韓国国民的通話アプリが大規模障害、「デジタル停電」で阿鼻叫喚

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韓国のIT大手Kakao(カカオ)は2022年10月15日(現地時間)、運営する無料通話アプリ「KakaoTalk(カカオトーク)」の大規模障害を引き起こした。カカオトークは韓国国民の9割以上が利用しているといわれる国民的アプリだ。カカオは通話アプリのほか検索サイト、メール、各種予約、決済アプリなど生活全般に役立つサービスを幅広く提供している。これらを含めてカカオのサービスが5⽇以上の⻑期にわたって一部が使えなくなり、韓国内は大混乱に陥った。「デジタル停電」とも呼ばれる今回の甚大な被害を契機に、韓国内で再発防止の議論が活発化している。

 カカオトークは、スマホのアプリなどで利用できる無料の音声通話・ビデオ通話サービスだ。2010年にサービスを開始した。韓国は留学や移民で海外に家族がいる人が多い。通話料を節約できることから、カカオトークは韓国国民にとって生活必需品になった。現在カカオトークは、月間実行回数996億回と、10歳以上の韓国スマホユーザーがもっとも頻繁に利用するアプリになっている。

 そんな国⺠にとってライフラインとなるアプリが、実に127時間30分にわたって使えなくなった。カカオトークは2022年10月16日の夜になって部分的に機能が回復したが、カカオの全てのサービス障害が解消するまで5日以上かかった。韓国では、政府や企業のお知らせもカカオトーク経由で発信するケースが多い。社員同士もカカオトークのグループチャットを連絡に利用するのが一般的だ。個人利用にとどまらず、政府や企業の利用でもカカオトークの大規模障害の影響を受けた。

 カカオが提供するメールや各種予約、乗り換え案内、地図、決済アプリなども利用できなくなった。カカオトーク経由でタクシーや運転代行予約を受け付けていた企業、カカオの決済アプリのみに対応していた商店なども開店休業状態に陥った。カカオトークのIDと連携してログインするネットショップや、マンガやゲーム、コミュニティー掲示板などのコンテンツサイトも利用できなくなった。韓国内では今回の障害を「デジタル停電」と呼ぶほど大混乱が広がった。

 障害の原因は、カカオがサーバー管理を委託する韓国SK C&Cのデータセンターで起きた火災だ。カカオは、各種サービスを提供するために、4カ所のデータセンターで約9万台のサーバーを運用している。今回火災が発生したデータセンターは、カカオの約3万2000台のサーバーを運用する主力拠点だった。

お粗末だったデータセンターの運営体制

 カカオは、自らカカオトークを「国民的メッセンジャー」と自負するほど韓国内で圧倒的なシェアを持つ。カカオトークの強みを生かし、カカオはM&A(合併・買収)を繰り返し、ビジネスの拡大を続けた。韓国内では利便性の高さから、生活にかかわる全てのサービスをカカオトークと連携する利用者が多い。今回の大規模障害からは、カカオのシステムの運用体制は、国民のライフラインを支える存在にしてはお粗末だったことが明らかになった。

 例えばサービスを支えるデータセンターの運営体制だ。カカオは自前のデータセンターを持たず、データセンターの冗長構成も不十分だった。

 実は今回、火災を起こしたデータセンターは、カカオの競合で韓国IT大手のNAVER(ネイバー)も利用していた。しかしネイバーは火災を起こしたデータセンターには一部のサーバーを置くのみで、自前のデータセンターで冗長構成をとっていた。ネイバーは、データセンターの火災でショッピングサイトにサービス障害が発生したものの、カカオとは対照的に短時間で復旧を果たした。

 カカオは今回の大規模障害を受けて2022年10月17日に対策委員会を設置。10月19日には記者会見を開き、障害の責任を取って同社共同CEO(最高経営責任者)であるナムグン・フン氏が辞任した。カカオは会見で「これまでは売上高と営業利益を重視しすぎていた。システムは非常に重要な要素であり、もっと投資をするべきだった」と反省を述べた。

 会見でカカオは、自前のデータセンターを建設する計画も明らかにした。4600億ウォン(約470億円)を投資し、首都圏に12万台のサーバーを置く第1データセンターを2023年中に建設、2024年1月から稼働開始するという。安定的なサーバー運営のため4万kWの電力を確保し、火災が起きた場合も早期に消火できるようにする。第2データセンターも2024年に建設し、2027年1月の稼働開始を目指す。

 実はカカオは2012年にもデータセンターに起因するサービス障害を起こしていた。その際にも「自前のデータセンターを建設する」としていたが、結局10年間、手をつけていなかった。韓国メディアは、このようなカカオの姿勢に対し批判的な報道を続けている。2022年10月24日にはカカオ創業者のキム・ボムス氏が韓国国会に呼ばれて、謝罪する羽目になった。




章恩(ITジャナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 10.

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深刻化するメモリー需要の低迷、それでもサムスン電子が減産しない理由

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韓国Samsung Electronics(サムスン電子)は2022年10月7日(現地時間)、2022年7~9月期の暫定業績を発表した。売上高は76兆ウォン(約7兆8000億円)で前期比1.55%減少、営業利益は10兆8000億ウォン(約1兆300億円)と同23.4%も減少した。韓国の証券業界は、世界的な景気悪化とインフレの影響でメモリー半導体の価格が下落していることから、サムスン電子の業績も78兆ウォン(約8兆円)前後、営業利益は11兆8000億ウォン(約1兆2000億円)前後に落ち込むと予想していた。しかし暫定業績はそれを下回る結果となった。


 サムスン電子の業績はメモリー半導体の価格に大きく依存する。メモリー半導体の価格に左右されない経営体制にしていくため、同社は2030年までにシステム半導体(非メモリー半導体、ファウンドリーなど)でも世界1位になることを目標に掲げる。半導体を委託生産するファウンドリー事業は、注文が減っているとはいえ、メモリー半導体よりは業績が安定している。

 世界的にメモリー半導体が低迷する中、米Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)は2022年9月29日(現地時間)の業績発表において、需要に応じてメモリー半導体の生産調整を実施することを明らかにした。日本のメモリー半導体大手のキオクシアも2022年10月以降、ウエハー投入量の約3割を削減すると公表している。メモリー半導体市場世界シェア1位のサムスン電子も減産を発表するのではないかとみられていた。ところが同社はメモリー半導体の減産計画はないことを表明した。

 サムスン電子は2022年10月5日(現地時間)、米シリコンバレーで次世代半導体と新技術を公開するイベント「Samsung Tech Day 2022」を開催した。この場で同社メモリー事業部副社長のハン・ジンマン氏は、「現時点で(メモリー半導体の減産に関して)議論したことはない」「人為的な減産はしない」「ただし、市場に深刻な供給不足または供給過剰が起こらないよう努力している」と説明した。

 韓国メディアや証券業界は、半導体業界において好況と不況を繰り返す「シリコンサイクル」の周期がどんどん短くなっていることから、サムスン電子は不況サイクルから好況サイクルに移ったらすぐ利益を出せるように備える戦略だと分析している。

米シリコンバレーで次世代技術のロードマップを発表

 サムスン電子は同イベントで、次世代半導体技術の量産計画も公表した。例えば2023年に、世界初となる第5世代の10nm世代プロセスでDRAMを量産する。同社が「V-NAND」と呼ぶ、第9世代の3次元NAND型フラッシュメモリーも2024年までに量産する。1000層まで積層したV-NANDも2030年までに開発する計画だ。

 サムスン電子のV-NANDは2022年9月時点で第7世代の176層まで積層が進んでいる。2022年中には第8世代の230層以上積層したNAND型フラッシュメモリーの量産を目指す。

 ただNAND型フラッシュメモリーの積層数では韓国SK Hynix(SKハイニックス)が2022年8月、世界最高の238層の開発に成功している。これまでサムスン電子は、業界最高の積層数を競うよりも、現行製品の完成度を高める方針を示していた。だが今回、2030年までに1000層まで積層数を増やす計画を明らかにした。これは積層数競争でも、技術優位性を守る戦略を示した形になる。積層数を増やしながらも、セル同士が干渉せずエラーが起きないようにする技術を保有しているとも説明した。


趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 10.

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半導体不況は長期化も、サムスン電子とSKハイニックスは需要反転に備え

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メモリー半導体の需要が大幅に減少している。世界的なインフレと不況による民間消費の冷え込みによって家電やITデバイスの売れ行きが落ち込んでいるからだ。世界半導体市場でシェア1位の韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と同3位のSK Hynix(SKハイニックス)も影響は避けられない。両社は「ピンチはチャンス」と捉え、需要反転に向けた備えを続ける。


サムスン電子が1位から2位に転落予想、TSMCが世界首位に

 2022年8月の韓国半導体輸出は、26カ月ぶりのマイナス成長となった。韓国産業通商資源部(省)の統計によると、2022年8月の半導体輸出は109億6000万米ドル(約1兆5900億円)で前年同月比で6.8%も減少した。システム半導体(非メモリー)の輸出が増加したことで、16カ月連続の100億米ドル(約1兆4500億円)超えは維持したものの、メモリー半導体の単価下落によって全輸出額は減少した。

 サムスン電子が注力する、スマートフォンやノートパソコンなどに搭載するCMOSイメージセンサー(CIS)市場も雲行きが怪しい。

 米国の調査会社であるIC Insights(ICインサイツ)は2022年9月15日、2022年のイメージセンサー世界市場について、出荷量は前年比11%減少し、売上高の規模は同7%減少するという予想を発表した。実際、イメージセンサー市場世界1位のソニーと、同2位のサムスン電子の2022年4~6月イメージセンサー売上高は減少している。 ICインサイツは、在宅勤務から通常勤務に戻った会社が増えたことで、テレビ会議需要が減少。中国の長引く都市封鎖や、世界的なインフレ傾向もイメージセンサー市場に影響を与えていると分析する。

 半導体市場全体の実績が悪化する中、ICインサイツは2022年7~9月の売上高ベースの半導体市場シェアについて、台湾積体電路製造(TSMC)が1位になる見込みとした。サムスン電子が前期比19%減の182億9000万米ドル(約2兆6500億円)で1位から2位に転落し、TSMCが同11%増の202億米ドル(約2兆9200億円)で1位、米インテル(インテル)が同1%増の150億4000万米ドル(約2兆1800億円)で3位になるという。

 これまで半導体市場では、サムスン電子とインテルが1位の座を競っていた。委託生産のみのTSMCは、受注減を織り込んだとしても、サムスン電子とインテルを超える見込みという。

 韓国の半導体業界は、毎年8月末を年度末日とする米Micron Technology(マイクロン・テクノロジー)の業績に注目している。サムスン電子やSKハイニックスよりも先に実績を公開するため、今後の半導体市場の流れを予測できるからだ。

 マイクロンの2022年6~8月の業績は、売上高が前期比で20%近く下落し、営業利益も予想を大幅に下回る見込みという。サムスン電子とSKハイニックスも業績悪化が避けられないとし、韓国内では両社の株価が下がり続けている。韓国証券業界は、米国の中国向け半導体設備輸出制裁がメモリー半導体にまで拡大した場合、中国に生産拠点があるサムスン電子とSKハイニックスはさらに深刻な状況を迎える恐れがあるとし、メモリー半導体不況は2024年まで続く可能性があると分析した。



趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 9.

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00069/

情報通信産業の構造変容-次世代移動ネットワークがもたらすイノベーション

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情報通信産業の構造変容 
-次世代移動ネットワークがもたらすイノベーション 
菅谷 実 編著
山田 徳彦 編著 
白桃書房 

とても貴重な機会をいただき、菅谷先生と山田先生が編著の本に筆者の一人として参加させていただきました。
「第II部5Gモバイルのもたらすデジタル社会」の「第10章韓国の5G政策と社会」を担当いたしました。
教科書としてもビジネス書としても役立つ内容になっています。
ぜひお手にとってご覧くださいませ。
よろしくお願いいたします。
趙章恩

サムスンとLGがIFAでOLEDテレビ競う、中国勢かわし大型市場で勝負

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2022年9月、家電見本市「IFA2022」がドイツ・ベルリンで3年ぶりにリアル開催された。IFAといえば世界のテレビ市場でシェア1位の韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と同2位の韓国LG Electronics(LG電子)が、最新のテレビディスプレーを展示し、技術を競い合うのが名物だ。

 IFA2022では、サムスン電子が有機ELディスプレー(OELD)テレビを展示するかどうかに注目が集まった。OLEDテレビはLG電子がリードする分野だ。サムスン電子は現状、ミニLEDバックライト搭載の「Neo QLED」テレビ、マイクロLEDディスプレーの「Micro LED」テレビを主力とする。サムスン電子は子会社であるSamsung Display(サムスンディスプレイ)が開発した次世代ディスプレー「QD-OLED」テレビを2022年春から販売しているものの、海外での展示は今回が初めてとなる。

 QD-OLED(量子ドット有機EL)は、サムスンが2019年から2025年までに生産施設構築と研究開発に13.1兆ウォン(約1.2兆円)もの巨額を投資する次世代ディスプレーだ。QD-OLED のQDは、電気・光学的性質を持つナノメートルレベルの大きさの半導体粒子のこと。QD-OLEDでは、光の三原色の中で青色素子を発光源とし、量子ドットをカラーフィルターの代わりに使って、RGBの残る緑や赤を発光させる。同社はQD-OLEDテレビを「現存する最高画質のテレビ」になるとする。

 そんなサムスン電子は満を持してIFA2022において、55型と65型のQD-OLEDテレビを展示した。ただ同社のIFA2022における公式ブースツアーでは、なぜかLCDパネルを搭載するテレビのみを紹介。QD-OLEDテレビの紹介をスルーしたことが話題になった。

 サムスン電子は、いつ主力テレビをQD-OLEDにシフトするのか。IFA2022の会場で行われたサムスン電子の記者会見では当然、同社のQD-OLEDテレビ戦略について質問が集中した。

 サムスン電子副会長でDX部門長のハン・ジョンヒ氏は「2022年発売したQD-Display(QD-OLED)が好評で各種メディアによる評価も高い」「消費者が望むのであればQD-OLEDテレビの生産キャパシティーとラインアップを補強する」と説明するにとどめた。

 サムスン電子のQD-OLEDパネルの生産能力は現状、年間100万台規模だ。年5000万台規模の同社のテレビ出荷量をまかなうには足りない。そのため消費者のニーズに応じて、徐々にQD-OLEDにシフトしていくという同社の戦略が見えてくる。

 生産面では着々とQD-OLEDシフトが進む。サムスンディスプレイは2022年6月、LCDパネルの生産を終了し、QD-OLEDの研究と生産に人員を再配置した。QD-OLEDパネル生産の歩留まり率も改善している。2022年7月時点で85%を超え、2022年末には90%を目標にしているという。65型のQD-OLEDパネルの製造原価について同社は620ドル(約8万9000円)を目標にしており、LG電子のOLEDパネルよりも安くしようとしているとも報じられている。

 サムスン電子のQD-OLEDパネルはソニーがいち早く採用し、同社のテレビ「BRAVIA」の新製品として販売された。

 現在、世界のLCDパネルの価格は値下がりが続いている。全サイズにおいて前年比で半額近く安くなっている。LCDパネル生産の主役は京東方科技集団(BOE)や華星光電(CSOT)といった中国勢だ。LCDパネルを採用するテレビは中国メーカーが市場を席巻しているため、サムスン電子とLG電子はOLEDを中心とした大型のプレミアムテレビのエリアに活路を見いだしているようだ。

 サムスン電子のハン氏はかつて、2020年に開催された家電見本市「CES2020」において記者らに「サムスン電子はOLEDテレビに参入しないつもりなのか」と質問され、「絶対ない。サムスン電子はOLEDテレビを販売しない」と発言。大々的に報じられたことがあった。

 当時のサムスン電子は、LG電子のOLEDテレビより、自社の液晶をベースにしたQLEDテレビの方が、画質に優れると宣伝していた。その発言から2年が経過し、結局サムスン電子もOLEDテレビの販売を始めた。

 サムスン電子のハン氏は、以前から噂があるLG電子からのOLEDパネルの調達について「可能性は開かれたままである」と話した。サムスン電子とLG電子が協力すればOLEDテレビ市場に大きな変化が訪れることは間違いない。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

  

(NIKKEI TECH)

 

2022.9 .

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00068/

韓国・現代自動車や起亜に米インフレ抑制法の逆風、苦肉の米生産拡大

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米国で2022年8月16日に成立したインフレ抑制法(The Inflation Reduction Act)と称する歳出・歳入法が、韓国の電気自動車(EV)とバッテリー業界に衝撃を与えている。同法は北米で組み立てられた車両のみに対して補助金を出す方針だ。韓国で車両を生産する韓国Hyundai Motor Group(現代自動車グループ)や韓国Kia Motors(起亜自動車)などは対象外となり、米国での販売が不利になるからだ。米国での生産を拡大するなど、各社は対応を迫られる。

 米国で成立したインフレ抑制法は、⼤企業や富裕層の課税強化などから財源を確保し財政⾚字を削減、EV購入やクリーンエネルギー導入といった気候変動対策と医療費負担軽減対策に4300億ドル(約59兆円)規模を投じるというものだ。米国政府はEV1台当たり最大7500ドル(約103万円)の補助金を出し、2030年までに米国内の新車販売の半分をEVにする目標を掲げる。

 これだけを見ると世界のEVメーカーに追い風が吹くかのように見える。しかしインフレ抑制法に基づくEV補助金の対象になるのは北米内で最終的に組み立てられたEVのみだ。

 EVに搭載するバッテリーも、北米あるいは米国と自由貿易協定(FTA)を締結した国で調達されたリチウムなどの重要鉱物を一定割合以上含んでいる場合に限って補助金の対象とする。求める重要鉱物の割合は年々上昇する仕組みであり、2023年の40%から毎年10ポイントずつ上昇し、2029年以降には100%になるように定めている。

 現代自動車と起亜自動車はいずれも韓国でEV⾞両を生産している。そのためこの補助金対象から外れる。補助金対象となる他の自動車メーカーの同クラスEVよりも割高になるため、販売上不利になる。

 現代自動車の主力EVである「IONIQ 5」は米国内で好評だ。今後はもっと売れると期待されていただけに補助金対象から外れるのは痛い。

 米CNBCの報道によると、2022年1~3月の米国におけるEVの販売シェアは米Tesla(テスラ)が71.4%、現代自動車が9%、米Ford Motor(フォード)が6.0%、ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン)が4.4%、その他が9.2%である。現代自動車は補助金がなくても、米国内でシェア2位を守れるだろうか。

現代自動車は米国新工場の稼働前倒しへ

 韓国勢がインフレ抑制法の恩恵を受けるには、米国内でEV生産を拡充するしかない。

 現代自動車の米国法人は2022年4月、米アラバマ州の工場に3億ドル(約415億円)を投資し、高級車ブランド「GENESIS」のSUV「GV70」のEVモデルを同年12月から生産すると発表した。GV70は現代自動車で初となる米国生産EVだ。ただこのアラバマ州の工場で、主力のIONIQシリーズを生産するのは難しいという。

 そこで現代自動車は、米国に建設する別の新工場計画を前倒しする考えだ。同社は2022年5月、2025年の上半期稼働を目指して、米ジョージア州に年間30万台規模のEVを生産する新工場を建設すると発表した。同社はこの予定を繰り上げ、2024年10月に稼働できるよう検討を始めた。

 ジョージア州の経済開発長官は2022年8月22日(現地時間)、韓国ソウルにある現代自動車の本社を訪れ、ジョージア州の新工場の早期稼働に向けて意見交換したという報道もある。

 ただ工場建設を前倒しするだけでは十分ではない。現代自動車にEV関連の部品を納入する韓国内の部品メーカーも、米国生産の前倒しに対応しなければならない。この点は非常に厳しいという見方が出ており、現代自動車は当初、米国企業の部品メーカーを選択する必要もありそうだ。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

  

(NIKKEI TECH)

 2022.9 .

 

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00067/

SKハイニックスが業界最高の238層フラッシュメモリー、需要減でも技術磨く

フラッシュメモリー関連で世界最大級のイベント「2022 Flash Memory Summit(FMS)」が米国カリフォルニア州サンタクララで2022年8月2~4日(現地時間)に開催された。ここで主役になったのは、韓国SK Hynix(SKハイニックス)と韓国Samsung Electronics(サムスン電子)といった韓国勢だ。SKハイニックスは世界初という238層のNAND型フラッシュメモリーを発表した。サムスン電子も、AI(人工知能)や機械学習に最適化した「Memory-Semantic SSD(メモリーセマンティックSSD)」と呼ぶ新たなSSDを公開した。世界的な景気後退でメモリー需要が減少する中、両社は技術力によってイノベーションを続ける意欲をみせた。

 NAND型フラッシュメモリーは、スマートフォン(スマホ)やパソコンのストレージであるSSDに使われる技術だ。近年ではストレージ容量の単位であるセルを垂直に積み上げる積層技術が重要になってきた。積層すればするほどストレージ容量を大きくできる。

 SKハイニックスが公表した238層NAND型フラッシュメモリーは、1つのセルに3ビットのデータを保存できるTLC(Triple Level Cell)をメモリーセルに採用するタイプだ。

 実はFMSが開催される1週間前、米Micron Technology(マイクロンテクノロジー)が世界初という232層NAND型フラッシュメモリーの量産を開始したと発表した。SKハイニックスはわずか1週間で業界最高の積層数を塗り替えた形だ。同社はこの238層NAND型フラッシュメモリーを2023年第1四半期に量産を開始する計画という。

 SKハイニックスによると今回の発表は、業界最高の積層数に加えて、メモリーサイズが業界最小水準という特徴にも意義があるとする。同社は積層数を増やすために、単にセルを高く積み上げるのではなく、周辺回路をセルの下に置き無駄なく空間の集積度を高める「4D構造」と呼ぶ実装方式を採用している。

 238層NAND型フラッシュメモリーは、同社の前世代に当たる176層NAND型フラッシュメモリーと比べて、集積度を34%向上したという。メモリーの伝送速度は50%速くなり、データを読み込むときに使う電力消費は21%減少した。より環境にやさしくなったといえる。同社は238層NAND型フラッシュメモリーをパソコンのSSD向けに供給し、その後、スマホやサーバー向けに供給する計画だ。

 FMSの基調講演に登壇したSKハイニックス副社長のチェ・ジョンダル氏は「原価や性能、品質の側面からグローバルトップクラスの競争力を確保した」「技術の限界を突破するため絶えずイノベーションを行う」と強調した。

 同氏の基調講演にはSKハイニックスが米Intel(インテル)から買収したNAND型フラッシュメモリー事業を進める米Solidigm(ソリダイム)の幹部も同席した。1つのセルに5ビットのデータを保存できる「PLC(Penta Level Cell)」を採用したSSDの動作デモを世界で初めて公開した。ストレージ容量をより拡大できるPLCの登場によって、現在データセンターの85%を占めているHDDをSSDに切り替えられるとする。

 SKハイニックスはFMSのセミナーにも登壇し、新たなインターフェースであるCXL(Compute Express Link)に対応したDDR5 DRAMベースの96Gバイトのメモリーサンプルの開発についても発表した。

 CXLは、PCIe(Peripheral Component Interconnect Express)をベースにした標準インターフェースとして、CPUやGPUなどのアクセラレーター、メモリーなどをより効率的に接続することを狙ったものだ。これまでは、CPUを中心に、メモリーやストレージ向けに個別のインターフェースが存在し、デバイス間の通信が非効率になっていた。AIやビッグデータの一般化で、効率的なコンピューティング環境の需要が増している。CXLは、データ処理にかかわる複数のインターフェースを共通化し、メモリーを各デバイスで共有させるという次世代アーキテクチャーを目指しているようだ。

 ちなみに新たなメモリーアーキテクチャーを巡っては、これまで「CXL Consortium」と「Gen-Z Consortium」という2つの団体が主導権争いをしていた。2021年末にこの2つの団体が統合し、CXLが事実上の標準になった。

趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

  

(NIKKEI TECH)

 2022.8 .

 

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https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00066/

業績好調のサムスン電子とSKハイニックスに暗雲、半導体の需要鈍化に投資見直し

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韓国半導体大手の韓国Samsung Electronics(サムスン電子)と韓国SK Hynix(SKハイニックス)が2022年7月末、2022年4~6月期の連結決算を発表した。両社ともに4〜6月期の業績は絶好調だ。しかし両社は2022年7月以降、世界的なインフレ傾向と景気悪化による電化製品の出荷減少から、半導体市場の需要が鈍化すると予測する。

 特に業績が好調だったのがSKハイニックスだ。同社の2022年4〜6月期の売上高は13兆8110億ウォン(約1.4兆円)と過去最高になった。米Intel(インテル)からスピンアウトした米Solidigm(ソリダイム)を買収・子会社化したことで、その売り上げが加わったことも奉功した。

 営業利益は4兆1926億ウォン(約4300億円)で前年同期比55.6%も増加した。DRAM価格は下落したがNAND型フラッシュメモリーは価格が上昇し、全体の販売量が増加。第4世代の10nm(ナノメートル)世代プロセスの(1a)DRAMと176層NAND型フラッシュメモリーの歩留まりが改善し、収益性が向上した。

 絶好調とも言えるSKハイニックスだが、2022年7月以降のメモリー半導体の業績は、需要鈍化で減速するという見通しを明らかにした。世界的なインフレ進行や景気悪化で電化製品が売れず、パソコンやスマートフォン(スマホ)、テレビなどの出荷量が減っているからだ。データセンター用メモリー以外は需要が鈍化するとみられ、2023年の投資は下半期の在庫に応じて慎重に検討するという。同社は韓国内の半導体工場増設計画を保留することも2022年6月末に発表している。

サムスンもメモリー需要減少を予測

 サムスン電子も業績は好調だ。しかし同様に2022年7月以降、半導体需要の減少を予測する。

 同社の2022年4〜6月期の業績は、売上高が前年同期比20.94%増の77兆ウォン(約7兆8000億円)、営業利益は同11.38%増の14兆ウォン(約1兆4000億円)と増収増益だった。営業利益全体の約7割を半導体事業が稼ぎ出している。四半期の業績は過去最高を更新した前四半期に比べると若干減少した。

 同社も7月以降、パソコンとスマホ向けメモリー半導体の需要が減少すると予測する。メモリー半導体は、主要顧客の新製品発売など需要を綿密にモニタリングしながら高付加価値や高容量製品に力を入れることで対応するという。

 メモリー半導体市場の不確実性が高まっていることを受け、システム半導体に一層、注力する。世界初3nm世代プロセスのGAA(Gate-All-Around)生産と2億画素のイメージセンサー「ISOCELL HP3」生産に続き、GAAの第2世代開発に集中し、技術競争力を強化し続ける。中長期の需要対応のため技術投資を続け、設備投資は在庫状況を見ながら弾力的に調整するという。

 サムスン電子は2022年7月25日、韓国・華城(ファソン)工場で、3nm世代プロセスGAAの量産出荷を記念した式典を盛大に開催した。量産開始から1カ月後に式典を開くのは異例だ。韓国では、サムスン電子がファウンドリーの技術優位と2030年のシステム半導体でも世界1位になるという目標に着実に近づいていることをアピールするために開催したと見られている。景気鈍化による半導体減産でも、半導体が使われる製品は幅広いため、3nm世代プロセスのGAA工程を求める新規顧客誘致で利益を維持する狙いだ。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022.8 .

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00065/

LGエナジーがいすゞに1兆ウォン規模の電池供給報道、パナソニックの隙を突く

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韓国メディアは2022年7月5日(現地時間)、韓国バッテリー最大手のLG Energy Solution(LGエナジーソリューション)がいすゞ自動車の小型トラックに対し、4年間で1兆ウォン(約1046億円)を超える規模のバッテリー供給契約を結んだと一斉に報じた。韓国では、LGエナジーソリューションがパナソニックのお膝元の日本で受注したとして沸いている。LGエナジーソリューションは生産設備を積極的に拡大するものの、桁違いの投資を続ける中国勢の背中は遠い。中国勢とのシェアの差は、逆に広がりつつある。

テスラに集中するパナソニックを横目に日本市場攻略

 いすゞ自動車の小型トラック「エルフ」は、同社小型トラックの旗艦だ。現在、同社は電気自動車(EV)の実証実験を進めており、2022年にも市場投入を目指している。韓国メディアは、パナソニックが米Tesla(テスラ)向けの生産に集中するのを横目に、LGエナジーソリューションが日本市場をうまく狙って成果をあげたと分析する。

 LGエナジーソリューションは、日本市場を着々と攻略している。2022年1月にはホンダと合弁で最大40GWh規模の新たな北米バッテリー工場を新設すると報じられた。日産自動車のEV「アリア」にパウチ型バッテリーを供給するという報道もあった。



 LGエナジーソリューションはEVスタートアップにも供給先を広げている。2022年7月11日には、同社がインドの自動車大手Mahindra & Mahindra(マヒンドラ・アンド・マヒンドラ、以下マヒンドラ)の小型EV「XUV400」にバッテリーを供給すると報じられた。

 LGエナジーソリューションの親会社である韓国LG Chem(LG化学)は2018年2月にマヒンドラとの協業を発表している。NCM(ニッケル・コバルト・マンガン)バッテリーによる高密度エネルギーのバッテリー開発とリチウムイオンバッテリーモジュールの開発という内容だ。今回のバッテリー供給報道はその成果だろう。

 マヒンドラはEVのラインアップ強化のため91億米ドル(約1兆2500億円)の資金を調達する。同社はEV向けバッテリーの内製化は考えていないと公表しており、LGエナジーソリューションの供給規模は拡大する可能性が高い。人口14億人のインド市場開拓の足がかりができたことは、LGエナジーソリューションにとって大きい。

 LGエナジーソリューションは生産設備も積極的に拡大する。

 2022年6月13日にLGエナジーソリューションは、韓国・梧倉(オチャン)1工場に4GWh規模の円筒型バッテリー生産ラインを増設すると発表した。同工場において9GWh規模の新たなフォームファクター(形状)を採用した円筒型バッテリー生産ラインも新設する。7300億ウォン(約770億円)を投資し、2023年下半期から量産を開始する計画だ。

 2022年3月に同社は、米アリゾナ州に1兆7000億ウォン(約1780億円)を投資し、11GWh規模の円筒型バッテリー工場を新設することも発表している。主力とする円筒型バッテリーを採用する自動車メーカーが増えており、今がチャンスとばかりに生産設備を広げている。

趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 7.

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00064/

サムスンがTSMC追撃へ、切り札の「GAA」3nm世代の量産開始

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韓国Samsung Electronics(サムスン電子)は2022年6月30日(現地時間)、次世代トランジスタである「GAA(Gate-All-Around)」技術による3nm(ナノメートル)世代プロセスの先端半導体量産を開始したと発表した。3nm世代プロセスの半導体量産は、半導体ファウンドリー世界トップの台湾TSMC(台湾積体電路製造)に先行し、世界初だ。

 3nm世代プロセスの半導体の最初の顧客は、ビットコイン採掘用のASICを設計するファブレスメーカーである中国・上海磐矽半導体(PanSemi)と報道されている。ビットコインの採掘には、演算処理が速く、エネルギー効率の高いハードウエアが必要だ。そのため採掘業者は、それぞれ採掘に適したASICを委託生産している。GAA技術は、既存のFinFET技術による半導体と比べて消費電力を抑えられ、性能向上できる。そのため3nm世代プロセスは、まずはビットコイン採掘用ASICに適しているというわけだ。

 サムスン電子は2020年7月に開催した展示会で、初めて3nm世代プロセスのウエハーを一般公開した。2022年5月にバイデン米大統領が同社の韓国・平沢(ピョンテク)半導体工場を訪問した際にも、3nm世代プロセス半導体の試作品を披露したという。また同社はかねてから「2022年4〜6月の間に世界初の3nm世代プロセスの半導体量産を開始する」と宣言していた。その言葉どおり、滑り込みで量産開始し、有言実行となった。

 今回のサムスン電子の3nmプロセス世代半導体の量産開始について韓国内では、TSMCを追撃するチャンスをつくったとして高く評価されている。TSMCは2022年末に3nm世代プロセスの半導体量産を始める予定だ。だがこれは次世代のGAAベースではなく、既存のFinFET技術ベースである。GAA技術についてTSMCは、2025年の量産を予定する2nm世代プロセスから導入するという。

 台湾の調査会社TrendForce(トレンドフォース)によると、2022年1~3月期の世界ファウンドリー市場のシェアはTSMCが53.6%で1位であり、サムスン電子は16.3%で2位につけた。韓国内では、3nm世代プロセス半導体を皮切りに、サムスン電子とTSMCのシェアの差が縮まると期待する。サムスン電子は2021年に約100社だったファウンドリーの顧客を、2026年に300社以上へと増やす目標も掲げている。

電力消費を45%削減、性能を23%向上

 サムスン電子が3nm世代プロセスで導入したGAAは、半導体を構成するトランジスタにおいて電流が流れるチャネル4面をゲート(Gate)で囲む技術である。チャネル3面を囲むこれまでのFinFET技術と比べて、チップ面積を削減でき、消費電力も抑えられるという。

 同社によると、今回量産を開始したGAAベースの3nm世代プロセス半導体は、同社のFinFETベースの5nm世代プロセス半導体と比べて、電力消費を45%削減し、性能を23%向上、チップ面積を16%縮小したという。2023年に予定している第2世代のGAAにおいては、電力消費を50%削減、性能を30%向上、チップ面積は35%まで縮小できるとする。

 GAAは、半導体チップのサイズがどんどん小さくなり、既存のFinFETベースでは電力制御に限界が出てきたことで考案された技術だ。サムスン電子は、今回のGAAベースの3nm世代プロセスにおいて、チャネルを薄く広いナノシート(Nanosheet)型にした独自技術「MBCFET(Multi-Bridge Channel Field Effect Transistor)」を採用したという。この技術は、ナノシートの幅を調整しながらチャネルの大きさを変更できる。これによって電流をより細密に調節できることから、高性能かつ低消費電力の半導体設計に適している。

 サムスン電子は、TSMCを猛追するかのようにファウンドリー設備にも投資する。2022年下半期には平沢半導体工場の第3ラインが稼働する。米国テキサス州テイラー市にも、2024年下半期稼働を目標に170億ドル(約2兆360億円)を投資し、新たなファウンドリーを建設する。

 さらに同社は2022年6月、韓国・器興(ギフン)半導体工場内に新しい半導体研究開発センターを建設した。半導体研究所の新設は2014年に韓国・華城(ファソン)工場デバイスソリューションリサーチを設置して以来、8年ぶりとなる。研究員と設備が増えたことで研究スペースが足りなくなり、遊休敷地に研究所を建てることになったという。2021年に末立ち上げた次世代プロセス開発チームを中心に採用を増やし、3D(3次元)メモリーや6憶画素イメージセンサーなどの研究も進めるようだ。


趙 章恩(ITジャーナリスト)

 

(NIKKEI TECH)

2022. 7.

-Original column

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01231/00063/