幼児からデジタル教科書に慣れさせるコンテンツ続々

2014年からは小中学校、2015年からは高校もデジタル教科書を使うことが決まった韓国では、タブレットPCを使った幼児向けの教育アプリケーションが人気を集めている。教育熱の高い韓国の親は、今からタブレットPCで本を読んだり書き込んだり学習したりすることに子どもを慣れさせようとしているからだ。

 KTやSKテレコムなど通信事業者(キャリア)も新規事業の一つとして、小学校低学年と就学前の幼児を対象にした学習アプリケーションを展開している。KTは「オルレ幼稚園」に続いて「オルレスクール(olleh school)」という名前で小学生向けのアプリケーションを開発し、アップルのApp StoreやAndroid Market、KTのアプリケーションストアであるオルレマーケットに登録した。スマートフォンからもタブレットPCからも利用できる。


 オルレスクールにように漫画やアニメで歴史の勉強をしたり漢字を覚えたりするコンテンツを韓国ではエデュテインメント(Edutainment)という。パソコンから利用できるエデュテインメントのWebサイトはいくつもあるが、アプリケーションとして提供されるのは2011年になってからである。


 オルレスクールは読む、見る、だけでなく体験できるアプリケーションであることを強調している。例えば音楽に関するページを開くと、楽器を選択して音を鳴らしたり自分の演奏を録音して聴いたり、インタラクティブな活動ができることから「ユビキタスブック」とも呼ばれている。





小学生向けエデュテインメントアプリケーションとして人気を集めているKTのOlleh School。球状になっているメニューを指でタッチして回しながら見たい学習マンガやアニメを選ぶ


オルレスクールは、参考書や子ども向け学習辞書などを出版する大手出版社と子ども向け新聞を発行するメディア、Eラーニング事業者、公共機関が参加する。10分程度で全問解けるように構成されたドリルや英語を教える漫画などいくつかのメニューは無料。有料会員になると学習効果のあるゲームやクイズ、アニメなどを利用できるようにする。7月まで加入した人には1年間無料で提供し、その後は月4000ウォン(約320円)の定額制にする。

 KTは通信キャリアである一方、アプリケーションマーケットを提供するだけでなく、自らアプリケーションを企画し、制作にも参加している。プラットフォームでもありコンテンツプロバイダーでもあるところが韓国のキャリアの特徴であるが、KTは「だからこそユーザーが欲しがるアプリケーションを素早く提供できる」と宣伝する。


 KTはスマートフォンやタブレットPCを利用して大学の講義を受講できるようにする「スマートキャンパス」事業も進めていて、スマートデバイスを利用した学習に力を入れていくとしている。今後は中学生向けオルレスクール、高校生向けオルレスクールも展開する計画だという。


SKテレコムも幼児・小学生向け学習アプリケーションである「スマートセム(スマート先生)」を始めた。教科書会社、参考書会社が提供する動画コンテンツをベースにしたもので、年齢に合わせて幼児はハングルや基本的な数字を覚えるといったコンテンツを、小学生は学校の試験勉強のためのコンテンツを利用できるようになっている。


 SKテレコムの「スマートセム」は科目別、学年別に設定できる学習管理システムが特徴で、毎月目標を設定し、目標達成はできたか、学習効果はあったのか、といったことも確認できるようにしている。また1対1で担当の先生を付けてくれるので、学習目標を設定するための相談や、よく分からない問題を質問できる。利用料は月5000ウォン(約400円)の定額制。


 SKテレコムは「スマートセム」をNスクリーンにする計画で、一度購入すればタブレットPC、スマートフォン、IPTVからも利用できるようにする。Nスクリーンとは、韓国のキャリアが提唱する戦略で、同一のコンテンツを複数の端末(スクリーン)で見られるようにするというもの。国内ではすでに全国の小中高校の教室にIPTVが導入されていて、低所得層の子どもを預かる放課後教室「IPTV勉強部屋」も全国に1000カ所ほどあるため、IPTVから使える学習アプリケーションも需要がある。


 政府が目指す「所得差や地域差による教育格差をなくす」という教育政策を実現するためには、スマートデバイスとアプリケーションを活用した教育が効果的であるため、学習アプリケーション市場が拡大、参考書や辞書を買うよりも安く良質なコンテンツをいつでもどこでも利用できるので、学習アプリケーションはこれからどんどん増えていくだろうとSKテレコムは予想する。


 そのため、SKテレコムは韓国教員団体とも提携している。スマートデバイスを利用した教育コンテンツの制作や授業設計、教育効率性向上のためのIT通信技術適用などスマート教育のために相互協力するという内容で、まずは2011年の夏休みの間、SKテレコムが教師を対象に学習アプリケーションの開発や活用に関する教育を行う。


 アニメ制作会社や絵本を専門とする出版社も続々と学習アプリケーション、エデュテインメントアプリケーションに参入している。オフラインで人気のシールブック(子どもたちがシールを貼って絵本のストーリーを完成させていく本)のほとんどがアプリケーションとして制作され、人気ランキング上位を占めている。


 首が座ればマウスを握るというほど赤ちゃんからネットを使うのが当たり前な韓国だが、これからはタブレットPCをタッチすることから覚えそうだ。何事もあっという間に広がるスピードの速い国だけに、デジタル教科書やエデュテインメントアプリケーションもあと数カ月もすれば新しくもなんともない日常になってしまうだろう。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年7月14日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110714/1032964/

韓国、2015年までにすべての小中高にデジタル教科書を導入

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「スマート教育推進戦略」を発表、全教員にタブレットPC支給も


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韓国国家情報化戦略委員会と教育科学技術部(韓国の文部省)は6月29日、2014年から小中学校、2015年からは高校でデジタル教科書を導入し、教室と家庭のインターネット環境もADSLより100倍速い4Gネットワークにするといった「スマート教育推進戦略」を発表した。まずは法律を改定して、デジタル教科書に「教科書」として法的地位を与える。紙に印刷されたものが教科書であるという規定をなくす。

 元々韓国は2013年には全国の小学校にデジタル教科書を導入する計画であった。そのために、1996年からデジタル教科書開発を進めてきた。2007年からは小中学校でデジタル教科書実証実験が始まり、2011年も全国の小学校100校以上でデジタル教科書を使った授業が行われている。


 教育科学技術部は、「2009年度OECD学習到達度調査(PISA:Programme for International Student Assessment。参考記事)によると、デジタル読解力では韓国が1位 。すでにデジタル社会に慣れている学生の未来のために、教育のパラダイムシフトが必要である」として、デジタル教科書の必要性を強調した。


 紙の教科書からデジタル教科書に変えることで、「重い教科書を持って登校しなくてもいい」、「デジタル教科書には辞書、参考書、各種データベースがリンクされているので、塾がない過疎地に住んでいる子どもたちにもレベルの高い学習環境を提供できる」、「お金がなくて参考書が買えない子どもでも、デジタル教科書さえあればいくらでも自習できる」、「教科書の中身が随時アップデートされるので最近の事例を取り上げながら勉強できる」、「デジタル教科書を使えば、子どもの学習能力に合わせてテスト問題や課題を調整できる」など、生徒一人ひとりの目線に合わせた教育を提供できるようになる。



サムスンが提供するスマート教育の様子。韓国では2015年までに小中高校すべての学校へデジタル教科書を導入することが決まった


デジタル教科書実証実験を行った学校のアンケート調査を見ると、子どもも保護者も先生も、満足度が非常に高い。特に子どもたちは「授業が楽しくなった」、「紙の教科書よりも理解しやすい」と大喜びだった。


 スマート教育のためのデジタル教科書は教科内容、学習参考書、学習辞典、問題集、ノート、マルチメディア資料などのコンテンツが盛り込まれる。モバイルクラウドコンピューティングをベースに、インターネットさえつながれば、パソコン、スマートフォン、タブレットPC、スマートTVなど、どんなデバイスからも自分の教科書を使えるようにする。

スマート教育のために学習評価方式もインターネットベースに変える。学生の成績管理や先生の校務はすでにすべてクラウド化されているが、評価そのものも紙のテストではなくインターネット経由で行うという。韓国では毎年全国の学校で基礎学力評価テストを行っている。テストは匿名で行われ、地域別平均点を出したり、基礎学力の足りない子どもの多い学校にはそれに合った指導を要求したりするのが目的。このテストも紙ベースではなく2015年までに段階的にIBT(Internet Based Testing)に変わる。


 学校の授業もオンライン化して、学校を欠席してもオンライン授業を受講すればその日の授業を履修したことにする方針だ。


 政府はスマート教育のために2015年まで2兆2280億ウォン(約1780億円)の予算を使う。デジタル教科書、モバイルクラウドコンピューティング、オンライン授業などを導入することで、教育分野での国の競争力を2015年までに世界10位以内、2025年までには世界3位以内にするのが目標である。


 このニュースはTwitterでも話題で、「世の中の動きを考えれば、デジタル教科書はもっと早く導入するべきだったのでは」という意見もあれば、「デジタル教科書を使うためにはタブレットPCが必要だけど、パソコンは故障することもあるから不安」、「デジタル教科書にするのはいいけど、全国の小中高校生が全部タブレットPCを買わないといけないってこと?」、「端末ベンダーだけがもうかる政策ではないか」など、Twitterやブログではさっそく「スマート教育」を巡り、多くの人たちが意見を言い始めている。


 2011年度の全国の小中高校生は約750万人。実証実験段階では政府が無料で端末(タッチ式ノートパソコン)を提供した。ところが、2014年からはデジタル教科書を使うための端末は生徒個人で購入するという計画だ。どんな端末からも使えるというが、結局親は、子ども用にタブレットPCを買わないといけないだろう。デジタル教科書は地デジとは違うので、タブレットPCを買わなくても踏ん張ればなんとかなると放っておくわけにもいかない。


 また、スマート教育推進のために最も重要なのは、教員の研修である。デジタル教科書そのものも重要であるが、それを活用して授業を行う先生がデジタル教科書をフルに使えないと意味がない。教育科学技術部は2015年までに地域の教育庁別に「スマート教育体験館」を作り、全教員にタブレットPCを支給するとしている。


 次回は一足先にスマート教育環境を構築した学校の事例を紹介する。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2011年6月30日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20110630/1032704/

【韓国教育IT事情-5】98%が満足する韓国のデジタル教科書

韓国では、教育行政改革とシステム開発に15年以上の歳月を費やし、教育の情報化、学校の情報化、家庭の情報化、教務の情報化、行政の情報化を進め、どんなデバイスからも利用できる教育デジタルコンテンツを揃えるなど、地盤を固めたうえで、2007年から本格的にデジタル教科書の実証実験を始めた。

◆小学校5、6年向け英語教科書からデジタル化

 2007年にはまず小学校5、6年向け英語教科書がデジタル化された。端末会社、通信キャリア、教科書会社などがコンソーシアムを組んで入札した。この時のデジタル教科書は、まだ紙の教科書をHTMLにして音声ファイルが動画を追加しただけのシンプルなものだったが、2008年からは全国の小学校20校、2009年~2010年には全国の小学校132校(全国小学校数は2009年5,829校)で、5、6年生の国語、英語、数学、社会、科学をデジタル教科書で教える実験を始めた。

◆健康被害の検査も実施

 実証実験を始める前に保護者を集めてデジタル教科書を体験させ、毎日学校のホームページから今日はデジタル教科書でどの科目のどの部分を勉強し、テストを行った結果学習効果はこうだった、など実験情報を公開している(これはもちろん実証実験に参加している子どもの保護者だけが見られるようになっている)。

 保護者からはデジタル教科書を搭載したノートパソコンに電子黒板を使うことで電磁波が過剰に発生し、子ども達の健康に悪影響を与えるのではないかと心配する声もあった。背が伸びない、免疫力が落ちる、視力が悪くなる、あるいはネット中毒になるのではないかといった問題が提議されたため、学校ごとに健康診断と心理検査を行い、実証実験前後を比べることにした。検査をしてみると、子ども達の健康状態に問題はなく、授業中だけデジタル教科書を使い、休み時間は保管箱に入れておくという使い方をしたため、ネット中毒の心配もなかった。

◆98%がデジタル教科書に満足

 その結果、デジタル教科書実証実験校では子どもも保護者も先生も、デジタル教科書の満足度が98%に達しているほどである。

 日本ではデジタル教科書というと、タブレット型の端末を思い浮かべるほど端末優先である。日本の場合、インフラがあって、デバイスがあって、環境が整ったので何かいいコンテンツはないかと探し始めるが、韓国は逆で、いつもコンテンツが先だ。韓国のデジタル教科書は教科書そのものの中身をどう改善するか、といった悩みから出発している。

◆デジタル教科書の定義

 韓国の文部科学省にあたる教育科学技術部は、デジタル教科書を「学校と家庭で時間と空間の制約なく利用でき、既存の教科書に、参考書、問題集、用語辞典などを動画、アニメーション、仮想現実などのマルチメディアで統合提供し、多様な相互作用機能と学習者の特性と能力、水準に合わせて学習できるように具現された学生向けの主な教材」と定義している。つまり、教科書の内容を画像や動画にして見せるだけのデジタル化ではなく、有無線ネットワークを利用して、その内容を見て聞いて書き込めるようにしたもので、個別学習や個別指導・評価を可能にするインタラクティブな教科書を、デジタル教科書としている。

 韓国政府は、大学入試のための教育費負担が家計を圧迫していることから、塾に行かずお金をかけなくても勉強できるシステムを作るため、教育放送の入試講座から試験問題を出すことにしている。そのため教育放送の動画をいつでも好きなときに見られる動画再生端末が、高校生の間では大ヒットした。これをデジタル教科書にもつなげるというのが基本的な考えで、所得や地域、障害といった格差を感じることなく、ネットさえつながっていればレベルの高い教育を受けられるようにするというのがデジタル教科書である。

 韓国でも、デジタル教科書は紙を使わなくなるということでエコのためにも必要といわれているが、90年代からずっと目標としていたのは「見える教育」と「格差をなくす」「均等な教育機会」であった。少子化によって自分の子どもが一番と信じてやまない親が急増し、その教育熱は想像を絶するほどである。

 収入の7~8割を子どもの教育のために使う家庭も少なくない。子どもに投資することが老後対策と考えているからだ。2009年10月韓国銀行が発表した「韓国家計消費の特徴」報告書を見ると、家計消費に占める教育費は2009年上半期平均7.4%で、アメリカ2.6%、日本2.2%、ドイツ0.8%に比べ3~9倍も多いと指摘している。

 地域によって受けられる教育の水準が違うことからソウルに人口が一極集中し、不動産バブルになっている問題を解決するためにも、所得が少なく塾に行けないと勉強についていけないという問題を解決するためにも、学校で一人ひとりに合わせた教育を行っていることを客観的に示すためにも、紙の教科書より情報量が豊富で、学校でも家庭でも楽しく勉強できるデジタル教科書は必要だった。さらに、生まれた時からパソコン、携帯電話、インターネットに慣れ親しんでいるデジタルネイティブ世代に合わせた効果的学習方法としても、デジタル教科書は必要とされていた。

◆保護者がデジタル教科書に興味を持ったきっかけ

 韓国でデジタル教科書が話題になり始めたのは「英語」とも関連がある。国際競争力を高めるために英語は必須ということで幼稚園から英語を教え、私立小学校では1年生から英語と中国語を教えている。公立小学校でも3年生から正規授業として英語を教えるようになり、これを1年生からに変えようとしている。

 全国の小中高校には英語ネイティブスピーカーの先生が数人ずつ派遣されている。学校の英語の授業は、先生は2人以上で、文法は韓国人の先生が担当し、会話や発音はネイティブスピーカーに学ぶ構成になっている。

 デジタル教科書を使ってマルチメディアを活用すれば、ネイティブスピーカーがいない地方の学校でも都市の学校と変わらない英語教育環境を整えられるのではないかと期待された。デジタル教科書の英語科目には学生が英語を録音し、その波長を分析してネイティブの発音に近づくよう個別指導してくれる機能もある。英語を効率的に教えるためにもデジタル教科書の方が紙の教科書よりもいい、というチクミが広がったのも、保護者がデジタル教科書に興味を持つようになったきっかけになった。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月22日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/22/798.html

【韓国教育IT事情-3】デジタル教科書とVR教室で教育現場に変化

2010年韓国でもっとも人気を集めたのは「スマートフォン」である。主婦の間でもスマートフォンは大ヒットした。




韓国のデジタル教科書

◆スマートフォンは必需品

 韓国の主婦は専業主婦であっても子どものために忙しい。学校まで送り迎えは基本、子どもの教科書でママが先に勉強していつでも質問に答えられるよう準備をしておく。良い塾と家庭教師を調べるため情報収集にも時間をかける。進学校の近くに引っ越すための不動産投資にも忙しい(韓国では名門大学の進学率が高い高校の近くほど不動産が高い)。

 移動しながら子どもの成長や教育に関する豆知識を集めたアプリケーションを利用したり、Twitterを経由してママ友同士で情報交換したりつぶやいたり、子どもの学校のホームページを随時確認して告知を確認したり、マンションの管理費や光熱費をインターネットバンキングから支払ったり、近所のスーパーに食材を注文して配達してもらったり、パソコンを持ち歩かなくても手軽にネットで調べものができるスマートフォンは、忙しい教育ママにはぴったりなのだ。

 韓国では、スマートフォンの次はiPadのようなタブレットPCがヒットし、その次はスマートTVといって、インターネットにアクセスしたり、スマートフォンと同じくアプリケーションを利用できるTVがヒットするといわれている。家電がすべてネットにつながりスマートフォンで操作できるようになるため、電力を効率的に使用するためのスマートグリッドも2011年からは一般家庭に導入されるとも見込まれている。これからは何でも「スマート」がキーワードになるようだ。

◆教育現場の変化

 「スマート」は機械だけではない。人間も「スマート」にするため、教育現場では色んな変化があった。その代表的な事例がデジタル教科書とVR教室である。韓国では2013年デジタル教科書商用化を目指し、2007年から実証実験を行っている。教科書内容をデジタル化しただけでなく、参考書、問題集、辞書、動画、アニメ、音楽といったマルチメディア資料が追加され、教科書を見ながら疑問なところはクリックするだけで無限の資料が登場して、子ども達の理解力を高められるというのがデジタル教科書である。

 さらに面白い教室も登場した。VR教室といって教員が画面の中に入ってキャラクターが一緒に授業を進める「仮想現実」の教室。これを実用化するための実証実験も行われている。天気予報やニュース番組などでよく使われているもので、あるはずのない地図やキャラクター、映像の中に教員が入っていって授業をする。英語の授業だと外国人のキャラクターと先生が一緒に登場して会話しながら子ども達に話しかけたり、歴史の授業だったら昔の王様を呼び出して会話しながら歴史の勉強ができるというもの。

◆教員能力評価制度

 どんなに技術や端末機能が優れているとしても、このような最先端の教科書やVR教室を活用してより楽しく授業ができる教員がいない限り、教育の情報化なんて絵に描いた餅にすぎない。韓国では90年代から教員のICT研修を義務化し、2010年からは教員能力評価制度を導入した。同僚教師と子ども、保護者も評価し参加する。
 ・何十年も同じ教え方をする
 ・ネットを活用できない
 ・デジタル教科書を使いこなせない
といった先生は自然と評価が落ちる。先生も定年までクビになることはないと安心してはいられない。ここまで厳しく先生にも危機意識を持ってもらわないと、教育現場は動かないのかもしれない。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月20日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/20/779.html

韓国デジタル教科書事情(5)~利用端末は未定でも「果敢な選択と集中」を急ぐ

「韓国デジタル教科書事情(4)」から続く) から続く


 韓国政府の教育ビジョンは「先進教育学術情報化による健康で創造的人材育成」である。


 5大戦略目標として「健康な市民養成」、「創意的グローバル人材養成」、「疎通と信頼の教育文化造成」、「持続可能な教育体制具現」、「Green IT 基盤の新教育システム構築」を挙げている。そのために初等教育から生涯学習まで、個人の成長に合わせて対応できる教育環境をつくることを目指し、その流れの中でデジタル教科書が生まれた。


 少子高齢化が日本よりも早いスピードで進んでいる韓国では、持続的成長のため教育、医療、環境とICTの融合は重要な課題である。2011年韓国政府の経済活性化テーマも「融合」がキャッチフレーズだ。デジタル教科書やデジタルヘルスケアといった既存サービス+ICTの融合サービスを活性化するために政府がするべきことは、技術開発支援よりも制度改善であるとして、関連法や制度改善に拍車をかける。


 デジタル教科書にかける期待は大きい。全国経済人連合(日本経団連に当たる団体)はデジタル教科書のコンテンツ開発、教室インフラ改善などのために向こう3年間に2兆ウォン(約1800億円)が必要であるとし、塾や印刷会社、書店の雇用が減る代わりに、コンテンツ分野の新規雇用が増えることで、9000人以上の雇用効果があると予測している。


 日本の文部科学省にあたる教育科学技術部だけでなく、経済産業省にあたる知識経済部もIT融合支援策でデジタル教科書を支援している。タブレットPCやスマートTVが脚光を浴びることが予想されることから、デバイス普及の鍵となるアプリケーション開発、教育現場で使われるシステムのクラウド化、eラーニング産業としての教育情報化、リナックス基盤デジタル教科書開発などを進めてきた。





デジタル教科書端末としてはGALAXY Tabのようなタブレットパソコンが有力といわれているが、まだ公式に決まっていない。韓国では「どんなデバイスからも利用できる教科書がデジタル教科書である」としている

「eラーニング産業発展及びeラーニング活用促進に関する法律」も検討する。デジタル教科書や教育情報化に合わせてeラーニング市場全般を活性化させるために支援するというもので、デジタル教科書プラットフォーム標準化、幼稚園向け教育情報化システム支援、学校向けeラーニングシステム構築コンサルティングとシステム構築などを支援する。

 「スマートラーニングコリアプロジェクト」として、マルチプラットフォーム環境での「オーダーメイド型学習サービス」を提供するため政府はどのような支援をするべきかに関する研究も始まっている。



子ども達は自由に著作物を使えるのか?

 政府はデジタル教科書向けコンテンツ開発と著作権改訂も検討する。3D、拡張現実(AR)、ロボットなどを適用したマルチメディア教科書が期待される中、教科書のためには著作権法も改訂しなくてはならない。現状のままでは「教科書に掲載」は許可されても、それを子ども達がコピーして再編集したり、教科書専用端末ではなく家庭から見たりした場合は著作権法違反になるのか、疑問が生じる。デジタル教科書に掲載していろいろと活用できるようにしてもいいが、その分著作権料を高く払ってほしいという著作権者側の主張も納得できる。


 デジタル教科書商用化のための準備は着実に進む。2011年からは「教科書先進化」として、教科書のサイズやデザインを自由に作れるようになった。アメリカの教科書のようにサイズも大きくフルカラーの紙の教科書に解説書とCD-ROMを付録にしている。デジタル教科書に市場を奪われまいと教材出版社もCD-ROMを付録にし、アプリケーション参考書を開発して電子ブックリーダーやiPad、スマートフォンからも使えるように準備している。


 2010年の秋には科学教科書を中心に「デジタル教科書2.0」の実証実験が始まった。既存のデジタル教科書は端末にインストールして使うのが前提となっているが、2.0ではいつでもどこでもWebベースでOSも端末も関係なく使える教科書にする。この「いつでもどこでもどんな端末からも」というのが果たして便利で学習効果があるのか、といったことを学校で使わせて実験することになる。


 タブレットPCよりもちょっと画面が大きめのスマートフォンの方がいいという子どももいるだろうし、やっぱりノートパソコンから使いたいという子どももいるはず。子ども達が自分に合った端末を選んで使えるようにするというのも面白い。デジタル教科書は学校の中だけで使うものではないので、病院に長期入院している子どもや海外転勤で外国に住んでいる子どもでもデジタル教科書で勉強できるようになれば休学する必要もなくなる。


デジタル教科書はレンタル制にするのか未定

 残すは教育科学技術部の端末予算確保である。小中学校は義務教育であるため、教科書は無料で配られる。デジタル教科書であっても義務教育なので教科書は無料でないといけない。子どもに与えるのか、それともレンタル制にするのか(卒業すると返納するとか)、タブレットPCにするのか、といった具体的なことはまだ何も決まっていない。


 国定教科書発行費用を全部端末購入に使うとしても端末の仕様が決まらないので「どんな端末からも使える教科書」という定義のまま、予算策定が難しくなっている。現在実証実験に使われているヒューレット・パッカード製のタッチパネルノートパソコンは多機能で値段も高く重くて持ち歩けない。今のところはiPadやGALAXY TabのようなタブレットPCが有力とされているが、シンプルにして値段を1万円ほどに落としたデジタル教科書専用端末が必要なのではないかという意見も根強く残っている。教育科学技術部は「急いで決めずに2012年まではあれこれじっくり試したい」としている。端末選定の悩みはまだまだ続きそうだ。


 先日、韓国の教育政策を発表する場で李明博大統領は「科学技術を活用した教育」、「果敢な選択と集中」を要求した。「すべてにまんべんなく予算を配分しては、どの分野も競争力を持てなくなる」という大統領の言葉はまさに韓国の今を象徴していると言える。


 「できない人」に焦点を当てるのではなく、「優れている人」、「できる人」がさらに才能を発揮できる環境をつくらないと韓国はだめになってしまうという危機意識を国民が共有している。だから韓国は前に進むことができた。2011年も韓国はデジタル教科書やヘルスケア、スマート端末、スマートグリッドなどにおいて世界に先立ち新サービスを商用化、世界のテストベッドとして注目されること間違いないだろう。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年12月27日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20101227/1029378/

韓国デジタル教科書事情(4)~「サイバー家庭学習」で、自主的な学習習慣を付ける

韓国がデジタル教科書実証実験を始めたのは2007年。それまでに15年近く、デジタル教科書のための教育情報化システムを整え、教師と学生のICT利活用能力を高め、教師の研修を義務化して定期的に行ってきたことを前編で紹介した。今回は、「デジタル教科書」と両輪で子ども達の学習を支える「サイバー家庭学習」のシステムを紹介する。

 韓国政府は所得や地域の格差なく公平に、誰でも質の高い教育を受けられるようにと「サイバー家庭学習」を全国16の自治体と一緒に開発し、小中高校生向けに提供してきた。「デジタル教科書」が学校でタッチパネル端末と電子黒板を利用するマルチメディア教材だとすると、「サイバー家庭学習」は家のパソコンから子どもが一人で使う教材と言える。






サイバー家庭学習は自治体ごとにサイトが分かれる。画面はソウル市のサイバー家庭学習サイト



 サイバー家庭学習は小学4年生から高校1年生までを対象に、インターネット経由で教科書の内容を復習したり、問題を解いたり、動画を見たりして、子ども達が基礎学力を高められるよう設計されている。国語、社会、数学、科学、英語の5科目を中心に「基本(基礎)」、「理解(普通)」、「深化(優秀)」という3段階のレベルに分けてコンテンツを提供。子ども一人ひとりの利用状況を分析して、どんな問題をよく間違えて、どういうところを補うべきなのかといった学習診断をするのはもちろん、学校の教師がサイバー担任として登場し、質問に答えたり、ビデオチャットで解説したりしてくれる。学校の教師はサイバー上でケアする学生の数や優秀クラス選定などの評価項目に沿って、毎月1~2万円ほどの手当てをもらう。


サイバー家庭学習の目標は、子ども達が自ら勉強する習慣を身に付けること。無料なのでお金がなくて塾に行けない、または農漁村で塾がないので行けないといった格差を感じることなく、インターネットさえつながっていれば利用できるというのが特徴である。2種類あり、各自治体が運営する「サイバー家庭学習」(2004年開始)と、小学生・中学生・高校生・保護者・教師に分けて教育資料と教育情報を提供する「EDUNET」(1996年開始)がある。これらのサービスはスマートフォンからも使える。








サイバー家庭学習はスマートフォン向けアプリケーションとしても提供されている。利用料はPC向けと同じく無料。スマートフォン向け表示の例







スマートフォン向け表示の例2。利用料はPC向けと同じく無料




子ども達の自主的な学習習慣を支援



 デジタル教科書は、教科書にいろんな参考資料をリンクさせることで、子どもが興味を持って集中できるようにした。さらに、画一的な授業ではなく一人ひとりのレベルに合った学習を可能にするのが特徴の一つであるため、このサイバー家庭学習とは両輪で、同じ目標を共有するシステムであると言える。


 どんなに素晴らしいシステムだとしても、一人で自主的に勉強できる習慣が身に付かない限り、デジタル教科書だけがある日湧いて出たように普及しても学習効果は見込めない。例えば、韓国の大手学習塾がアンケート調査をしたところ、小学生の46%が「勉強の仕方が分からないので塾に行きたい」と答えたそうだ。サイバー家庭学習は、子どもが自らこんな勉強をしてみよう、教科書のこの項目がよく理解できないからこの動画を見てみよう、といった具合に、自主的な学習習慣を支援することで、デジタル教科書との相乗効果を狙う。


 サイバー家庭学習は、韓国教育科学技術部(文部科学省に相当)の資料によると、2010年8月時点で会員数約312万人、サイバー担任約12万人、チューターとして参加する大学生が340人ほどいる。また、このサービスを利用している児童・生徒の81%が、成績が良くなった、勉強が面白くなった、など学習のためになったと答えている。

2009年末時点で家計の教育費を見てみると、サイバー家庭学習を使うことで子ども一人毎月7000円ほど学習塾代を節約できたとしている。大学受験に命がけの教育熱の高い韓国だけに、収入の70~80%を子どもの教育に使う家庭も少なくない。科目ごとに違う塾に通い、英会話やピアノといった習い事まで合わせると教育費だけで毎月子ども一人少なくても8万円はかかるので、10%近い7000円の節約はうれしい。


 韓国はこれら家庭用教育サービスを提供するために2005年から2010年2月まで100億円近い予算を使っている。ここからさらに発展し、ソウルの江南区をはじめ一部区役所は年間3000円ほどで利用できる有料外国語学習サイトや大学受験向けカリスマ講師動画サイトをオープンし、住民に喜ばれている。


 サイバー家庭学習におけるこのような取り組みが評価され、2007年にはUNESCO教育情報化賞、2010年には教育分野の国際機関IMSの Learning Impactで大賞を韓国は受賞している。


 韓国は共働きで両親が家にいない。そのため勉強の面倒を見てやれないので子どもを塾に行かせることも多い。学校では教室にあるIPTVを経由して子ども達が教育アニメを見たり、教科書の内容と関連のある動画を見たりする「放課後教室」も運営する。これには通信事業者も社会貢献活動としてスポンサーとなっている。通信事業者が派遣したボランティアの大学生が放課後教室の先生になったりもする。


 デジタル教科書や教育情報化のために教育科学技術部や通信事業者、IT企業だけががんばっているわけではない。知識経済部(経済産業省に相当)も関連政策を発表している。韓国ではこのような新しい教育サービスに必要なのは「技術よりも制度改善」が合言葉になっている。(次回へ続く)


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年12月24日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20101224/1029343/

韓国デジタル教科書事情(3)~教科書だけではない、すでに仮想現実の授業も実施

「韓国デジタル教科書事情(2)」から続く)


 韓国の学校では、学校の告知事項も、先生からの宿題も、宿題を提出するのも、テストの成績を確認するのも、全部ネットで行われている。一部学校は保護者向けに教室の様子をネットで配信しているほどだ。透明で公平で「見える教育」にしないといけないという考えと、IT大国らしく、親も子どもも「ネットの方が何かと便利」という考えから生まれたものである。


 環境は整っている。子どもたちは、家に帰ったら自宅のパソコンからネットへアクセスして予習・復習をし、宿題はネット上にある先生のページに登録する。


 デジタル教科書実証実験学校の場合は、デジタル教科書でどんな勉強をして、学生ごとにどんな学習効果を得られたのか、学習過程をすべてネットで公開している。当初、デジタル教科書を使うと紙の教科書よりも目が悪くなるのではないか、電磁波の影響で背が伸びなくなるとか子どもの成長に悪影響を与えるのではないか、インターネットにつながっていないと不安になるネット中毒になってしまうのではないかなど、保護者はいろいろ心配した。しかし学校側が健康診断や心理検査も行い、学習効果を毎日測定して公開した結果、そのような悪影響はないことが判明し、保護者も安心して実証実験を楽しみにするようになった。


 韓国のデジタル教科書はどんな端末からも利用できるマルチメディア教材として開発されている。中身は日本の構想とあまり変わらない。基本的に紙の教科書をデジタル化して、重要なキーワードには動画や画像・アニメ、百科事典などがリンクされている。リンクをクリックするとそのキーワードを分かりやすく説明してくれる参考資料が登場するので、参考書を別途買わなくても教科書の中で全部解決できる。


 韓国では、デジタル教科書を2013年より全国で商用化することを目指している。その前の段階として、2011年から紙の教科書+CD-ROMが配られる。CD-ROMにはデジタル教科書が入っていて、学校の電子黒板や自宅のパソコンで利用できる。


 子ども一人にパソコン1台という状況ではまだないので、電子黒板にデジタル教科書を表示させ、マルチメディアを利用した授業を行う。今までは先生がデジタル教材サイトから動画を検索してオリジナル資料を作成して電子黒板に表示していた。デジタル教科書実証実験学校では、子ども達の理解を高めるためデジタル教科書に追加して、さらに先生と子どもたちが教材サイトで見つけた動画や写真を付け加えて発表したりして面白くインタラクティブに授業をしていた。先生と子どもたちが一緒になってマルチメディアを活用しさらにアレンジしている――。ここが韓国の教室で起こっている、面白いところではないだろうか。

日本では事業仕分けによって揺らいでいる「フューチャースクール」であるが、韓国では持続的に政府が投資している。デジタル教科書に限らず、教室を丸ごとアップグレードし、先端的な教育環境を実現するための投資である。その1つに、「U-class(ユビキタスクラス)」という名前で行われている実験がある。VR(仮想現実)を使う教室のことだ。


 RFIDによる出欠管理、マジックミラー、電子ペン(手書き内容をデータとして保存)、電子黒板、電子教卓、タブレットパソコン、個別学習管理システム、個別コンテンツ管理システム、酸素発生器(空気洗浄+集中力を高めてくれる酸素を供給)などの設備がそろう。


 例えばRFIDによる出欠管理では、子どもたちが机の上にあるカードリーダーに自分のICカードをかざす。それが出席チェックとなり、それぞれの場所が先生の電子教卓に表示される。出席チェックと同時に「今日の気分」も選択する。内気で先生にあまり話しかけることができない子どものために作られたもので、「今日は落ち込んでいる」、「今日は具合がよくない」といった項目もあった。これを見て先生が子どもの状態を把握して先に話しかけたりできるようにしている。授業中に発表する人を決めるときは、ICカードに登録された子どもたちのキャラクターを登場させ、抽選を行う。楽しくゲームのように授業に集中させる仕掛けの1つだ。




子どもたちが使うICカードとカードリーダー。出欠管理に使う。授業に参加できるようキャラクター情報も持つ

U-class実証実験を体験できるショールームで英語の授業を見せてもらった。


 クラスの壁一面がスクリーンになっていて、先生が教室の真ん中に立つとスクリーンの中に先生が入っているように立体的に映し出される。この日の授業は外国の友達を家に呼んでパーティーをするという内容で、先生の隣には外国人の子どものキャラクターが数人登場、一緒に英語でおしゃべりをしながら授業を進める。キャラクターの頭の上には「のどが渇いた」とか「おなかが減った」などのメッセージが表示され、教室の子どもたちはこれを見つけては素早く英語で話しかけて対応しないといけない。実際に外国人と会話をしているような仮想現実を体験することで、より英語を身近に感じさせるのが目的である。







先生がスクリーンの中に入り込んでいるようにみえる。仮想現実の登場人物と英語の授業を行っている最中だ


また電子黒板も2Dから3Dにアップグレードしていた。科学の授業では先生の心臓の位置に3D画像の心臓が映し出され、子どもたちの理解を高めていた。


 このVR教室は未来のものではない。政府のIT科学技術開発シンクタンクがある、ソウルから2時間ほど離れた大田(テジョン)市の小学校12校で既に導入済みだ。英語や科学などいくつかの科目の授業が行われているという。(次回に続く)





趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年12月13日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20101210/1029069/

韓国デジタル教科書事情(2)~電子黒板は当たり前、10Gbpsネットワークで教室情報化

「韓国デジタル教科書事情(1)」から続く)


 韓国ではデジタル教科書以前からも、NEISやサイバー家庭学習サイトを通じて子どもが学校で何をしてどんな勉強をして、どう学力が向上しているのか、よくできる部分と補うべき部分を分析してネットで保護者に公開している。これは高い教育熱に少子化の影響から、自分の子どもが一番という(モンスターペアレント化する)保護者が増えてきたことで、保護者が学校や教師に不満を持たないよう「見える教育」にするという意味もある。


 また熾烈(しれつ)な大学入試競争の中で、所得の格差による教育の格差、地域差による教育の格差をなくすのもデジタル教科書の役目である。教科書に参考資料がリンクされているので、高い参考書を買わなくても済む。また塾がない山間、離島に住む子ども達もマルチメディア教材を使って個別学習ができるので、塾のある都市まで通う必要がなくなる。長期入院、海外滞在中もデジタル教科書を使えば遠隔授業ができるので休学することなく進級できる。もちろん、教科書改訂を迅速にできるのもメリットだ。



電子黒板とマルチメディア教材を「10Gbps高速学校LAN」で利用しやすく



 デジタル教科書をさくさく動かせるよう教室のネットワークは政府が投資して学校LANを構築し、2010年は実測で全国平均50Mbps、教室の中にはIPTV、電子黒板、パソコンがあり、教師が作ってきたマルチメディア教材で授業を行っている。学校LANの速度は固定で10Gbpsにアップグレードする予定で、一部大学では10Gbpsが導入された。デジタル教科書実験学校でなくても、電子黒板を使った授業は当たり前のように定着していて、教師も教科書の内容に合わせて動画や写真を準備する。


 もちろん、デジタル教科書や電子黒板をより教師が利用しやすいようマルチメディア教材を提供するサイトもたくさん登場した。中でも2009年デジタルコンテンツ大賞を受賞したI-screamは教師向けの教材サイトで、全国小学校教師の98%が有料会員(2010年11月時点)というほど利用されている。教科書の内容に合わせた動画、写真、音楽、テキストが用意されているので、国定科学教科書60ページと検索すればそれに合わせた教材が登場するほど便利になっている。教師はその素材を使ってパワーポイントなどでオリジナル教材を作り、電子黒板で授業を行う。


 教師のパソコン保有率は98年ごろから100%を超えている。教師一人に1台、教室に1台、授業用ノートパソコン、PCルームにもパソコンがあるので教師だけでなく子ども達も既に一人1台、学校でパソコンを使える環境近づいている。


 小学校だけでなく中学・高校でも電子黒板は広く利用されている。黒板を使わず教師はマルチメディア化された教科書を電子黒板に表示させ、タッチ式で重要なところに指で線を引きながら、時々音声ファイルや動画を再生させながら、授業を進める。






高校でも電子黒板を使った授業は当たり前。仁川 デゴン高校の英語の授業では、先生が一方的に教えるのではなく、マルチメディア化された教材を活用して一緒に問題を解きながら解説を加える。学生のレベルに応じて教材を選択、優等クラス、標準クラスに分けて授業を行う


「英語」学習熱もデジタル教科書を後押し



 韓国でデジタル教科書が話題になり始めたのは「英語」とも関連が強い。国際競争力を高めるために英語は必須ということで幼稚園から英語を教え、私立小学校では1年生から英語と中国語を教えている。公立小学校でも3年生から正規授業として英語を教えるようになり、これを1年生からに変えようとしている。


 全国の小中高校には英語のネイティブスピーカーの教師が数人ずつ派遣されている。学校の英語授業に教師は2人以上、つまり、文法は韓国人の教師が担当し、会話や発音はネイティブスピーカーに学ぶ構成になっている。デジタル教科書を使ってマルチメディアを活用すれば、ネイティブスピーカーがいない地方の学校でも都市の学校と変わらない英語教育環境を整えられるのではないかと期待された。デジタル教科書の英語科目には学生が英語を録音し、その波長を分析してネイティブの発音に近づくよう個別指導してくれる機能もある。



スマートフォンやモバイル端末は中高生に必需品



 韓国の教育熱の高さは日本でも有名だろう。高校生になると夜10時まで学校で自習し、それから塾へ行くほどだ。いつも電子辞書、音楽再生、動画再生などの機能があるPMP(Portable Multimedia Player)を持ち歩き、休み時間にはEラーニングで勉強を続ける。韓国ではスマートフォンやモバイルデバイスが教育のためにもマストアイテムになっている。







デゴン高校の学生たちが休み時間や自習時間に活用しているPMP(Portable Multimedia Player)。ほとんどの学生が持っていて、教育放送のインターネット講義を見ながら受験勉強しているという。韓国では2011年の新学期向けにPMPが5型タブレットPCへと進化、それに向けて商戦が始まっている


2009年11月に発売されたiPhoneを追うようにSamsungのGALAXY Sが登場し、海外勢のスマートフォンも出揃ったことから韓国は一気にスマートフォン普及が加速し、2010年9月時点で500万台突破、年末には当初の予測の3倍である600万台を突破しそうな勢いである。2011年には1500~1600万台、携帯電話加入者の約3分の1がスマートフォンを使うとまで予想されている。

 韓国政府は経済的に貧しい、地方に住んでいて周辺に塾がないといった理由から教育の機会を子どもが奪われないよう、公営放送である教育放送のWebサイト上で大学入試講座動画を無料提供している。ここからセンター試験の問題が出題されることから、全国の高校生はほぼ全員この動画を見ている。そこで必要なのがPMPだった。電子辞書も音楽・動画再生機能も搭載されたスマートフォンが登場してから、PMPは無線LAN機能を搭載した学習用5型タブレットPCへと進化した。無線LAN機能経由で教育放送の動画をダイレクトにダウンロードできる機能が目玉となっている(PMPはPC経由でダウンロードする)。(次回に続く)


趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年12月2日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20101130/1028847/

韓国デジタル教科書事情(1)~15年かけて築いてきた教育情報化が花開く

日本でここ最近脚光を浴びているデジタル教科書。2015年までに子ども一人に一台タブレットPCを支給し、紙ではなくマルチメディアの教科書を使って授業し、学校でも家庭でも高速モバイルネットワークを使っていろいろな教育コンテンツを見られるようにするというもの。子ども達が重いランドセルを背負うこともなく、教科書をクリックするだけで百科事典や動画、写真、ニュースなどの参考資料も一緒に見られるので学習効果も高まると期待されている。もちろん、紙を使わないのでエコという点でもデジタル教科書は来るべき未来であり、子ども達のためにも早期に実現させるべき国家政策と言える。

 日本ではデジタル教科書というとタブレットPCや情報端末を先に思い浮かべるが、韓国ではその逆で「どんな端末からも使える教科書」を想定して中身の開発に力を入れてきた。個別学習、個別指導・評価を可能にするインタラクティブな教科書にするために必要な教材、端末、ネットワークが必要で、そのためにはどんな技術を開発すべきなのかに関して議論が続けられてきた。






仁川 トンマク小学校で使うデジタル教科書実験用端末と教科書画面。教科書は家庭のパソコンからも利用できるので端末は学校においたまま使うが、予習復習は家庭にいながらもできる。学校からの告知や宿題の提出などもすべてネットを経由して行う



 韓国の文部省である教育科学技術部の定義を見ると、デジタル教科書とは「学校と家庭で時間と空間の制約なく利用でき、既存の教科書に、参考書、問題集、用語辞典などを動画、アニメーション、仮想現実などのマルチメディアで統合提供し、多様な相互作用機能と学習者の特性と能力、水準に合わせて学習できるように具現化された学生向けの主な教材」としている。つまり教科書の内容をデジタル化して、有無線ネットワークを利用してその内容を見て聞いて書きこんで読めるようにしたものであり、どんな端末やどんなネットワークからも利用できないと「デジタル教科書」とならないので、端末はタブレットPCだけに縛られない。


 また、デジタル教科書はデジタルネイティブ世代に合わせた効果的学習ツールとして脚光を浴びているが、小学生だけでなく、生涯教育の第一歩として導入したいとも考えている。

韓国のデジタル教科書は既に1996年から構想が始まった。それから約15年、デジタル教科書を導入するために国は導入のバックグラウンドとして学校情報化、校務情報化、教育行政情報化、家庭学習情報化を進め、学生の学習情報を記録、分析して保護者に公開するシステムをオープンした。2013年には全国の小学校にデジタル教科書を導入するのを目標に、2007年から600億ウォン(約48億円)を投資して小学校を中心に実証実験を始めている。


 これまでの過程を振り返ると、学校情報化、デジタル教科書構想、教員情報化研修が1996年に始まり、1997年には学校総合情報管理システムが始まっている。これをアップグレードした校務情報化システムとして2002年にNEIS(National Education Information System)が始まった。NEISには子どもの成績や個人情報が記録され、保護者も実名確認をすればいつでも自分の子どもの情報を閲覧できる。このデータが大学に渡されるので大学入試の願書は100%電子化された。


 NEISによってバックグラウンドがある程度固まったところで、デジタル教科書の開発も始まった。小学校5、6年向け英語と数学から実証実験が始まり、2007年には正式に国家戦略として「デジタル教科書商用化推進計画」が発表された。


 2008年から全国の小学校20校を対象にデジタル教科書商用化のための実証実験が始まり、Windows基盤に続いてオープンソース・リナックス基盤教科書開発も始まった。また、「IPTV放課後教室」といって、共働きの家庭のためのサービスも始まった。授業が終わってから家に帰っても誰もいない、経済的事情で塾に行けない子ども達のために、放課後学校でIPTVを使ったEラーニングを利用できるようにした。これも教室のネット環境が超高速ブロードバンドだから実現できたことである。







仁川 トンマク小学校ではデジタル教科書と電子黒板を連動した授業が行われている。紙の教科書と同じ画面が映し出され、タッチすると次々に動画やアニメなどで作られた参考資料を表示。子ども達の学習効果を高める



 2009年からは実験学校を132校に増やし、デジタル教科書が本当に学習効果を高められるのかを研究する「教育情報化成果測定指数開発」にも着手した。


 2010年には教員能力評価制度が実施され、同僚教師・専門家・学生・保護者が教師を評価する。子どもの目線からは、デジタル教科書や電子黒板といったIT機器類をうまく活用して面白く授業を行う教師の評価が高くなっていくだろう。韓国の教員採用試験は700倍とも900倍とも言われる超難関であるため教師のレベルも高く、電子黒板やマルチメディア教材を制作できるようにする研修は義務化されているため、教師が教育情報化についていけない、IT機器を使いこなせないといった問題が起こったのは90年代後半、最初のころだけだった。


 2011年に小中学校の英語・国語・数学の教科書がCD-ROMになり、2013年には、全国の小学校でデジタル教科書を全面的に導入することを目標とする。まだデジタル教科書の端末規格は決まっていないが、スマートフォンやiPadのようなタブレットPCが安くなっているので、デジタル教科書用に一から開発するよりも販売されている中から自由に選択するようにする可能性もある。(次回に続く)



趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年11月26日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20101126/1028811/

韓国デジタル教科書  デジタル教科書導入とビジネスチャンス


KDDI総 研特別研究員 趙章恩 チョウさん講演します。
韓国のデジタル教科書に関する全て??
何がどうなっていて、これからどうなるのか、デジタル教科書をめぐるビジネスチャンスについて、韓国を事例にお話しします。
有料セミナーなのでお気軽に来てくださいとは言えないのですが。。。お待ちしてます。


http://www.ssk21.co.jp/seminar/S_10279.html


韓国デジタル教科書 最新ルポ
デジタル教科書導入とビジネスチャンス
~ソリューションビジネスはどうなる?~


セミナー要項
開催日時 2010年7月23日(金)午後2時30分~午後5時
会場 TKP品川カンファレンスセンター
東京都港区高輪3-13-1 TAKANAWA COURT3F
(03)5447-1201
受講料 1名につき 31,290円(税込)
備考:


重点講義内容
ITジャーナリスト
(株)KDDI総研 特別研究員
趙 章恩 (チョウ チャンウン)氏


 韓国では1997年よりデジタル教科書の企画が始まり、2002年より制度改善をはじめ開発に着手しました。2006年より全国の小学校でデジタル教科書の実証実験が始まり、2011年より小中学校でのデジタル教科書使用義務化が決定しています。
 デジタル教科書を導入するためには、教科書の電子化だけでなく、デジタル教科書向け端末、教室と学校のインフラや電子黒板などデジタル教科書で学習するためのデジタル環境、検索や参考資料として使える教育情報DBとの連動、教育行政のデジタル化、デジタル教科書を上手く活用できる教師の養成、保護者の理解などバッググラウンドを整えることも重要でした。韓国ではさらに、4Gモバイル環境でのスマートフォンやipadのようなタブレットパソコンを使ったデジタル教科書、リナックス基盤や現実拡張(AR)の教科書、デジタル教科書と連動する各種3D学習コンテンツの開発も進んでいます。
 これからデジタル教科書を導入する日本はどのようなことに気をつけるべきなのか、ビジネスチャンスはどこにあるのか、韓国の事例から学ぶべきことはたくさんあります。本講演では、韓国のデジタル教科書実証実験について、学校と担当教師、関連企業への取材による最新事情を写真で分かりやすく解説します。


1.2010年韓国のICT現況
2.デジタル教科書とは何か
3.韓国デジタル教科書の特徴
  端末、OS、プラットフォーム、UI、コンテンツ、学習方法
4.韓国デジタル教室
  ネットワーク、端末、電子黒板、
  デジタル教科書のための教育環境デジタル化現況
5.デジタル教科書を導入するまでの過程
  教育科学技術部(韓国文部省)の政策、教育情報・行政システム改善、
  教師・保護者対策
6.デジタル教科書授業様子・事例紹介
  学校内、学校外
7.デジタル教科書の効果
8.デジタル教科書関連企業戦略
9.2011年デジタル教科書義務化に向けた課題
10.デジタル教科書に最適な端末とは?
11.デジタル教科書と教育情報化の未来
   4G、AR、クラウドコンピューティング、端末ラインアップなど
12.質疑応答


※日本語での講演となります。


講師プロフィール
趙 章恩(チョウ チャンウン)氏
韓国ソウル生まれ。日本で高校を卒業、韓国に帰国し梨花女子大学卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程、東京大学大学院学際情報学修士。KDDI総研特別研究員、NPOアジアITビジネス研究会顧問。韓日政府機関の委託調査(デジタルコンテンツ動向・電子政府動向・IT政策動向)、韓国IT視察コーディネートを行っている「J&J NETWORK」の共同代表。2000年4月創立された、韓日インターネットビジネス実務者団体「KJIBC(Korea Japan Internet Business Community)」会長。韓国IT情報専門家として、数々の講演やセミナー、フォーラムに講師として参加。日刊紙や雑誌の寄稿も多く、「NIKKEI NET(日経新聞)」や「日経パソコン(日経BP)」、「日経エレクトロニクス」、「BCN」、「夕刊フジ」、「西日本新聞」、「デジタルコンテンツ白書」、韓国の「中央日報」や月刊誌「Media Future」等に寄稿。韓国・アジアのIT事情を、日本と比較しながら分かりやすく提供している。


【連載コラム】
日経新聞 NIKKEI NET IT先進国韓国の素顔
 http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx
日経PCオンライン Korea On The Web
http://pc.nikkeibp.co.jp/pc/column/cho/index.html