モバイルWiMAX、日本ならではのキラーサービスに期待

高速無線データ通信「モバイルWiMAX」の商用サービスが日本でも7月1日に始まった。一足早く商用化した韓国と同様、「速くて低料金」がうたい文句のようだが、それだけでユーザーを振り向かせることができるのだろうか。

 WiMAXは時速120キロメートル以上で移動しながら、下り最大40Mbps以上の高速データ通信が可能なモバイルブロードバンドの新規格だ。日本では、KDDI系のUQコミュニケーションズがサービスを開始し、パソコンメーカー各社が対応端末を準備している。



■WiMAXならではの役割は?


 しかし、日本は世界のケータイ先進国であり、いまではパソコンより携帯電話からインターネットにアクセスするユーザーの方が多いほど、モバイルインターネットが普及している。携帯電話のパケット定額料金も安く、全国どこでも使えるほどカバー率も高い。これほどモバイル環境の整った国でわざわざWiMAXにまで加入するどれだけの理由があるのだろうか。


 モバイルでネットを使う目的は、せいぜいメールやちょっとした検索、それに漫画や動画を見るぐらいというユーザーが大半だろう。WiMAXだけで用が足りるならともかく、パケット定額や有線ブロードバンドも使うとなれば料金もかさむ。結局、WiMAXならではの役割は何なのか、という疑問に行き着いてしまう。


 韓国版モバイルWiMAXである「Wibro」の普及が遅れているのも、そこを間違えたからかもしれない。サービス開始の際、「インターネットが使える」というところにフォーカスを当てすぎ、逆にWibroの価値が埋もれてしまった。



■なぜ韓国で普及しないのか


 韓国では、通信大手のKTが2006年にWibroを商用化した。しかし、加入者は08年末時点でまだ20万件。予測よりも普及ペースが上がらなかったことで設備投資が滞り、カバー率が低いからユーザーが増えないというジレンマに陥っている。加入者が伸びなかったのは、Wibroがなくてもだれもそれほど困らなかったからだ。


 韓国は1998年からxDSLが一気に普及し、パソコン中心のインターネット環境が定着した。携帯ではeメールではなくショートメッセージ(SMS)を使うのが一般的で、ウェブメールのチェックやちょっとした検索なら、全国の郵便局や市役所、区役所、地下鉄駅構内にある無料パソコンを利用する。携帯電話キャリアの売上高を見ても、音声通話とSMSが85~95%を占めるほどで、モバイルインターネットの文化が育たなかった。


 当時の韓国のモバイルインターネットは、「高速道路を走る人力車」などと表現されたものだ。インフラは整っているのに、使う人はいない。使えるコンテンツやサービスもあまりなかったからだ。それを解消するために登場したのがWibroのはずだった。


 価格も安く設定され、当初のキャンペーン料金は日本円で月1000円程度。09年7月現在は月額約2300円で、さらにKTのバンドル割引を利用すれば、毎月約3500円で有線ブロードバンド(VDSL)、Wibro、無線LANの3つのネットワークが使い放題になる。Wibroは家族3人まで同時に使える。


 しかし、普及は思うようにいかなかった。そもそもモバイルインターネットを利用しなくても何の不便もない韓国のユーザーにとっては、パケット定額すら無駄な出費だった。「速くて安い」だけのWibroでは受け入れられず、KTはWibro専用のコンテンツやサービスを提供したり、動画投稿型オーディションを開催したりと、試行錯誤を繰り返した。





WCDMAとWibroのデータ通信を利用できるデュアル端末


■百聞は一見に如かず


 ようやくWibroにスポットが当ったのは、08年5月に米牛肉の輸入反対運動が反政府デモへと広がったときだった。インターネット新聞の市民記者やブロガー記者らは、集会の現場を生中継したり、街中の様子を動画で撮って次々と配信したりした。


 彼らが使っていたのがWibroだった。ソウルで取材をする記者は3~4年ほど前から、経費節約のため1人で取材から写真、動画までをこなしており、現場からできるだけ早く送信するためにWibroを活用している。それをみたネットユーザーが、「Wibroはこんなことができるんだ!」と驚いた。いままではいくら「高速で移動しながらブロードバンドが使えます」と宣伝してもピンとこなかったネットユーザーだが、百聞は一見に如かずということだろうか。


 もちろん、それだけでユーザーが急に増えることにはなっていないが、Wibroへの注目度は再び高まろうとしている。韓国政府は今年に入り、Wibroをデータ通信の補助手段ではなく第4世代携帯(4G)として位置づけ、Wibroを使ったモバイルVoIPを導入する方針を打ち出した。


 Wibroが使える携帯端末に電話番号を与えて音声通話をできるようにするというもので、09年末か10年初めにはKTがWibroのモバイルVoIP端末を発売する見通しだ。Wibro端末から電話、インターネット、IPTVなどあらゆるインターネットサービスを利用できて、バンドル割引で費用も安くなる。モバイルVoIPは携帯電話の音声通話の3分の1ほどの料金を目安にしている。





■課題はインフラ投資


 韓国の携帯電話市場はキャリア3社でシェアが固定しており、韓国政府にはWibro音声通話という「第4のキャリア」で競争を活性化させようという狙いもある。さらにモバイル電子政府や大都市を中心にしたユビキタス都市設計のインフラとしてWibroを活用する計画も動き出した。


 ただ、こうした計画の実現には当然、膨大なインフラ投資が必要になる。KTは08年までにWibroの基地局整備のために約2000億円以上を投資したが、売上高はとてもそれに追いつかない。全国をカバーするためにはまだ約1700億円以上の投資が必要とされ、つい先ごろは政府に対してインフラ投資の肩代わりを求める提案をしたほどだ。


 KTやSKテレコムは次世代携帯としてWibroとの競合が予想されるLTEの導入を発表している。どちらの技術が主流になっても大丈夫なように保険をかける狙いではあるが、1社が2つの次世代ネットワークを全国でサービスするなど、とても投資が続かないだろう。


 Wibroは韓国が国際規格の策定で主導的役割を果たした「韓国産世界標準」である。できれば、Wibro普及を一刻も早く実現して世界のベンチマークとなりたいところだが、まだその道筋ははっきり見えてこない。


 だからこそなおさら、日本がWiMAXでどのような市場をつくろうとしているのか、WiMAXの何に期待しているのかが気になる。期待がなければ普及はしない。モバイル先進国の日本らしいアイデアで、WiMAXへの期待をもっと高めてくれるといいのだが。


– 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  
[2009年7月14日]
Original Source (NIKKEI NET)
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000013072009

モバイルWiMAXで音声通話 韓国通信業界が渋々踏み出す一歩

韓国では、高速データ通信「モバイルWiMAX」(韓国名Wibro)を利用した音声通話(VoIP)サービスが年内にも始まる。Wibroの普及策として政府が制度を整えたためだが、通信キャリアは携帯電話との競合を恐れ及び腰だ。複雑な思惑が渦巻くなか、2009年末には第一号となる端末が登場することになる。

 韓国の情報通信政策を主管する放送通信委員会は2008年末、Wibroを利用した音声サービスの解禁を決めた。2009年10月からは3G携帯電話と同じ「010番号」を使えるように電気通信事業法番号資源管理細則も改定し、導入のお膳立てを整えた。


 すでに実用化されている無線LANによるモバイルVoIPは通話品質が低いが、Wibroでは移動しながらでも安定した音質で通話できる。放送通信委員会は、「Wibroネットワークを使ったモバイルVoIPは、携帯電話より30%ほど通話料が安くなり家計の通信費負担も軽減する。通信産業全体にも新しい風を入れられるだろう」と自賛している。



KTのWibro用モデム


■導入3年で加入はまだ20万件


 政府がWibroによるモバイルVoIPに注目するのは、韓国国内でのWibroの普及の遅れに理由がある。Wibroは韓国が2006年6月にいち早く商用化した世界標準で、「国家IT支援戦略」の真っ先に名前が登場するほどの重要技術。にもかかわらず、加入者は2008年末で20万件にとどまる。


 サービス地域も広がらない。現在は2大通信キャリアであるKTとSKテレコムがWibroサービスを提供しているが、KTの場合、商用化から3年経った今でもカバーエリアは首都圏を中心とした28都市のみ。2005年の事業申請時に提出した投資移行計画書では2008年までにサービス地域を84都市に拡大するとしていたが、加入者が増えないからエリアも広がらないという悪循環に陥っている。


 専門家らはWibroが普及しない理由について、「韓国は通信インフラが十分整っており、Wibroならではのニーズが限られる」と指摘する。そうしたなか、普及のキラーサービスとしてモバイルVoIPに白羽の矢が立ったわけだ。


 世界不況のなか、韓国メーカーにとってもWibro市場の拡大は欠かせない。Wibro機器の世界市場では韓国企業がリードしており、サムスン電子は米クリアワイヤにシステム装備と端末を輸出している。また、日本、台湾に続いてマレーシアでも受注に成功し、マレーシアではWibroを使った音声通話も商用化される計画だ。



 放送通信委員会の委員長は5月上旬に訪米し、「韓国政府と企業は韓国Wibroのワールドワイド化を目標としている」と、セールスマンさながらにWibroをアピールした。「米国で成功すれば世界に普及できる自信がある。米国、中近東、東アジアを結ぶWibroグローバルマップが来年には輪郭を現すだろう」とまで述べているだけに、国内市場の低迷を放置するわけにもいかないのだ。






KTがアイリバーと提携して2008年11月に発売した「WavePhone」。WiFiによる無線通信で音声通話やSMS送受信、音楽・動画ダウンロード、電子辞書などのサービスを利用できる。ネットワークに接続していないときは携帯電話へ着信転換する


■「音声はやらない」と明言してきた携帯キャリア


 一方、複雑なのは通信業界だ。Wibroを手がけるKTとSKテレコムは同時に携帯電話キャリアでもある。韓国携帯電話加入件数(2009年4月)は約4724万件で人口普及率はほぼ100%。モバイルVoIPが普及すれば携帯電話市場が食われるのは必至なだけに、音声通話はできれば避けたいのが本音といえる。


 このため両社ともこれまでは、「携帯電話にWibroを搭載するとしてもデータ通信だけで、モバイルVoIPを提供する計画は全くない」と何度も明言してきた。ユーザー向けにも「Wibro圏外では使えないから、結局はWibroと3Gの両方に加入する必要がある」「端末も専用のものに買い換えないといけない」などデメリットを強調している。


 KTは結局、2009年末までにWibroで音声通話もできる端末を発売することを決めた。放送通信委員会は事業者にサービスを強要するものではないとしているが、政府の意向を無視することはできないからだ。ただ、SKテレコムは依然として音声はWCDMAで、データ通信のみWibroを使える端末だけしか販売しないとしており、抵抗は続いている。


 調査会社ガートナーは、10年後の2019年には携帯電話通話料の50%以上がモバイルVoIPになるだろうと予測している。特に4Gに移行する2017年以降は急速に普及するとみており、モバイルVoIP化は世界の潮流だ。


 韓国はインターネット先進国だが、固定通信のVoIPは意外と普及が遅かった。本格的に市場が成長しはじめたのは、2008年10月に固定電話の番号のままVoIPに変更できる番号移動制が始まってから。ただ、それからは一気に200万も加入が増え、加入件数は2009年3月で330万を超えた。


 携帯キャリアが恐れるように、モバイルVoIPが始まれば携帯からの乗り換えが起きるのか。それとも、携帯音楽プレーヤーのようなさまざまなモバイル機器にVoIP機能が搭載され、音声通話の市場そのものが広がるのか。いずれにせよ、これまでの携帯キャリアのビジネスモデルに大きな影響を与える実験が始まることになる。




– 趙 章恩  

NIKKEI NET  
インターネット:連載・コラム  
[2009年5月14日]
Original Source (NIKKEI NET)
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/korea.aspx?n=MMIT13000013052009