キム・ヨナ選手で五輪のネット生中継は最高記録、計り知れない経済効果

オリンピックを見るためにテレビを買い替えるのはもう古い。韓国ではオリンピックをインターネット生中継で楽しんだ。

 目玉はもちろん、キム・ヨナ選手。他の試合中継はともかく、女子フィギュア試合の途中にサーバーが落ちたりでもしたら大変なことになると、ポータルサイトやインターネット放送局は万全の準備をした。


 もっとも利用者数が多かったのはポータルサイトDAUMで、2月24日のショートプログラムの時は同時接続34万人、26日のフリープログラムは44万人、インターネット中継同時接続者の記録を更新した(26日のキム・ヨナ選手の生中継はアクセス数500万人)。その次がインターネット放送局のAfreecaTVで、同時接続41万人。こちらも2006年のサイトオープン以来の記録となった(ネット中継は韓国内のみの視聴)。


 もちろん、コンビニやお店の前にあるデジタルサイネージ(電子看板)や街のいたるところにある大型スクリーンでもオリンピックが中継された。2002年のワールドカップ開催時の街角応援に負けないすごさで、全国各地のアイススケートリンクにも人が集まり中継を見ながら声援を送った。


 バスや地下鉄の中ではほとんどの乗客が携帯電話を握りしめ、地上波DMB(韓国のワンセグ)を受信したり、ファンたちがTwitterに書き込む試合中継を見ながらはらはらどきどきしたり、韓国中がキム・ヨナ選手の出番に息をひそめ「ヨナ・タイム」となった。


 証券市場も「ヨナ・タイム」には取引がぐっと減った。韓国の新聞によると、キム・ヨナ選手の出番1分前までも1分当たり80万株以上の取引があったのが、試合中には23~30万株しか取引されなかったそうだ。個人投資家の取引金額も試合直前1059億ウォンだったのが、試合中は87億ウォンにまで取引が急減したという。


 視聴率調査会社のTNMSによると、ヨナ・タイムのチャンネル占有度は80%、10世帯のうち8世帯がこの試合を見たという。地上波DMBの中継視聴率は6.046%(首都圏)で、同時間帯平均視聴率0.148%の41倍を記録した。


 面白いのは、最も視聴率が高かったのは26日、キム・ヨナ選手の出番ではなく浅田真央選手の出番で、韓国の金メダルが確定した瞬間だったこと。Twitterやブログには、あまりもうれしくて隣にいた知らない人と抱き合ってしまった…なんていう書き込みもたくさんあったほど、韓国中が沸いた金メダルだった。


 キム・ヨナ選手の13年間の成長を国民の多くが見守ってきただけに、みんな「私の妹みたい」、「うちの末っ子みたい」と話す。家族が金メダルを取ったかのようにうれしくてしょうがないのだ。フリーの演技が終わり肩の荷が下りたのか、泣き出したヨナ選手を見て、もらい泣きしてしまった大人がいっぱいいた。道端で泣いたのは久しぶりではないだろうか。

キム・ヨナ選手の人気はインターネット放送史上最多同時接続の記録を更新しただけでなく、彼女がモデルになっているサムスンの携帯電話やエアコンの売り上げにも貢献した。頭からつま先までキム・ヨナ選手が身につけるものはすべて大ヒット、トレンドリーダーとしても絶大な影響を持つ。スケート靴形のイヤリング、黒いアイライン、つやつやうっすらピンクに輝く口紅、インタビューで履いていた黒い靴、黒のスキニージーンズ、数え切れないほどである。


 同選手をモデルにした化粧品、アクセサリー、自動車、パン、飲料などの売り上げは急増し、スポンサーになった企業イメージもうなぎ上り、その経済効果は毎日更新されているため計り知れないと言われている。1月に発行された「キム・ヨナの7分のドラマ」という自伝エッセイはとっくにベストセラーで、キム・ヨナをモデルにしたファッションブランドももうすぐ登場するという。韓国内でヨナ効果は、世界が想像する以上にすごいのだ。


 一方、オリンピック期間中の2月25日、ソウルではサムスンの3D LEDテレビのお披露目会があった。既存の2Dの映像もサムスンの3Dテレビと専用のメガネがあれば3D効果を感じられる仕組みにしているという(実演は3D映像だけ)。目の前で選手たちがジャンプするというわけか~。これは胸がときめく。そのときにもまた心底応援したくなる選手がいれば、3Dテレビは売れるかも。とすれば冒頭、「オリンピックを見るためにテレビを買い替えるのはもう古い」と書いたが、もとい、「オリンピックを見るために3Dテレビに買い替える」のが次のオリンピックのトレンドか。さらには3Dテレビだけでなく、3Dインターネット中継が登場しているかもしれない。サムスンがテレビだけじゃなくコンテンツやオリンピック選手育成にも熱心なのは理由があるわけだ。



(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年3月4日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20100303/1023321/?P=1

韓国ではキム・ヨナ選手が火を付けたTwitterブーム

世界で利用が急増し、つぶやきで情報が駆け巡るミニブログ「Twitter(ツイッター)」現象は韓国でも例外ではない。2月9日午後6時に首都圏で起きた震度3の地震も、テレビやネットのニュースより先にTwitterで情報が広がった。(趙章恩)

 地震観測が始まった1978年以降、ソウルを中心とする韓国首都圏で揺れが感知されたのは3度しかない。震度3は初めてのことで、「これは本当に地震なのか?寝ぼけているのか?」といったTwitterの書き込みが約10分間で2000件ほどに達した。その後テレビのニュース速報で地震が報道された。


 日本でもニセ首相が登場したように、韓国でもTwitter上にニセ大統領が出現した。韓国企業が運営するウェブサイトは住民登録番号の入力が必要でなりすましは罰金刑になるが、Twitterは海外サービスであるため処罰の対象にならない。ニセ大統領もハプニングとして終わった。ネット実名制の枠外でコミュニケーションができるのもTwitter人気の一つの側面である。


 韓国でTwitterが知られるようになったのは、フィギュアスケートのキム・ヨナ選手が使い始めた2009年5月だった。09年1月にはまだ1万人ほどだったユーザー数が、5月には58万人に増えたほどだ。頻繁に更新しているわけではないが、キム・ヨナ選手のフォロワーになるため加入が急増し、10年2月下旬時点で9万3279人のフォロワーが登録されている。ファンたちは彼女が残す「この週末は食べ過ぎてしまった~~」といった日常の一言に熱狂したり大騒ぎしたりしている。


 2月24日、バンクーバー冬季五輪フィギュア女子ショートプログラム(SP)の競技中は、芸能人や国会議員までが「演技に感動」「泣いた」といった感想をつぶやき、実況中継のようににぎわった。




ツイッターのSKテレコムのページ


■「海外サービスの墓場」で異例の成長


 韓国では「Cyworld」というソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)がもっとも人気だったが、04年を境に衰退していった。写真を載せてアバターをドレスアップし、友人に毎日挨拶しなくてはならないといった付き合いに疲れてしまったからだ。


 米国などのSNSも流行っていない。韓国は「海外ネットサービスの墓場」と言われるほど、国内ネット企業が強い。GoogleもMyspaceもFacebookも利用が伸びず、Myspaceは結局韓国から撤退した。ところが、Twitterだけは特別で、韓国向けに特別なサービスをしているわけでもないのに、ユーザーは増え続けている。


 通信事業者をはじめ企業も広報活動の一つとしてTwitterでユーザーの不満や質問を受け付けている。企業にもTwitterは特別という意識があるようで、通常のコールセンターや窓口では相手にされないような些細なことでも、Twitterに書き込めば素早く対応してくれると好評だ。




選挙管理委員会のサイト画面

■選挙への利用で論戦

韓国では今年6月に地方選挙が行われる。政治家にとってもTwitterはブログと並ぶ必須アイテムで、日ごろからネットユーザーを味方につけようと必死になっている。ところが、選挙管理委員会は、Twitterを選挙の事前活動に利用してはならないとの告知を出した。Twitterは電子メールと同様、書き込んだ内容がフォロワーに送信されるため事前選挙運動に当たるという理由で、「候補者として登録した者であり、選挙運動期間中であれば自由にTwitterに書き込んでフォロワーに送信できるが、フォロワーはそれを他のユーザーに再送信してはならない」という。

 選挙管理委員会の判断は電子的手段を使った事前選挙運動全般に当てはまるもので、「Twitterだからダメ」というものではない。しかし、Twitterに熱心な野党議員らは反発し、「Twitter自由法」というものを主張し始めた。野党側は、07年の大統領選で動画投稿サイトを使った選挙運動が規制されたことなども引き合いに出し、「選挙管理委員会は社会の流れを理解していない」と主張している。




 韓国でも地方選は投票率が低迷する傾向にある。「若い世代の選挙への関心を高めるのにTwitterは有効」という野党の意見にも一理はあるが、Twitterだけを特別扱いするのは難しい。そもそも「ネットだから特別」「過去にないサービスだから特別」といった考えがもう古いのではないか。表現の自由や選挙の公正といった原点に返って、冷静な議論を望みたい。




– 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  
[2010年3月2日]
Original Source (NIKKEI NET)
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000001032010

韓国を動かす‘フィギュアの妖精’キム・ヨナ選手

韓国最大シェアを持つキャリアSKテレコムは毎年最も人気の高かったモバイルコンテンツを発表している。2008年はキム・ヨナ選手のモバイルHOMPY(SKテレコムの子会社Cyworldが運営するSNS)が選ばれた。1日13万4000人が訪問したほど圧倒的人気を誇り、下火だったSNS利用が、ヨナ選手を応援するために再び増えたほどである。

 トーク番組やアイスショーで披露した歌声を録音して着メロやカラリング(通話連結音の代わりになる待ち歌)で有料販売したところ、あまりにも売れすぎたため後から放送局と音楽会社の間で収益配分をめぐりトラブルが起きたほどである(それ以前にヨナ選手に許諾も取らず有料サービスしたこと自体が問題じゃない?)。今韓国で巻き起こっているキム・ヨナフィーバーは日本の想像をはるかに超えている。


 ブログや動画投稿サイトにはヨナ選手に関連する動画が投稿されている。YouTubeにはキム・ヨナ選手の演技を神秘的な雰囲気の墨絵タッチアニメにした動画が投稿され、マスコミにも大きく取り上げられた。


 試合の中継動画を載せるのは著作権違反になるが、動画の素材はそれだけではない。ヨナ選手が出演したCMの動画は自由にBlogに掲載できるよう公開されている。その動画に自分で字幕や写真を入れて愛情いっぱいの動画を投稿するのだ。


 ヨナ選手は試合ではクールでびっくりするほど色っぽい表情を見せるが、CMでは頬ずりしたくなるほど天真爛漫な天使のような素顔を見せてくれるので、そのギャップがまたたまらない。企業もブログを通じて口コミで話題になることを狙ってCM動画を公開している。CMのメイキング動画やインタビュー動画はもちろんのこと、ネットでしか見れない4~5分ほどの特別長編CMなどがあり、親近感を持たせるため、わざとアマチュアが作ったような動画をブログ向けに公開する企業もあった。


 不況で広告費を削減していた企業も、キム・ヨナ選手に対してだけは金を惜しまない。CMでは誰よりも高いのギャラをもらっている。どんなにギャラが高くてもキム・ヨナ選手がCMに出ればその製品は飛ぶように売れ、企業ブランドの好感度もぐんぐん伸びるので、CM出演依頼は後を絶たないという。

現在は洗剤、化粧品、エアコン、スポーツTOTO、NIKE、ミネラルウォーター、牛乳、ウィスパー、パン(ベーカリー)、銀行などのCMに出演している。テレビをつけるとヨナ選手の顔が映し出されるほど。しかしヨナ選手の顔は何度見ても飽きないのだ。かわいくて仕方がない。やること話すこと全て、存在そのものが癒しであり、ついお母さんの気持ちで見守ってしまう。


 「ヨナ萌え」は性別も年齢も超えている。全国民が同じことを考えているのだろうか、韓国の3大財閥ともいえるSamsung、LG、Hyundaiの広告モデルを同時にやっているのもキム・ヨナ選手が初めてである。


 ネットに投稿された「ヨナの1日」という動画も面白い。ヨナ選手が出演しているCMを編集したもので、「朝起きたら○○洗剤で洗ったNIKEを着て、○○ミネラルウォーターと○○牛乳を飲み○○パンを食べて、○○化粧品でお化粧をして高麗大学(入学予定の名門私立大)に行って、○○エアコンをつけた教室で講義を聞いて、○○銀行に立ち寄りお小遣いを引き出してスポーツTOTOを買う」という感じでCM動画から写真や動画をカットして編集し投稿しているのだ。


 オンラインショッピングモールもヨナ選手を放っておかない。ライセンス契約を結んで試合で付けたアクセサリーを彼女の名前を付けて販売したり、スケートをモチーフにしたアクセサリーを販売したりしている。そうそう、2009年1月の報道写真賞もヨナ選手を撮った写真が選ばれた。ヨナ選手のいない生活なんてもう考えられない!


 しかし、キム・ヨナ選手は2006年ジュニア大会で優勝するまでは、スポンサーがなくて両親が借金をして大会に出していた。練習用のスケートリンクもなく、テーマパークにあるリンクで一般客に混ざり練習をしてきた。自分の足にぴったり合うブーツが買えなくてよく転倒し、16歳という若さで腰のヘルニアになり今もリハビリを続けている。世界レベルのコーチに学び、ファーストクラスに乗って試合に出かける浅田選手と、腰を負傷しながらもエコノミーに乗って移動するキム・ヨナ選手の差たるや!


 韓国にフィギュアスケートが紹介されて110年経つそうだがが、キム・ヨナ選手以外に世界大会で注目されるほどのレベルを持つ選手はいなかった。そのためフィギュアスケートに関してはメダルが取れない種目だからと選手に対する支援体制はなかった。そんな韓国でキム・ヨナ選手のようなスターが誕生したことを人々は奇跡という。今でも世界大会に出られる選手はキム・ヨナ選手を除いて女子は2人ほど、男子は小学校4年の男の子一人という悲惨な状態である。


 キム・ヨナ選手はCM出演料を第2のキム・ヨナを育てるチャリティープログラムや奨学金に寄付している。18歳の少女が自分の国の未来のために貢献したいとがんばっているのに、いい大人になった私は何をしているんだろうと、めげてしまう。


 どんな悪条件だろうと自分を信じてクールに実力を磨いてきた18歳の少女に、韓国人は「萌え」だけでなく希望を見出している。韓国人が大好きな言葉、「成せば成る」の生きたモデルだからだ。2月に行われたカナダ大会の後、ブログ検索をしてみると「キム・ヨナ選手の演技に感動して泣いてしまった」という書き込みが何百件もあった。「悪条件の中でも周りのせいにしないで自分を信じる」、「夢を捨てない」、ヨナ選手が教えてくれたことさえ忘れなければ不況なんかに負けないだろう。キム・ヨナ選手は韓国を、韓国人を動かしている。

(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2009年2月12日

-Original column

http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20090210/1012112/