると報じてきた。

 サムスン電子が日本に半導体の拠点を新設するという報道は韓国で大きな話題となった。ただ、一部の報道では、日本の企業をサムスン電子の韓国半導体工場近くに誘致することなく、なぜ日本に拠点を新設するのか、日本政府は次々に世界トップの半導体企業を誘致しているが韓国はどうなっているのかと批判的だった。しかし大勢としては、サムスン電子が日本に半導体研究拠点と試作品の製造ラインを持つことは韓国・米国・日本・台湾の半導体協力体制を強化し、日本企業と半導体後工程(パッケージング、配線結線、テストなど)の共同研究をしやすくするとして、日本だけでなくサムスン電子にもメリットがあると報じている。

 韓国メディアはかねて、半導体ファウンドリーの世界市場で圧倒的1位であるTSMC(台湾積体電路製造)とサムスン電子の差は半導体後工程にあると繰り返し指摘してきた。メモリー半導体だけでなくシステム半導体でも世界1位を目指すサムスン電子の目標に近づくためには、後工程に強い日本の企業との共同研究が欠かせないという声がある。

 サムスン電子は2022年11月に、先端パッケージング技術FOWLP(Fan-Out Wafer level Package)を利用することで、既存のグラフィックメモリーGDDR6と同サイズのパッケージで2倍の帯域幅と2倍の容量を実現した「GDDR6W」を公開した。デジタルツインやメタバースといった4K/8Kの高画質映像が必要なサービスに向けた高性能・大容量・高帯域幅メモリー半導体とする。同社はメモリー半導体自体の性能強化だけでなく、同じパッケージの中にメモリーチップを2倍以上搭載できる次世代パッケージングにも対応するとして投資を拡大していた。最近はハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)の性能向上のためメモリー半導体とシステム半導体を1つのチップにする先端パッケージング技術の研究が盛んになり、半導体メーカーが技術を競い合っている。前工程に当たる半導体の微細化工程の研究が計画通り進んでいないことから、パッケージングで性能を向上させる動きもあるという。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .5

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00086/

韓国半導体業界のCHIPS法対策、期待の首脳会談も「具体的な成果なし」と厳しい評価

2023年4月に米韓首脳会談、5月には日韓首脳会談が行われ、韓国の大統領室は米国や日本と経済・安保・先端産業・人的交流などの協力を強化するとしたことが会談の主な成果であったと発表した。両首脳会談ともに韓国経済の重要な位置を占める「半導体」が主なキーワードとして登場した。

 2023年5月7日、ソウルの韓国大統領府で岸田文雄首相と尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領との日韓首脳会談の後に発表された共同記者会見文書では、「韓国の半導体メーカーと日本の優秀な素材・部品・装備企業が共に堅固な半導体供給網(サプライチェーン)を構築できるよう協力を強化する」「宇宙、量子、AI(人工知能)、デジタルバイオ、未来素材など先端科学技術分野の共同研究とR&D(研究開発)協力推進に対する議論がなされた」といった、日韓協力の重要性を強調した内容が示された。会談前には両国が輸出管理で優遇する「グループA(旧ホワイト国)」再指定も発表された。2019年にあった、日本の韓国向け半導体素材3製品輸出規制の強化後、韓国は日本からの輸入に依存していた材料を積極的に国産化し、取引先を増やして乗り越えた。韓国メディアはホワイトリスト復帰が韓国企業に与える影響はそれほど大きくないとしながらも、日本から材料を輸入する際の手続きが簡素化し取引しやすくなったことから今後の取引に変化がありそうだと評価した。

 翌5月8日にソウル市内で行われた岸田首相と6つの韓国経済団体との懇談会でも、半導体をはじめ米国を中心に進んでいるグローバル供給網の再編に関する日韓協力の必要性が題材となった。懇談会に参加した大韓商工会議所会長兼SKグループ会長の崔泰源(チェ・テウォン)氏は岸田首相とグローバル供給網全般に関する話をしたとして、「韓国と日本は重要な経済協力パートナー」「大韓商工会議所は半導体、バッテリー、モビリティー、エネルギーなどの分野で韓国と日本の企業間協力を進める」と説明した。

 同日、韓国の企画財政部(「部」は日本の「省」に当たる)を中心に、4月に行われた米韓首脳会談の成果を基に「米国と協力し最高の半導体同盟になる土台づくり」のための具体策を議論する会議が開催された。この場で秋慶鎬(チュ・ギョンホ)経済副首相兼企画財政相は、「米国と先端技術同盟・文化同盟の基盤を構築した」としながら、次世代半導体、先端パッケージング、先端素材・部品・装備といった三大有望分野を中心に米国と協力し、米商務省の「CHIPS and Science Act(CHIPS・科学法)」や、「Inflation Reduction Act(IRA、インフレ抑制法)」が韓国企業の負担にならないよう米国と相互利益のため緊密に協議を続けると述べた。

 実は韓国では米韓首脳会談前に最も期待されたのが、CHIPS・科学法やインフレ抑制法によって韓国企業の中国内半導体生産設備投資を制限されたり、EV補助金の対象外となって米国内のEV販売に支障が出たりといったことを首脳会談で問題提起し、ある程度解消することだった。

 CHIPS・科学法により米商務省は米国で先端半導体を製造する企業を対象に390億ドル規模の投資補助金を支給する。企業は総投資の35%まで補助金を申請できる。補助金を受け取る代わりに米国の安保を脅かす特定国家(中国)にある半導体製造設備の生産能力は今後10年間で5%以内しか拡大できない。対中国半導体装備輸出規制により韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と韓国SK Hynix(SKハイニックス)の中国における半導体工場の先端工程への転換が難しくなる可能性や、韓国メーカーの半導体製造に関わる情報を米国側に提出しないといけないため企業秘密が漏れてしまうという懸念もある。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .5

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00085/

「脱・家電」のサムスンとLG、Z世代向けライフスタイルを提案

 2023年4月19日から21日にかけて韓国最大規模のIT展示会「World IT Show 2023」(WIS 2023、ソウル市COEX展示場)が開催された。主催は韓国のICT政策を担当する科学技術情報通信部(「部」は日本の「省」に当たる)、後援は産業通商資源部である。同展示会は、韓国の大手企業からスタートアップに至るまでが自社の技術力を一般消費者やバイヤーにアピールする場となっている。

 2023年に15回目を迎えたWIS 2023は、「世界の日常を変えるKデジタル」をテーマに約460社が出展した。マスク着用の義務が解除されたこともあり、久々に新型コロナウイルス感染症パンデミック(世界的大流行)以前の活気を取り戻した。各国の駐韓大使や大使館職員向けの展示会ツアーが主催者の科学技術情報通信部によって行われるなど、輸出商談会にも力が入っていた。

 展示ブースで最も人を集めていたのが韓国を代表する2社のSamsung Electronics(サムスン電子)とLG Electronics(LGエレクトロニクス)である。いずれもモバイル端末やスマート家電を中心に、1990年代半ば以降に生まれたZ世代の新たなライフスタイルを提案するコンセプト展示が人目を引いた。

日常のイノベーションを強調したサムスン

 今年(2023年)のサムスンは例年と違って伝統的な家電を一切展示せず、韓国で最も人気の最新スマートフォン「Galaxy S23」による日常のイノベーションを強調した。展示会の同社ブースではキャンピングカー、大学の講義室、ワンルームマンションを再現したコーナーに、Galaxy S23やノートパソコン、タブレットPC、ワイヤレスイヤホンなどのモバイルデバイスを置いて、Z世代の日常生活を再現していた。Z世代の生活の中心にスマホを据えて、サムスンのデバイスがもたらす利便性をアピールした。テレビがなくてもGalaxy S23で十分に動画やゲームを楽しめることも強調した。

 Galaxy S23の各種機能を体験できるコーナーの一つに、ネオンサインが輝く夜の街をイメージした暗い一角があった。100倍ズームや暗闇の中でも明るく鮮明に撮影できる機能をアピールするためのコーナーだ。このほかサムスンは持続可能なライフスタイルとして環境問題を意識し、ブースを設置する際にリサイクル可能な木材を使ったり、廃プラスチックでキーリングを作る記念品コーナーを設けたりもした。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .4

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00084/

ついにメモリー半導体の減産決めたサムスン電子、米国半導体補助金の申請やいかに

韓国Samsung Electronics(サムスン電子)が2023年4月7日に発表した2023年1~3月期連結決算(速報値)と合わせて、1998年以来となるメモリー半導体の減産を公表した。売上高は63兆ウォン、営業利益は6000億ウォンだった。営業利益が1兆ウォンを下回るのは2009年1~3月期以来の14年ぶりである。韓国の証券業界の分析によると、半導体部門の赤字が4兆ウォン前後あるものの、新型スマートフォン「Galaxy S23」が大ヒットしたおかげで赤字は免れたようだ。

 速報値が市場の期待を下回ったことから、サムスン電子は実績下落の要因と同社の対応についての説明文を別途公開した。それによると、メモリー半導体は多数の顧客企業の在庫調整が続いたことから需要減が続き、システム半導体も景気低迷やオフシーズンの影響などでいずれも営業利益が前期比で下落したため、「有意味な水準までメモリーの生産量を下方修正中」とした。ただし、短期生産計画は減産を決めたものの、中長期的には堅調な需要が見込まれることから、クリーンルーム確保のためのインフラ投資を続け、技術リーダーシップ強化に向けた研究開発投資も拡大するとした。サムスン電子は2023年2月に子会社のSamsung Display(サムスンディスプレイ)から20兆ウォンを借り入れ、施設投資と研究開発に使うと公示した。

 メモリー半導体の世界トップ3のうち、韓国SK Hynix(SKハイニックス)と米Micron Technology(マイクロンテクノロジー)は2022年秋ごろから減産に入っているものの、サムスン電子は人為的な減産はしないという立場だった。サムスン電子はこれまでメモリー半導体の需要が減少して価格が下落して営業利益が赤字になっても減産に踏み込まず、競合他社がメモリー市場から撤退するか破産するまでチキンゲームを続けることで成長してきた。もちろん、メモリー半導体は需要が伸びたからといってすぐ生産量を増やせるわけではないので、半導体サイクルのアップダウンを考えると減産を決めるのが難しいという事情もある。

 台湾の調査会社TrendForceによると、2022年10~12月期の世界DRAM市場シェアはサムスン電子が45.1%と前期の40.7%から4.4ポイント増、SKハイニックスは前期比1.1ポイント減の27.7%、マイクロンは同3.4ポイント減の23%と需要減の中でシェアを伸ばし競合と格差を広げた。

 サムスン電子は2022年から生産ライン再整備でメモリーの生産を10%減らしてはいたが、今回は20%ほど減産するものとみられる。決算報告などからサムスン電子の在庫資産は2022年末時点で52兆1879億ウォンと初めて50兆ウォンを超えた。DRAMの在庫は通常5週間分ぐらい確保するところを21週分に達したという噂もあった。今回も当初は減産せずに競争を続ける姿勢を見せたが、このままではメモリー半導体の価格が生産原価以下になる可能性があるほど需要と価格が下げ止まらず、期待した中国市場の需要がなかなか回復しないことも影響したようだ。サムスン電子の減産決定でメモリー半導体の在庫が減り価格の下落も止まると見込まれることから、韓国では早速サムスン電子の株価が上がり続けている。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2023. .4

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