名前だけ立派な悪質コメント抑制政策が増えている [2007年8月15日]

このコラムでも紹介したことがあるが、韓国のニュース、ポータル、コミュニティー、ブログ、ショッピングなどほとんどのサイトは、本文の下に「デッグル」(コメント)を書き込めるようになっている(関連記事)。デッグルは誰でも匿名で書き込めるサイトもあれば、会員登録をしてログインしないと書き込めないところもある。ログインして追跡されることを知っていながらも悪質な書き込みを堂々とするユーザーが多くもうお手上げ状態。

 このデッグルを取り締るため、デッグルを書き込むときに、もう一度本人を確認する「制限的本人確認制」が7月27日から導入された。利用者保護および個人情報保護強化のために改正された「情報通信網利用促進および情報保護などに関する法律」によりインターネット利用者が掲示板に書き込みをする時、ユーザーが本人であることをサービス運営事業者が認証しなければならない制度である。これは会員登録の際に本人認証が必要な実名制とはまた違う。実名制度は本人を認証して会員登録し、ログインした上で、実名で書き込みをさせる。一方の制限的本人確認制では、会員登録時に本人を認証することや書き込みにログインが必要なことは実名制度と同じだが、認証さえできれば、実名ではなくIDや名無しで書き込んでも問題ないというものだ。


 一日平均訪問者数が20万人以上のインターネットニュースサイトと30万人以上のポータルサイトに適用される。合計1150の公共機関と35のポータルサイト、インターネットニュースサイトは掲示板に書き込む前に制限的本人確認を義務として実施しなければならない。


 さらに韓国情報通信部は、悪プル(悪質+リプル=英語のReplyに当たる悪質なコメントという意味の韓国語)によって名誉毀損など私生活を侵害された被害者の届け出がある場合、サービス運営側は悪プルを書いたユーザー(いわゆる「悪プラー」)を、期間を定めて(30日以内)サイトにアクセスできないよう遮断できる臨時措置制度も導入した。コメント荒らしや掲示板炎上を防止するためである。


 ただし、制度の実効性には疑問が残る。韓国最大ポータル「NAVER」によると、制限的本人確認制度が導入されてからもニュース記事の下に書き込まれる悪質なデッグルは減っておらず、逆に悪質と判断されるものが2%ほど増えたそうだ。ネットユーザーは本人確認制を意識せず、これまでと変わりなく好きなように書き込んでいるということになる。


 ちなみにNAVERは、法律とは無関係に悪プルを締め出す独自の戦略を練っている。8月から「クリーン指数」という仕組みを導入するのだ。全会員は基本点数100点を与えられるが、悪プルと届け出られて書き込みが削除されるたびに、30点が差し引かれる。点数を回復するためには人を傷つけない無難なデッグルを残すか、まったく何も書き込まないかのどちらかが必要な仕組みなので、悪プルが減るだろうというのがNAVERの予測だ。またニュース記事のデッグルに対し、記者本人がデッグルを残した場合、ニュースの最上位に並べ討論を誘導するようにもする。NAVERでは「ブラインド制度」という仕組みも始まっており、ユーザーはクリーン指数が低いユーザーのデッグルは見えないように設定できるため、「目が疲れない」とNAVERは宣伝している。確かに、ネットユーザーからすると、本人認証よりNAVERから締め出されるほうが何かと不便になるし怖いかもしれない。


 ユーザーも制限的本人確認制度の有効性に懐疑的だ。韓国の2chと呼ばれるインターネットコミュニティサイト「DCINSIDE」が会員を対象に実施した調査によると、「制限的本人確認制が悪プル根絶の役に立つと思うか」という質問に対し、参加者5027人中3217人(64%)が「特に効果はないようだ」と答えた。「確かに減ったようだ」と答えた人は1568人(31.2%)しかいなかった。その理由として「実名制で運営されるサイトであっても悪プルが溢れているのに他人の住民登録番号で認証できる制限的本人確認制で取り締れるわけがない」、「IDを利用できるため匿名気分になってしまう。ユーザーの認識が変わらない限り、法律ではどうにもならない」などが挙げられた。


 さらに、どれが悪質でどれが良いデッグルなのかという基準が曖昧な点も問題として残っている。それはアフガン韓国人拉致事件に関連したデッグルを書き込んだ大学生らが悪プラーとして逮捕されたことにもよく現れている。


 アフガン拉致事件の関連記事の下には「早く救助されることを祈ります」というデッグルの間に、「拉致事件が多いのを知っていながら行った本人の問題なので国が助ける必要はない」、「キリスト教は押し付けがましい。なぜイスラムの人にキリストを強要するのか。自分が満足するための宣教ではないか」、「国民の税金をこんな拉致の身代金に使ってほしくない」など悪質とははっきり言いがたいデッグルが続いている。確かに被害者の家族が読んだら傷つくかもしれないが、治安が悪いことを知っていながら宣教と医療奉仕のためアフガンに入国し、現地警察や国際救護団体に活動内容を届け出もせず、高級バスに乗って最も危険だと言われる地域に乗り込んだ、といったことから批判をうけて当然だという声もある。もちろん、貧しく医療施設もない地域の人を助けたい、他の人が行かないような危ない地域でもっと奉仕したいという純粋な気持ちでアフガンに向かったのは確かだ。殺された犠牲者もいる。


 だからといって「拉致される可能性が高い地域ということを知っていながら入国したから本人の責任もある」と書き込んだ人を悪プラーとして捕まえていいのだろうか?どこまでが表現の自由でどこまでが悪質になるのかという判断基準は置き去りに、取り締まることばかりを考えた制度が導入されている気がする。


 韓国ではよく、口喧嘩で負けそうになると「法律に任せよう、法が定める通りにしよう」と怒り出す人がいる。韓国情報通信部がそうなのでは。悪質なデッグルが増えていて何とかしてほしいという国民の非難に対し、机上で物ごとを考えてばかりで、現場のネットユーザーを把握しきれてないから「こんなのもあったっけ?」という名前だけ立派な政策ばかりが増えてしまう。この頃は、小学生の悪プルが増えて問題になっているせいか、小学校でパソコンの使い方よりもネットでの礼儀を教える学校も増えてきた。このような教育が広がれば少しは状況が好転するかもしれない。

(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/NPC/20070813/279732/