【韓国教育IT事情-6】省庁が力を合わせて取り組んできた教育の情報化

 「【韓国教育IT事情-3】デジタル教科書とVR教室で教育現場に変化」で紹介したように、2010年韓国はスマートフォンが大流行し、2011年には携帯電話加入者の4割はスマートフォンを使うとまで予測されているほどである。スマートフォンを使わせるため、全国各地に無線LANスポットも急増し、都市部だけでなくリゾート地や農漁村でも無線LANの電波が届くほどだ。キャリアはこぞって「うちはフリースポットをこんなに持っている」「うちのスマートフォンに加入すると、全国どこでもWi-Fiが使える」と、お互いにものすごく張り合ってCMを流している。

◆旅先でも手軽に使えるデジタル教科書

 韓国のデジタル教科書はどんな端末からも使えるのが特徴である。子どもを連れて旅行に行っても、旅先でスマートフォンと無線LANを使ってデジタル教科書を読み込んで勉強し、宿題をさせられる。子どもにとっては大変な世の中になったものだ。

 大学でも、これまではノートパソコンを使うモバイル・キャンパスや、携帯電話を使うものがあったが、今は全部スマートフォンに変わっている。スマートフォンで大学の講義をリアルタイムで聴けるのみならず、出欠チェックや、先生への質問など、全部がスマートフォンで行えるようになった。

 日本ではすでに発売されているiPadであるが、韓国では2010年11月30日にようやく発売された。10月からサムスンのGalaxy Tab(ギャラクシー タブ)、最大手キャリアのKTからIdentity Tabという7インチのタブレットPCが発売された。持ち歩ける大きさということでiPadより小さく軽く、300万画素のカメラ、DMB(韓国のワンセグ)受信機能、音声通話機能が付いているのが特徴である。また中小メーカーからはさらに小さい5インチの学習用タブレットPCも登場した。5インチは主に高校生向けで、休み時間にも受験サイトにアクセスして講座動画を見たりして受験勉強ができるよう作られたものである。

 2010年末になってようやくタブレットPCが出揃い価格競争も始まるだけに、デジタル教科書実証実験校でも、現在タッチ式ノートパソコンで行っている実験をタブレットPCに変更する計画が出始めている。

◆学習効果を見ながら徐々にデジタル化

 デジタル教科書実証実験5年目を迎える2011年には小学校3~6年の国語、英語、数学と中学1年生の英語が紙教科書+CD-ROMになる。中学までは義務教育であるため無償で配布される。CD-ROMのコンテンツは、パソコンはもちろん、モバイル端末にもインストールできるように準備している。電子黒板とIP-TV、子ども用の端末を活用して授業を行い、学習効果を見ながら徐々にデジタル教科書へと切り替える計画である。重いカバンを背負わなくても済む、参考書を買わなくてもCD-ROMにあるアニメ、動画、百科事典などの付加コンテンツを活用して勉強できる、といったメリットがある。

 2011年には「デジタル教科書2.0」実験も始まる。韓国政府はもっとも付加情報が多く端末の操作も要求される科学の教科書を中心に、2007年から行われているデジタル教科書をアップグレードさせるための研究である。デジタル教科書が本当に学習効果を高められるのかを研究する「教育情報化成果測定指数開発」にも着手した。

 デジタル教科書というのは、ただ端末の中に教科書を入れればいいというものではない。韓国では、教育の情報化、校務の情報化等、すべて情報化して、デジタル教科書と連動させている。教科書だけではなくて、学生たちがデジタル教科書で何を入力したのかを把握し、それを全部評価して、校務のデータベース化と連動させるシステムも全部整っている。

 韓国政府の教育政策は「ビジョン2015年」として、先進教育学術情報化による健康で創造的人材育成を目的としている。5大戦略目標の一つにGreen IT 基盤の新教育システム構築があげられ、学習と技術基盤の相互イノベーション、初等教育から生涯学習まで個人の成長に合わせて対応できるシステム環境構築に重点が置かれている。デジタル教科書はデジタルネイティブ世代に合わせた効果的学習ツールとして脚光を浴びているが、小学生だけでなく、生涯教育の一歩として導入したいとも考えている。

◆デジタル環境における著作権法改善方案

 経済産業省にあたる知識経済部と文化庁にあたる文化体育観光部は「融合コンテンツ開発支援」として、デジタル教科書につながるマルチプラットフォーム標準電子本制作、3D教科書、仮想現実・ホログラムを使った教科書コンテンツ開発を支援している。また教科書のために著作権も改訂しようとしている。現行の著作権法では「教科書に掲載」することは著作権が免責されるが、デジタル教科書の場合、その資料を再加工して宿題をしたり、そのデータを他の学生に転送したりすることもできるので、著作権違反になる可能性がある。

 「デジタル環境における著作権法改善方案」をまとめ、デジタル教科書にリンクするDBや情報の範囲をどこまでにするのかというのも決めようとしている。

 韓国ではデジタル教科書導入に向けて15年もバッググラウンドのシステムを開発し、先生のスマート化を図り、省庁が力を合わせて制度を改善、中身の開発のために支援を惜しまないできた。日本のデジタル教科書はある日突然沸いて出たようなイメージがある。紙の教科書をデジタル化して子ども1人に1台パソコンを配ったからといって教育効果が高まるだろうか。デジタル教科書は教育情報化、教室情報化、校務情報化といった一連の流れの中で登場するものである。日本はデジタル教科書だけを目的にしているのではないかと、疑問に思ってしまう。今の日本の教育問題、子どものICT利活用問題、先生や学校の問題、全部を見通して政策的に進めているのか、自問してほしいものだ。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月23日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/23/813.html

【韓国教育IT事情-5】98%が満足する韓国のデジタル教科書

韓国では、教育行政改革とシステム開発に15年以上の歳月を費やし、教育の情報化、学校の情報化、家庭の情報化、教務の情報化、行政の情報化を進め、どんなデバイスからも利用できる教育デジタルコンテンツを揃えるなど、地盤を固めたうえで、2007年から本格的にデジタル教科書の実証実験を始めた。

◆小学校5、6年向け英語教科書からデジタル化

 2007年にはまず小学校5、6年向け英語教科書がデジタル化された。端末会社、通信キャリア、教科書会社などがコンソーシアムを組んで入札した。この時のデジタル教科書は、まだ紙の教科書をHTMLにして音声ファイルが動画を追加しただけのシンプルなものだったが、2008年からは全国の小学校20校、2009年~2010年には全国の小学校132校(全国小学校数は2009年5,829校)で、5、6年生の国語、英語、数学、社会、科学をデジタル教科書で教える実験を始めた。

◆健康被害の検査も実施

 実証実験を始める前に保護者を集めてデジタル教科書を体験させ、毎日学校のホームページから今日はデジタル教科書でどの科目のどの部分を勉強し、テストを行った結果学習効果はこうだった、など実験情報を公開している(これはもちろん実証実験に参加している子どもの保護者だけが見られるようになっている)。

 保護者からはデジタル教科書を搭載したノートパソコンに電子黒板を使うことで電磁波が過剰に発生し、子ども達の健康に悪影響を与えるのではないかと心配する声もあった。背が伸びない、免疫力が落ちる、視力が悪くなる、あるいはネット中毒になるのではないかといった問題が提議されたため、学校ごとに健康診断と心理検査を行い、実証実験前後を比べることにした。検査をしてみると、子ども達の健康状態に問題はなく、授業中だけデジタル教科書を使い、休み時間は保管箱に入れておくという使い方をしたため、ネット中毒の心配もなかった。

◆98%がデジタル教科書に満足

 その結果、デジタル教科書実証実験校では子どもも保護者も先生も、デジタル教科書の満足度が98%に達しているほどである。

 日本ではデジタル教科書というと、タブレット型の端末を思い浮かべるほど端末優先である。日本の場合、インフラがあって、デバイスがあって、環境が整ったので何かいいコンテンツはないかと探し始めるが、韓国は逆で、いつもコンテンツが先だ。韓国のデジタル教科書は教科書そのものの中身をどう改善するか、といった悩みから出発している。

◆デジタル教科書の定義

 韓国の文部科学省にあたる教育科学技術部は、デジタル教科書を「学校と家庭で時間と空間の制約なく利用でき、既存の教科書に、参考書、問題集、用語辞典などを動画、アニメーション、仮想現実などのマルチメディアで統合提供し、多様な相互作用機能と学習者の特性と能力、水準に合わせて学習できるように具現された学生向けの主な教材」と定義している。つまり、教科書の内容を画像や動画にして見せるだけのデジタル化ではなく、有無線ネットワークを利用して、その内容を見て聞いて書き込めるようにしたもので、個別学習や個別指導・評価を可能にするインタラクティブな教科書を、デジタル教科書としている。

 韓国政府は、大学入試のための教育費負担が家計を圧迫していることから、塾に行かずお金をかけなくても勉強できるシステムを作るため、教育放送の入試講座から試験問題を出すことにしている。そのため教育放送の動画をいつでも好きなときに見られる動画再生端末が、高校生の間では大ヒットした。これをデジタル教科書にもつなげるというのが基本的な考えで、所得や地域、障害といった格差を感じることなく、ネットさえつながっていればレベルの高い教育を受けられるようにするというのがデジタル教科書である。

 韓国でも、デジタル教科書は紙を使わなくなるということでエコのためにも必要といわれているが、90年代からずっと目標としていたのは「見える教育」と「格差をなくす」「均等な教育機会」であった。少子化によって自分の子どもが一番と信じてやまない親が急増し、その教育熱は想像を絶するほどである。

 収入の7~8割を子どもの教育のために使う家庭も少なくない。子どもに投資することが老後対策と考えているからだ。2009年10月韓国銀行が発表した「韓国家計消費の特徴」報告書を見ると、家計消費に占める教育費は2009年上半期平均7.4%で、アメリカ2.6%、日本2.2%、ドイツ0.8%に比べ3~9倍も多いと指摘している。

 地域によって受けられる教育の水準が違うことからソウルに人口が一極集中し、不動産バブルになっている問題を解決するためにも、所得が少なく塾に行けないと勉強についていけないという問題を解決するためにも、学校で一人ひとりに合わせた教育を行っていることを客観的に示すためにも、紙の教科書より情報量が豊富で、学校でも家庭でも楽しく勉強できるデジタル教科書は必要だった。さらに、生まれた時からパソコン、携帯電話、インターネットに慣れ親しんでいるデジタルネイティブ世代に合わせた効果的学習方法としても、デジタル教科書は必要とされていた。

◆保護者がデジタル教科書に興味を持ったきっかけ

 韓国でデジタル教科書が話題になり始めたのは「英語」とも関連がある。国際競争力を高めるために英語は必須ということで幼稚園から英語を教え、私立小学校では1年生から英語と中国語を教えている。公立小学校でも3年生から正規授業として英語を教えるようになり、これを1年生からに変えようとしている。

 全国の小中高校には英語ネイティブスピーカーの先生が数人ずつ派遣されている。学校の英語の授業は、先生は2人以上で、文法は韓国人の先生が担当し、会話や発音はネイティブスピーカーに学ぶ構成になっている。

 デジタル教科書を使ってマルチメディアを活用すれば、ネイティブスピーカーがいない地方の学校でも都市の学校と変わらない英語教育環境を整えられるのではないかと期待された。デジタル教科書の英語科目には学生が英語を録音し、その波長を分析してネイティブの発音に近づくよう個別指導してくれる機能もある。英語を効率的に教えるためにもデジタル教科書の方が紙の教科書よりもいい、というチクミが広がったのも、保護者がデジタル教科書に興味を持つようになったきっかけになった。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月22日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/22/798.html

【韓国教育IT事情-4】教育情報化に見る日韓の違い

日本でも2015年デジタル教科書導入を目標に、子ども1人1台パソコン、学校と教室の情報化を進めていると聞いた。





デジタル教科書実証実験校の様子


◆韓国では教員1人1台PCは当たり前

 ところが、文部科学省の資料を見て驚いた。2010年までに教員1人1台のパソコンを普及すると書いてある。韓国では教員1人1台のパソコンなんて当たり前すぎて、政府が目標として掲げるようなことでもないからだ。

 韓国では、教員用1人1台どころか、2~3台はある。教室ごとに電子教卓(パソコンが中に入っている教卓)がある。デジタル教科書実証実験校でなくても、電子黒板とパソコンを連動して教員が準備したマルチメディア教材を使って授業を行っている。先生達は教科書の内容を子ども達により分かりやすくするために、マルチメディア教材サイトの会員になり、教科書の内容に合わせて動画やアニメを準備する。教員ごとにオリジナルの教材を作り、電子黒板でそれを見せながら教えるのがいつもの授業光景である。教室の中にはネットにつながったIPTVもあり、休み時間には教育放送のネット放送から好きな番組を選んでみんなで一緒に観たりもする。デジタル教科書実験校(小学校)ではこれにプラスして、生徒全員がタッチパネル式のノートパソコンを使って、一部の科目の授業を行っている。

 学校には必ずPCルームもあり、「放課後教室」といって子ども達が教育用に制作されたアニメを見て復習したり、社会科目の発表準備のためにネット検索して調べてパワーポイントで資料を作ったり、先生と一緒に利用できるようになっている。

◆学校の情報化が遅れる日本

 学校の情報化なんてもう90年代で終わり、VR教室へと進んでいるのに比べ、日本は会社や家庭でのICT利活用は世界1~2位を争うほど進んでも、学校だけが取り残されているようで心配だ。

 韓国では2013年全小学校におけるデジタル教科書導入を目標に、1996年からバックグラウンドとして学校情報化、校務情報化、教育行政情報化、家庭学習情報化に取り組んできた。

 
「【韓国教育IT事情-2】熱血教育ママに学ぶ教育とICT…教育情報化編」で紹介したように、もともと韓国では国民のネット利用率が高く、子どもも保護者も教員もネットに慣れていて、学校からの告知や宿題もネット経由でやっている。これも90年代からの学校情報化、教育情報化システムの成果といえる。

◆韓国の教員は学習指導に専念

 韓国では1996年に学校情報化、教員情報化研修、デジタル教科書構想が始まった。1997年には学校総合情報管理システムSIMS(School Information Management System)が導入され、2002年には教育行政情報化NEIS(National Education Information System)に拡大された。小学校から高校までの学校生活と成績記録が情報化されて大学に渡されるので、大学入試の時に添付書類や紙の願書を書く必要がなくなった。電子政府サイトもオープンし、卒業証明や成績証明を電子政府サイトからも申し込めるようになった。

 2006年には校務システムが全面的に導入され、先生方の仕事はほぼすべてが情報化・自動化されている。雑務と呼ばれていた統計作業や報告業務が大幅に減り、学習指導だけに集中できるようになった。

 2008年からは教育現場にモバイルクラウドコンピューティングを導入することで、「先生のパソコンはネットの中にある」というコンセプトで、中央センターに各種プログラムやデータをおいて、全国の教員はそれをネットにアクセスするだけで、どこにいても使えるというシステムを構築し始めた。セキュリティを高め、教員専用のネット本人確認システムを導入したことで、家でも外でも安全にシステムにアクセスして業務を行えるスマートワーキング環境を目指している。

◆15年以上もの歳月を費やされた教育行政改革とシステム開発

 デジタル教科書を使って勉強、その端末でテストを行い、学習効果を測定・分析、そのデータが自動的に教員の端末に送信され一人ひとり個別指導を行う。学生が毎日どんな学習をして教員がどのように指導したのかは、保護者にもすべて公開される。小学校から高校卒業までこのデータが蓄積され、大学入試の資料になる。韓国ではデジタル教科書実証実験を始めるために、15年以上も教育行政改革とシステム開発を行ってきた。

 デジタル教科書は、教育の情報化、学校の情報化、家庭の情報化、教務の情報化、行政の情報化、どんなデバイスからも利用できる教育デジタルコンテンツをたくさん揃えるなど、バッググラウンドがしっかりしていないと成り立たない。





趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月21日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/21/782.html

【韓国教育IT事情-3】デジタル教科書とVR教室で教育現場に変化

2010年韓国でもっとも人気を集めたのは「スマートフォン」である。主婦の間でもスマートフォンは大ヒットした。




韓国のデジタル教科書

◆スマートフォンは必需品

 韓国の主婦は専業主婦であっても子どものために忙しい。学校まで送り迎えは基本、子どもの教科書でママが先に勉強していつでも質問に答えられるよう準備をしておく。良い塾と家庭教師を調べるため情報収集にも時間をかける。進学校の近くに引っ越すための不動産投資にも忙しい(韓国では名門大学の進学率が高い高校の近くほど不動産が高い)。

 移動しながら子どもの成長や教育に関する豆知識を集めたアプリケーションを利用したり、Twitterを経由してママ友同士で情報交換したりつぶやいたり、子どもの学校のホームページを随時確認して告知を確認したり、マンションの管理費や光熱費をインターネットバンキングから支払ったり、近所のスーパーに食材を注文して配達してもらったり、パソコンを持ち歩かなくても手軽にネットで調べものができるスマートフォンは、忙しい教育ママにはぴったりなのだ。

 韓国では、スマートフォンの次はiPadのようなタブレットPCがヒットし、その次はスマートTVといって、インターネットにアクセスしたり、スマートフォンと同じくアプリケーションを利用できるTVがヒットするといわれている。家電がすべてネットにつながりスマートフォンで操作できるようになるため、電力を効率的に使用するためのスマートグリッドも2011年からは一般家庭に導入されるとも見込まれている。これからは何でも「スマート」がキーワードになるようだ。

◆教育現場の変化

 「スマート」は機械だけではない。人間も「スマート」にするため、教育現場では色んな変化があった。その代表的な事例がデジタル教科書とVR教室である。韓国では2013年デジタル教科書商用化を目指し、2007年から実証実験を行っている。教科書内容をデジタル化しただけでなく、参考書、問題集、辞書、動画、アニメ、音楽といったマルチメディア資料が追加され、教科書を見ながら疑問なところはクリックするだけで無限の資料が登場して、子ども達の理解力を高められるというのがデジタル教科書である。

 さらに面白い教室も登場した。VR教室といって教員が画面の中に入ってキャラクターが一緒に授業を進める「仮想現実」の教室。これを実用化するための実証実験も行われている。天気予報やニュース番組などでよく使われているもので、あるはずのない地図やキャラクター、映像の中に教員が入っていって授業をする。英語の授業だと外国人のキャラクターと先生が一緒に登場して会話しながら子ども達に話しかけたり、歴史の授業だったら昔の王様を呼び出して会話しながら歴史の勉強ができるというもの。

◆教員能力評価制度

 どんなに技術や端末機能が優れているとしても、このような最先端の教科書やVR教室を活用してより楽しく授業ができる教員がいない限り、教育の情報化なんて絵に描いた餅にすぎない。韓国では90年代から教員のICT研修を義務化し、2010年からは教員能力評価制度を導入した。同僚教師と子ども、保護者も評価し参加する。
 ・何十年も同じ教え方をする
 ・ネットを活用できない
 ・デジタル教科書を使いこなせない
といった先生は自然と評価が落ちる。先生も定年までクビになることはないと安心してはいられない。ここまで厳しく先生にも危機意識を持ってもらわないと、教育現場は動かないのかもしれない。




趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年12月20日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/12/20/779.html

【韓国教育IT事情-2】熱血教育ママに学ぶ教育とICT…教育情報化編


韓国では、子供も親もインターネットに慣れていて、eラーニングをはじめICTによる教育にも慣れている。政府も積極的で、ICTを利活用した教育で国民にお金をかけず質の高い教育環境を提供しようと、バッググラウンドとして校務の情報化、教育行政の情報化を完成させた。




スマートフォンが売れたのも大学入試向けeラーニングがあったからこそ。韓国では自治体が無料で提供する入試eラーニングも多数ある



◆3~5歳のネット利用率は63%

 放送通信委員会の「インターネット利用実態調査」では、ネット人口を「6歳以上の人口」から「3歳以上の人口」に変更したほど、韓国のネット利用開始年齢は低くなっている。赤ちゃんの首がすわればマウスを握らせるというほど、どんな分野でも生活とネットは切り離せなくなっている。2010年上半期の、3~5歳のインターネット利用率は63%、3~9歳は85.5%、10代~20代は99.9%、30代は99.3%と10代以上は限りなく100%に近い。今や、ネットは水道や電気と同じレベルのインフラになっている。

◆世界トップレベルの政府・教育の情報化

 電子政府、教育行政の情報化も世界トップレベルであり、学校からの連絡事項は1999年あたりから、すでにネット経由で行われている。学生用、保護者用のIDがそれぞれにあり、先生からの連絡事項、学校生活評価、成績などすべての情報がネット経由で公開されている。子供が成績表を隠す、なんてことはもうできないのだ。

 韓国人のインターネット利用目的は、情報収集が91.6%、ゲームや動画といった余暇活動が89.1%、コミュニケーションが88.4%、ショッピングおよび販売が57.7%、教育・学習が53.4%の順となっており、インターネットと教育・学習の関係は密接で、通信事業者やパソコンメーカーは新製品を販売する際には必ず「子供の教育のために必要」という宣伝文句を付け加える。

 ネットブック(インターネット接続が主な用途の小型ノートパソコン)が売れたのも、スマートフォンが売れたのも、IPTV(テレビから地上波放送・ケーブル放送・インターネット経由で各種動画を利用できるサービス)が売れたのも、モバイルインターネット(Wi-Fi、WiBro:時速120kmで移動しながらでも高速モバイルインターネットが使えるサービス)利用者が急増したのも「教育のため」だった。

◆塾に依存しない大学入試

 韓国政府は進学塾や予備校に依存しない大学入試を目指し、お金がなくても質の高い教育を受けさせることを政策的課題としている。

 その一環として、無料で利用できる教育放送の入試講座から、センター試験の問題を出題すると発表している。韓国の大学入試に欠かせない教育放送のインターネット講座をいつでもどこでも好きな時に受講するため、ネットブックやスマートフォン、IPTVが売れ、モバイルインターネットの利用も伸び始めたのだ。

 当然eラーニングも活発で、大学入試用だけでなく、幼児向け教育アニメや英語教育サイトも人気が高く、連日新しいサービスが登場している。タッチスクリーンのモニターに、百科事典や英語・数学などの基礎が学べる動画・アニメがプリインストールされた子供用教育パソコンも人気が高い。

◆目玉は教育アプリ

 この頃話題のスマートTVも、目玉は教育アプリケーションだった。

 スマートTVはIPTVと似ているが、スマートフォンから利用できるアプリケーションをテレビからも同じく利用できる。動画だけでなくゲーム、スポーツ、音楽、電子書籍、生活情報など何でもありのテレビである。サムスン電子は、スマートフォンに続いてスマートTVでも、子供の教育のためになるアプリケーションを無料でお試しできるようにして需要を伸ばしている。

 ここまでネット利用が盛んになった結果、韓国は、子供にインターネットを使わせることより、ネット中毒にならない方法、正しい使い方を教えるのに苦労している。この頃は中高生より小学生のインターネット中毒が問題になっているほどである。

 学校で「インターネット文化教室」を開催し、ネットで個人情報を書き込んではいけない、顔が見えないからといって悪口を書き込んではならない、著作権とは何か、オンラインゲーム中毒になるとこんな問題がある、といったネチケット(ネット上のエチケット)を教えている。

◆ネット利用のコントロールは大人の責任

 子供の教育費のためにと共働きが増えた結果、放課後一人でいくつもの塾に通う子供が増えている。塾に行かないと友達にも会えないというほど、公園で遊ぶ小学生は少ない。学校と塾を往復するだけの生活で、休み時間にすることといえばオンラインゲーム。そのため、通信キャリアが提供する子供のネット利用をコントロールするためのサービスも数え切れないほどある。

 携帯電話から遠隔操作で曜日ごとにパソコンの利用時間を設定できて、決まった時間が過ぎると電源が自動的に切られ、パソコンを使えなくするサービスも人気が高い。特定のサイトまたは電話で申し込みをするので、子供にパスワードがばれてしまう、なんてことも防げる。

 IPTVも同じで、子供がどんな番組を見て、どんな動画を見たのかを携帯電話からチェックできるようになっている。自分の家のIPTV画面にメッセージを表示させることも可能だ。「そろそろ塾の時間よ」「アニメばかり見ないで英語の動画も見てね」といったお母さんのメッセージが、字幕でテレビに出てきて子供はびっくり!

 フィルタリングは基本で、政府が提供する無料のフィルタリングもあれば、青少年団体が提供するフィルタリング、通信事業者が提供するフィルタリング、色々なフィルタリングがある。

 保護者らはフィルタリングのためのモニタリングにも積極的で、子供の教育によくないと思われるサイトを見つけると政府のフィルタリング窓口に通報し、情報を共有する。

 韓国では30~50代の親世代のネット利用が活発なせいか、子供がどんなサイトを見ているのか、どんな使い方をしているのかサッパリわからない、なんてことはあり得ない。

 さらに儒教の考えがまだ強く残っている国だからか、親と子の絆がとても強い。「子供は親のもの」という意識からか親も熱血で、「子供のため」ならどんなことだろうが専門家になってしまうのだ。


 次回は韓国で2007年から行われているデジタル教科書実証実験を紹介する。そこで浮き彫りになった保護者の考え、子供への影響を紹介し、さらに問題と解決策を中心に日本の教育とICTを考えてみたい。


趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年11月2日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/11/02/204.html

【韓国教育IT事情-1】熱血教育ママに学ぶ教育とICT…大学入試編

 韓国の大学入試は毎年11月に行われる。白バイの後ろに遅刻しそうになった受験生を乗せてピーポーピーポー猛スピードで走るシーンは、今年もあちこちで見られるだろう。

◆大学入試にパトカーはつきもの

 大学入試がある日は混雑を避けるために、公務員や大手企業の出勤時間が1時間遅くなり、全国民が息をひそめるほどだ。パトカーで受験生の送り迎えをすることに違和感を感じる人は、韓国にはいない。

 入試会場の前で祈り続けるママ達の姿も恒例であるが、韓国は受験日の100日前からお寺や教会、聖堂に毎日通い合格祈願をするママ達が非常に多い。この時期になるとCMの内容も受験一色に染まる。受験生のための頭がよくなる牛乳、受験生のための体力をつける高麗人参エキス、正しい姿勢を維持させ疲れなくする椅子、などなどきりがないほどだ。

 また受験が終わると、今度は一世に受験セールが始まる。受験で疲れた子供とママのために、受験票を持参した人に、特別価格で販売するイベントが全国のデパートやショッピングセンターで行われる。大学生になる前に「顔のパーツをチューニング」するとして、親子で整形外科に行くのもこの時期である。

◆受験生のママはスーパーウーマン

 韓国の受験は世界一厳しいともいわれ、母と子の二人三脚でないと乗り切れない。お母さんが予備校に通いカリスマ講師の講義を録画して要約ノートを作り、子供はまた別の有名受験塾に通いながらお母さんの受験ノートを参考書にする。ネットでコミュニティを作り科目ごとにカリスマ先生の情報を共有して、成績別にグループを作って有名な先生から個別指導を受ける。受験コンサルティングや入試説明会にも頻繁に出席し、最大限の情報を収集する。塾の送迎、栄養食作りも手がかかる。さらに、教育費のために共働きするママがほとんどなので、受験生のママはスーパーウーマン! 受験生よりも大変といわれているのだ。

◆教育格差を是正する情報化

 韓国はいつだって元気溢れる生き生きとした国、という印象があるが、日本と同じくますます就職が厳しくなっている。4年生大学卒の2割程度しか正社員になれない時代になってしまった。

 韓国は朝鮮時代から、勉強さえできれば出世できる社会であった。今までは、どんなに家が貧しくても、勉強さえできれば奨学金がもらえ、名門大学を卒業して国家公務員か大手企業に就職して裕福な生活ができた。だから教育に命がけだった。しかしこの頃は貧富の差が教育の格差につながっている。

 参考書を買うお金がない、塾に行くお金がないといった貧富の差、家の周りに進学塾どころか学校すらないという地域の差(島、過疎地域)、そういった格差のない「均等な教育機会」を与えるため、「教育の情報化」「デジタル教科書」の開発が15年も前から始まった。

 学校の情報化もすでに10年前には終わり、学校の情報化という言葉は死語。今は「教室の情報化」がテーマになっている。教室の中にはIPTV、デジタル黒板、デジタル教卓(パソコンが中に入っている教卓)があり、2007年からはタッチ式ノートパソコンとWi-Fi(無線の規格)を使った「デジタル教科書」の実験が始まった。

 デジタル教科書は、教科書に参考書、百科事典、各種データベースがリンクされていて、子供の学習能力を記録して個別指導もできるようにしたもの。デジタル教科書があれば、お金をかけなくても質の高い学習環境を整えられると考えられている。

 中央省庁の文化体育観光部は2010年より「融合コンテンツ開発支援」として、デジタル教科書につながるマルチプラットフォーム標準電子書籍制作、3D教科書、仮想現実・ホログラムコンテンツ開発を支援している。デジタル教科書の中身も、現実拡張(AR)や3Dが導入され、より立体的なものにするとしている。



趙 章恩=ITジャーナリスト)

リセマム (ReseMom)
2010年11月1日

-Original column
http://resemom.jp/article/2010/11/01/203.html