「無料Wi-Fi設置」が選挙公約にまで! スマートフォン競争第2幕

日本でもNTTドコモやKDDIからスマートフォンが発売(KDDIは6月上旬以降)され、アプリ長者という言葉もちらほら登場するようになり、スマートフォン競争の幕開けといった雰囲気を感じる。しかし、なんでも「パリパリ」(早く早くという意味の韓国語)の韓国では、スマートフォン競争も既に第2幕に突入している。

 発売から100日で40万台が売れたiPhoneは2010年4月末で60万台を超え、サムスンやLGなどの端末を含めると、韓国のスマートフォン加入者は180万人を超えている。携帯電話全加入者の3%程度ではあるが、今年だけでもキャリア3社から20種類以上のスマートフォン発売計画が発表されているだけに、普及は加速すると予想される。


 2009年秋の「iPhoneショック」に端を発し、以降、端末ラインアップ競争、アプリケーション競争と続き、5月からはWi-Fi(無線LAN)スポット確保競争へと突入した。


 これからスマートフォンやiPadのようなタブレットPCがさらに普及すると、何よりも高速で利用料の安いモバイルブロードバンドの需要が出てくる。4Gが普及すれば固定では1Gbps、移動しながらも100Mbpsが使えるという。3.9GとしてLTE(Long Term Evolution、2010年の商用化を目指し進められている移動体通信仕様。携帯電話でも大容量データ送受信が可能になると期待される)、Wibro(韓国が世界標準を持つモバイルWiMAXサービス)に力を入れているキャリアだが、今のところはそれよりも無料で誰でも利用できるWi-Fiスポットを確保することが競争キーワードになっている。キャリアの3Gネットワークでインターネットを利用することもできるものの、料金制に応じて利用できるデータ容量の上限がある。上限を超えた分のデータ通信利用料はとても高く負担が大きいため、ユーザーは無料で制約のないWi-Fiを利用したがる。


 Wi-Fiスポットが最も多いのは1万3000カ所を構築したKT。iPhoneをはじめKTのスマートフォンユーザーだけが無料で利用できる。韓国最大キャリアのSKテレコムは、年末までにどのキャリアの加入者も無料で使えるWi-Fiスポットを1万カ所に構築することを発表した。Wi-Fiスポットが少ないことがネックとなっていたSKテレコムは、オープンなネットワーク環境を構築するという太っ腹戦略で「スマートフォン=KT」の雰囲気から「スマートフォン=SKテレコム」へと反転を狙っているようだ。


 一定の場所でしか使えず、移動しながら利用できないというWi-Fiの問題を解決するため、Wibroネットワークをバックホールに使い、移動しながらも最大7つのデバイスを途切れることなくインターネットに接続できるようにするという。移動中に固定ブロードバンド並みの高速でインターネットが利用できるWibroは、既に首都圏と大都市にネットワークが構築されていて、KTからはWibroをWi-Fiの信号に変えるコンバーターも発売されている。このコンバーターがあれば、Wibroモデムが搭載されていないiPodやスマートフォンからも利用できるようになる。


 SKテレコムの無料Wi-Fiは、映画館、ショッピングモール、駅、空港、主な繁華街(街角)、レジャー施設、ファミリーレストラン、カフェ、ファストフード、美容院など、10~30代がよく集まる場所を中心に構築される予定だ。

一方、KTも負けじと年末まで1万4000カ所を追加して全国2万7000のWi-Fiスポットを構築するとしている。Wi-Fiの海外ローミングも始めた。しかし同社はWi-Fiスポット構築には当然お金がかかるので、他キャリア加入者にまで開放することはできないとする。Wi-Fiを無料で利用できるスマートフォン料金制もかなり高額で、もっとも安いプランであっても月4000円程度は払わないといけない。SKテレコムの「誰でも無料」発表に触発されてKTもWi-Fiを全面開放するかどうか、期待が高まっている。

 SKテレコムには、KTの高い料金制度に縛られている加入者に自社のWi-Fiを使わせることでKTの収益を落とすという戦略もあるようだ。ただ、これでは共食いになり、勝者のいない競争になってしまうのではないか心配だ。無料ということでセキュリティーが疎かになったり、メンテナンスも適当にやってしまったり、そんなことがないといいのだが。


 激化するこのWi-Fi競争はキャリアだけでなく、選挙にも影響を与えている。6月の地方選挙を前に、「地元に無料Wi-Fiを!」という公約まで飛び交っているほどだ。スマートフォンやノートパソコンさえあれば、どこでもシームレスにモバイルインターネットが使えるよう、自治体が無料で利用できるWi-Fiスポットを構築するという公約も打ち出しているのだ。


 既にソウル市の江南区は、江南駅周辺に建てられたデジタルサイネージをWi-Fiスポットにしている。自治体の住民サービスの一つとして建てられたデジタルサイネージなので、江南駅周辺ではスマートフォンやノートパソコンがあれば誰でもネットに不自由することはない。


 IT政策を担当する省庁の放送通信委員会には、無料でWi-Fiが使える地域を表示したマップを配布するという計画まである。国民が望むのであれば、より安く便利にインターネットを利用できるように支援するのが政府の役割ということである。


 スマートフォン競争はさらに第3幕へと進んでいる。KTはついに2G(CDMA)サービス中断を発表した。周波数再編という理由のほか、加入者の約16%が利用している2Gサービス向けCDMAネットワーク維持費用が年間100億円近くかかるため、2011年下半期から2Gサービスを中断。W-CDMAと3.9G、4Gへと移行し、端末もスマートフォン中心にするというのだ。もちろん、ユーザーは大反発しているが、お構いなし! ばっさり切り捨ててしまうところが韓国らしいというか、選択と集中、果敢な決断力を持っているというか。これも「パリパリ」精神か。


 スマートフォンに触発された韓国通信界の激変はまだ当分続きそうだ。

(趙 章恩=ITジャーナリスト)

日経パソコン
2010年5月13日

-Original column
http://pc.nikkeibp.co.jp/article/column/20100513/1024865/