韓中外交摩擦がサイバー戦に発展か?

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駐韓米軍基地にTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)を配置することが決まってから、THAADの韓国配置に反対し続けていた中国の、韓国に対する圧力が一層強まっている。

 韓米両政府は、北朝鮮の弾道ミサイルに対応するため駐韓米軍基地にTHAAD配置を決めたが、中国は駐韓米軍のTHAADは距離が近いため中国軍までも監視できる、THAAD配置が北朝鮮を刺激して東アジアの緊張が高まる、という理由から反対してきた。

 「韓米両政府がTHAADの韓国配置を2017年7月までに終える方向で調整中」との報道が出た1月末から、観光や貿易、コンテンツ流通など経済面での中国の対韓圧力が続いている。ネットでは、中国のIPアドレスによるものとされるDDoS(分散型サービス妨害)攻撃やディフェイス攻撃も起こっている。

 DDoS攻撃とは、大量のパソコンなどから一斉に特定のWEBサイトにアクセスすることで通信容量をあふれさせ、WEBサイトの機能を利用できなくする攻撃。ディフェイス(deface)攻撃は、無断で他人のホームページのトップ画面を変えてしまうことである。

ロッテ免税店などが被害に遭う

 3月2日午前、ロッテ免税店の中国語ホームページ(免税品を注文・決済するB2Cサイト)がDDoS攻撃によりアクセスできなくなり、14時頃には韓国語、日本語、英語のホームページもアクセスできなくなった。ロッテ免税店のホームページは、前日の3月1日にもDDoS攻撃を受けていた。2日は3時間ほど免税店のサイトにアクセスできない状態が続き、ネット上で注文を受けられなかった。


ロッテ免税店の中国語サイト。3月2日にDDoS攻撃を受けた。韓国内では、韓中サイバー戦を懸念する声もあり、政府機関がモニタリングを強化した
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 複数の韓国メディアが、ロッテ免税店側のコメントとして「中国発IPアドレスによるDDoS攻撃」だと報じた。ロッテ免税店の売り上げは、7割が中国人観光客によるものである。そのため、DDoS攻撃で3時間注文を受け付けられなかっただけにも関わらず、数億ウォン(日本円にして数千万円)の損失が出たという。

 3月6日時点で、ロッテ免税店のホームページはつながる状態になった(ロッテ免税店はつながるが、ロッテグループのサイトはつながらない状態)。またロッテグループの中国ホームページは、2月28日から3月6日まで、つながらない状態が続いている。ロッテによると、通常の10~25倍ものトラフィックが発生しているので、サイトが麻痺してしまったという。中国のコミュニティサイトやSNSには、ロッテを批判する書き込みがどんどん増えている。

 3月2日には、ソウル市の関連サイトが「Panda Intelligence Bureau」を名乗る組織によりディフェイスされ、サイトにアクセスするとメイン画面にパンダのイラストと共に「ロッテをボイコットせよ。THAADの韓国配置に反対せよ」と書き込まれる事件が発生した。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

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2017.3.

 

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世界の流れに逆行?タブレットの売れ行きが好調な韓国ならではの事情

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世界のスマートフォンやIoTデバイスの最新動向を一目で見られる世界最大の移動通信展示会「Mobile World Congress」(MWC)の初日前日にあたる2017年2月26日、サムスン電子は現地(スペインのバルセロナ)でプレスカンファレンスを開催し、スマートフォン新機種ではなくタブレットである「Galaxy Tab」と「Galaxy Book」を公開した。

 Galaxy TabはAndroidタブレットで、9.7型のHDR(High Dynamic Range)映像を再生できるスーパーAMOLEDディスプレイや、スマートデバイス同士でコンテンツを共有しやすくするアプリSamsung Flow、ペン先が0.7mmと細くて描きやすいSペンが特徴である。

 またサムスンのタブレットとしては初めて、オーディオ専門ブランドAKGの技術を搭載したステレオスピーカーを4つ搭載している。Galaxy Book は、OSにWindowsを搭載。10.6型と12型があり、キーボード脱着式で、ノートパソコンのようにも使える。

 サムスン電子は、「画面が大きいだけでなく、マルチメディア、エンターテインメント、効率的な業務、デザインなど、どのような作業にも適している便利なタブレットであり、タブレットの進化を確認できる製品だ」と宣伝した。


サムスン電子のタブレットPC「Galaxy tab S3」
(出所:サムスン電子)
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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

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2017.3.

 

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韓国のグーグルはスタートアップの育成に本気だ

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2017年2月21日、グーグルは記者会見を開き、韓国に設立して2年が経過した「グーグルキャンパスソウル」でのスタートアップ支援成果と、韓国のスタートアップ事情について説明した。日本では、アマゾンがスタートアップの商品を専門的に扱うストア「Amazon Launchpad」をオープンして話題になっているが、韓国にはまだアマゾンが進出していないこともあり、「スタートアップと言えばグーグル」のイメージが強い。

 同キャンパスは2015年5月、ソウル市の南側にオープンした。朝9時から夜10時まで、誰でもパソコンを持ち込んで仕事をしたり打ち合わせをしたりと自由に使える。カフェとオフィス用設備、スタートアップのための有料スペースが設けられている。


ソウル市の南側にある「グーグルキャンパスソウル」の様子
(出所:グーグル)
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スタートアップ関連イベントを多数開催

 オープンから今まで同キャンパスに入居したスタートアップは17社。総額170億ウォン(約17億円)の投資を受けて、巣立っていった。オープンスペースを利用するには無料の会員登録が必要だが、現在2万1000人が会員になっている。カフェの飲み物はコーヒーが1杯約300円で、周辺にあるほかのカフェよりも割安の値段になっている。

 同キャンパスは、さまざまな人が起業またはスタートアップの一員になれるチャンスを与える場として、大きな人気を集めている。それは、スペースを提供するだけではなく、年間190回以上スタートアップ関連イベントを開催したからだ。子育て中の女性を対象にしたスタートアップ育成プログラム「Campus for Moms」や、韓国内のスタートアップが採用説明会を開く「Campus Recruiting Day」など、話題になったイベントもある。

 グーグルキャンパスソウルは2017年5月より、新しいイベントとして、スタートアップが一回り成長するために必要な収益化戦略、マーケティング戦略、クラウドコンピューティング活用といった実務を教える予定だという。教えるのはもちろんグーグルの社員で、ネットビジネスをよく知る専門家らである。

 さらに、スタートアップがグーグルの社員を2週間無料で雇えるイベントも計画している。グーグルの社員と一緒に、スタートアップが抱えている問題を解決したりコンサルティングしてもらったりできる貴重なチャンスでもある。

 またグーグルキャンパスソウルはスペースに限りがあるため、入居できなかったスタートアップのために、グーグルのパートナー会社のオフィスを間借りできるようにもするという。世界各国にあるグーグルキャンパスにオフィスを構えて海外のスタートアップと交流もできる「Campus Exchange」も、より幅広く実施する。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

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2017.2.

 

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韓国でも問題視される長時間労働、オンラインゲーム会社で「夜勤禁止令」

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 韓国の有名オンラインゲーム会社Netmarbleは、2017年2月13日に「夜勤禁止令」を出し、今後社員は夜9時までに帰宅するようにした。

 Netmarbleの本社ビルは、ソウル市の西にあるITベンチャー街にあるが、「灯台」というニックネームが付くほど、夜遅くまで灯りが消えないビルとして有名だった。それだけに、同社の夜勤禁止令は韓国で大きな話題になった。


画面●韓国Netmarble社のWebサイト。同社はゲーム業界の長時間労働問題を改善するため、2月13日より「夜勤禁止令」を実施した
(出所:Netmarble)
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 初日の13日にはマスコミが本社ビルの外で待機、同社のオフィスの灯りが何時に消えるか取材したほどである。13日は、24時間稼働している「ユーザー相談センター」の担当者以外は、夜9時前に帰宅できたようだ。

週末勤務や帰宅社員への業務指示も禁止

 今回の夜勤禁止令は、同社の「勤務環境改善案」によるものだ。長時間労働を避けるため、どうしても夜遅くまで仕事をしないといけない場合は夜勤申請書を提出し振替休日を取る。週末出勤も禁止で、帰宅した社員にメッセンジャーで業務指示をするのも禁止にした。

 オンラインゲームは24時間365日サービスを提供している。そのためゲームサイトの点検やゲームのアップデートは、利用者が少ない深夜の時間帯に行われるのが一般的だった。同社はまず一部のオンラインゲームから深夜のアップデートをやめ、1カ月ほど深夜にアップデートをしないと起こる問題点を見つけ、解決していくことにした。

 社員の採用を増やし、社員一人一人の仕事量も調整する。社員の勤務環境改善によりオンラインゲームのアップデートや新規サービス開始の遅れが予想されるが、Netmarble側は「仕方ないこと」だと割り切った。

 実は韓国では、数年前からオンラインゲーム業界の長時間労働、過労による自殺や突然死が問題になっていた。2016年から野党である正義党の議員らがゲーム産業の労働環境について実態調査を実施し、国会で公聴会も開いたこともあった。野党側は、「長時間労働をしても、会社側は年俸に手当が全部含まれているとして時間外勤務手当を支給しないことも問題だ」と主張し、不公正な雇用契約、不当な長時間労働を政府が取り締まるべきだと求めてきた。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

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2017.2.

 

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韓国の警察サイバー安全局が「ランサムウエア注意報」、感染被害13万人

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韓国の警察庁サイバー安全局は2017年2月6日、全国民に「悪性コードランサムウエア被害注意報」を発令した。

 ランサムウエアはウイルスの一種で、ハッカーがメールやWebサイトに悪性コードを仕込むといった手口を使ってユーザーのパソコンに感染させる。このウイルスはパソコン内に入り込むと、ファイルを全て暗号化するなどの処理をして使えなくしてしまう。そして犯人は「匿名で利用できるビットコインで身代金を払えば、ファイルを元通りに戻せるパスワードを送る」など、ユーザーに金品を要求して脅迫するのだ。

 2016年の年初まで、ランサムウエアは英語のメールに悪性コードが添付されるケースがほとんどだった。添付ファイルをクリックすると大変なことになりそうな気配がぷんぷんしていたが、最近はメールのタイトルや添付ファイル名が巧妙になってきた。さらに、Webサイトに訪問しただけで感染するケースが増えたため、警察が注意を呼び掛けている。

韓国製ワープロソフトの文書も暗号化対象に

 2月7日、韓国のインターネットセキュリティ会社らは、韓国人をターゲットに作られた最新ランサムウエア「VenusLocker」に注意するよう呼びかけた。社内の会計担当者から源泉徴収票が届いたようにみせかけたメールと、韓国の大学や研究所を名乗りアンケート調査に応じるとプレゼントをするという内容で添付ファイルをクリックするように仕向けたメールが大量に出回っている。

 添付ファイルを開くと、パソコン画面に「ファイル復旧費用をビットコインで払え」というメッセージが表示され、パソコンの中に保存してあった写真や文書ファイルなどが開けなくなる。最新のランサムウエアは、韓国の官公庁で使う文書作成ソフト「アレアハングル」形式のファイル(.hwp)までも暗号化する。現地事情に合わせて、暗号化するファイル形式を研究しているようだ。

 最近は、身代金を払わずインターネットセキュリティ会社にデータの解読を依頼する人が増えたせいか、ハッカーはランサムウエアに感染させるための悪性コードをさらに分析しにくくした(これを難読化という)。

 韓国インターネット振興院に届け出があったランサムウエアの被害件数は、2016年は1438件。前年比で86.8%増加した。未来創造科学部(部は省に当たる)が2016年12月に韓国の従業員1人以上の会社9000社を対象とした調査で、「この1年の間にインターネットセキュリティ侵害事故を経験した」と答えた企業は3.1%。前年比で1.3%増加した。侵害事故の内訳を見ると(複数回答)、悪性コードによる攻撃が91%、スパイウエア感染が19.7%、ランサムウエアが18.7%、ハッキング4.9%、社内関係者による情報流出4.3%、DDoS攻撃2.6%の順だった。ランサムウエアによる被害は、前年は1.7%だったので1年間で11倍近くに増加している。ランサムウエアが韓国で出回り始めたのは2015年4月。2年足らずでここまで被害が拡大した。

 韓国のインターネットセキュリティ会社であるイノティウムを中心に、複数の会社が参加している韓国ランサムウエア侵害対応センター (RanCERT:Ransomware Computer Emergency Response Team Coordination Center)の調査によると、2016年の韓国内のランサムウエア被害者は約13万人。データを復元できなかった場合の被害額は、推定3000億ウォン(約300億円)にのぼる。これは、警察や政府機関に届け出があったランサムウエア被害件数とインターネットセキュリティ会社に持ち込まれたランサムウエアによるデータ暗号化解除依頼件数を合わせた数字である。


画面●韓国ランサムウエア侵害対応センターのWebサイト。韓国で2015年4月に登場し、感染被害が急激に広がっているランサムウエア。韓国のインターネットセキュリティ会社らは、ランサムウエアに特化した侵害対応センターを作り、データの復元を助けている。
(出所:韓国ランサムウエア侵害対応センター)
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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

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2017.2.

 

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会っていない子供にもFinTechでお年玉、さま変わりする韓国の旧正月

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韓国では、2017年1月27日から30日はお正月連休だった。韓国は中国と同じく、お正月とお盆は旧暦で祝う。

 お正月といえば、韓国にも「セベッドン」という子供にお年玉をあげる風習がある。お正月の朝になると、子供たちはできるだけたくさんの大人にセベ(新年のあいさつ)をしてお年玉をもらおうとする。

 このほか、就職した子供は両親や祖父母にお金をプレゼントする「逆お年玉」の習慣があるので、お正月はかなりの出費を覚悟しないといけない。

 以前は直接会ってセベをした親戚の子供にだけお年玉をあげればよかったのだが、FinTech(フィンテック)の時代になってからはそうはいかない。口座番号がわからなくても、相手の携帯電話番号さえわかれば送金できるので、お正月に会えない全国各地の親戚の子供からカカオトークのメッセージが後を絶たない。

アプリで簡単に送金ができる

 韓国のほとんどの銀行は、スマートフォン用の「簡単送金アプリ」を提供している。アプリをインストールして口座番号と口座暗証番号、送金用暗証番号を設定、インターネットバンキングと連動して本人確認をする。これでアプリのインストールは完了だ。そのあとは、アプリに相手の名前と携帯電話番号、送金したい金額、お祝いの言葉を入力するだけで送金できる。

 受取人は送金されたことがショートメッセージで届くので、メッセージをクリックして同じく簡単送金アプリをインストールし、送金額を受け取る銀行名と口座番号を入力するだけで振り込まれる。

 パソコンから利用するインターネットバンキングだと、毎回異なる暗証番号を表示するOTP(ワンタイムパスワード)を銀行から発行してもらい、「公認認証書」という本人確認用のプログラムをインストールしないと振り込みができない。

 これに対して、簡単送金アプリを利用するとアプリ用の暗証番号6桁を設定するだけで少額の送金ができる。かつ口座番号がわからなくても送金できるので、祝儀や香典を送る時にもよく使う。

 簡単送金は、1回30万ウォン(約3万円)または1日50万ウォン(約5万円)まで利用できる。「口座番号が分からないので送金できなかった」、なんていう言い訳はもう通用しなくなったので、お年玉出費は年々増え続けそうだ。

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趙 章恩=(ITジャーナリスト)

 

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[韓国ソーシャルイノベーション事情] キャッシュレス社会で韓国の銀行が大変身 カフェ併設に移動型店舗も登場

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 この頃ソウル市内には銀行らしくない銀行が増えている。

 銀行とカフェが提携してテーブルを挟んで銀行窓口とカフェがあったり、デパートの中に支店がありデパートの営業時間に合わせて20時まで通常業務を行ったり、銀行と証券会社が一緒に支店を運営したり、銀行の通常営業時間は9時から16時のところを、銀行員のフレックス勤務制度を導入して12時から19時まで営業する支店もできた。

 大手金融グループの一つであるウリ銀行の一部支店は、銀行兼カフェとして営業している。ウリ銀行によると、店舗を借りる費用を節約でき、支店を利用する顧客も以前に比べ10%ほど増えたという。顧客はカフェの中に銀行があるという感覚で利用しているそうだ。

 デジタルキオスクと言って、ATMと遠隔相談用のモニター、スキャナーが一つになった機械で時間に関係なく窓口同様のサービスを受けられるコーナーも登場した。モニター越しに相談員が登場するので、手続きだけでなく、最近の金利はどうなのか、資産運用のため投資できる商品にはどういうのがあるかといった金融相談もデジタルキオスクから利用できる。シンハン銀行は、デジタルキオスクをコンビニの中に設置し、口座開設、デビットカード発行、振り込みなどあらゆる業務を利用できるようにしている。

 韓国の銀行では、印鑑なしで署名だけでも取引ができる。銀行口座の開設や各種書類に印鑑を押すことをやめて「デジタル署名」に切り替えたからだ。もちろん、印鑑を使い続けることもできるが、デジタルキオスクでは利用者が身分証や必要な書類をスキャナー経由で送信し、デジタル署名で手続きを行う。

 日本も似たような状況だと思うが、韓国では銀行員の仕事は窓口を閉めてから始まると言われている。銀行員の仕事の中には、各種書類を印刷して保存する、スキャンしてデジタルファイルとしても保存する、データベースにも入力するなど、書類の管理に関わる業務が非常に多く、管理費用もかかった。デジタルキオスクは利用者がセルフ方式で書類のスキャンや入力を行うので、銀行側の負担が減る。書類管理の仕事の負担が減った分、窓口の営業時間を延長することが可能になった。

 釜山銀行は、人が集まる場所に支店を開く「移動型車両店舗」を運営している。市場や公団地域などに支店のクルマが出向き、仕事の関係でなかなか銀行支店に行けない人のために、16時から夜まで営業する。利用者数に応じて営業時間や移動する場所を調整し、臨機応変に運営している。移動型ではあるが支店なので、口座開設、通帳発行、ATMカード発行、貸出、インターネットバンキング申請、外国為替の両替など、主にインターネットバンキングでは対応できないサービスを利用できる。

 韓国の銀行が変身を余儀なくされた理由は、なんといっても銀行の営業利益が落ち込んでいるからだ。低金利により銀行にお金を預ける人が減少している。政治の不安から景気も不安定で、資金を借り入れる企業も減少傾向にある。まずは支店運営費から節約してなんとかやりくりしなければ、ということなのだろう。

 もう一つは、インターネットバンキングやモバイルバンキングの普及により、銀行の店舗を訪問する利用客自体が減少していることも理由としてあげられる。みんな銀行業務をネットで済ませてしまうので、今までのように大きな支店を持つ必要がなくなりつつある。

 韓国HANA金融経営研究所の調べによると、銀行店舗数は2014年末の7,398店から2015年末には7,261店になった。137店減少している。店舗数が減ったのはソウル市を中心に首都圏ばかりなので、人口減少により利用者が減少したというよりは、他の理由が考えられる。同研究所は、インターネットバンキング・モバイルバンキング、SNSを使った個人間の振り込みといったフィンテック(金融+ICTの融合)の利用が進み、銀行の店舗に行かなくても金融サービスを利用するのに何の問題もなくなったからではないかと分析している。

 日本でもインターネットバンキングの普及が進み、銀行のATMでほとんど用事を済ませられるようになった。日本では銀行に行くと、まず何の用事か聞かれ、口座開設でもない限りATMを利用するよう案内される。日本の銀行に行くと、窓口は閑散としているのに、ATMの前には人がずらっと並んでいる光景にびっくりしたものだ。

 韓国の場合、ATMの数も減少した。韓国ではすでにキャッシュレス生活に突入しているからだ。ほぼどこでもクレジットカード払いやモバイルペイメントを利用できるので、現金が手元になくても生活に不便はない。そのためATMに行くこともあまりない。振り込みや税金納付などもンターネットバンキングやモバイルバンキングを使う。

 韓国銀行の統計によると、2014年8万7274台あった全国の銀行ATMが2015年には472台減って8万6802台になった。ATMの台数が減ったのは、統計を集計し始めた1992年以来、初めてのことである。インターネットバンキング・モバイルバンキング利用件数は2015年に年間1億2000万件余り、年平均27%ほど増加し続けている。

 日本よりは遅れたが、店舗を持たないインターネット専用銀行も認可され、来年1月営業開始の準備をしている。インターネット専用銀行とも競争するようになれば、韓国の既存の銀行はさらにまた大きく変身しそうだ。



By 趙 章恩

 

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韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年12

[韓国ソーシャルイノベーション事情] デジタル時代だからこそ価値がある? 韓国で話題の手書き代行ビジネス

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<K-POPの人気アイドルがファンにメッセージを送る際、手書きのメッセージをSNSにアップすることが増えてきた。デジタル全盛の今、韓国では手書き代行などの代行サービスが流行。その背景には深刻な社会状況も見え隠れする──>

 最近韓国にいる時は手にペンを持って文字を書くことをしなくなった。海外に行く際に飛行機の中で入国審査カードを書くことぐらいしか手書きが必要な場面がない。メモを取る時も全てスマートフォンのメモ帳アプリに入力することに慣れてしまった。

 情報化の時代なので、企業や行政機関とはなんでもネット経由データでやりとりするし、日常生活でもスマートフォンでほとんどのことを済ませる。決済もモバイルペイメントなのでサインもいらない。

 贈り物にもパソコンで書いてプリントしたカードや手紙を付けるか、無料メッセンジャーアプリを利用してお店で商品と引き換えられるモバイル商品券とメッセージを送る。年賀状も大抵ネット上でメールアドレスか携帯電話番号宛てに送り合うので、手書きの年賀状を送る機会はほとんどない。そのせいか、最近は手書きのカードを見ると感動してしまう。

 こういう時代だからか、韓国の芸能界では「結婚します」とか「反省しています」とか、ファンに向けたメッセージを手書きし、それを写真に収めて自身のSNSに掲載するのが流行っている。

 つい先日、韓国では「K-POPアイドルご先祖様」と呼ばれる、90年代半ばから2000年代初めにかけて活躍した第1世代アイドル「H.O.T.」のリーダー、ムン・ヒジュンが結婚を発表した時も、マスコミ発表の前に、ファン宛ての手書きの手紙を写真にして自身のSNSに投稿した。以前は所属芸能事務所がマスコミに報道資料を送るか、ファンクラブ経由で知らせていたが、最近は「手書き手紙をSNSに投稿」がルールのようになっている。徴兵で軍にいるアイドルは、ファンサービスとして自筆手紙を軍のサイトに掲載する。手書きだと誠意がこもったとして、ファンにも喜ばれる。字がきれいだったり、自筆イラスト入りだったりすると、さらに人気はうなぎ上りである。

 インターネットでは手書き代行サービスというビジネスも登場した。以前から店内ディスプレイに使うPOPの手書き、メニューの手書き代行などはあったが、代行サービスとして人気があるのは手紙である。

 韓国には日本のメルカリのように、個人同士がなんでも売買できるアプリがいくつもある。そこに2011年あたりから「才能取引」、「才能販売」というジャンルが登場、手書き代行も才能取引として売り込む。

 例えばこんな感じである。

 アプリに会員登録して、売りたい商品、この場合は手書きのサンプルを写真で撮って掲載する。手書きA41枚当たりいくら、1文字当たりいくらなど、値段は販売する側が決める。購入する人はアプリ経由で支払い、アプリ側は15%ほど手数料を除いた分を取引完了後販売者に振り込む。取引完了は購入者が手書きを受け取った時である。購入者が、手書きが気に入らなければ修正も要求できる。修正回数に関するルールや手書きが気に入らなかった時の仲裁はアプリ側が行う。

 手書きは面倒だからと、ワードで書いたテキストを渡して手書きにしてほしいという単純な依頼もあるが、「別れの手紙を手書きで代筆します」、「告白の手紙を手書きで代筆します」といった販売者がいるのを見ると、単純に手書きだけでなく中身まで考えて代行してほしいという人もいるようだ。また、KPOPアイドルのライブで目立つ「手書きうちわ、手書きプラカード作成代行します」という登録者も多かった。

 才能取引には、手書きの他に、パワーポイント資料作成代行、翻訳代行、恋愛相談、毎日の衣装コーディネート、毎朝電話でギターを弾きながら歌い起こしてくれるモーニングコール、本人に代わってインターネットショッピングサイトや企業に苦情を言ってくれる代行サービス、旅行スケジュール提案など、面白い才能がたくさん登録されている。才能取引だけを専門に扱うアプリもどんどん増えている。

 韓国メディアによると、4年制大学を卒業しても正社員になれる割合が非常に低い就職難が続いたことで、失業状態の若い世代がアルバイト感覚でこうした代行サービスに登録するケースが多いという。ごく稀ではあるが、才能取引で本当に才能が開花し、起業する人もいたそうだ。


By 趙 章恩

 

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韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年12

[韓国ソーシャルイノベーション事情] どんな時にもユーモアを 朴大統領退陣デモに集まったユニークな人たち

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 韓国では毎週土曜日、朴槿恵大統領の退陣を求める集会が全国各地で行われている。ソウル市光化門周辺だけでなく、大邱、釜山、光州など、大都市の繁華街で、毎週土曜日集会が行われている。韓国の朴大統領が犯したスキャンダルとなぜ韓国人が怒っているのかについては、ニューズウィーク日本版本誌(2016-11-29号)の特集にもなった。

 欧米のメディアはもっと辛辣で、韓国の大統領が”shaman-fortune teller”の娘チェ・スンシル氏と手を組んで不正蓄財をしていたと報道している。チェ氏は民間人であるにもかかわらず、朴大統領の古い友人という立場を利用して大統領府から政府の機密文書を手に入れ国政に介入、国家予算も牛耳り不正蓄財した。韓国検察の捜査も進んでいる。検察は朴大統領を悪い友人に利用された被害者ではなく、不正に加担し不正を指示した共犯として捜査していることも明るみになった。

 韓国のオンラインコミュニティやSNSは朴槿恵大統領の退陣を求める書き込みであふれている。SNSにはオフラインで抗議活動をしたという「認証写真(自分のしたことを証明する写真を投稿すること)」も数多く投稿されている。KPOPアイドルの間でも、光化門で行われた抗議集会の現場に自分もいたことを証明する写真、朴大統領の退陣を求める発言をしたことを証明する写真をTwitterやInstagramで投稿するのが流行っているほどだ。

 韓国民主化運動の中心部であった光州市では、自宅のベランダに「国民の命令だ。朴槿恵は退陣せよ」と書いたプラカードを張り付ける運動が始まった。SNSでは自宅のベランダにプラカードを張り付けたという認証写真がどんどん増えている。

 こんな状況でも韓国人が忘れないのが諧謔、ヘハクである。諧謔は気のきいた冗談、ユーモア、風刺といった意味で、韓国ではウップダともいう。ウップダは「笑える+泣ける」の造語である。面白くて笑えるけど、その裏にある事情を知ると笑えない、という意味を持つ。大統領退陣集会ではウップダとしか言いようのないプラカードが数多く登場した。

「スンシルとの大事な縁。拘置所で育んでください」(朴大統領は対国民謝罪でチェ・スンシル氏のことを自分が大変だった時に助けてくれた大事な縁でつながっている知人だと説明した)

「支持率も実力だよ。親を恨みな」(朴大統領の支持率は11月4日時点で5%と歴代最低値を記録。チェ氏の娘は高校時代Facebookに「金も実力だよ、金がないなら親を恨め」と書き込んでいた)

「朴槿恵を漸漬した三神ハルミは反省せよ」(韓国で神話では赤ちゃんは三神婆さんという出産の神様が漸漬(チョムジ、授ける)するものと言われているので、朴槿恵大統領をこの世に登場させた三神婆さんに反省を求めている。この他に「勤務怠慢の死神は反省せよ」バージョンもある)

 100万人が集まった11月12日ソウル市光化門集会では、面白い旗も登場した。グループごとに旗を持って行進するが、労働組合、農民会といった旗に紛れてこんな旗もあった。「カブトムシ研究会」、「シマウマ研究会」、「民主猫総連帯」、「私立突然死博物館(自然史博物館のパロディ)」、「全国キャベツ連帯」、「全犬連(韓国の経団連にあたる全国経済人連合のパロディ)」、「ぴょんぴょん連合-怒ったウサギは何も怖くない」など、一体何者なんだろうと気になってしまう旗が多かった。

 Twitterなどで公表した各研究会の正体は、大学生や猫・うさぎを飼っている若い人達で、ネットで出会い意気投合した。「集会は特別に政治的な人が参加するのではない。誰でも自由に参加して自分の意見を表出するのが集会。こんな私たちも集会に参加しています、とアピールするため旗を作った」という。

 11月21日付のニューヨークタイムズが注目したのはこのジョークだ。

 チェ・スンシル氏寄りの芸能人で数々の恩恵を受けたとバッシングされていた有名歌手イ・スンチョル氏は、それを否定するかのように自身のTwitterに書き込みを残した。「米国大統領選挙でヒラリーが当選すれば米国初の女性大統領、トランプが当選すれば米国初のクレイジーな大統領が誕生するが、韓国は2012年の大統領選挙で両方やってのけた」(朴大統領は韓国初の女性大統領で韓国初のクレイジーな大統領という皮肉)

 インターネットショッピングモールでは「あの日のために」という特設コーナーを作って、風が吹いても火が消える心配がないLEDろうそくやLEDトーチを販売している。与党セヌリ党のキム・ジンテ議員が「(ろうそく集会の)ろうそくは風が吹けば全部消える。民心はいつ変わるかわからない」など市民の集会なんか怖くないと発言したことから、市民らは朴大統領が退陣するまで怒りは収まらないことを見せるため、LEDろうそくを買い求めている。

 朴大統領は29日任期短縮などに応じるとの談話を発表したが、正式に退陣するまで、毎週土曜日の集会は続きそうだ。朴大統領の支持率は、11月25日時点で4%(韓国ギャラップ調べ)と史上最低値である。




By 趙 章恩

 

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韓国ソーシャルイノベーション事情

 

 2016年11月

[日本と韓国の交差点] 金正男報道は、朴大統領弾劾への興味そらすため?

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金正男氏とみられる人物がマレーシアで殺害された事件をめぐって、韓国メディアが連日、報道合戦を繰り広げている。「速報」「単独報道」の見出しがあちらこちらで飛び交う。しかし、その多くが日本とマレーシアメディアの報道を後追いしたもので、北朝鮮の情勢に関して韓国がもっとも情報を持っていないのではないかとの不安が広がっている。

 韓国では、朴槿恵大統領の弾劾に北朝鮮問題まで重なり、落ち着かない日々が続いている。今でも毎週土曜日にはソウル市内の光化門広場で、朴大統領の退陣を求めるろうそく集会が行われる。その現場に、弾劾に反対する朴大統領支持者らも集まる。弾劾反対集会の現場では発行者不明の「偽新聞」が配布され、それを情報ソースとする根拠不明の北朝鮮関連ニュースがSNSで拡散している。

 2月27日付の中央日報によると、金正男氏は「北韓(編集注:北朝鮮)が国家主導で起こした化学武器使用テロ」で殺害されたとみなすべきとの意見が出ている(マレーシア警察は最終捜査結果をまだ発表していない)。マレーシア当局が逮捕した容疑者らはFTF(外国人テロ戦闘員=Foreign Terrorist Fighter)というわけだ。FTFは過激派組織「IS(イスラム国)」が全世界の若者を集めてテロリストにしているのを受けて登場した用語。国連安全保障理事会の定義によると、テロを実行・準備・計画・参加する目的で本人の国籍国以外の国に移動する個人を意味する。

「北韓は化学武器を使用」

 中央日報は韓国政府関係者の話として、「北韓の工作員がマレーシアまで行き第3国人を雇って空港で(金正男を)殺害した。(神経性毒ガス)VXを使用し、他の民間人や空港施設を2次被害に陥れることも恐れなかった。これはFTFがしていることと同じだ。『北韓をテロ支援国に再指定(2008年に解除)すべき』という美国(編集注:米国)と(韓国政府は)同じ考えである」と報じた。

 複数の韓国メディアによると、韓国の外交部(韓国の「部」は日本の「省」)は、国連が使用を禁じた大量殺傷を目的とする化学兵器を北朝鮮が所有し、実際に使用したとみなしている。韓国政府としてはVXガスを使用した対韓国テロを警戒しないわけにいかない。そのため、同政府は北朝鮮をテロ支援国に再指定して、民間企業の対北朝鮮輸出はもちろん、全ての援助を断ち切るべきと厳しい姿勢を見せている。

 2月27日に開かれた国会情報委員会全体会議に、国防部の情報本部長が出席。金正男氏殺害事件について今までの経緯を説明し、対策を講じた。統一部(北朝鮮関連政策を担当する省庁)のチョン・ジュンヒ報道官は、同日の定例記者会見で、「北韓が化学武器を、民間人を相手に使用したことを強く糾弾する。化学武器禁止協約違反であり、国際規範に露骨に違反した」と批判した。

 外交部のユン・ビョンセ長官は、国連人権理事会とジュネーブ軍縮会議に出席するため26日に出国した。仁川空港で記者らに向けて「(会議では)北韓が化学武器を保有することの危険性と、それを使用することの不当性について説明し、国際社会の対策、特に北韓当局の責任究明と(VXを製造・使用した)関連者に対する例外なき処罰を求める」と話した。

 外交部によると、当初、同理事会には次官が出席する予定だったが、金正男氏殺害に国際的に禁じられている化学兵器が使用されたことが確認されたため、長官が自ら会議に出席し、事の重大さを国際社会に伝えることにしたという。

韓国政府と国民に対するテロにも警戒が必要

 国家情報院は事件後の2月15日、国会情報委員会で次のように説明した。「金正男殺害は事件の3~4時間後に認知した。殺害は金正恩が発した暗殺命令に基づくもので、金正恩が命令を取り消さない限り、工作員は必ず履行しないといけない。北韓の工作員は最初、北韓の中で金正男の暗殺を試みたため、金正男は2012年シンガポールへ逃避。『命令を取り消してほしい。自分の逃げ道は自殺しかないことをよくわかっている』という内容の手紙を金正恩に送ったこともある。しかしその後も暗殺命令は取り消されていなかったことになる」。

 「中国との関係が悪化すると知りながら金正恩が金正男を殺害したのは、金正恩が偏執狂的な性格だからだとみられる」
 「金正男が韓国に亡命を試みたことはなかった。韓国に2016年に亡命したテ・ヨンホ前・駐英北韓大使館公使の警護を強化している」

 ファン・ギョアン大統領権限代行は2月20日、国家安保会議・常任委員会を開き、以下のように述べた。「(金正男殺害)は容赦できない反人倫的犯罪行為でありテロ行為である。政権を維持するためには手段と方法を選ばない北韓政権の無謀さと残虐性を見せつけた。北韓のテロ手法がより大胆になっているだけに、韓国政府と国民に対して北韓がテロを実行する可能性にも格別に警戒しないといけない」。

 「3月に始まる韓美軍事訓練を通じて北韓の挑発を強力に抑制すると同時に、国民が国家安保に対して信頼と自信を持てるようにする。政界を含め安保に関して国民が団結した声を出す必要がある」

公営KBSの報道は親・朴大統領に偏向?

 韓国では、朴槿恵大統領をめぐるスキャンダルを捜査する特別検事の活動期限が2月28日に終了し、同大統領の弾劾の是非を決める判決がもうすぐ下される。さらに、大統領選挙の前倒しをめぐる保守派と進歩派の闘争がピークに達している。一部進歩派の間では大統領選挙前の「北風」がまた始まったのではないかと懸念する声がある。

 北風とは、1997年に大統領選挙が実施された時、与党ハンナラ党が擁する候補への支持を高めるため、大統領官邸で働く行政官3人が北京で北朝鮮側に接触し、「休戦線付近で武力騒動を起こしてほしい」と依頼した事件をいう。国民を不安にすることで、「北朝鮮に人道的支援をすべき」と訴える野党候補(当時の金大中候補)ではなく、保守候補に票が集まるよう仕向ける狙いだった。大法院(日本の最高裁判所に当たる)の判決で、この行政官3人は国家保安法違反で有罪が確定した。

 これ以来、韓国のネットには、大統領選挙を前にして北朝鮮がミサイルを発射したり、おかしな行動を取ったりすると、「北風ではないか」と疑う書き込みが増える傾向がある。今回も、政府の発表もメディアの報道も疑わしく見えて、何を信じたらいいのかわからない状況に陥っている。

 全国言論労働組合は22日に報告書を発表し、公営放送KBSの報道が偏向していると主張した。KBSが15~22日に報道したニュースをモニタリングしたところ、金正男氏の殺害に関する報道ばかりで、朴大統領の弾劾や特別検事の捜査動向、次期大統領選挙に関する報道は縮小されていたという。

 全国言論労働組合は、さらに次のように指摘した。
 「KBSは特に2月16日以降、民放のソウル放送や文化放送に比べ3倍近く長い時間を金正男氏殺害関連ニュースに割き、朴大統領弾劾ニュースを流す時間を短くした」
 「ニュースに対する価値判断は放送局によって違うが、それにしてもKBSは偏っている。事実関係が不明な推測報道で国民の不安を刺激している。このままでは国民を混乱に陥れる可能性がある」
 「KBSは『北風』報道を行い、大統領弾劾に向かう国民の視線を他へ向けようとしているのではないか。KBSは正確な事実を伝えるという公営放送の役割を全うすべき」


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By  章恩

 

 ビジネス

 2017年3月

-Original column

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/215834/022800059/