サイバー侮辱罪立法に猛反発、誰のためのネット規制?

与党のハンナラ党が「サイバー侮辱罪」導入を含む刑法改定案と情報通信網法改定案を発議した。女優の故チェ・ジンシルさん自殺を契機に、ネットに悪質な書き込みをした人に対して非親告罪で処罰できるようにするというのが骨子だ。野党をはじめ市民団体やネットユーザーの間では「侮辱という曖昧な規定で表現の自由を抑圧しようとしている」と猛反発している。ネットでの根も葉もない噂や悪質な書き込みに悩まされているはずの芸能人の間でも、「サイバー侮辱罪」は善良な被害者を大量に生み出す可能性が高すぎると反対の声が高い。

 「侮辱する」、「侮辱された」というのは、とても感情的で個人的な判断である。刑法で侮辱罪を親告罪にしている理由も侮辱罪というのは「当事者の主観的名誉感情」を保護するために存在する法律だからではなかったか。


 非親告罪となると、誰が何を基準に「侮辱」を判断できるのかという疑問が出てくる。確かに、「死ね」とか「バカ」とか誰が見ても誹謗中傷だなと分かるようなことを書き込まれた場合なら判断はしやすいが、書き込む本人は社会のため、相手のことを思って厳しく忠告してあげようとしただけなのに侮辱していると第三者から判断されることだって十分あり得る。当事者は別にどうでもいいと思っているのに、非親告罪だから警察や検察の方が勝手に問題にして騒ぐことだってあるかもしれない。


 それに米牛肉輸入反対集会から反政府集会へと発展したろうそく集会の最初のきっかけがネットのコミュニティやポータルサイトに掲載されるニュースの下に書き込まれた一般ユーザーのコメントだったことから、今の韓国政府には、当局の痛いところを突くようなネットの書き込みは許さないという雰囲気がある。政府関係者が、「一部ブロガーが国の政策を間違って理解し誤解を広めているため正しい情報を教えたい」と、ブログサイト側に個人情報を要求し、米牛肉輸入政策を批判する書き込みをしたブロガーに連絡を取ろうとしたことがあった。「もう怖くてネットに何も書き込めない」と一騒動あった直後だけに、サイバー侮辱罪なんて政府のことを一切批判できなくした軍事政権の時に逆戻りするようなものと反発されるのも当たり前だ。検察が自由に捜査できるようにするというのは、反政府意見の事前検閲をするためといわれても仕方がない。


 与党は自殺問題を盾にサイバー侮辱罪を一刻も早く制定して実名制度も強化し、安心してネットを利用できるしなくてはならないというが、法律の専門家さえ侮辱罪は親告罪でサイバー侮辱罪は非親告罪にするのは法理的におかしいと指摘する始末。もちろん与党にだって言い分はある。ネットの悪質な書き込みに耐え切れず告訴した場合、被害者が告訴したという理由でまだ攻撃をしかける2次被害も深刻なので、非親告罪にする必要があるというのだ。


 あちこちで何度も言っていることではあるが、私はネットの悪質な書き込みや誹謗中傷も問題だが、それをそのまま記事にしてしまうマスコミの責任の方が大きいと思っている。ネットに何か書き込まれたとしても、ヘビーユーザーでない限りコメント欄や掲示板の書き込みなんてそれほど読まないし気にもしない。


 しかし、それが記事としてスポーツ新聞とかに掲載されるとポータルサイトのニュースにも掲載されることになる。あちこちの掲示板やブログにニュースがコピーされ、いやでも目にすることになる。ネットの噂で終わっていたかもしれないことを、「ネットでこんなことが書かれていた」とわざわざ記事にすることで子供からお年寄りまで全国民が「裏づけされた何かがあるから新聞にまで載ったのよ」とデマを信じてしまう。故チェ・ジンシルさんの時もそうだった。サイバー侮辱罪はネットの書き込みを書き込んだ人に断りもなく、事実確認もせず、無責任にそのまま記事にしてしまうマスコミに適用すべきではないだろうか。


 それにもう一つ。原因は何でもインターネットにあるという政府の態度も私は不満だ。韓国人はインターネットを信用しているのではなく、色んな情報が集まり意見を言ったり言われたり自分で情報を取捨選択できるメディアがインターネットしかないので好んで使っているだけだ。インターネットに意見を書き込む人=悪質な書き込みをする人、反社会的な人と決め付けて、厳しく取り締めて当然だという風に考えないでほしい。


 あ~あ。こんなこと書いてしまって、私も今日からブラックリストに載るかもね。



(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2008年11月6日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20081106/1009469/