[エンタメコラム] ドラマ歴代視聴率1位! 「初恋」その3

社会現象を巻き起こした話題作「初恋」



春川の田舎に住む父と姉と兄弟。生活は貧しいけれど、何よりも絆を大事に生きているチャンヒョクの家族。チャンヒョクは幼い頃からヒョギョンが好きですが、実業家のヒョギョンの父は、娘を裕福で地位のある人と結婚させたがっています。そのため、ヒョギョンの父と叔父は暴力団にチャンヒョクを暴行するよう指示し、襲われたチャンヒョクは逃げ出そうとした際に交通事故に遭い、松葉杖なしでは歩けない体になってしまいます。


 


ソウルの大学に合格した弟のチャヌは、成功してヒョギョンの父に復讐することしか頭にありません。大学で出会ったソクヒとは「ミウンジョン(憎みあいながら情が生まれるという意味)」が深まり、少しずつ親しい仲へと発展します。チャヌは、カジノでアルバイトをしているとき、銃を取り出して騒ぐ外国人客を流暢な英語でなだめたことが評価され、そのカジノのオーナーの信頼を得ます。それをきっかけに兄の復讐のためヒョギョンの父の事業を潰そうと企み、危ない闇の世界へと脚を踏み入れていきます。


 


一方、ソクヒの兄ソクジンは、ヒョギョンの父が望む婿でした。ソクジンはチャンヒョクのように誠実で優しく、そのうえ財力もあります。ヒョギョンの理想の夫になることは間違いありません。両家ではふたりを一緒にパリへ留学させ、結婚させようとします。しかし、チャンヒョクのことが忘れられないヒョギョンは、留学するとウソをついて結婚を破棄し、家庭教師をして父から自立しようとします。


 


ヒョギョンは交通事故で死んだと思っていたチャヌに会い、チャヌからチャンヒョクは生きているけれど脚が不自由になっていることを聞き、それは自分の父のせいだということを知ってショックを受けます。結局ヒョギョンはソクジンとの結婚を選び、チャンヒョクは一途に自分に尽くしてくれたシンジャと結婚します。


 


チャンヒョクの家族が春川からソウルへ出てきて、都会でなんとか生きていこうとする姿に、昔の自分と自分の家族を重ねていた視聴者もたくさんいました。


 


このドラマの背景である70~80年代は、ソウルオリンピックを前に韓国が高度経済成長を果たしていた時期で、田舎からソウルへ職を求めて出てくる人があとを絶ちませんでした。自分はどんなに苦労をしても、子供には都会で立派な教育を受けさせたい、スーツを着て働く専門職に就いてほしい……ただそれだけを希望にソウルへやってきてがむしゃらに働き、今は安定した生活をしている人たちが、チャンヒョク達の苦労に共感し涙を流しました。チャンヒョクとヒョギョンのテーマソングだった切ないロックバラード、Stratovarius(ストラトヴァリウス)の「Forever」という曲も涙を誘うんですよね。


 


最初は有名なシナリオ作家であるチョ・ソヘ先生の作品であること、チェ・スジョンとぺ・ヨンジュンという美男俳優のおふたりが兄弟を演じることが話題となり、注目のドラマとして視聴率を上げていきました。が、66話という長いストーリーにもかかわらず「初恋」が歴代視聴率1位になった理由は、脇役も含めひとり残らずそれぞれの役になりきっていて、キャスト全員の演技の共鳴がすばらしかったことにあると思います。


 


弟のためならどんなことでもする献身的な姉チャノクと、彼女を愛する無名歌手のチョンナム、チャンヒョクに一途な想いを寄せるシンジャ、チャンヒョクの親友で義理人情の固まりのようなトンパルなど、脇役たちも個性的でした。チャノクが、お米が足りなかったために自分は食べたふりをして、弟達にご飯の用意をしてあげるシーンなどは、貧しい時代を生き抜いた世代の人たちにとっては、「自分のことのようで今でも思い出しただけで涙が出る名場面」だと語り継がれています。


 


「初恋」といえば、電話抗議事件を忘れてはなりません。チャヌが復讐のために暴力団員になりかけたとき、KBSには抗議の電話が殺到しました!


 


「お父さんとお兄さんと今まであんなに苦労してきたのに、彼を闇の世界に入らせてはならない。もっと立派な職をもたせるべきだ!」、「チャンヒョクの脚を不自由にしておいて、チャヌの人生までめちゃくちゃにするなんてひどすぎる!」、「立派な人になることで復讐させるべき!」、「胸が痛いのでこれ以上ドラマを観ることができない。チャヌ兄弟をこれ以上いじめるな! 視聴料未払い運動をしてやる!」などと、抗議の電話が止まりませんでした。これは当時の新聞にも、ドラマが社会現象にまでなっているとして大きく報道されたものです。


 


これだけではありません。ヒョギョンがチャンヒョクのことを想いながら、ソクジンとの結婚を選んだことも視聴者を怒らせました。「ヒョギョンはなぜふた股をかけてチャンヒョクの人生を狂わせるのか。あんな女はドラマに出るべきではない」と、チャンヒョクを応援するファンが激怒! ヒョギョン役のイ・スンヨンさんは、行く先々で「チャンヒョクを弄ぶな!」と抗議を受けたほどです。


 


ここだけの話ですが、チャンヒョクは最初の企画では寝たきりになるはずでしたが、視聴者の怒りを恐れて脚が不自由になるという設定に変更になったのです。チョンナムも、ぐうたらしているけれど「いい人」という設定になっていますが、最初はチャノクをいじめる夫という設定だったのです。チョンナム役のソン・ヒョンジュさんが「こんな場面が放映されたら、もう2度と街を歩けなくなる」と監督に頼み、監督もチャンヒョクとチャヌをできるだけ幸せにしてあげる方向に修正し、お人好しのキャラクターになったといいます。


 


「初恋」は典型的な韓国ドラマのようで、実はちょっと変わった作品でした。どんな苦難を乗り越えても主人公は幸せになるという、ハッピーエンドが当たり前だった韓国ドラマには珍しく、実らない初恋という悲しい運命を描いた作品でもありました。ドラマが進展するにつれて、どんどん物語の中心がチャンヒョクからチャヌに変わっていったのも印象的でしたね。


 


KBSには「初恋」の制作陣と出演者が一緒に植えた「かりん」の木があります。歴代最高視聴率を記録した記念に植えた木で、今でもKBS別館にあります。当時50センチほどだった小さい木が、今では4メートルほどの立派な木に成長しました。


 


そのあいだ、「初恋」は東南アジアで韓流ブームを巻き起こし、ベトナムでは生まれてくる女の子に「ヒョギョン」という名前をつけるのがブームになったと新聞で報道されたほどでした。ヨン様は作品を重ねるたびにアジアのスーパースターになり、ヨン様が慕っていた「初恋」の作家チョ・ソヘさんが亡くなりました。長いといえば長い歳月です。


 


韓国ドラマも「初恋」のあとからずいぶん変わりました。ディープな家族愛、貧困から抜け出すためにもがく若者、かなわぬ初恋といった典型的なパターンから脱皮し、海外ロケが当然となり、憧れの専門職を持つ主人公が登場するようになりました。


 


そして2009年の最高の話題作「IRIS(アイリス)」が、もっとも進化した韓国ドラマといえるでしょう。韓国では毎週水・木曜日夜10時に放映されていますが、「次回が待ちきれない!」と大騒ぎになっています。


 


私もそのひとり! ドラマが終わるとネットで撮影現場目撃談を検索して、これからのストーリーを想像しては胸をときめかせています! 早く日本でも放映されるといいですね!


 


次回はまだどんなドラマでおしゃべりに花を咲かせましょうか! 楽しみにしてくださいね~。


ニッコリア
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[エンタメコラム] ドラマ歴代視聴率1位! 「初恋」その2

「初恋」の登場人物をご紹介します!



前回に引き続き、「初恋」の魅力をお伝えします。今回は、登場人物をご紹介しましょう!


ドラマタイトル:初恋


原題:첫사랑(チョッサラン)


放映年度:1996年6月7日 ~ 1997年4月20日 全66話 KBS



ソン・チャンヒョク(チェ・スジョン)


母を亡くし、父、姉、弟を支えるソン家の長男。幼いころから絵が上手で画家を志望するが、貧しい生活のため夢をあきらめる。初恋の相手は、父が働く映画館の経営者の娘ヒョギョン。ヒョギョンの父と叔父はチャンヒョクをヒョギョンから引き離すために彼に暴行を働き、彼の脚を不自由にしてしまう。家族にも反対されるものの、初恋をあきらめきれず葛藤するチャンヒョク。誠実で正義感の強い性格だが、権力とお金を持つ人に振り回され苦悩する小市民でもある。



□コメント


善良そうな大きな目が印象的なチェ・スジョンさんは、「ドラマ界の国民的俳優」と呼ばれるほど好感度の高い俳優です。1987年にデビューし、大河ドラマ「太祖王健」、「太陽人・李済馬」、「海神」などの主役を演じました。数え切れないほどの作品に出演しているにも関わらず、チェ・スジョンさんがもっとも記憶に残る出演作として選んだのが「初恋」。その理由は「作品性も高く視聴者にも愛された作品だから」とのことです。奥さんである女優ハ・ヒラさんとは芸能界を代表するおしどり夫婦で、ふたりの男の子に恵まれています。奥さんには毎日何度も携帯電話でメッセージを送り、「サランへ~(愛してる)」を連発しているのだとか。男性共演者のみなさんは全員、「結婚して10年以上も経つのに鳥肌カップルだ! チェ・スジョンさんのような夫になってほしいと妻にいつも怒られる」と不満を漏らしているほどです。また、ボランティア活動や寄付にも積極的な一家としても知られています。

ソン・チャヌ(ぺ・ヨンジュン)


チャンヒョクの弟。一家の期待を背負って名門大学の法学部に進学する。司法試験に合格して家族を養うまじめな人生を夢見るが、兄の脚を不自由にしたヒョギョンの父に復讐するため闇の世界に入る。大学で出会ったソクヒとはケンカばかりしていたが、いつしか惹かれ合うようになる。



□コメント


主人公の弟という役のはずが、後半に近づくほど物語りの中心に! 当時、「新人が主人公を飲んだ」と話題になったものです。笑顔がステキな美少年から、筋肉質でいつも深刻な顔をした男性に変身! その変貌ぶりが話題になったのと同時に「韓国のジェームズ・ディーン」と絶賛されました。ヨン様はいつも「『初恋』という作品があったから自分がいる」と話すほど、このドラマに出演できたこと、チャヌというキャラクターを演じられたことを感謝していました。

イ・ヒョギョン(イ・スンヨン)


裕福な実業家の令嬢。父に猛反対されながらもチャンヒョクを愛し、チャンヒョクが画家になれるように応援する。チャンヒョクが交通事故で死んだと思い込みソクジンと結婚を前提にした付き合いをするが、チャンヒョクが忘れられず結婚を断念。チャヌから父がチャンヒョクにしたことを聞き、ショックを受ける。歩けなくなったチャンヒョクを見ても何も言えず、遠くから見つめることしかできない。



□コメント


当時、韓国のファッションリーダーとして一世を風靡したスンヨンさん。大韓航空の客室乗務員からミス・コリアになり、芸能界入りしました。90年代のトレンディードラマは彼女なしでは語れないほど、スンヨンさんは韓国のドラマとおしゃれをリードしました。ドラマでスンヨンさんが身につけたアクセサリーや洋服は、即完売になるほどの熱狂振りでした。今は1児の母となり女優業を休業しています。

カン・ソクジン (パク・サンウォン)


まじめで優しいジェントルマン。ヒョギョンとは家族ぐるみの付き合いで、彼女を妹よりもかわいがっている。いつも温かくヒョギョンを見守っている。



□コメント


このドラマをきっかけに理想の夫、理想の婿として大人気となったパク・サンウォンさん。ソクジンのイメージそのままに数々のCMに出演、司会者としても活躍しました。今でも映画やドラマ、舞台などで幅広く活躍しています。

カン・ソクヒ (チェ・ジウ)


裕福な家庭の令嬢で大学の放送部に所属。いつも明るく自己主張のはっきりしたお嬢様。何かとチャヌとぶつかるが、自分とは正反対のチャヌに興味を持ち、友達以上恋人未満の関係にまで発展する。



□コメント


デビューしてからまだ1年も経たないうちにキャスティングされたのが「初恋」で、この作品で初めてチェ・ジウという名前を視聴者に広めました。新人にしては大抜擢といえる役です。ジウ姫は、「演技に関して何も知らなかったひよっ子に、もっと演技を学びたいという欲求を感じさせてくれた大事な作品」と評価しています。

パク・シンジャ (イ・へヨン)


母の再婚を機にソウルに出てきた田舎娘。チャンヒョクを一途に愛し、どんなときでも尽くす。



□コメント


韓国芸能界で「もっとも脚がきれいな女優」として有名なへヨンさん。その脚には保険までかけられているんですよ。アイドルグループの歌手としてデビューし、女優に転身しました。「初恋」は演技を始めて間もない頃の出演作です。2009年にドラマ「内助の女王(僕の妻はスーパーウーマン)」が大ヒットし、本人のファッションと美容の知恵を盛り込んだ2冊の本がベストセラー入り! さらに、自ら社長兼デザイナーを務めるファッションブランド「ミッシング・ドロシー」も絶好調! 人気女優、作家、実業家として活躍するイ・へヨンさん。今でも「初恋のシンジャ」として紹介されるほど、「初恋」は彼女の原点でもあります。

オ・トンパル (ぺ・ドファン)


チャンヒョクの同級生で、料理人を目指す。子供の頃から変わらず親友のチャンヒョクとその家族を自分の家族のように大事にする、義理と人情の男。



□コメント


ぺ・ドファンさんは、1991年のデビュー後、数々のドラマに脇役として出演するも、あまりパッとしませんでした。それが「初恋」のトンパル役でブレイクを迎えます。持ち前の演技力に人情溢れるキャラクターが視聴者に愛され、トンパルが始終していた親指で鼻をこするクセを真似る人も続出したものです。ドファンさんは、今もドラマで活躍しています。



そのほかにも、ソン・へギョ、チャ・テヒョン、キム・テウなど、今では超有名になった俳優さんがエキストラ同然の役で出演しているのも見逃せませんよ~。どの場面に隠れているのか、しっかり探して見ましょう。次回も、「初恋」の魅力についてご紹介します!


ニッコリア
Cho!エンタメコラム
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低俗ドラマ人気も「表現の自由」? 韓国テレビ放送事情

韓国言論財団の「2008年言論受容者意識調査」によると、韓国人がもっとも信頼するメディアは地上波放送(60.7%)で、2位以下に圧倒的な差をつけてトップだった。今回は韓国の最新テレビ番組事情とIPTVの商用化で変わり始めた視聴者動向を報告しよう。(趙章恩)

 なお、この意識調査によると、信頼するメディアの2位はインターネットで20.0%、新聞が3位で16.0%だった。ネットが新聞を上回ったのは2008年が初めてのことである。一日平均媒体利用時間も地上波放送、インターネット、ケーブル放送・衛星放送、ラジオ、新聞、雑誌、IPTVの順となっていて、広い意味での「放送」が占める時間は非常に長い。


■最近のヒットは「妻の誘惑」


 韓国では放送の中でも「ドラマ」と「9時のニュース」が非常に強い影響力を持つ。ネットの普及によってテレビ離れが進んだといっても、未だに視聴率40%を超えるお化けドラマが存在する(歴代最高視聴率ドラマは1996年にヨン様が出演した「初恋」で65.8%。ドラマが始まると水道の使用量が急減する現象まで起きた)。


 ドラマの放送時間帯は韓国独特で、平日朝の「朝ドラマ」と午後9時のニュースが始まる前に放映される30分の「1日ドラマ」、週2回放映される1時間の「月火ドラマ」「水木ドラマ」「週末ドラマ」、週1回の「金曜ドラマ」などがある。ケーブルテレビが独自に制作するドラマもある。


 人気ドラマに登場した商品やファッションは大流行し、主人公の職業やセリフのなかで何気なく登場する豆知識がよく社会現象になる。


 民放のSBSがニュースの前に放映している1日ドラマ「妻の誘惑」は、2008年から2009年にかけて最もヒットしたドラマだ。ストーリーは、幼なじみと夫が浮気→妻を自殺にみせかけ川に落とす→同じ日に川で自殺した女性の家族に助けられその女性になりすます→夫は妻が死んだと思っている→他人のふりをして夫を誘惑→幼なじみに復讐、というありそうにない内容。


しかし、復讐する→反撃される→また復讐→また反撃される→また復讐、というパターンを40話分ほどもひたすら繰り返し、ついに夫の家族を破滅させるという分かりやすい展開が人気を呼んだ。



■再放送VOD「ダシボギ」が収益に


 このドラマは主婦はもちろん中年男性までも熱狂し、番組名をもじった「帰宅の誘惑」という言葉が流行語になっている。韓国には姦通罪が存在するにも関わらず、人気ドラマのほとんどは、夫が浮気→妻と離婚するためにいじめ→嫁より浮気相手をかわいがる姑登場→妻の復讐開始、という筋書きである。


 復讐がエスカレートするほど視聴者も熱中し、放送局のサイトやIPTVの利用も急増する。ドラマは放送局のサイトやIPTVの再放送VODサービスにより1本1000ウォン(約70円)で視聴することができる。これは「ダシボギ」(もう一度観る)と呼ばれ、放送局の映像コンテンツ販売収益はかなりの金額になっている。


 ダシボギはDVDクラスの画質なので、IPTVのセット・トップ・ボックス経由で大画面テレビで観てもきれいな映像を楽しめる。以前は著作権が問題になったが、今ではドラマ制作契約の際にダシボギに関する契約も同時に行われる。制作プロダクションも俳優も地上波の番組はVODで再放送されるのが当たり前と認識するようになった。


 「妻の誘惑」がヒットしたおかげで、その後すぐ始まるSBSのニュースまで視聴率が上がっている。1日を締めくくる夜9時のニュース(SBSだけは8時開始)は、もっとも広告が付く時間帯である。放送局にとって、ニュースの視聴率を上げてくれるドラマはとても大事な存在なのだ。


 SBSのサイトではドラマのキャプチャー画像を利用したパロディ写真の投稿ギャラリーも人気を集めている。視聴者が新たなストーリーを作ったり、ドラマのポスターを作ったりして投稿する。日本だったら肖像権の侵害で訴えられそうだが、韓国ではこのユーザー投稿のおかげで口コミが広がり、さらに視聴率が高くなることを経験しているため、あまりきついことは言わない。



■放送途中で内容が突然変身


 こうした視聴率の高いドラマのほとんどは「マクジャンドラマ」と呼ばれ軽蔑されているが、それでも高視聴率をキープしているのは不思議としかいいようがない。マクジャンとは「炭鉱の坑道の終わり」「これ以上落ちるところがない最悪な状況」を意味する。「不倫」「復讐」「出生の秘密」「不治の病」「奇跡としか思えない偶然」を繰り返し、「こんなの絶対あり得ない!」というようなストーリーで視聴者を刺激する。


 韓国は地上波放送の番組の規制が厳しく、全ての番組は全年齢視聴可、7歳以上視聴可、12歳以上視聴可、15歳以上視聴可、19歳以上視聴可の5等級の年齢制限がつけられる。この年齢制限は、テレビ画面の20分の1以上の大きさで番組が始まる前30秒以上、放映中10分ごとに30秒以上表示しないといけない。19歳以上視聴可の番組は平日13時~22時、休日10時~22時は放送できない。


 問題は、最初は12歳以上視聴可のほのぼのホームドラマでスタートしたのに、視聴率が出ないとその瞬間マクジャンドラマに路線を変える番組があることだ。韓国のドラマはその日撮影してその日放映するほど、タイトな制作期間の中で作られる。俳優の人気がないと突然留学に行かせたり、交通事故で死なせて登場人物を入れ替えたり、愛する男性の出世のために隠れて子供を産んで姿を消したりと、最初の企画案とは全く違うドラマに変身するのである。


■「花より男子」も人気だが・・・


 小学生に人気の高いドラマ「花より男子」(日本の「花より男子」の韓国版)もマクジャンドラマと呼ばれ、子供への悪影響が心配されている。制服のスカート丈が短すぎる、高校生のキスシーンが登場するとは何事だ、学校の中で暴力を振るうシーンが放映されていいのか、お金持ちは偉いという思想を植えつける、などなど、視聴率が上がれば上がるほど、苦情も多くなっている。


 花より男子は民放ではなく公営放送のKBSで放映されているが、KBSは視聴率が高いのをいいことに、ドラマの予告編VODまで有料で配信し始めた。通常、1~3分ほどの予告編VODは無料なのだが、KBSは8~9分に伸ばしてダシボギと同じ料金を取っている。これには、ドラマ放映を待ちきれない小中学生のお小遣いを吸い上げている、公営放送の役割を忘れて金儲けに目がくらんでいると、非難が沸き起こっている。



■IPTVで「我が家だけの番組編成」


 最近はマクジャンドラマを子供たちに見せないため、「我が家だけの番組編成」を作る家庭も増えてきた。2008年11月に地上波デジタル放送の再送信を含むIPTVが商用化されてからの現象である。IPTVの加入世帯は2008年末で160万を超えた。


 IPTVはパソコンの小さな画面でなく、テレビで好きな時間に好きな番組を観ることができる。そこで、番組表の通りではなく子供たちが宿題を終えてからアニメを観たり、子供たちが寝た後でドラマを観るといったように、家族の生活に合わせた視聴パターンに切り替える家庭が徐々に出てきたのだ。


 地上波放送のドラマだけでなくケーブル放送局が制作したドラマのVOD利用も増えている。また視聴率は1桁どまりなのにVODの利用が20万件近くに達し、広告より有料販売で収益を上げるドラマも少なくない。


 映画でじわじわと観客数を伸ばしているのは、農村に住む80代の老夫婦と30年を一緒に生きてきた40歳の老牛の1年を追ったインディ映画「ウォナンソリ(Old Partner)」だ。公開から1カ月で観客数が90万人を突破し、もうすぐ100万人を超える。これはインディ映画としては異例の記録で、人口4900万人の韓国でインディ映画100万人突破は商業映画の1000万人と同じぐらいの大ヒットなのだそうだ。






キム・ヨナ選手を特集したSBSニュースサイト




■実態に合わなくなってきた視聴率調査


 「胸が痛む泣ける映画」というネットの口コミだけで広がり、2008年1月には7スクリーンしか確保できなかったのが、2月には217スクリーンに拡大され、国会でも上映された。制作費2億ウォンの低予算で既に22億ウォンの収入を上げている。デジタル映画で制作されたため、スクリーンが増えてもフィルム代がかからないのも収益につながっている。


 映画もテレビ番組と同じように、映画館で公開された後はDVDではなく1件2000~3500ウォン(約140円~230円)のVODで販売される。韓国ではDVDのパッケージ販売はもちろんレンタル市場までもしぼんでしまい、VODが収益源になっている。映画館での上映が終わるころにはIPTVでVODが有料公開され、その次に映画サイトで有料公開される。


 VODの利用増加から視聴率の計算方式を変えようという案も検討され始めた。韓国の視聴率調査は4050世帯を対象に、地上波、ケーブル、衛星放送など200チャンネル分を集計している。しかし、IPTVやモバイル放送が産業として成り立つためにはVODの視聴率も広告単価の計算に入れ、家庭以外での視聴、ワンセグやパソコンからの視聴も視聴率に入れるべき時代なのかもしれない。


 キム・ヨナ選手のフィギュアスケート大会も時差のため視聴率は高くなかったが、演技やインタビュー、会場の様子を動画で観られるSBSニュースサイトのページビューは4日間で1100万を突破し、史上最高を記録した。こうみるとテレビで番組を観るという行為だけを視聴率と考えるのはおかしいというのがよく分かる。





■マクジャンドラマも「表現の自由」?


 日本でも韓国でもネット普及によってテレビの利用が落ち込んでいると分析されることが多いが、韓国では利用形態が変わっただけで依然として地上波放送の番組が絶対的な影響力を持ち続けている。マクジャンドラマが増えていることに関しても、表現に自由という観点から見れば多彩なジャンルのドラマが登場するようになったのはいい現象ではないかと評価する意見もある。


 マクジャンドラマが氾濫する一方で、視聴率が低くてもVODで収益を上げられるという自信をつけたプロダクションがいろいろな冒険をし始めた。マクジャンドラマは「表現の自由」や「メディアの選択の幅が広がった」ことの裏返し、なのかもしれない。


 – 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  


[2009年2月25日]